佐田 秀(内川野)




 俗名、内記兵衛といい、友忠と諱した。佐田友貞の長子である。歌を物集高世に、 皇典を近藤弘之に学んだ。尊王愛国の精神がさかんで、幕末多事の際は、東西の志士と交わり 家を弟に譲って、志士青木武彦等と楠公会を起こして、勤王倒幕思想を鼓吹していた。

秀は長州報国体に身を投じ、二豊の志士と慶応四年正月、正三位左中将花山院家理郷を奉じて お許山に挙兵しようとしたが、長州藩の誤解を受け、二十九歳を一期として長州藩の 毒刃に倒れた。

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