草伏村生さんの詩 『ラスト・ソング』

ぼくたち いつも みつめあっていたね
私達 いつも 信じあっていた
きみに 言葉が届かない あなたに 悲しみが届かない
なぜ 別れるのだろう もう 帰れないの
もっと もっと 抱きしめて もっと もっと 抱きとめて
愛していると 愛していると 愛しつづけたかった

ぼくたち いつも みつめあっていたね
私達 いつも 信じあっていた
きみは どうしているのだろう あなたは いつだって一人だった
なぜ むなしいのだろう もう もどれないの
もっと もっと 抱きしめて もっともっと 抱きとめて
愛していると 愛していると 信じつづけたかった

もっと もっと 抱きしめて もっともっと 抱きとめて
愛していると 愛していると
私の歌よ 凍れ ラスト・ソング
草伏村生さんの詩 『冬銀河』

ぼくはだれを愛していたのだろう
ぼくはだれと別れてきたのだろう
きみがぼくのよこにいて
どうしてぼくといるのか
不思議だと
頬紅くつぶやいている

きみはだれを愛してきたのだろう
きみはだれと別れてきたのだろう
きみがぼくのよこにいて
炭の火を見つめながら
幸せだと
背中を丸くしている

風は夢をさらって吹くのかい
唄は夢を集めて吹くのかい
きみがぼくのよこにいて
冬の銀河を探しながら
また来ると
言葉を繰り返している

『私が生まれた家には』

私が生まれた家には 大きなビワの木があって
幼いころ その木に登っては
猿のまねなんかしていたんです
私が育った家の近くには
大きな川が流れていて
雨さえ降らなければ 母さんたちと
朝霧の中を歩いたものでした
懐かしい風景が メリーゴーランドのように
やさしいオルゴールを奏で
めぐりめぐって 心の中で眠ってしまう

畑の豆をついばむ カラスを追いかけまわしたり
川の浅瀬に降りては
ドンコをすくったり してたんです
遠い汽車の汽笛が 心の中に響くのは
ふと立ち止まって空を眺めたとき
そして 今の私がここにいる
そして 今の私がここにいる

草伏村生さんの詩 『東京の満月』

ぼくは東京行きの 夜行列車に乗っている
ガラガラの寝台特急に乗っている
東京駅に着いたら 山手線に乗り換える
MEGUROで降りて
病院まではタクシーで行く
東京まで治療に通いはじめて 五年になる
まだ死にたくはない
まだ死にたくはない

病院の廊下には
一月前に終わった国際エイズデーのポスター
が貼り残されている
仲間の一人は少し元気そうだった
もう一人は 風邪をひいて苦しそうだった
東京まで治療に通いはじめて 五年になる
まだ死にたくはない
まだ死にたくはない

品質のよさが謳い文句だった 血液製剤
なぜ、ぼくらが 死んでいかなければならないのか
二千人のいのちが 葬られるのだろうか
老いさらばえ 言葉閉ざした親たちがいる
東京まで治療に通いはじめて 五年になる
まだ死にたくはない
まだ死にたくはない

ぼくは九州行きの 飛行機に乗っている
満月の夜の乗客たちは眠っている
九州に着いたら ぼくの町までバスに乗る
あとどれくらい
ぼくらは生きていられるのだろうか
東京まで治療に通いはじめて 五年になる
まだ死にたくはない
まだ死にたくはない


草伏村生さんの詩 『夜食』

夜のうちに彼岸へ渡った人の
知らない
朝がはじまるころ
ぼくの痛みは峠を超えて
眠りにつけた

泣きながら時間を問うほど
痛むことはなくなったが
このいく年かは夜のあいだ
ノートと本と
ネジまわしやがらくたを
ベッドの上にひろげている

ストーブをとめている
すきま風のむこうは
一月の夜
味噌づけの大根を噛んでいる