ソウル滯在2日め
地獄の強行軍

夜が明けた。そこは漢江のほとり、マンハッタンホテル。ガイドブックによる事前調査では、あんまり大したこと無さそうな安ホテルを予想した居たのだけど、

改修工事をしたばかりらしく外観はとてもきれいになホテルだ。

内装は、って?・・・・。いえ、このツアーは29000円ですから贅沢は言いません。

でも、ホント良かったよ。満足してます。

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ホテルの裏にあった定食屋で朝食をとった、味噌仕立てのテールスープ(なんという名前なのか?テンジャンチゲというほど辛くなかった。)マメご飯、キムチをどっさり食べて、

オマケにチジミを食べた。朝から満腹!


65seoul.jpgホテルの外観。

このホテルのあるヨイドというところは、中洲になっていてちょうどニューヨークのマンハッタン島のようになっている。官庁街に近いので治安も良さそうなところだった。

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さあ、今回の旅のメインイベント第1弾!

「ソウルサッカースタジアム見学会」の始まりです。

ただ韓国に行っても芸がないというわけで、「来る2002年大分にもやってくる、ワールドカップに向けた準備を見てこよう」と云うのが今回の主目的の一つ。

 

セッティングをこの人キョン・ヒー・ユウさんにお願いした。

この方インターネット集賢殿の主宰。元韓国標準院の官僚。

COARAとのご縁も10年以上というお方。

なかなか観光客は見ることが出来ない広報館を見ることができたのは、ユウさんのご苦労のお陰。

 

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ソウルから南西9キロの地点にある建設現場へは道路が整備され既に案内標識にも「World cup studium」の文字が入っていた。

完成時には地下鉄も乗り入れ観客の輸送経路は非常に快適だ。

市内中心部から道が空いていれば15分くらいでいけそう。

建設現場が見えてきた。既にアポをとって頂いていたので、警備もフリーパス。

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広報館では、前出インターネット集賢殿のメンバーが通訳をして下さったので

現場監督の説明も十分理解できた、

私たちは、この日のために事前におおいたスタジアムの見学をしてきた訳だが、

工法の違い、ロケーションの違いを感じた。

ソウルは約64000人収容のサッカー専用スタジアムになるそうだ。

総工費200億円、

 

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CGを駆使したプロモーションビデオを見せてもらう。もちろん日本語バージョン。

ワールドカップ終了後の利用方法なども十分に検討されているようだった。

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おおいたスタジアムを見学したときもそうだったけど、久保木先生は椅子の座り心地を試していた。「大分よりちょっと狹い」だって。

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その後、場所をSanbo(三宝)コンピュータの会議室に移って、インターネット集賢殿の皆様と歓談タイム。

書家、算盤の先生、技術者など多彩な顔ぶれにびっくり、まさに韓国のシンクタンク。

我々はたじたじであった。

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ゆうさんより、集賢殿のこれまでの経過など説明があった後、

彼はおもむろにぶ厚い冊子を取り出した。

韓国に伝わる寓話が日本語に訳されている。

集賢殿では、今後このように、韓国の歴史風土をなどを正しく日本に伝えるため、

昔覚えた、いや、覚えさせられた日本語を敢えて使ってインターネットで発信していこうと考えておられる。

その日本語訳は彼らが昔教えられたものであり、現代日本で通用するかどうか心配なので、

この原稿を持ち帰って我々ツアー参加者で手分けして添削して欲しいという申し出があった。

我々はこの宿題を喜んでお受けした。


僕が、こういう表現をしたのは、自己紹介の席で、日本語に対する引っかかりを参加者から感じたからです。(僕らの話ことばをちゃんと分かってくれ、話せば話せる日本語だけど、

その席では、日本語を話してくれる方は数人でした。

司会者に日本語でと促されても、にっこり笑って韓国語で話し続ける。それは、彼らの気骨です。とってむ普通の対応だし、嫌な感じもしなかった。

でも、またしても近くて遠い関係という印象、かつての過ちが未だ消え去られていない事実。を感じさせられました。

 

儒教では「怨」=エンという美徳があるらしいです。受けた仕打ち、良いことも悪いことも忘れないように、という意味らしい。

僕らには、とてもやさしく話しかけてくれる彼らが受けた仕打ち。我々日本人は少し軽く考え過ぎているのかも知れない。

ただ、謝罪するだけではない、新しい関係作りを僕らネットワーカーもしていけないものか?

2002年はそのためにも有効に活かされなければならないとあらためて思った。


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集賢殿のみなさんと会食です。

「ソウ・ロン・タン」というのをごちそうになりました。

豚骨スープですが、とても薄味で、それに好みで、岩塩やキムチを入れ、味を調える。

初めての味でした。このスープの名前にも寓話が残っているそうで、集賢殿のあるおばあさんが話をしてくれました。簡単に言うと「宮廷で祭祀に使う供物の名前がなまったもの」だそうです。

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集賢殿の皆様との楽しい会合を終えてホテル前で記念写真を撮りました。

その後63ビルのあるヨイド地区を離れて繁華街に向かいました。

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最初に訪れたのは、民族博物館です、景福宮の裏手にあり、韓国の歴史風土、食文化等が

モケイを使って解説されています。

 

ここから強行軍の始まりです。時に3時30分。

行程は幹事の試算では約3.5キロ。ゆっくり行っても3時間はかからない予定でした。画材や、工芸品などが並ぶ街、仁寺洞(インサドン)を抜け、ソウルの中心繁華街明洞(ミョンドン)を經て、韓国の胃袋、南大門市場(ナンデムンシジャン)にいたるルートです。

それが、「COARAメンバー苦笑の彷徨inソウル」になってしまうとは。

「天は我々を見放したのかあぁ〜!!」

 

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雨です、一気にかき雲った空は恐ろしい勢いの雨を降らせます。


90seoul.jpg91seoul.jpg大雨の中でも、リラックス久保木先生。


大雨の霧に煙る景福宮の勤政殿、
李朝の歴代王はこの宮殿で即位したという。

悲劇の宮と云われ、壬申の乱、日韓併合となんども蹂躙され、一昨年までは朝鮮総督府が建っていたところ。

 

昨年の訪問の時はその天井に描かれた一目見ると寿命が10年延びると云われる竜に驚愕したのだが、それに似た竜の絵がたまたま雨宿りに飛び込んだ宮殿の一角「建春門」というところにも、有った。竜はおめでたい動物とされているそうで、方々で見かけた。

 

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雨の中に一時間ほど足止めされ、やっとたどり着いたインサドンの喫茶店。

ちょっと一息。

 

その後また、歩け、歩けでミョンドンにたどり着いたときは既に7時ごろ

安さんが見つけてくれたお店で夕食となった。
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ええ、今夜はプルコギ、たこ鍋、骨付きカルビ、石焼きビビンパ、冷麺など・・・。

詳しくは、永野Mieさんのページ参照のこと。


98seoul.jpgくだもの屋、カットフルーツが50円くらい。

97seoul.jpgサナギ

99seoul.jpg南大門でのショット。

100seoul.jpg包装紙などきれいな文房具がいっぱい。
再び歩け、歩けで夜のソウルをさまよい歩いて南大門市場にたどり着いたときは10時ごろ

こんな時間でも屋台のお店は賑わっている。

ここにも、もちろん「サナギ」があったし。アメ横のように乾物屋があったり果物屋があったりする、


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やっと着いた南大門。

ライトアップされ、きれいだ。


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南大門前で安さんと別れた、なんか慌ただしい別れ。

今度は是非大分に来て下さいね。

 

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アトラクションぎっしりでジャルパックなCOARAメンバーは、まだ遊び足りないのか

大韓生命63ビルの59階にあるスカイラウンジを目指す。

・・・・がしかし、時間が遅すぎ水を飮んで引き上げた。
ほんとうは、こういう景色が見えたのではないかと思うのだけど、時間が遅かったせいで夜景もイマイチデシタ。

我々が甘かった、池袋のサンシャインのように夜中でも営業するバーくらいあるだろうと思っていたが、全館11時で閉店。

でも、じゅうぶん遊んだよ、とっても密度の濃い一日だった。


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