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緒方五橋

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 緒方川にかかる石橋と奥嶽川にかかる石橋はいろんな意味で対照的である。奥嶽川は祖母傾山系に源を発し,深い渓谷をつくり民家からはるか下を流れる谷川である。川の両岸はほとんどが阿蘇溶岩による絶壁であり,人を寄せつけない厳しさを持っている。
 一方,緒方川は小さいながらも緒方平野と呼ばれる平野部を流れる川底の浅い高い岸の少ない人を寄せつける川である。民家と田圃が川の両岸にはりつき,遠い昔から「緒方郷」と呼ばれ有力な武将の拠点としても栄えた地である。川は人々の暮らしと密接に結びつき,現存する石橋もまた生活道路として大切に使われている。



鳴滝なるたき
鳴滝橋

緒方町知田
緒方川
大正11年2月
橋長 50.0m
径間 8.2m
5連アーチ


 緒方町の中心部,馬場地区と知田地区を結ぶ。豊肥線が開通し緒方駅が開業したので,当時の南緒方村知田の住人が中心になって架設した。
 石工は臼杵の川野茂太郎。
 1992年(平成5年)9月3日,台風13号による増水で高欄と左岸寄りの壁石3連分が流失したが,県の災害復旧工事でほぼ当時のまま復旧した。石垣の色で新旧の違いがわかる。それにしても,石橋の要であるアーチ部分は完全に残っており,当時の技術の優秀さがうかがえる。300m下流に県道バイパスの新鳴滝橋が架設されている。



緒方おがた
緒方橋

緒方町鮒川
緒方川
明治44年3月
橋長 46.0m
径間 22.7mと6.9m
2連アーチ
 鳴滝橋の上流1kmほどのところの町道にかかる橋。  昔は地名から「鉢の久保橋」と呼ばれていた。当時の緒方村・南緒方村・合川村3村が組合を設置して架設した。石工は佐伯出身の高瀬笹一。
 この橋の下流にも新緒方橋が架設された。



原尻はらじり
原尻橋2
緒方町辻 倉園
大正12年
橋長 73.0m
径間 13.0m
5連アーチ
 緒方町の観光の目玉となっている原尻の滝の上流500mにある。倉園地区と原尻地区を結ぶ。高欄の束石それぞれに寄付者の名前と金額を刻んでいる。
(写真右)



長瀬ながせ
緒方町上年野
緒方川
大正12年
橋長 78.4m
径間 10.6m
6連アーチ

 緒方町内で最長の橋。県道緒方〜高千穂線の旧道にかかる。当時の小富士村辻区と神緒方村上年野区が県郡の補助を受けて架設。
 総工費は7,390円。



柚木寺原ゆぎてらばる
柚木寺原橋

緒方町柚木
緒方川
昭和3年9月
橋長 53.0m
径間 16.3m
3連アーチ
 緒方町内で緒方川の最も上流に位置する。当時の上緒方村柚木地区と小富士村寺原地区の村境の橋であった。


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