2009年10月5日:本「魂」を読んで
お友達から、借りた本 「魂」全龍福著 

副題には〜パパ、なぜ日本にいるの?〜と書かれています。


全龍福さん、チョン・ヨンボクさんと読みます。
名前から、もちろん、韓国の方です。

ご存知の方、多いと思います。ヨンジュンさんの漆の先生と言えば名前は覚えてなくても、ああ、そうなのか、と納得なさる方、多いと思います。
その方の書かれた本です。
チョン・ヨンボク先生がサインをして下さっている大切な本です。
このサインを頂くにも、また一つのエピソードがあるんですが、それは今はおいといて。
この本は2002年に出来たので、ヨンジュンさんは出てきません。
ヨンジュンさんが、漆の先生を探して、このチョン・ヨンボク氏に出会ったのも、ここに書かれていることが、あったからこそ、なんだと思いました。

本文から写真です、
この写真は、東京の目黒雅叙園です。見事な漆細工で有名なんだとか、その漆細工の全てを、ホテルリニューアル(1991年)に際して、修理復元をしたのが、このチョン・ヨンボク氏だったのです。
生い立ちから、この大事業にかかわれるようになった経緯、そして、やり遂げたその涙ぐましいまでの努力、奮闘振りの記録です。

チョン・ヨンボク氏の漆の作品です。

丁度、今の季節に相応しいモチーフ(月にススキ)ですが、「ふるさと」と名づけられています。
朱塗りのおわん、黒塗りのお膳などなど、漆の作品の色彩は、朱色、黒、その上に
金箔などが、使われていますが、先生の作品は、螺鈿遣いがとても巧みです。


漆は英語では「japan」といいますが、それほど、日本の漆の技術は高いのでしょう。その漆の技術をふんだんに使った宴会場「目黒雅叙園」がリニューアルすることになり5000点に及ぶ漆の作品の修復をする人を探した。

そして、選ばれたのが、このチョン・ヨンボク氏だった。当時まだ弱冠36才、

朝鮮戦争末期の1952年に釜山で生まれたヨンボク氏、当時の釜山は、戦争から逃れてきた人で一杯だったとか。ヨンボク氏の父は、第二次世界大戦の時に、強制的に日本へ連れてこられ、日本で同じように朝鮮から来ていた韓国人の女性と結婚、戦後はすぐに帰国、それからは、市場の仕事をしながら酒に浸る毎日だった。

ヨンボク氏は、貧しい中、練炭を売り、夜、学校へ、貧しさに打ちのめされそうな青春を送る。父の酒乱から逃れるように毎晩隣の家に逃げる、そこには、おじさんが住んでいて、一人は画家、一人は映画館の看板描きだったとか。

ここまで来て、あるドラマを思い出しました。ヨンジュンさんの「初恋」です。主人公のチャヌは、映画館の看板描きの父親を持つ貧しい家の次男、練炭運びの仕事で自分の学費を稼いでいた・・・全く、同じです。当時はそういう時代だったんですね。チャヌはもう少し若いかもしれないですが、、誰もが貧しい時代でした。

二人の絵を描くおじさんの影響か、貧しさの中での楽しみは、絵を描くことだったヨンボク氏。高校を卒業して軍隊に入り、除隊後は、家具製造販売会社に就職、そこから螺鈿の世界に、漆の世界に、と入り、漆の国、日本へ、そして、研究を重ねて、「目黒雅叙園」リニューアルの漆作品の仕事を全て任される人となる。

それから3年間、日本の漆の8割を製するという岩手に作業場を置き、ホテルの装飾、家具等の漆製品を全てを任された。

一緒に来日した子どもさんが、学校では、朝鮮人としていじめに会い、「何故日本に居るの?」との疑問を両親に投げかけた。そのことが副タイトルとなっている。

家具製造販売の仕事をしていた人が、何故、韓国一と言われる漆工芸作家になったのか、

天才という言葉で片付けるには余りにも、激しい努力、努力、研究、実験、挑戦、本当にすさまじいまでの漆への情熱だ。その情熱の元は?この目黒雅叙園の漆工芸は、創立当時、韓国からの職人たちが創り上げたものだ、それを韓国人であるチョン・ヨンボクさんが、是が非でも、韓国人の手で、造り直したいと、切に思った。


今、読み終えて、是非、「目黒雅叙園」へ行ってその作品たちに会いたいと思う。

目黒雅叙園とは(ネットより)

石川県出身で立身出世の創業者・細川力蔵が、耕地一帯および岩永省一邸として記録された建造物を入手し、増改築を進めて1931年(昭和6年)に目黒に開業した料亭で、国内最初の総合結婚式場でもあった。(それより以前1928年(昭和3年)には、東京・芝浦にある細川力蔵の自邸を改築し、芝浦雅叙園という「純日本式料亭」を経営していた。)

本格的な北京料理や日本料理を供する料亭だったが、メニューに価格を入れるなど当時としては斬新なアイディアで軍人や政治家、華族層以外の普通市民の料亭利用者を増やした。中華料理店で一般に見られる円形のターンテーブル(二層構造の円形テーブル上部に料理を載せ回転させることで取りやすくするもの)も1931年(昭和6年)細川力蔵の考案で、その後に中国大陸へ伝わったものである、という説もある。

目黒雅叙園(旧木造館)は太宰治の小説『佳日』にも登場する。絢爛たる装飾を施された園内の様子は<昭和の竜宮城>とも呼ばれ、保存建築「百段階段」は国の登録有形文化財に登録されており、映画「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルにもなったもので、通常は公開されていないが、希望者は申請すれば観覧が可能となっており、定期的に食事とのセットで一時公開されることもある。

1991(平成3)年の全面改築は日建設計および鹿島建設によるもので、このリニューアルに際し、園内のエレベーター壁面や室内に使われた螺鈿や漆による装飾は、韓国の漆芸家・全龍福(チョン・ヨンボク)によって新たに制作、もしくは修復された。一階にある化粧室の内装も彼の手による漆工芸によって装飾されている。

(中略)

現在の株式会社目黒雅叙園として再建の後、2004年ワタベウェディング傘下となる。2007年には経営破綻した福岡山の上ホテル(福岡県福岡市中央区)の再建スポンサーとなり、傘下におさめている。

あらら〜〜今年の2月に会議をして泊った福岡の名門ホテル山の上ホテルとも縁があるんですね。


話は横道に逸れそうでしたが、最後にあとがきとして書かれていたのが、3人の子どもを日本の学校で育てた、チョンさん夫婦が感じた日本の若者像、教育考。これは本当に私もそうだと思わされています。このままでは日本はどうなるのか、とても心配です。外国人に指摘されないと気付かないようでは、本当に心配です。

自国を愛し、自国の文化を愛し、先祖、教師を尊敬する、それが、真の国際人。

本当にそう思います。


チョン・ヨンボクさんの創られる作品は素晴らしいです。そして作り出されるチョン氏が素晴らしいと思いました。斬新な作品、そのものも見てみたいです。

機会がありましたら、是非、お読みください。


全龍福(JEON YOUNG BOK) 著

 「魂・・・パパ なぜ日本にいるの?」

社陵高速印刷株式会社出版部 発行