21世紀への飛翔

別府市商店街の展望

 観光別府の地盤沈下は、商業集積地(商店街)に直接打撃を与えている。特に高度経済成長時代は人口のドーナツ化現象が顕著で、商業地図が大きく様変わりした。だが、そうした社会現象への商業地域での対応が遅れ、今、起死回生の取り組みが始まっている。
 各商店街もここに来てようやく危機意識が高まり、21世紀への模索に取りかかっている。しかし、各商店街の立地条件、経済環境が異なるため、大きく「明」と「暗」に分かれている。郊外の商店街は人口の増加を背景に、それなりに勢いはよい。だが、特に厳しい現実に直面しているのが、旧市街地に広がる中心商店街。別府市当局や商工会議所がバックアップし、それぞれの自助努力も求めながら活性化に向けての試みが活発だ。
 別府商工会議所では、市内の商業集積地を中心市街地のAブロック(富士見通り以南=人口約4万人)、鶴見・鉄輪地区のBブロック(富士見通り以北・実相寺山以西=人口約3万5000人)、石垣・餅ヶ浜地区のCブロック(実相寺山以東・富士見通り〜九州横断道路=人口約3万人)、亀川・上人地区のDブロック(横断道路以北・貴船城以東=人口約3万人)に分別している。以下、ブロックごとに21世紀への課題と展望をルポルタージュする。
 
 



昔からの繁華街が

Aブロツク
【商業集積地】駅前通り商店街/ソルパセオ銀座街/やよい商店街/楠銀天街/西法寺通り商店街/流川通り商店街/別府駅前店連合会/海門寺通り商店街

●「みんな郊外へ出てった」

 いわゆる旧市街地で、賑わいの場のシンボルであり、商業集積地発祥の地でもある。かつて、浴衣を着流した観光客があふれ、温泉情緒ゆたかな街の風景を醸し出していた。いまや、古ぼけたシヤッターが歯抜けのようで、空き店舗が目立ち、衰退のシンボル。行き交う買い物客もまばら。すっかり色槌せてしまっている。そもそも商店街というのは、地域住民の二ーズに応えるかたちで、自然発祥的に生まれたものだ。その原点が崩れた。それは著しい周辺人ロの激減だ。20年ほど前、約6万人ほどいた入口は、4万人足らずに減少。その勢いは止まらない。みんな郊外に出て行ってしまった。観光客の減少が輪をかけ、いまや瀕死の状態といえる。別府商工会議所が中心となった市商業活性化推進協議会が、1991年に市商業活性化事業報告書をまとめた。これは各商店街ごとに活性化のための事業を具体的に、どのように展開するかについて報告したものだ。
 Aブロックの場合は、方向づけとして「中心性の回復」「各商店街の個性と連携」の二つを掲げた。具体的には、@広域商業、観光商業のセンターとしての品揃え機能の向上A来街者にとって明るく楽しい快適な街並みづくりB文化・イベントなどの情報発信性の強化C都心の顔づくり、を挙げている。特にホテル・旅館、飲食街と近接しているため、その連携性の強化もうたっている。各商店街の個々の取り組みはどうか。

●アジアン屋台村の試み

 やよい商店街は「空き店舗対策等と取り組み、それなりに効果は上がった。15店舗が空いていたが、このうち13店舗に新規参入者があった。また、空き地対策として商店街が独自に組織した街づくり会社『クリエートタウン別府』によるオープン・レストラン『アジアン屋台村』は若者を中心に話題となり、盛況だ」(首藤始理事長)と最近の実践例を強調している。また、商店街の「核」として、21世紀の高齢化社会をにらんで、5、6階建ての集合施設を計画している。1階部分は店舗や集会、イベントなどに使い、2階以上は高齢者のための住宅にするという構想だ。


●住宅地として?

 ソルパセオ銀座の東保安生弘理事長も「やはり商店街の周辺人□が減ったことが最大の問題。周辺に人口を回復する以外ない。不思議なことに、地価は郊外のほうが高くなっているくらいで、中心部の地価下落はひどい。それを逆手に取って、下がった地価に住宅、特に集合住宅を建ててもらいたい。一般住宅はもとより、マンシヨン、シルバーマンションなど、生活の利便性の高い中心部に人口を回復させたい」と話す。その一方で、かつては職住一体≠セった商店主が郊外に住む例が増えた。つまり、商店主が自分の商店街で生鮮食料品などを買わなくなったという厳しい意見もある。

●中浜地蔵尊は元気

 このほか、南部地域のシンボルだった楠銀天街は市役所など公的機関が離れたのが打撃。それでも最近になって、再活性化への気運が高まっている。橋本正理事長は「歴史のある中浜地蔵尊の復活≠ヘ活性化の一因になっている。また由緒ある楠温泉のある楠会館も建て替えの時期。埋め立てたままになっている旧楠港跡の抜本的な利用によって、活性化に結びついてくる」と期待。だが、中心商店街の中で、もっとも衰退がひどく、活性化への道は険しい。

●歴史的遺産の復活

 流川通り商店街は、かつてのメインストリートだが、道幅が狭く、歩道もない。交通渋滞がひどい。伊能忠敬の測量史跡、色街から離れる情緒ある名残橋の跡など、歴史的な遺産を復活させようという声もある。西法寺という由緒あるお寺がある西法寺通り商店街。「道路のリニューアルによって街並みがきれいになった。西法寺を核にしてイベントもやる。ホテルなどに、なるべくお客さんに外食してもらうよう勧めたい。グルメの街にする方向で検討したい」(中野明良会長)という。

●駅前通りの夢

 「ここは名高い流川…」というバスガイドの名調子になった流川通りが昔は別府のシンボルストリートだったが、いまや駅前通りがその座を奪った。市の駅前再開発事業で、通りは別府駅から国道10号線まで様変わりした。ゆったりと歩ける歩道の地下からは音が流れる。車道は敷石。アーケードは撤去されオープンな広がりはシンボル通りにふさわしい。だが、課題も多い。近鉄跡は撤退後も未利用。沿線にあった福岡銀行、福岡シティ銀行も同様だ。いわゆる〃物販業”としての商店は少なく、3分の2は飲食店、パチンコ店、貸し金業などが沿線に散在する。駅前通り商店街の林道弘理事長は、「別府駅で山手側と完全に分断されている。袋小路のようなもの。中途半端な駅高架なので発展を阻害している。駅の北駐車場から富士見通りまで、線路沿いに新しい道路がほしい。袋小路の迂回路となり、人の流れも変わってくる。また、再開発事業のコンセプトとして駅前通りは歩道との段差がなく、全体としてイベント広場を兼ねることになっている。だが、バスやタクシーなど公共輸送機関の往来が激しくハイベント企画もままならない」と嘆く。さらに「日本で初めてとなるように、地下からの音だけでなく、上からも音を出す〃音のトンネル”を作りたい。ゆったりと音や音楽を楽しみながらシヨツピングや散策ができたら…。また、立体のペデストリアンデッキや北浜のホテル街とつながっている地下道にエレベーターを取り付ければ、いわゆるバリアフリーとなり、身障者やお年寄りが安心して中心部に出やすいようになる」と夢を語っている。


地蔵まつりを取り込んで

楠銀天街

 楠銀天街では平成10年6月から、中浜地蔵尊の地蔵まつり(毎月24日)に合わせ「中浜地蔵尊の日」と称した市(いち)の開催を始めた。地域住民に親しまれている地蔵まつりに商店街も一緒に取り組み、活性化に役立てようというのが狙い。当日は銀天街のアーケード内、普段は閉じられたシャッターの前に骨董屋、朝もぎの野菜、手づくり小物といった出店が並ぶ。
 楠銀天街協同組合では、平成9年度、大分県中小企業団体中央会から補助金を受け、1年かけて商店街の活路開発調査を行なった。まちづくり≠ノ詳しい地元の学識者を専門委員に据え、勉強会や先進地への視察、アンケート調査を行ない、消費者から直接意見を聞いたりもした。それは、これまでの商店街の枠を越え,地域の人たちを巻き込もうという積極的なものだった。そうして得た結論は「残されている古き良きものを大切にした、個性的な商店街づくり」。その手始めが、地蔵まつりに合わせた市の開催である。午前11時に地蔵尊で経があがるのに合わせて、市は朝9時半頃から昼すぎまで開かれる。当初10店近くあった出店は、今年(平成11年)に入ってからは毎月平均3〜4店と、いまひとつ。しかし、お参りをする人の数は確実に増えており、24日のアーケード内は昼すぎまで人通りが絶えない。「秋葉通りが前面拡幅されれば、秋葉通りからも地蔵尊が見えるようにし、仲見世的なものもつくりたい」と橋本正理事長。3年先、5年先を見つめた地道な取り組みは続く。

空き店舗対策でホットな街に

ホットストリートやよい

 平成9年度にアーケードを一新し、「ホットストリートやよい」と愛称も変えた別府やよい商店街。昨年(平成10年)、国の「中心商店街空き店舗対策事業」の補助金を利用して、商店街いちばんの問題である空き店舗対策に取り組んだ。
 この事業は、通産省中小企業庁が平成6年から実施しているもので、空き店舗入居に必要な資金を行って期間だけ国が補助するというもの。「しっかりした長期ビジョンと、自力で立ち上がる意欲を持った商店街」という基準があり、選考はかなり厳しいと言われている。全国から申請が殺到するなか、〃商店街は全国20ヵ所、九州では3ヵ所の一つに選ばれたのだ。
 新しく入居した店舗(チャレンジショップ・当初13店)には、「外国人SOS室」「豊の国館」など国際性や地域性を兼ね備えた店も多く、既存店舗との調和もとれて、結果的には全体が個性あふれる商店街という印象に。なかでも人気は「アジアン屋台」。週末の夜には若者や観光客の姿も見かけられるようになった。補助金対象の事業年度が終了し、数店舗の入れ替え、閉鎖もあった。しかし、この取り組みを各マスコミが取り上げ、それまで足を運んだことのない人たちも呼び込んだ。アクションを起こすことで何らかの反応がきっと返ってくる一組合員のチャレンジ意欲を喚起したのは確かなようだ。


 

あたらしい人口の集積

Bプロック
【商業集積地】鶴見通り商店街/つるりん通り商店街/鉄輪商工連合会

 鶴見地区は扇山、鶴見、火売、小倉、大畑、北中、馬場といった、かつての農業地域が住宅団地などの開発で新興住宅街を形成している。一方、鉄輪地区は別府八湯を代表する湯治場で有名。隣接地でありながら、その個性は異なる。鶴見地区は温泉の守り神である火男火売神社が祀られ、石垣原古戦場は黒田と大友軍が激しい合戦を演じ、九州の〃関ケ原の戦い”といわれるほどの史実がある。このため、市商業活性化推進協議会の報告書では、方向づけとして「歴史的背景に基づくイベントによる活性化」「対照的な街づくりによるバランスの形成」を挙げている。そのコンセプトとしては「朝日のあたる杜と湯の郷」を掲げている。

●古戦場商店街?

 鶴見通り商店街は、マルショク鶴見店を核店舗にして、背後の新興住宅地から消費者が多く、個々の店舗はそこそこに売り上げが伸びている。隣接するつるりん通り商店街から合併の誘いもあるが拒否。石垣原古戦場の歴史から「古戦場商店街」に名称変更する声もあるが賛否両論があってまとまらない。


●意気けんこうのつるりん通り

 つるりん通り商店街は鶴見と鉄輪からもじって、ユニークなネーミングで地域住民から親しまれている。トキハインダストリー鶴見が丘店が核店舗で、「核店舗との共存共栄」が合い言葉。夏祭りや大売出し、秋祭りの武者行列など、核店舗と共同で実施している。店舗は年々増え、空き店舗はゼロ。空き地の地主と交渉し、20年の借地契約で独自のコミュニティセンター(平屋)を建設中で、平成12年2月に完成する。西謙二理事長は「若者を中心とした商店街独自のイベントに使ったり、外国語講座を開いて、会話の勉強も。開校する立命館アジア太平洋大学に合わせ、留学生とも交歓するなど国際化への取り組みも検討している」と話している。

●鉄輪は共存共栄

 鉄輪商工連合会は、湯治客による自炊用の生鮮食料品や土産品などが売れ筋。マルショク鉄輪店を核店舗にして、地昧ながら共存共栄が実践されている。

祭りで地域密着を

つるりん村ふるさとまつり

 鎧、兜の武将や足軽に扮した地区の人々が、大友軍と黒田軍の二手に分かれて町を練り歩き石垣原合戦を再現する。この勇壮でユニークな祭り「つるりん村ふるさとまつり」は、鉄輪から鶴見にかけての4つの商店街(鶴見通り/つるりん通り/火売・北中/鉄輪)と5つの自治体が主催して、平成2年に始まった。当初は慶長5年の石垣原合戦と一遍上人が温泉を開いた日がともに10月19日だったことから毎年19日に行なっていたが、平日では何彼と差し障りがあるため、3年前からは第3土・日に行っている。
 つるりん村一帯は鉄輪以外は住宅地の開発に伴って昭和55年以降に誕生した新しい商店街。振興住宅地に囲まれるというったという土地柄、住民の一体感が希薄な面があったという。祭りには、商店街と住民の密着、地域の一体感をつくろうという思いが込められている。
 共有する歴史を核としたことが連帯感となって、祭りは1回目から好調に続いている。
10年目を迎えた今年(平成11年)も、参加する人、見物客と、地区内外およそ2万人の人で賑わった。
つるりん村各商店街の祭りを通した地域密着≠ヘ確実に浸透している。




JR日豊線が分断?
Cプロック
【集合住宅地】別府中央商工連合会《港中央通り商店街》

 若草町、餅ケ浜町、新港町、船小路町、汐見町にまたがる南北約1・7q。物販業は少なく、業種は多岐にわたっている。海岸部には別府国際観光港があり、山の手に向かって大通りがあり、花時計がシンボル。だが、それも」R日豊線で分断されている。また、中部中学通りも」Rのガードが狭く、交通渋滞。寿屋やHIヒロセなど、大型店があり、海岸部に商店がズラリと開店、賑わっている。別府郵便局、九州電力、国民生活金融公庫など公的機関もあり、副都心≠フ要素がある。
 かつて、観光港と連携するかたちで別府新駅構想があったが、現在の別府駅周辺の猛反発を受け立ち消え。小さな駅の計画もあったが、別府大学駅が先に設置され、これも頓挫。このため、線路の下をくぐる道の実現に全力をあげている。中部中学通りのガード拡幅については調査費がつき、近い将来、改善される予定。
 市商業活性化事業報告書では、方向づけとしては「別府の将来の副都心」とし、コンセプトとして「国際クロスエリア構想」を掲げている。副都市化をにらんだ雄大な計画で、@世界に開かれた海と陸の出会いの場づくりA世界の情報、物産が集まるのにふさわしい賑わいの核づくりB世界に誇れる別府の新しい顔づくり、などをうたつている。
 だが、行政の投資は低い。ある幹部は「中心商店街はすでに死に体だ。いくら力ネをつぎ込んでもよみがえらすことは不可能。もっと全市的に目を広げ、投資効率から財政投融資を見直す時期にきている」と批判している。



学園の街として

Dブロツク
【商業集積地】亀川商店街/大学通り上人商店街

 市の北部地域にあるが、=つとも性格はまったく異なる。亀川地区は別府八湯の代表的な存在。別府の北端にあり、一種の亀川モンロー∴モ識さえある。国立別府病院をはじめ、太陽の家など身障者が自立できる工業も導入され福祉と温泉の街≠ナもある。
 
●上人は大学城下町
 上人地区は別府大学が大きな核≠ナあり、さながら大学の城下町。住宅密集地でもあり、トキハインダストリー、マルショクなど大型店と共存している。方向づけとしては「コミュニティの中心街としての機能整備」「道路交通問題に対する両地区の連携」としている。コンセプトとしては「周辺の資源との回遊性の創出」を挙げている。つまり、大学通り上人商店街は学園、文化の街づくり、亀川は歴史と温泉と福祉の街づくりにある。

●APUで活気づく亀川
 亀川商店街は大きな転機が訪れようとしている。それは来春開学する立命館アジア太平洋大学(APU)だ。教職員、大学生を合わせると亀川地区に人口が爆発的に増える。現在、地域内に大学向けの住宅やマンション、下宿屋の建設ラツシュが続いている。地元の商店街としては受け入れに躍起だ。アジアなどからの留学生向けに安価な商品を提供するリサイクルシヨップの建設に取り組んでいる。つまり、安いだけでなく、外国人向けの商品も品揃えする準備を進めている。また、商店街では買い物をする外国人のために英会話などの猛特訓を続けている。亀川地区には亀陽泉、浜田温泉、四の湯温泉など、ひなびた情緒ある温泉があり、こうした日本の伝統文化に溶け込んでもらう計画もある。商店街が中心となった夏の花火大会など独自のイベントも多く、中心商店街や新興の郊外型商店街にはない独自の路線を歩んできた。しかし、やがて国際化という大波が亀川に打ち寄せてくる。住民も商店街も相当な意識改革がないと、高波に、こっそりとさらわれてしまうことになりかねない。

かめちゃんスタンプで一体に

亀川商店街

 ひと頃、全国の商店街が一様に執る郁美を始めたスタンプ事業。途中で立ち消えになった商店街の話もチラホラ耳にするが、昭和60年に加盟店75店でスタートした亀川商店街の「かめちゃんスタンプ」(平成11年度現在、加盟店約90店)は、各地から視察に来るほどの成功事例の一つ。スタンプシールの台紙1冊が500円の買い物券になったり、銀行預金になったり、あるいは1万円の商品券(最低でも1000円券)が当たる抽選券になるなど、その付加価値の高さが、住民に地元でのショッピングの楽しみを提供したようだ。
 スタンプ事業の難しさは、各店が「運命共同体」となることにあると言われる。各商店が一体となることが、成功への必要条件というわけだ。その点、亀川には「さんもく会」などの地域づくりグループが核となり、様々なイベントやまちづくり≠フ討議を繰り返してきたという歴史がある。この、町そのもののまとまりの良さが、かめちゃんスタンプの成功に大きく貢献したと言えそうだ。



行政と別府商工会議所の対応

 別府市では市の顔となる中心商店街の活性化のために、中心市街地活性化基本計画を策定している。国の中心市街地活性化法に基づくもので、この計画が国から認定されると事業融資や補助、税制上の優遇措置が受けられる。各商店街ごとにヒヤリングを進めている段階だが、商店主などの意思統一ができなければ計画に織り込めず、実現は不可能。
 具体的な国の支援措置としては、@市街地整備改善の推進A都市開発資金貸付制度の拡充B地方の街づくり公社などの指定C商業・都市型新事業の活性化D食品商業集積施設の整備促進、などがある。
 商店街の整備については、街づくりをマネージする機関としてTMO(タウン・マネジメント・オーガナイゼーション“街づくり機関)を市や商工会議所などが組織することになっている。このTMOが計画づくりやキーテナントの誘致、必要業種の誘致、駐車場、街路灯、ポケットパーク、力ード化事業、一括宅配サービス、共通イベントの開催などを管理、運営することになっている。全体としては、中心市街地商業地域全体を一つのシヨツピングモールと見立てた計画で、郊外型大型店舗から中心商店街を守るのが目的。別府市の中心商店街のこの計画が事実上、最後の手段≠ニなりそうで、失敗すればもはや蘇生は不可能となる。(本文・ジャーナリスト平井昂也)