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水田の起源と伝播


水田のもつ優れた機能

水田土壌の特徴

棚田百選


日本の初期水田ノート


水田イナ作の起源地

インド起源説
稲作の起源はインドのジェイポール付近というのが古典的な定説でした。これはかつてインドがイギリスの植民地であったため、比較的によく研究されていたことと関係が深いと考えられています。
照葉樹林文化起源説
その後、主として我が国の研究者から、アッサム−雲南を中心とするあたり(照葉樹林文化圏)で焼畑イナ作の中から初期の水田が発生したとする見解が相次いで発表されました。
長江中〜下流域起源説
最近になって、考古学的な発掘でイネが検出された遺跡の検討の結果、中国の長江(揚子江)中(下)流域でイナ作が始まったとする説が出されています。

揚子江中〜下流域説によると

1万年以上前、野生イネの利用が見られる。
(氷河期の寒さが緩んだあとの急速な寒のもどり(ヤンガードリアス期)に関係するとの見解があります。)
長江中流域・下流域でイナ作が始まった。
(中流域の方が少し早いとの指摘があります)
大渓文化・馬家浜文化期(6000BP)には骨耜を用いて集約的な水田イナ作が開始された。
(煮沸器、貯蔵器、食器のセットが完成し環壕を伴った安定した集落が形成される。)
屈家嶺文化・良渚文化期(5000BP)には石の刃先をもった犂を用いており、農耕社会の大きな発展があった。
(大きな城郭集落と玉器を多量に副葬した墳丘墓が出現する。)
(大規模な土木事業は、社会の階層化、政治的な組織化を物語る。)

 長江中下流域におけるプラント・オパールの形状解析やDNA分析の結果はいずれもジャポニカ種を示しています。また、出土したイネには野生稲も混じっているとの報告もあり、ジャポニカ種イネの栽培化がこの付近で始まったことを示唆しています。
 馬家浜文化期(6000BP)の草鞋山遺跡では、イネのプラント・オパールが多量に検出される層を発掘したところ、浅いくぼみが連続した遺構が検出され、初期の水田と認められました。
 その後、どのような展開があったかは不明ですが、今見るような水田でイナ作を行うようになり、やがて2700BPころに朝鮮半島を経由して日本列島に伝わって弥生時代がはじまったと考えられます。
 一方、明確な水田遺構を伴わない縄文時代の遺跡からもイネの証拠が検出されており、半島を経由しないで直接に畑作のイネが渡来した可能性も示唆されています。
 縄文晩期のの坂元A遺跡(宮崎県)などに見られる熱帯ジャポニカなどの来歴はこのようなものなのかも知れません。
 しかし、日本以外では、水田遺構の発掘はようやく始まったばかりです。今後の発掘調査結果が待たれます。


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last update:14, July, 2012
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