7月15日
〜わが輩はジュンである〜

臨済寺のことなら俺達におまかせ




今年も満開
浄土院の蓮の花


月日が経つのは早いものでもう7月。
長らくご無沙汰してました「ジュンの日誌」
久々の更新だワン。


比叡山に行く人もあれば、中国に行く人もありの臨済寺の中に於て、オレ達はいつでもお寺の留守を守っているぜ。


そんなお寺での日々のうち、ある一日の出来事について今回紹介させてもらうワン。



台風一過の蒸し暑い7月13日土曜日、お寺の浄土院で故佐藤敏一さんの四十九日の法事が執り行われた。
約一年前に長男の哲一郎さんを亡くし、数日前にはお寺に一周忌のお願いにみえていた矢先の急逝。


ようやく悲しさと寂しさから立ち直りかけてきた奥様の都さんを始め、親類一同が会しての法事。
和尚さんの読経と法話を静聴した後、皆で敏一さんを偲んでの食事会。


この法事にあたり、喪主の佐藤雄二郎さんが多くの方々からいただいた弔辞、弔電、弔歌をまとめた一つの小冊子を作って、みんなに配ってくれました。


この中から敏一さんの奥様 都さんと 哲一郎さんの奥様 和子さんの、敏一さんに宛てたお便りを紹介します。



あなたへ

 四月の遍路の旅では、私の重い荷物はあなたが背負ってくれて、一緒に歩きましたね。
 あの哲一郎との別れの辛さも二人で分かち合って耐えて来ました。本当の夫婦の絆で結ばれて過ごした一年だったと思います。そのあなたが忽然と私の側から居なくなって、四十九日を迎えようとしています。
 あまりにも毅然とした、あなたらしい最後・・・。それも私達への深い思い遣りだったのでしょうか。
 以前の寡黙なあなたからは、愚痴や不満を聞く事はありませんでした。与える事はあっても、その見返りを求める事のなかった、欲のないあなたでしたね。
 出来ることなら、もうすこし欲張って生きていて欲しかったと、今、つくづくおもっています。
 また、遺された日誌の中で、あなたが、「哲よ!哲よ!」と呼びかけている悲痛な胸の内を知った時、私は今更のように戻らぬ月日が悔やまれてなりません。
 でも、もう直ぐそちらで待っている哲一郎と会えますよ。そしたら俳句の話も沢山して下さい。二人で囲碁を楽しんでください。私には昔のように、あなた達の喜んだり、悔しがったりしている大声が、聞えてきます。私にもあんな楽しい日々がありました。
 あなたの大きな優しさに包まれ、守られて歩いてきた、五十年。本当に幸せでした。感謝の気持ちで、いっぱいです。
 ありがとうございました。
 あなたから勧められて始めた、俳句でしたが、今はその句友の方々に温かく、励まされています。また、雄二郎の家族も一生懸命私を支えてくれています。
 どうか安心して、これからの私達を見守っていて下さい。
 今度は、三人で遍路に出掛けましょうね、その時は、あなたの、遍路衣も杖も私が持っていきますので、それまでもう暫くそちらで待っていて下さい。
 では、また、折々のこと便り致します。
        都より

 あなたへの尽きぬおもいに居て涼し   都

   平成十四年七月十三日




佐藤家一同のみなさま


天国の父へ

お父さん。
貴方が愛した、哲一郎さんの待つお浄土へと旅立っていかれましたね。
 「親父はいつも真面目にそして真剣に俺達家族を守ってくれた・・・。」
 それが、哲一郎さんの口癖でした。
 四月には、お母さんと一緒に四国のお遍路さんに行かれて、本当に良かったですね。
 もうすぐ、哲一郎さんの一周忌があるんですよ。
 その時に、お父さんが居られないなんて・・・。
 こんな悲しいことがあるでしょうか。
 必ず、お浄土で哲一郎さんと会えますように、そして私たちを見守り導いてくださいますように、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 生前哲一郎さんが、お父さん、そしてお母さんのことを詠んだ俳句があるんですよ。どうぞ、聞いてくださいね。

 三合の熱燗 父の寝息かな
 また小言 聞いて 母なること思う     哲一郎

お父さん、お母さんをどうぞお守り下さい。
                                佐藤和子



お寺の番も日々の努力。
今日も日課の見回りだワン。

お参りを終えて帰っていくみんなを見ていると、一つの区切りを迎えて何か新しい思いを胸に宿している、何だかそんな風に見えた。


臨済寺には、日々様々な人達がお参りしてくる。
祈願に供養、相談事・・・。いろいろなお願いを携えてお参りして来られます。

そんな参拝者のお願い事を聞いてくれる仏様やお不動様。

そしてお参りの人達のお願い事を,仏様方に伝えてくれる和尚さんやお坊さん達。

みんな一生懸命頑張っています。


オレ達もこれからもっともっとお寺の為に頑張って行くゼ。