昭和初期の看板建築

友永パン屋

別府市千代町2−29
0977-23-0969


 サザンクロスの東側に昭和10年に建てられた有名なパン屋がある。モルタル塗りの友永パン屋は正面から見ると洋風、奥から見ると切妻造桟瓦葺の和風で、お面をかぶったようなたたずまいは戦前の懐かしさを感じさせる。

 国際都市として歩みはじめた昭和初期の別府の下町には、手軽に出来る木造の洋風店舗があちこちに建てられた。友永パン屋もその一つで、このスタイルは関東大震災の復興建築として東京周辺に多く見られた。当時としては「ハイカラな食べ物」であったパンを売るこの店も商売柄、看板建築と呼ばれたタイプの店 を建てたのである。

 創業は大正5年、現当主の亨さんの祖父勘三郎さんが10年間の修行の後にはじめた県下で最初のパン屋である。パン食人口の少なかった当時、「○友パン」「友永パン」と書いた木箱にパンを入れ、襟にパン製造、友永商店と染め抜いた印ばんてんを着て町を売り歩いていた。また、別府観光の立役者である油屋熊八が経営していた亀の井ホテルをはじめ、レストラン東洋軒などにもパンを納めていた。

 昭和10年には熊八から信用の証として、自慢の大手形を押した激励の色紙をもらっている。その老舗の誇りは今も当主亨さんが受け継いでいる。
 3間間口のガラス戸を開け店に入ると、焼きたてのおいしそうな香りとともに腰に白タイルを貼った当時のままの陳列ケースに迎えられる。奥は工場になっており、出入口には○友の暖簾がかかっている。

 店を拡げなくても客の喜ぶおいしいパンができればよいと、パンの包装紙も質素な紙袋を使用し、戦前のスタイルを守り続ける。ただ、モノを売るのではなく、心をそえて売っている姿勢が感じられる。

 買い求める客も若い人ばかりでなく高齢者も多く、馴染み客たちは便利で新しい店舗より、この店に親しみや懐かしさを感じるという。

 友永パンの「顔」であるあんパンは、あんこをパンで包んだ和洋がうまく共生している日本だけの味である。ふるさとを感じさせる、庶民の味あんパンを食べていると、これが国際観光温泉文化都市の味ではないだろうかという思いにかられる。

(H10.2)

 

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