オーバーユースを考える

以下の記事は雑誌〔山と渓谷〕(山と渓谷社発行)平成12年1月号の一部を引用しています。


  「登山者によるオーバーユース問題を考える」

 ここ数年、登山ブームといわれるなか、山岳域の環境問題を語るキーワードとなって
いる”オーバーユース”日本語にすると過剰利用、つまり、山や自然公園などで、利用
者が集中し、さまざまな悪影響が出ている状態ということになるだろうか。
 悪影響とは、自然生態系に対する影響や利用者自身に対する影響などをさす。前者は
、踏みつけによる植生破壊や土壌の浸食、裸地化、し尿処理や、ゴミ投棄などが問題と
なっている。後者は、混雑によって山が楽しめないといった、利用者の心理的な影響の
ことだ。また、混雑による安全性の低下、たとえば人為落石の増加などの問題も、広義
でのオーバーユース問題と言えるかもしれない。

 現在、オーバーユースが社会問題となっているところの多くは”観光客”によるもの
が多い。観光客と登山者の区別は明瞭ではないが、立山、富士山、上高地など、年間100
万人を超えるような利用者が集中する”山岳観光地”もある。そこでは、自動車の排ガ
スによる森林被害など、生態系に対するインパクトは、道路や施設の整備・開発自体も
含め、あらゆる面で登山者が与えるものとは比べものにならない。

 ひとくくりに”オーバーユース”といっても、このような山岳観光地から、個々の登
山ルートの土壌浸食問題まで、その現状は内容も程度もさまざまだ。また、オーバーユ
ースは登山道やトイレなどの施設整備と相関関係にあるため、利用者が多いからといっ
て、即問題が発生するというわけではない。たとえば、ひとりの登山者が木道が整備さ
れていない湿原をヒザまで水に浸かって歩くのと、木道が整備された湿原を1万人の登山
者が歩くのとでは、木道建設の影響は除いて、湿原に対するインパクトのみを考えるな
ら、前者のほうがより影響が大きいというわけだ。
 また、たとえば尾瀬ガ原のミズバショウが盛りのころや連休前後の各地の山など、利
用が一時期に集中すると、ゴミやし尿が施設の処理能力を超え、自然へのインパクトが
大きくなることも指摘されている。しかし、施設整備を、年に数度の利用者数のピーク
にあわせて整備することはむずかしいのが現状だ。

 いずれにせよ、大なり小なり、日本のすべての山岳域(多くは国立公園や国定公園な
どに指定されている)でこのオーバーユース問題が起こつているといってもよいだろう。
そして、その加害者の一部、また大部分が、われわれ登山者であることもたしかである。
 日本の山を取り巻く自然保護問題は多いが、今回はあえて”登山者によるオーバーユ
ース問題”を考えたい。なぜなら、この間題は、山を愛し、山を楽しんでいるわれわれ
登山者が、自らの行為で自然を破壊し、自らの楽しみを減じているというものだからだ。

 この間題を考えることは、われわれがどのように山=自然とつきあっていくかを考え
ることでもある。そして、足もとから山を見つめなおすことで、広範な自然保護・環境
問題を考えるうえでの基盤にもなるからである。

  「生態系に対する影響そのメカニズムと対策」

 オーバーユースの自然生態系に対する影響は、”利用者のマナー”という本来であれ
ば利用者数と直接関係のないことと切っても切り離せない。ゴミのポイ捨てや登山道以
外の立ち入りなど、利用者がどんなに増えても、全員がマナーを守れば、大きな問題と
ならないことも多い。しかし、現状では利用者の増大、集中、多様化により、どうして
もその影響が深刻化していくことは避けがたい。

 われわれの存在、行動が自然生態系にさまざまな影響を与えているが、ここでは主要
なものだけを解説する。

@植生の踏みつけ、浸食開港

 この間題は、”登山者が山に登る”という行動そのもので発生する。高山帯や湿原な
ど、きびしい環境に成立している生態系にとっては、とくにインバタトが大きい。
 まず、登山道を造ることによっての、植生の破壊・分断でこの間題が始まる。植物と
いう衣をなくした土壌は、雨が降るとどんどん浸食が進む。そのうえで登山者の踏みつ
けによって被害が広がる。踏みつけは、土壌の直接的な浸食や踏み固め、水分の多い場
所では泥化が進み、植生回復の妨げとなったりする。深く浸食された登山道では、それ
を避けるための迂回路ができ、被害が拡大し、全体が裸地化していくことも多い。

 これらの影響の大小、性質は、その場所の植生や土壌・地形、気象によってさまざま
だ。
 小林昭裕助教授(専修大学北海道短期大学)の北海道大雪山における研究によると、
雪渓や雪田が残るような場所において、雪のとけ具合によってルートが変わることも多
く、登山道が複線化するという。これらの場所の土壌は水分が多く、踏みつけに対する
影響が大きいために植生が回復せず、また、登山者が迂回するため、いちだんと複線化
が進み、裸地化が進行するという。一方、尾根に近い風衝地で岩礫で構成されている場
所は踏みつけには強いことや、ハイマツ帯の登山道は、ハイマツ自身の存在によって登
山道の複線化が抑制されていることなどが報告されている。
 そのうえで小林氏は、登山道を作るには、踏みつけによる環境変化のメカニズムをふ
まえて、植生、地質、地形の条件をよく調査したうえで設計することが重要だと指摘す
る。また、踏みつけの大きい雪田や雪渓周辺ではその年の雪どけ状況とあわせた”山開
き”や登山道の一時閉鎖も考慮すペきだとしている。
 また、浸食が進んだところに関しては、登山道を閉鎖して、植生回復をはかる、ある
いは自然回復を待つ方法も必要だとしている。
 現在、各地の裸地化したり浸食が進んだ場所では、地方自治体や環境庁、山小屋、NGO
による対策が行なわれている。
 登山道をはみ出さないように、ロープをったりすることからはじまって、柵を作った
り、木製の階段を設置したり、湿原やぬかるんだ場所では木道の整備をしたりといった
対策が行なわれている。また、土壌の著しい浸食に対しては、土木工事も含む土留め柵
の設置や、高山植物の播種による植生回復が行なわれている所もある。

Aし尿処理の問題

 いわゆるキジウチや、山小屋での処理の問題で、排泄された、または廃棄されたし尿
が、自然が分解できる限界を超え、雨水によって渓流に流出することによって起こる。
たとえば上高地の梓川、北岳大樺沢など、各地の沢で大腸菌が検出され、水質の汚染が
確認されているている。そのため、沢水が飲用に向かなくなるといった事態や、水の富
栄養化などといった河川生態系への影響が引き起こされている。
 この間題は、登山道上の要所要所にし尿を処理できるようなトイレを作るだけで解決
する。しかし、山のトイレは、場所によって気温の低さや水の供給など、さまざまな問
題を抱えている。最近では多くの試みから、その場所にあった方式が選択されるように
なっている。たとえば、98年に白神山地の白神岳頂上に作られたものは、年に一回、汲
み取られ、ヘリコプタ−で搬出される。北アルプス・槍沢ロツヂのトイレは、微生物が
汚水を分解する生物処理型、いわゆるバイオトイレだ。
 このように技術的には山のトイレも進歩しており、現在もさまざまな試みがなされて
いるが、このし尿処理のいちばん大きな問題は”トイレ建設費用”と”維持管理費用”
というふたつの”お金”が問題となっている。
 まず、建設費用。とにかく高い。現状では、規模と方式によるが、数千万円から億を
超えることもある。98年に東京都が建設した奥多摩・雲取山山頂のバイオトイレは、建
設費用1億3000万円。とても個人経営の山小屋が建設費として出せる金額ではない。山小
屋は、登山道の管理や遭難救助など、公共施設としての面を指摘し、そのトイレは公衆
トイレ的であるとの認識をもっているが、国や地方自治体からは建設の補助などは出ず、
山小屋の自助努力に頼っているのが現状だ。

 そんななか、98年に八ヶ岳夏沢鉱泉に新設されたトイレは、茅野市が本来一般家庭向
けに設けている合併浄化槽への補助金を、私企業である山小屋に補助金要綱を改正して
補助したもので、注目に値する。
 次に維持管理費の問題。山小屋のトイレであれば、山小屋が管理するのは当然だが、
国立公園内で環境庁が”公共事業”で公衆トイレを建設した場合、その後の維持管理費
用は国からは出ない。管理費は、別の予算体系なのだ。そして、多くは都道府県などの
地元に管理がゆだねられ、費用負担が重くのしかかる。
 この維持管理の問題を解決するために、最近では、尾瀬や富士山などで環境庁直轄に
よる”チップ制トイレ”が導入されている。チップは登山者の”善意”にもとづいたも
ので、支払いは義務ではない。なぜ、支払いが義務である”有料”ではなく、チップと
いう方式になったのかといえば、日本の国立公園の”地域指定制”という制度にある。
つまり、土地は国有林や民有地で、環境庁は国立公園という指定をしているだけで、土
地を所有していないということだ。そのため、現在の法制度のなかでは、環境庁や地方
自治体が環境保護のためとはいえ、トイレ管理の名目で料金を義務として徴収するのは
むずかしいのだ。
 チップ制に関しては、尾瀬や上高地などでの利用者アンケートによるとおおむねで、
チップという費用負担に関しては利用者も一定の理解を示している。
 また、登山者のし尿を自ら持ち帰るという”し尿の持ち帰り運動”も各地で始まって
いる。たとえば、東京都山岳連盟がカタクリ見物のツアー客や登山者が集まる奥多摩・
御前山で携帯用のトイレを配布、テントの仮設トイレも設置して、登山者に協力を求め
た。
 今後、この”し尿持ち帰り”が結果的にトイレ建設までの過渡的なものなのか、”登
山者の新たな常識”となるのかは、携帯トイレの技術とわれわれの意識の向上が必要と
なる。

Bゴミ問題

 し尿の問題と同じく、登山者や山小屋からもたらされる。ビニールや飴の小袋など、
自然では分解されないゴミもあるが、より問題が大きいのは生ゴミであろう。「自然に
もどるから」と捨てられたり、埋められた生ゴミが、野生動物を中心とする生態系に大
きな影響を与えている生ゴミのポイ捨て自体は減っているが、登山者の集中と、山小屋
での食事が下界なみになっていることで、生ゴミが増え、各地で問題となっている。
 この間題の代表的な被害者はライナョウだ。生ゴミにネズミやカラスが引き寄せられ、
本来棲息していないはずの高山帯に上がる。そして、キツネやテンがそれ追って、高山
帯に上がり、ライチョウのヒナや卵を襲うのだ。また、登山者が捨てたゆで卵の殻から、
ニワトリのもつ病気が感染することもあるという。
 登山者自身が被害を受けるものとしてはクマがある。北海道のヒグマ、本州のツキノ
ワグマがゴミに餌づき、登山者との距離が近づき、事故の可能性が高くなっている。一
部の山小屋では、生ゴミ処理機を導入し、処理を徹底し、クマが寄りつかないよう努力
をしているが、その山城全体での継続的な努力が必要で、解決には環境庁や地元自治体
だけでなく、登山者や山小屋の意識の向上が必須だ。

   「利用者自身に対する問題」

 だれもがそれぞれの目的のために山に登る。頂上をきわめるため、自然を満喫するた
め、仲間との交流を楽しむため・・・・。そんな楽しみも、あまりに登山道が渋滞していた
り、山小屋がぎゆうぎゆうづめだったら、楽しさも半減してしまう。これもオーバーユ
ースのひとつの問題といってもよいだろう。
 ゴールデンウイークや海の日、お盆休み、体育の日など、休みが取りやすいときなど
に登山者が集中してしまうのだ。また、尾瀬のミズバショウやニッコウキスゲのころな
ど、高山植物の開花のピークも登山者が集中する。
 この集中が、登山道外の踏み込みを助長し、し尿やゴミ処理の問題も引きをこしてい
るといってもいい。また、最初に述へたように、人為落石の増加や無理な追い越しによ
る危険など、安全面での問題もあるだろう。

 この間題の解決には、混雑する時期をはずしたり、人気の山城、ルートを避けたりと
いつた登山者側の配慮が必要だ。しかし、槍ガ岳はひとつしかないし、高山植物であれ
ばその時期その場所に行かないと花を楽しむことはできないいわれわれは混んでいるの
を承知で、その山に行くしかないのだろうか。それが自分たちにとって本当に楽しい山
行なのか、もう一度考える必要があるだろう。

    「現在、試みられている対策の整理」

 これまで述べてきたように、現在各地でオーバーユース問題の解決のため、さまざま
な対策がとられている。ここでは、それらを整理し、今後考え得る対策をあげてみよう。

@施設整備

 オーバーユース問題解決の基本中の基本ともいえるのがこの”施設整備”。登山道や
トイレなどを整備することで問題の軽減、解決をはかる。しかし、これには過剰整備の
問題がある。すべての登山道を固めればいいのか、トイレを数多く造ればいいのか、と
いうことではないはずだ。その山の自然の特質と利用実態に即した、節度ある整備が必
要だろう。

Aマナーの向上

 施設整備と表裏一体なのがマナーだ。たしかに以前よりは、ゴミのポイ捨てが減った
のは事実だろう。あるいは尾瀬ガ原で、湿原に入り込むような人は減ったであろう。し
かし、まだまだこの”マナーの向上”が必要なのだ。
 まず、登山道をはずれないこと。これは安全性(歩きにくくて極端に時間がかかって
しまうことも含めて)とのバランスだが、つづらおりの道でショートカットしないこと
や、多少掘れているからといって迂回しないこと、泥だらけの道で登山靴が汚れるから
といって迂回して歩かないことなどだ。また、高山植物の写真を撮るからといって登山
道をはずれるのも厳禁。足もとの植物を踏むことが、お目当ての花が消えていく第一歩
となるのだ。
 次にし尿の問題。山小屋のトイレで、紙を分別しているところは、それをしっかり守
ることが重要。山のトイレはし尿の分解が遅く、分解されないティッシュがいちだんと
処理を遅らせるのだ。また、やむを得なくキジウチをする場合、沢から離れるとか、土
に埋めるとか、分解されないティッシュは放置しないなどといったことが必要だ 最近
では水溶性のティッシュも販売されているので、そういつたものを使うのもいいだろう。
 また、動物や植物、地形地質といったその山の自然そのものに対する知識を得ること
も、マナーの向上を自発的でゆるぎないものにするという意味で、最終的にはオーバー
ユース問題の軽減につながる重要な点だ。

B利用者数のコントロール

 この間題はむずかしい。たしかに人が多ければ減らせばいい。しかし、そう簡単には
できなし、そうすることがよいわけではない。
 環境庁が制定している自然環境保全地域、林野庁が制定している森林生態系保護地域
など、”保護”が前面に出ている場所の入山規制でも、その是非に多くの意見がある。
ましてや国立公園や国定公園は、自然公園法で”保護”だけでなく”利用”も大きな目
的のひとつにしているので、利用規制をするような動きはむずかしい。また、”産業と
の調整”も前提のひとつで、山小屋や地元観光業者の経済的な理由で、利用者を減らす
ようなこともむずかしいのが現状だ。ましてや前述したように、土地そのものは林野庁
がもっていることが多く、縦割り行政の弊害も出ている。入山料による利用者の減少や、
管理費用の捻出なども同じ理由でなかなかむずかしい。
 今現実に各地で行なわれているのは、”マイカー規制”だ。これは利用者自体を減ら
すことが目的ではなく、利用者集中の軽減や自動車の排気ガスによる環境破壊を防止す
るためが多いようだ。尾瀬では、とくに週末にきびしい規制を行ない、平日の利用を促
進させるようなシステムを取り入れている。
 以上、おおまかにオーバーユースが引き起こす問題とその対策をみてきた。施設整備
をはじめとする対策は、どれも対処療法といってもよいだろう。自然が目に見えて変質
してから、慌ててその対応に奔走することが多い。
 また、実際問題として、どれぐらい登山道が崩れたらオーバーユースなのか、どれぐ
らい大腸菌が検出されたらオーバーユースなのか、その明確な定義はないし、国立公園
においてもそのような基準があるわけではない。
 今後、早急にそれぞれの山の特質を考え、個々にその山に利用に関する基準作りが必
要になる。そして、われわれ登山者が一関係者として意見を述ペることが必要だ。そし
て、そのような”議論の場”をつくることが、国や地方自治体レベルに求められている。
また、公正な議論をするための基本的な調査や、その結果の情報公開も必要だろう。
 その山をどう守り、どう楽しむの一か、今、われわれはそうしたことを考えなければ
ならない時代に生きているのだ。
               --- 以下省略 ---


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