三鷹で太宰治文学散歩なのだ
2012.11.24
興奮さめやらぬJ1昇格プレーオフ、大分の超劇的勝利の余韻を身にまとい、ふらふらとあてどなく歩き出す新宿の朝。
一人旅の気ままさで、さてどこへ行こうかと思案するカフェで朝飯。
最高の気分なのだ。

こんなチャンスはめったにない。
ここはひとつ、いつかは行かねばと思っていた三鷹へ行こう。
太宰治巡礼の旅に出るのだ。

ちょっと天気が心配だったが、とりあえず乗り込む中央線快速。

禅林寺
三鷹駅に降り立つ。
駅からまっすぐに延びる通りが幾筋も通り、とてもわかりやすい。さくら通りがそこをよぎってナナメに通る。(後で、どうしてこういう通りになっているのかが判明するのであるが)
まずは、太宰治の墓がある禅林寺に行くのがスジだろう、とかねてより聞き知った寺へ向かう。
太宰作品で見慣れた”下連雀”の地名が、なにやらわくわくさせる。
朝9時台の寺は、ひんやりとした空気に落ち葉が感傷を添える。
明らかに太宰や森鴎外の墓参と思われる人たちを見かける。後で聞いたガイドさんの話によると、桜桃忌には、日に延べ1000人もの人が三鷹を訪れるそうな。
太宰の墓は、筆名の太宰治と記された墓と、津島家(太宰の本名)の墓が並ぶ。
すぐそばには、森鴎外(森林太郎)の墓もある。
両方の墓にお参りし、ふたたび三鷹の町を歩く。
太宰治文学サロン
太宰ゆかりの地を歩くつもりだったので、まずはガイドマップでも手に入れようと、太宰治文学サロンへ。
ここは太宰一家が利用してた「伊勢元酒店」跡地に建ったビルの1Fにある。
太宰の資料やゆかりの地の解説パネル、直筆原稿や初版本の展示もある。朗読会やゆかりの地を巡るウオークイベントもあるらしい。ボランティアの方も常駐していて解説などしてくれる。
ここでラッキーなことに、ボランティアさんのガイドで太宰ゆかりの地ツアーに便乗することになった。日曜日にそういうイベントをやっているんだけど、どうも曜日を間違えて来た人がいたらしく、せっかくなのでご案内しましょうとなったらしい。急遽、3人のツアーが結成された。
玉川上水
まずは、玉川上水に向かいつつ、太宰が山崎富栄と出会ったうどん屋でのエピソードなど話してくれる。そして玉川上水の手前で山崎富栄の下宿先野川家跡、太宰が仕事場に使っていた千草跡を訪ねる。
上の写真で、右のビルが山崎富栄の下宿先、道路を挟んで左側が太宰の仕事場、道路の突き当たりが玉川上水となっている。
2Fの窓から顔を出せば、話も出来るくらいの近さなんですね。
玉川上水で太宰と山崎富栄が入水した場所というのは、表示などない。まあふつう、ここから入ったんですよなんてのは、ちょっと表示できないですよね。そこで、入水場所の反対側の歩道脇に、太宰の故郷青森県五所川原市金木町の玉鹿石の石碑を置いています。
このあたりでガイドさんの話を聞いていると、急にガイドさんが「あ、グワシ」と言い出す。何々???と思ったら、今、楳図かずおさんが通ったって。
あわてて振り向くと、すでに後ろ姿となった楳図かずおさんが、赤白のボーダーの服を着て遠ざかっていく。どうもこのあたりは散歩コースらしく、ガイドさんは時々見かけるらしい。
それにしても、東京滞在2日間で間近で出会った芸能人が、志茂田景樹と楳図かずおってなんかディープだなあ。
山本有三記念館
文学の町・三鷹。
ガイドさんによると、かの村上春樹も若かりし頃、三鷹に住んだことがあるそうな。詳しく聞こうとしたけれど、どうもそう深くは知らないらしい。
そして三鷹と言えば山本有三。ものすごく立派なそして個性的なこの洋館が、山本有三の旧居で、現在は山本有三記念館となっている。
この建物の由来や、建築のヒミツあれこれなど、とっても詳しくお話を聞きました。ガイドさん、太宰よりこっちのほうが、専門じゃないのってくらい詳しい。
井心亭・太宰治旧宅跡
太宰の旧宅跡は、今普通に民家が建っているので、ガイドさんなしでは、まったく場所もわかりません。教えてもらいましたが、写真などは撮れず。ただ向かいの井心亭(せいしんてい)という市の文化施設に、旧宅にあったさるすべりの木が移植されています。空襲で近くに爆弾が投下されたとき、太宰の原稿が、この井心亭まで吹き飛んできたそうです。

通りを散策しながら、戦争中の三鷹の町の話、三鷹や連雀の地名の由来など面白い話をたくさんうかがいました。気が付けば2時間半を軽くオーバーする大ツアーでした。
一人でガイドマップ頼りに回っていたら、気づかない場所もあったし、聞けない話も聞けたので大満足。
ふたたび文学サロンに戻り、三鷹太宰治マップやポストカード、鉛筆便せんなどのお買い得セットと、太宰治没後60周年記念展の資料冊子を買って、帰途についたのでした。
reported by miyashu
風に吹かれて