翻 訳 者 よ り


永 野 建 一



1997/03/27

k&m.jpg 昨年夏、パソコン通信仲間の松村さんから故寺尾先生の「原子爆弾による被爆の記録」をインターネットに載せたいというお話を聞いた時、これは大変意義ある企画であると思いました。私は寺尾先生の直接の教え子ではありませんがパソコン通信コアラやその例会を通じて先生の謦咳に接していただけに何とかこの貴重な記録を形あるものとして残し、広く世界の人々に知ってもらえればと感じていました。現在松村さんのご好意で、このサイトの翻訳に関与させて頂いており非常に名誉なことと感謝しております。

故寺尾先生の記録には先生ご自身の体験が静かな口調で述べられています。誇大な形容詞を排除した文章は読むものの心に深く染み通ります。また、当時この体験談に寄せられたメッセージや寺尾先生ご逝去の際のコアラ会員の驚きと悲しみは寺尾先生がいかに敬愛されていたかをよく現しております。

翻訳に際してはこのような深い内容を持つ原文のニュアンスを出来るだけ再現しているつもりですが、故寺尾先生やメッセージを寄せられた人々のお顔を思い浮かべるとその人が言いたかったことを本当に伝え得ているのかどうか、疑問に思うこともあります。さらには日本人の私の英文はそれを母国語とする人々に奇異に映ることも考えられます。そこで出来るだけ自然な英文とするためにインターネットで知り合った多くの海外の友人にチェックをお願いしました。アリゾナのダン・プリムさん、ウィスコンシン在住の宮崎さん、ニュヨーク駐在の塚本さんとそこの同じ事務所のコンスエロさんに改めて謝意を表します。

松村さんによりますと最近は国内よりも海外からのアクセスが多く、海外からのメッセージも数多く寄せられているとのことです。その中には半世紀前にこのような事実があったことをこのサイトにアクセスして始めて知った方々も居ります。これらを読むと寺尾先生のご遺志が海のかなたで着実に小さな根を下ろし始めたことが感じられます。

これからもこのサイトが発展し、故寺尾先生のご遺志が実現されることを願っております。

永野建一


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