< 経験的推奨西洋絵画 1〜10 () ( 清水さん・筆 ) >                     〔戻る〕

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経験的推奨西洋絵画 1  清水  0101061742

プラド美術館<スペイン・マドリッド>
20代前半大学生として、初めて実際に足を踏み入れた西洋の大美術館として、今も鮮明な記憶として蘇る美術館です。早朝プラドを目指す同じ学生グループと大理石の5本の円柱のある入口から興奮しながらチケットを買い、入りました。入館時間直後とて、我々がほぼ独占状態で、ベラスケス「ラス・メニーナス(女官たち)」に正対して好きなだけ細部まで眺められました。プラドの絵画経験は実に幸運なもので西洋絵画の美が直感的に身体に流入するようでした。経験を言語化すれば、絵画は写実・写実を越えた画家個性による普遍化・宗教(キリスト教)精神に対する美の絵画的献身というような点です。その後の絵画を見るときの座標軸がプラドで獲得できたように思います。

ベラスケス「ラス・メニーナス(女官たち)」
マルガリータ王女や女官たちがスペイン王室の美女として登場している。ベラスケスの筆さばきは見事で、サラサラとしたタッチのみで人物を完璧に写実する。マルガリータの金髪も近寄ると筆の跡だけである。

ゴヤ「日傘」「1808年5月3日(プリンシペ・ピオの丘での銃殺)」「マハ」
人間の明から暗の振幅を描ききった人。私は実物を見て「日傘」のようなロココ的な明るい絵に目を開かれた。人物が漫画のように単純化され、しかし実物の絵は現実の人間を越えた美を獲得している。スペインの若者の理想的美しさが絵画として定着されていた。しかも、マドリッドを歩いていると「日傘」の若い女性と擦れちがうのです。

エル・グレコ「羊飼いの礼拝」「三位一体」
絵画の中の人物が純粋に何のシニックもなくキリストに向かっている、画家自身も全霊を傾けているため神秘的にまで信仰心が純化している。

フラ・アンジェリコ「受胎告知」
ムリーリョ「ロザリオの聖母子」
共にマリアが美しく描かれている。特にフラ・アンジェリコの青色と野の草花、ムリーリョの可憐さは忘れがたい。

ラファエロ「羊を連れた聖家族」
ラファエロは好きな画家の上位の一人ですが、数ある聖画の中でこの絵を最初に見たことでラファエロに惹きつけられました。完成度の高い一品です。

ティツィアーノ「ダナエ」「皇女イザベル・ド・ポルトガルの肖像」
神話もキリスト教と並んで西洋絵画の大きな主題の一つである。ティツィアーノは現代的感覚からすると少々肉付きの良い女性を描いているが、絵画的にはバランスの良い官能的な方向性に合致している。

ヒエロニムス・ボッス「快楽の園」
プラドの白眉。フェリペ2世の趣味の良さに驚嘆する。まさに打たれる絵です。「おーこれか」とか言ったような記憶があります。楽園と地獄を描いてこれほど美しい、コミックのような人物が永遠性を獲得している絵画もめずらしい。最高に好きな画家の一人です。


経験的推奨西洋絵画 2  清水  0101141619

ウィーン美術史美術館 <オーストリア・ウィーン>
2回ほど行き鑑賞しました。視覚は人間の五感の中でも特に鋭いなと思うのは、絵画を観た最初の印象が、2回目以降見たときより自分の中に深く強く刻まれている点です。初めて見たとき強烈に印象づけられ深く打たれる・きざまれる。ウィーン美術史美術館はその感を強く抱かされた美術館です。かといって2回3回と鑑賞することが1回目より劣るというのではなく、大作などで細部についての見落としを見つけられることもあるでしょうし、小品にも色彩や構図などに新たな発見・感動もあるわけです。ただ見た瞬間に「オッ」と打たれるのは最初に見た瞬間であり、聴覚に関係する音楽などと絵画の違いというふうに私は感じております。音楽、特にクラシック音楽などは何回か聞いていてある日突然、全体的にその作品が自分の中に流入してくる「わかった」という気持になる瞬間があるわけです。視覚と言うことで、絵画は異性に対する一目惚れと似たような点を感じます。

デューラー「ヴェネツィアの若い貴婦人の肖像」「聖母子(切った梨の実をもつ聖母子)」「皇帝マクシミリヤン1世」<プラド>「自画像」「アダムとイブ」
デューラーはルネッサンス芸術をドイツに伝えた画家で、ドイツで屹立する画家の一人です。プラドの26歳頃の「自画像」は金髪で(しかもソバージュ)衣装もお洒落で、まあ一言で言えばいい男の見本のような存在感のある絵でした。ちなみに拙宅にもこの絵のポスターが1枚はりつけてあります。ウィーン美術史美術館のデューラーは 「ヴェネツィアの若い貴婦人の肖像」がプラドの「自画像」と呼応するような婦人の肖像で、イタリアでデューラーがお近づきになったとすればこういう婦人かなと言うふうです。が 、26歳のデューラーのほうが男前が勝っています。

クラナッハ「ユディット」「ザクセンの3王女」
クラナッハは妖しい官能美を伝える画家で、女性がどこか日本的体型をしていて裸体をおもわず長く凝視してしまい、西洋の美術館なら知人はいまいと開き直ってまた、凝視してしまうといった魅力的な画家です。「ユディット」はそれこそ定番の主題の一つですが、クラナッハの「ユディット」は これまた当時の衣装が、かぶった帽子も含め粋です。

メムリンク「三連祭壇画」
西洋美術館にはそれこそキリスト教絵画は限りなくあり、当地で見るとまるで抹香臭くなく違和感がなくなり、それがキリスト教の大きな特徴なんでしょうが人間的・庶民的なんですね。この祭壇画もやさしみの深い、しかもかちっとした美しい絵です。1480年頃の作品ですが、背景が当時の寄進者のお城のようできれいです。

ティントレット「スザンナと老人たち」
この主題も西洋絵画に繰り返し表現されます。貞淑でビーナスのように美しい水浴の裸体、その人妻をのぞき見する二人の老人という構図です。人間の永遠のさがを絵画的に表現して名作多し。画家は定番の主題で思い切り女性美とそれを見たいという人間の本音を表現しています。ただ、ティントレットのこの絵などがすごいのは普遍的・永遠の美を獲得している点です。 ウィーン美術史美術館の女性美の数々を下に取り纏(まと)めると…
ティツィアーノ「ヴィオランテ」「毛皮の少女」
ジョルジョーネ「若い女の肖像」
ヴェロネーゼ「ルクレティア」
ジョバンニ・ベリーニ「鏡を見る裸婦」
コレッジオ「ジュピターとイオ」
ベラスケス「白いドレスのマルガリータ王女」「青いドレスのマルガリータ王女」「薔薇色のドレスのマルガリータ王女」
ラファエロ「牧場の聖母」 敬虔な女性美とすれば典型の一つ。

フェルメール「画家のアトリエ」
次に書くブリューゲルとウィーン美術史美術館において双璧をなすのがフェルメール。「西欧の長い絵画の歴史のなかで、誰より慎ましやかで、誰よりも静寂を愛したのは、デルフトのヤン・フェルメールであったように思われる。」<「名画を見る眼」 高階秀爾著 岩波新書> フェルメールの実物には滅多にお目にかかれない。「画家のアトリエ」も額縁の中にひとつの静寂の世界が存在するように、時間が止まったように静かにたたずんでいた。光と影・影をきりわけて射し込む光によって自らの作品を作り上げた画家です。

ブリューゲル「雪中の狩人」「バベルの塔」「農民の結婚式」「農民の踊り」「牛群の帰り」「嵐の日」
ブリューゲルの好きな人にはウィーン美術史美術館はまさに聖地であろう。これほどの代表的名画が集まっているところは他にないからだ。「雪中の狩人」の前に立ったとき「お会いできましたね!」と心の中で叫んだ。はるかにつづく雪の風景・教会の塔も見える村並・眼下の川で氷遊びする村人たち・うつむいた犬を従えて、これもまたうつむきながら帰っていく狩人・葉を落とした黒い枝を伸ばす、きれいに並んだ木・家の前で赤い火を燃やす人たち・そして木にとまる黒い鳥たち・空に滑空する一羽の鳥。静かな雪の風景が冷え冷えせず暖かく観るものを受け入れるのはブリューゲルがヒューマニストだからであろう。最高に好きな画家の一人です。

ヒエロニムス・ボッス「十字架を担うキリスト」
ウィーン美術史美術館で会えるボッス。十字架を背負いながら丘に歩いていくキリストをボッス流に永遠化している。しかも人物は漫画のよう、そこがすごい。         

 


経験的推奨西洋絵画 3  清水  0101202303

[Seigoさんのラファエロ<サン・シストの聖母>についての感想への私感]
私は<サン・シストの聖母>はかなり好きな絵です。 ラファエロの描く女性にはおおざっぱに2通りあるように思います。一方は、敬虔そのものの聖性をもった、天上からの愛(アガペー)が感じられる絵。もう一方は、世俗の女性や、聖母にしても現実の婦人や若い娘を写実した絵。前者にはほとんどセックス・アピールは感じられないが、後者にはある。前者には、<牧場の聖母:ウィーン美術史><カニジャーニの聖家族:ミュンヘン>などが当たり、代表的なものがルーブルの<美しき女庭師>でしょうか。後者は世俗では、<ラ・ヴェラータ:ピッティ><アラゴンのジョバンナ:ルーブル>聖画では、<アレクサンドリアの聖女カタリナ:ロンドン・ナショナル>代表的なものが<椅子の聖母: ピッティ>で<サン・シストの聖母>はこちらの系譜のように思われます。若い現実の女性で、私はこの聖母の顔は好みのタイプです。パリで赤いブリキの箱に入ったチョコを買ったのですが、そこに印刷されていたのがこの絵の下方にいる2人のかわいい天使で、ふで箱として現役使用中です。

[SEXY F.M.さんのルネサンス巨匠の信仰の力への感想]
 『ルネサンス期の巨匠の残した絵はほとんど人間業とは思われません。あのただならぬ造形を可能にする精神力は、とにもかくにも、「何もの」かを信じる人間のみが持ち得るものでは ないかと思うのです。その差 は、つまるところ、両者の生きた時代の、信仰というものの持っていた力の違い。』という感じ方には、私は共通感覚そのものを感じました。私もまったく同じ考えです。ローマの教会の数々に入った時にも同じ思いにとらわれます。その感覚が私にキリストの西欧人に対する影響力の強さを考えさせるのです。しかも絵画にしても、教会にしても美的指向性・美意識が上方、天を向いているのですね。俗悪ではない、チープではない、プラッキイでない、すばらしさなのです。この方向性が都市計画や風景(海・川・田園・路)を美しくしていく、ないしは保つことにもつながっていると確信します。(突然、別の話で恐縮ですが、我が国の場合小中学校の建物などを次々に造り替えてきましたが、私の母校の小学校もそうなのですが、財政面の消化措置及び内装近代化の根拠は理解するとして、時代を経た木造校舎の美的優位性、それと建物・ロケーションと連動した失われた何千・何万という人間の記憶の価値はどうしてくれるのでしょうか?経済効率では測れない人間そのものの尊厳が我が国はまだまだ非常に低位です。)

ルーブル美術館<フランス・パリ>
パリには地中海にほど近い南仏のモンペリエからTGVで入りました。モンペリエの駅で印象的だった風景は、ホームから自転車をかかえた人が線路を渡りスタスタこちら側へきたことです。ホームから線路までの高さが低いのです。それにしても新幹線のホームを! TGVは車内検札もなくビュフェのかえり、店員と話し込んでいた伯父さんにキップを確かめられました どうやらその人が車掌さんだったようです。しかし、私服! パリ・リヨン駅からは出口改札もなくホームからパリの広場に続いています。パリは建物・店・路の境界感がまるでなく街全体が我が家との感覚でした。それはチェックということのほとんどない鉄道でパリに入り込んだからのようですが、パリの人間的な自由度の高さを思い知りました。セーヌの橋を渡るときなど精神の開放感を強く感じます。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」「モナリザ」
小説におけるドストエフスキ?指揮者で言えばフルトヴェングラーのような人が絵画におけるレオナルド・ダ・ヴィンチ。ダ・ヴィンチですごいのは人物の輪郭線で、三次元の人物を二次元化するのにこれほど完璧な人は知りません。輪郭線が感じられないのに人物が確固として存在している。しかも見た瞬間どの絵もあれでもなく・これでもなくレオナルド・ダ・ヴィンチだと言っている。

ドラクロワ「サルダナパロスの死」「キオス島の虐殺」「アルジェの女たち」「ショパン」「民衆を導く自由の女神」
ルーブルの醍醐味を実感できるのはつぎのアングルやドラクロワの圧倒的な作品群です。美術の教科書にのった作品が宮殿の大広間にこれでもかと並んでかかげられている。ドラクロアの「サルダナパロスの死」などは、大きさその華麗な色彩、小説の一場面を視覚的に再現したような劇的な内容で目を見張らせられる。敵の襲撃に最後を悟り自分の愛妾や愛馬を目の前で殺させるアッシリアの王サルダナパロスの悲劇が完璧に描かれている。特に愛妾とその胸に剣を突き立てる王の部下は絵画以外には表現できないであろう理想的な人体美をあらわしている。 

アングル「グランド・オダリスク」「泉」「トルコ風呂」「ヴァルパンソンの浴女」「カロリーヌ・リヴィエール嬢」
アングルが旅先のイタリアでもっともひかれたのは、ラファエロの完成された美しさだったそうであるが、アングル自身も1800年代に典型的な美しい女性像を描いた。クラナッハがどこか妖しい女性を描いて惹きつけるが、アングルの裸婦は西欧の完璧な人体である。アングルやドラクロワの裸婦は、金髪の当地の女学生なども目を凝らして熱心に見つめているので眺めるのに気恥ずかしさはまぬがれる。

ヤン・ファン・アイク「宰相ロランの聖母」
フランドル絵画の祖であり油彩を創始した画家で、色彩・質感・描写に迫真の技巧を感ずる。衣装、宝石,貴金属など実物以上に輝いている、しかもたった今描ききったように艶やかだ。ベラスケスとは逆にファン・アイクの絵はタッチで描かれていないので、マリアに今まさに被せられようとしている王冠のルビーは近づいて見てもルビーである。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール「マグダラのマリアの懺悔」「大工聖ヨセフ」「いかさま師」
明暗の強調された画面の中に、個性の際だった独特の人物を浮かび上がらせる画家です。庶民階級の登場人物が聖家族を演じています。

フラゴナール「水浴する女たち」「かんぬき」「楽譜をめくるオペラ歌手」
ブーシュ「ディアナの水浴」「オダリスク」
フランス・ロココ絵画は誰にもわかりやすく愛らしい絵画です。堅苦しくなく見るものの本音を表現しているのではないでしょうか。

レンブラント「水浴のバテシバ」「画架の前の自画像」
レンブラントの絵を美術館の中に発見すると、途端にその部家のグレードがあがる感がします。

ダビッド「ノートルダム寺院でのナポレオン1世の戴冠式」「ホラティウス兄弟の誓い」
ルーブルを象徴する絵画の1枚、大型の画面の中にナポレオンとジョセフィーヌが若々しく美しく威厳をもって存在を続けています。

ジェリコー「メデュース号の筏」
劇的・迫真・強烈というような小説的・演劇的絵画の多さで特徴付けられるルーブル美術館のなかでもひときわ印象に残る画面です。1816年の海難事故で漂流を続けた15人の生存者がいままさに船の遠影を見つけたときの姿が描かれています。

モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール「ポンパドゥール夫人」
フランスのサロン。知性と教養とウィットもある芸術家たちの女性パトロン。この形態は日本では将来ともなかなか望むべくもありませんが、この絵のポンパドゥール夫人は典型的に美しい姿をしていますね。誰もが崇拝し夢中になったでしょう。


経験的推奨西洋絵画 4  清水  0101281922

オルセー美術館<フランス・パリ>
セーヌ川左岸のオルセー美術館に行ったのは8月真夏の暑い日でした。地下鉄ソルフェルノ駅を出ると、セーヌを左手に見ながら汗をかきかき急ぎました。オルセーを目指すとなれば気がせくわけです。この「宮殿駅」を改造したオルセー美術館は中央軸(昔線路があった)に沿った中庭 の両翼に展示室を構成し、上はテラスになっています。各展示室やテラスは小部屋でつながっており、建物頂上の駅や旧ホテルのひさしにあたる部分に、外の自然光の恩恵に浴する広々としたギャラリーがあります。この<自然光の恩恵に浴する>との点がオルセー美術館の最大の特徴・美点で、印象派の絵画をその描かれた外光のもとでと同じような明るい光の中で眺めることが可能になりました。私はオルセーほど輝いて見えるセザンヌの絵を見た経験がありません。セザンヌがゴッホにみえたのです。

ミレー <晩鐘><落ち穂拾い><グレヴィルの教会><春>
夕焼けの空・ねぐらに帰っていく鳥たち・地平線近くに立つ教会・手押し車の前、収穫物を入れる籠を間に神に祈る農民夫婦、夫は帽子をぬいで、妻は手のひらを合わせ深々と、こうべを下げる。フランス郊外の村の敬虔な人間の姿が描かれているのが<晩鐘>です。画面から、遠い教会の夕方の鐘の音が見る者に響いてきます。

クールベ <オルナンの埋葬><画家のアトリエ><泉><嵐の後のエトルタの断崖>
静寂と峻厳さが画面全体を支配し、細部の描写にまですばらしい技巧をみせるのがクールベです。うまい。

モネ <パラソルをさす女> <ひなげし><サン・ラザール駅><青い睡蓮><ルアンの大聖堂><庭の女たち><モントルグィユ通り>
若い女性を始め我が国に圧倒的に好まれるモネ。厚塗りの暖かい色調・光・大気感。<ひなげし>における青い空、斜面の赤いひなげしの群生と母娘。日本画にも通じる毒のない本音のわかりやすさ。印象派エンターテインメントのチャンピオンがモネです。

ルノワール <ピアノの前の少女たち><ムーラン・ドラ・ギャレット><日にあたる女の上半身><都会のダンス><田舎のダンス><ペルネーム・ド・ヴィレール夫妻><浴女達>
ルノワールで好きなのはそのこまかく細いタッチです。繊細に筆を動かし人物を生き生きと存在感をもって定着させている。パリのレストランを描いた人物群には、現在でも脈々と生きている(ほんとうなのです)パリの開放感が伝わります。

ピサロ <ルヴシェンヌの道><羊飼いの娘><赤い屋根><耕作地にいる女>
風景画の多いピサロですが、忘れられない強い印象を残すのが、棒きれをもって草の斜面いっぱいにすわる羊飼いの娘。緑の草・青い長いスカートと赤いかぶり物・靴下が色彩の対比をきわだたせています。

エドガー・ドガ <浴槽><カフェにて><競馬場><青い踊り子達>
ドガは、舞台裏で休んだり、疲れていたり、柔軟体操をしたり、背中を掻いたり、あまり優美でもないポーズをとったりする踊り子達を、人工照明の輝かしい光の下で、強い色彩と大胆な構図の中描いている。

ゴッホ <オーヴェル・スュル・オワーズの教会><アルルのヴァン・ゴッホの部家><アルルの女><昼寝またはシエスタ><芸術家の肖像><ポール・ガシェ博士>
次のゴーギャン・セザンヌと並び世界のオルセーの面目躍如といった作品群。学校で画集で見た絵画、また絵画。芸術の都パリである。セーヌがあり・ノートル・ダム・ド・パリが出来・建物が建ち並び・街路樹が枝を伸ばし・カフェが張り出す。そんな街に、画家や音楽家、小説家が集まってくるのは必然だ。パリに、拮抗するゴッホ・セザンヌ達の芸術に思える。パリは軽薄の中からは出現しない。人間の明確なコンセプトのもとで出来ている。

ゴーギャン <美しきアンジェール><タヒチの女><ブルターニュの農婦達><白い馬>
「これほどの輝きの中にこれほどの神秘を込めるとは驚くべきことだ」マラルメ─ゴーギャンの絵画をもっとも理解した1人の言。

セザンヌ <首吊りの家><青い花瓶><林檎とオレンジ><エスタック><小さな橋><玉葱と瓶><トランプをする人々><モデルヌ・オランピア><コーヒー沸かしと女>
オルセーのセザンヌは最上階のギャラリーの専属の部屋にあって外光に、もったいぶらず惜しげもなくさらされていた。特に静物画群は出色で、色彩も独特の青を始め見事です。

マネ <オランピア><草上の昼食><露わな胸のブロンド女><海辺で><バルコニー><エミール・ゾラ><横笛を吹く少年>
マネはスペイン絵画、ヴェラスケス・ゴヤや日本絵画から大きく影響を受けている。前進的・革命的・同世代人の度肝を抜くような奇抜さに溢れていた。筆はたつし、アイデアにも溢れていて固定観念にもとらわれない。<オランピア>はいまだにスキャンダラスな微笑みを浮かべて見る者に相い対する。印象派ではもっとも好きな画家の1人です。

アレクサンドル・カパネル  <ヴィーナスの誕生>
オルセー美術館でもハッとする絵の1枚。海上の波に横たわる女体と蜂のようにその周りを飛ぶ5人の赤ちゃん天使。わかりやすい女性美の極致。

ギュスターヴ・モロー <オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘>
「オルフェウスの神話は、それが芸術創造と思想を通して芸術家の永遠を物語るだけに、象徴主義者達の好むテーマの一つとなってゆくが、ここでは全く初源的で珍しい解釈の一つが示されている。」─ オルセー美術館オフィシャル・ガイド日本語版より

ギュスターブ・カイユポット <床に鉋をかける人々>
1875年の作品。仕事をする3人の男を描いて写実永遠化に成功した見事な作品。

アンリ・ルソー <蛇使いの女><戦争または馬駆ける不和><女の肖像>
熱帯ジャングルの鬱蒼とした木々・肉厚の葉・シダ類・下草・花・果実・草食動物・肉食動物。葉1枚1枚の描写・単純化した明確な形態・そして何よりもしっとりと輝く美しい色彩。アンリ・ルソーは自分自身の独自の絵画世界の構築を真に楽しんでいるように思う。ダ・ビンチも アングルもルーベンスも彼はおそらく全く意識しなかったであろう。自分の描きたい絵を描きたい絵の具で描きたいように描いた、その自由さ、そんなアンリ・ルソーの絵は21世紀にますます価値を増していくであろう。私の最高に好きな画家の一人です。
 


経験的推奨西洋絵画 5  清水  0102041840

ウフィツィ美術館<イタリア・フィレンツェ>
イタリアは私のもっとも好きな、かつ惹かれる国です。都市の景観、街角で見掛ける市民、レストランの給仕人どれもに魅力を感じます。歴史の過程で築き上げられた、また、共通資本としての都市が美しい、これはコンセプトにおけるセンスとか美感に収斂するのでしょうが。市民が美しい。特に若者は男性も特に女性は綺麗です。絵画の中の若い聖母のような女性がまちなかを歩いているのに出会うことがあります。給仕人は人なつこくて陽気です。それに客の言うことに必ず「スィ!スィ!(はい)」と控えて返事を返します。(これは、単にお金が脳裏をよぎるためばかりとは思えません。我が国における最近のウェイター・ウェイトレスのブン・ブン!とした応対と比較すると何たる違い。) 生まれ変わりがあるとすれば(私自身は今のところ信じませんが)イタリアを選びたいと思います。イタリアの中での選択は非常に迷うところですが…。 14世紀頃のヴェネチアもいいし、ローマこれは捨てがたい、そしてフィオレンツァ・フィレンツェ・フローレンス<花の都>にも強い触手が動きます。時代は15世紀あたり、コジモ・デ・メジチがフィレンツェの繁栄を築き上げて、その後孫のロレンツォで華麗に文字どおり花開く頃がいいですね。画家でいえば、フィリッポ・リッピやボッティチェリの全盛の頃。いまでも小高い丘の上から見下ろすと、アルノ川がゆったりと流れ、ポンテ・ベッキオが川をまたぎ掛かり、街の中心にはサンタ・マリア・デル・フィオーレ<花の聖母教会>がその丸屋根ともども、フィレンツェそのものの象徴として確固として存在し続けています。<花の聖母教会>ほど街そのものの象徴性をになっている教会はないかもしれません。

サンドロ・ボッティチェリ <ヴィーナスの誕生><春><柘榴の聖母><マニフィカトの聖母><東方三博士の礼拝><受胎告知><パラスとケンタウロス><ユディットの帰還><書斎の聖アウグスティヌス><コシモ・イル・ベッキオ>
ボッティチェリの <ヴィーナスの誕生><春>をウフィツイ美術館で目の当たりにしたとき比喩的な表現だが「地球外知的生命に地球人とはこういう芸術を創造した生物です。」と指し示したい絵画。数十億年後に地球が膨張する太陽にのみこまれるとして、この絵画は何としても残せないものかという感慨を持った。そうした絵です。プラトンの美のイデアが地上に映した影が現実世界の物象だとすればボッティチェリは地上の女性や草花・さざ波を描くことによって天上の美のイデアを地上にもたらした人です。そして、私の眼にはそれは、他の多くの絵画の名品に比べ、より達成しているように見えました。

フィリッポ・リッピ <聖母子と二天使><聖母戴冠><聖ヨハネと聖ロムアルドの礼拝>
『噂によると、このフィリッポはたいへんな女好きで、自分の気に入った女を見かけると、その女をものにすることができるなら、自分の持物はすべてくれてやるような男だった。またそうした手段で女をものにすることができないときは、女の肖像を絵に描いたが、それは絵を描くことによって自分の恋の焔を消すためであった。彼は色欲に溺れることのはなはだしい男で、そうした情にとらわれた時は、自分が手がけた作品にたいしてもほとんど、あるいは全然注意を払わない始末であった。それでついにある時、コージモ・デ・メディチは自分の邸で彼に仕事をやらせようと思い、外へ遊びに出て時間をつぶすことのないよう、彼を室内に閉じこめた。しかしフィリッポは二日間もそこにいると、もう恋情、というか獣的な激情に駆られて我慢がならず、一夕、鋏でもってシーツを細く切り裂くと、窓からそれにつたって下へ降り、何日もの間放蕩に耽った。フィリッポの姿が見えないというので、コージモは彼を探させた挙句、連れ戻すことができた。そして彼の狂おしい性癖や彼の身の上に生じかねない危険を考えて、前に彼を閉じこめたことを後悔し、その後は自分の好き勝手に外出してもよいという自由を与えた。というわけで、それ以後コージモはフィリッポを愛情のきずなによって自分の手もとに引きとめるよう気をつかった。するとまたフィリッポも打てば響くように彼に仕えた。彼がいつも口癖のように言っていた言葉に、たぐい稀な傑出した天才というのは天上のものであって車曳き用の駿馬とは違う、という句があった。』 ─ ヴァザーリ「ルネサンス画人伝」平川祐弘他訳 白水社 ─<聖母子と二天使>は青を基調とした明確なフォルムを持ったフィリッポ・リッピの代表作です。聖母の表情が清楚で魅力的で一度見たら忘れられませんが、描かれている女性は、ある時カルメル会の修道士でもあったフィリッポ・リッピが上記のような性癖の勢いで駆け落ち同様に連れ去った修道女ルクレーツィアでキリストのモデルの赤ん坊は2人の間にできた、後のこれもまた立派な画家になったフィリッピーノということです。イタリア・カトリックのある面、奥深さというか・人間的というか・いい加減というか、単なる倫理・道徳だけではかたづけられない人間的激情を象徴するような話です。(蛇足ですが、私は戒律の中で人間にとって一番つまずきやすいのが<汝、姦淫するなかれ>だと思います。)

チマブーエ <サンタトリニタの聖母>1290年頃
ジョット <オニサンティの聖母>1310年頃
シモーネ・マルティーニ <受胎告知>1333年
ヒューホー・ファン・デル・フース <ポルティナリ祭壇画>1480年
ペルジーノ <ピエタ>1494年
祭壇画を中心とした宗教画の名作。平面構図の中に聖母・キリストが明確に立ち現れる。この頃の宗教画には信仰に関する懐疑の念は全く窺えない。信仰の動機が絵画を明快にしており、現在でも見る者に強く流入してくる。ジョットは個性がきわだっていて、覚えるとどこで見ても当てられます。

レオナルド・ダ・ヴィンチ <受胎告知>
若々しいレオナルドの若々しい聖母や天使ガブリエル。すがすがしい受胎告知なのは背景の広々とした風景と空気感にあるようです。告知をうけるマリアも「合点、承知、まかせなさい」との余裕のある静かな表情をしている。

ラファエロ <ヒワの聖母>
戸外の風景の中安定した3角形構図に聖母マリア・幼子キリスト・洗礼者ヨハネがのどかに描かれている。聖ヨハネの手の中に一羽のヒワ(カナリアの仲間)が描かれているためこの名が付けられている。キリストも右手をヒワにかかげている。マリアの幼子たちを見るまなざしは静かで清らかである。マリアは赤い衣の上に青いマントをつけている。聖母の着衣のきめごとで、赤は「神聖なる愛」青は「天上の真実」をあらわす。

ティツィアーノ <ウルビーノのヴィーナス><フローラ>
ティントレット <レダと白鳥>
神話の主題を借りて女性美を思う存分表現している。時代の好みというのがよくでていてかなりの年代、女性は豊麗な姿が描かれたようだ。21世紀初頭の好みにくらべて、胸部もだいぶ小振りのようです。ただ、絵画的な官能美とすればここまでの形態と思えますし、これ以上だとはっきりエロチックの領域に入るようです。

カラヴァッジオ <イサクの犠牲><バッカス>
16世紀の画家カラヴァッジオはもっと注目されてもいいイタリアの画家だと思います。光と影の中に、モダーンな劇的な、もしくは精緻な写実が表現されています。黒の使い方の非常にうまい画家のように感じました。たまたまローマでカラヴァッジオの企画展に遭遇して大変幸運だったのですが、ローマでは人気でした。その時見た「ユディット」(町娘の衣装の)は今でも脳裏を去りません。


経験的推奨西洋絵画 6  清水  0102102245

ボルゲーゼ美術館<イタリア・ローマ>
 “永遠の都ローマ”は多彩・多様です。街を南北にくねって流れるテヴェレ川。川にはサンタンジェロ橋や古代(B.C170年頃ローマ時代)の「壊れた橋(ポンテ・ロット)」を横に見るパラティーノ橋など、石造りの古い橋がどっしりと架かります。ポポロ広場・カンピドーリオ広場・スペイン広場・ナボーナ広場などイタリアの街を特徴づける広場(ピアッツァ)の数々。特にローマに入る北からの玄関口ポポロ広場には、あのゲーテもポポロ門を通って入りました!そうした歴史的な感慨が彷彿とする、しかも、現在でも市民たちが、広場にある泉や彫刻のまわりで三々五々憩っている。ギリシャ神話の神々や、いかにもたちの悪そうな顔をした魚たちを刻んだピエトロ・ベルニーニの彫刻群。それら、広場や彫刻で飾られた泉を見下ろす、ピンチョの丘をはじめとした、カピトリーノエ・スクイリーノ・クイナーレなどの小高い丘々。 古代ローマのカエサルも同じ場所を歩いたであろう、フォロ・ロマーノの石畳の道。思わず唸ってしまうイタリア料理の店、フェラガモ・フェンディ・ブルガリなどの店。そんな多彩・多様なローマの街の中でもひときわ光彩を放ち、他の西欧の街に抜きんでているのが、キリスト教会の数と規模とそのすばらしさです。サンタ・マリア・マツジョーレ聖堂・サンタゴスチーノ教会・サンタ・マリア・ミネルヴァ教会・サンタ・チェチリア・イン・トラステヴェレ教会、そして、きわめつけはサン・ピエトロ寺院。 ナボーナ広場の入り口プレビシート通りにあるサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会に入り外の喧噪がうそのように静かな教会の椅子に座り高いクーポラを見回していたとき、天上からのように突然教会全体から、パイプ・オルガンの音が降って来ました。また、サンティーヴォ教会では純白のウェディング・ドレスを着た花嫁のカトリックの結婚式に遭遇して司祭の言葉を聞きながら、眺めることができました。ローマの教会はいつでも、誰にでも開かれていて結婚式を見ている東洋人でも、咎めたり追い払ったりはしません。歴史の中でこれらの教会が建つためにどれほどの一般民衆が搾取されたのか、またある時期には腐敗司教によって若い未亡人や娘がだまされたかもしれませんが、教会の建物は今でも美しく厳然と存在し続けています。悲惨や不正や腐敗をつねに超然と見下ろし続けていたのは教会に掛かるキリストの像や絵画であり、キリストの精神は人々の生々流転の変化を超えて普遍的に教会内に生き続けているように・生き続けるように感じました。

ラファエロ <一角獣を抱く貴婦人><キリストの埋葬>
金髪に緑の瞳の若い婦人、赤と黄色の衣装、胸に掛かる大きな赤と緑と真珠の連なった宝石、それに背景の青空。色彩的にカチッと調和のとれた肖像画です。<キリストの埋葬>は運ばれるキリスト、かかえ持つ男たち、卒倒する母マリア、ささえる若い女性たちがアンリ・カルティエ・ブレッソン流のまさに“決定的瞬間”として描かれていて、しかも輪郭・色彩ともたいへん明確な生きの良い絵です。

ティツィアーノ <聖愛と俗愛><キューピッドに目隠しするヴィーナス>
ボルゲーゼ美術館は緑に囲まれた広い公園の中にある大きくはないが白いお洒落な美術館です。私は地下鉄バルベニーニ駅で降りローマで最もエレガントな通りといわれる並木道のヴェネト通りを歩きアウレリアヌス帝が3世紀に造ったピンチアーナ門をくぐり向かいました。ボルゲーゼ美術館は美術好きな人にはローマでは、はずせない美術館ですが、日本で日にちと時間を予約していくべきです。2時間の入れ換え制になっていて私は朝一に行きました。海外における日本人同胞は昔の良き日本人に先祖返りして、助け合いの精神を発揮することが多いようです。ボルゲーゼでも飛び込みで入れなかった同胞にチケットを融通していた方がいました。海外だと気分が高揚して親和力が増すようです。 さて、ボルゲーゼの中でも名作の一つが <聖愛と俗愛>です。古来‘謎の名画’といわれてきたこの絵について「オルガ・フォン・ゲルストフェルト女史のように、ティツィアーノはこの作品で何かある物語りや寓意を表現しょうとしたのではなくて、ただ単に自分の恋人ヴィオランテの肖像を描いただけだと主張しているのである。ヴィオランテは、ティツィアーノの最初の師であったパルマ・イル・ヴェッキオの娘で、ティツィアーノときわめて親しかった。現在ウィーンの美術史美術館に、ティツィアーノの描いた《ヴィオランテの肖像》と称する作品があって、顔を比べてみると、眼が大きくて顎がやや突き出しているところなど、似ていないこともない。ただし、ウィーンの作品がほんとうにヴィオランテを描いたものかどうかという点についてもかなり疑問があるので、いきなり比較してもあまり意味がないかもしれないが、少なくとも《聖愛と俗愛》の制作にあたってヴィオランテがティツィアーノに協力したことはたしかなようである。 事実、どちらが「聖愛」にせよ「俗愛」にせよ、この画面のふたりの女は驚くべきほどよく似ている。双生児の姉妹といってもおかしくないほどだし、もっとはっきり言えば、同一人物と言っても構わないくらいである。そして、このように、何かもっともらしいコンポジションを借りて肖像を描くことも、当時としては少しも珍しくはない。ティツィアーノは、自分の愛する女性の完全な姿を伝えるために、着衣像と裸像と二度にわたって彼女を描き出し、しかも、一方はほば正面から描き、他方は横顔というぐあいに、できるだけ変化をつけている。つまり、このふたりの女性は、ふたりのように見えて実はひとりであり、両者あい補って完全なひとつの肖像画を形づくるようになっているとも考えられるのである。このことは、ティツィアーノとヴィオランテの恋がどの程度のものであったかということにはかかわりなく、絵画上のひとつの巧みな演出としてたしかに指摘することができる。」 ─  高階秀爾著 「ルネサンスの光と闇」中公文庫 ─ との面白く説得的な見方があります。また <キューピッドに目隠しするヴィーナス> では、愛の女神が息子に目隠しをする場面が優しい貴婦人の姿で描かれていますが、理性を失わせる愛(エロス的愛)の力には充分に注意するようにとの教訓をあらわしているらしく、教訓には異議なしです。(キューピッドの羽の生え方がかわいい)

クラナッハ <ヴィーナスと蜂の巣をもつキューピッド>
またまたヴィーナス、またまたクラナッハの登場。妖艶なエロチシズム。羽のついた帽子やネックレスがお洒落。クラナッハは自身もプロテスタントで友人のルターの宗教改革を指示した人ですが描く絵は人間的でした。そう言われてみれば、クラナッハの女性は、カトリック的なティツィアーノの豊麗さに比すると、プロテスタント的なスレンダーですね。蜂に刺されて母親ヴィーナスに助けを求めているキューピッドの寓意は「快楽には必ず苦痛が訪れる」でこれも異議なし。

カラヴァッジオ <馬丁たちの聖母><病める少年バッカス><執筆する聖ヒエロニムス>
イタリア・ローマらしくカラヴァッジオの名品です。<馬丁たちの聖母> は<蛇の聖母>とも呼ばれていて聖母とキリストがまがまがしい蛇の頭を踏みつけています。聖母もキリストも現在にも通用する迫真正を持っています。聖母は胸元も露わな、いい女風です。蛇に関してはキリスト教(新約)では悪とか悪魔、邪悪な象徴性をになっていて「蝮の末」とか言うせりふがよくでてきますが、ホントに「去れ蝮の末」と言いたくなるような人物が現実にも結構います。

ベルニーニ <プロセルピナの略奪><アポロとダフネ><ダヴィデ>
ボルゲーゼ美術館の顔ですね。人気も高い。ウルバヌス8世曰わく「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」まさに大理石の天才、神業です。ギリシャ神話 <プロセルピナの略奪>の彫刻を現実にみると度肝を抜かれます。プルトンの指が娘プロセルピナの腰とふとももにくい込んでるのです。大理石とは思われず、生身以上に肉体的です。 


経験的推奨西洋絵画 7  清水  0102241643

ヴァティカン美術館<イタリア・ローマ・ヴァティカン>
ローマ旅行の技術論的な話を少々。私はすべて自分でプランし自分の足で歩きます。段取り八部で事前の下調べ・日別の行動計画・タイムスケジュール・アプローチ手段が必要。サン・ピエトロ寺院なら場所のイメージ・当日の時間・交通手段・食事の場所等、頭の中でイメージが浮かぶようにまでしておければOK。旅行は足の向くまま気の向くままは海外ではお勧めできません。とにかく時間が勝負です。「地球の歩き方」がベースになります。 この資料は経験的に国別で完成度の差があり、ローマ編は非常にすぐれています。この本を基礎に時間があれば細部を別のガイド・資料・サイトなどで肉付けします。さてローマ観光の白眉といえるサン・ピエトロ寺院ですが、私は朝一で出かけました。地下鉄やバスも考えましたが、現地当日の判断はホテルからタクシーを利用。早いアプローチとの判断。とにかく、混雑を予想しました。実際戦場なのです。あんのじょう8:45分からの開館に長蛇の列になりました(私はうまく前の方)。狙った見る順番は、博物館→絵画館→システィーナ礼拝堂→サン・ピエトロ寺院です。理由は寺院は人混みでも鑑賞にさして影響がないからです。博物館・美術館で自分なりに一皮むけたと思ったのは、館内のスタッフ利用ということ。場所場所に立っているスタッフに自分の行きたい場所の地図を指で示します。それでOK。イタリア語も英語もいりません。かえって中途半端な英語など使わない方がいいです(相手が無用の緊張をする)。ヴァティカンのスタッフは優秀で非常に親切。しかも、想像するに立ちんぼで暇ときているから、妙な東洋人に何か聞かれたりする方がうれしく張り合いがでるというものです。ただし、路頭に迷っていたのが、あなたのおかげで息を吹き返したという気持と態度は必要、実際そうなのです。であれだけ広大で複雑な内部を効率的に見るのには自分で探していては日が暮れるというわけです。

ミケランジェロ <天地創造><デルフォイの巫女><ピエタ>
システィーナ礼拝堂は立錐の余地もないほどではないにしても、それはそれ賑わってました。私の経験では西欧では例えば上野の「西洋美術館」にかつてモナリザがやって来たときのような数珠繋ぎの長蛇の列現象(パンダ現象)はなかったですね。それでもここで特徴的なのは感嘆符とかでだんだんざわついてくると、イタリア語で「静かに!」と一括飛ぶわけです。なんと言っても礼拝堂の中だからです。シーンと静まりかえる、3分・5分・7分と感嘆のざわめきや私語が増加する。そこで「静かに!」。この繰り返しです。私は側面のベンチで1時間以上座って見ましたか。去りがたい場所です。映画「ベン・ハー」のオープニングに出た「アダムの創造」。神の伸ばした指先とアダムの指先のあいだの間(ま)。絶妙の間(ま)(空間)です。高さ16mはある天井画の中でも人気度NO.1が<デルフォイの巫女>だろうか。双眼鏡で見上げるとおなじみの、かわいい顔が修復後とてますます磨きをかけた美人ぶりでいた。<ピエタ>は前回見たときはこんなに近くで見られるの、との近さだったが今回はずいぶん遠くに行きましたね、のぐあいだった。青年のキリストを娘のマリアが抱きかかえているようで母子というより、 死んだ恋人を嘆くの像のようだ。ネット・サイト「聖イグナチオ」掲示板でキリストの顔議論が盛んだったが(私には理解に苦しむ議論もあった)私にとってマリアの顔のイメージの一つがこの<ピエタ>です。

ボッティチェリ <モーゼの試練><反逆者たちの懲罰>
システィーナ礼拝堂の<最後の審判>向かって左の側壁にボッティチェリの作品がある。ボッティチェリに並々ならぬ思いこみのある私には、システィーナ礼拝堂での壁画はうれしいものでした。贔屓の人の晴れ舞台を見るような、システィーナに壁画があれば文句なし、のような。絵画史上はミケランジェロに圧倒的な賞賛のシスティーナ礼拝堂作品群でしょうが、私はファン心理もあってか、ボッティチェリの2枚の壁画は傑出して見えました。輪郭・形態が明確・演劇的なシナリオが本音的なためメリハリの利いたエンターテインメントな壁画だからです。現代にも色あせないロマンがボッティチェリにはあります。その象徴が羊たちに水を与えるためにやって来たエテロの娘です。画面の中央に金髪の2人の若い娘。髪の結い方がかわいい。白い衣装に赤と青の模様や縁取りが美しい。巻き皮らしい履き物も粋です。とにかくおなじみのボッティチェリ顔が大舞台に登場しているわけです(私にはこの場のヒロインでした)

ラファエロ <キリストの変容><ファリーニョの聖母><キリストの割礼><東方三博士の礼拝>
絵画館の突き当たりの大部屋に3枚の大作が並んでいる。このあたりはなぜかすきすきで人がほとんどおらず独占状態だった。暗い部屋にものすごい存在感で<キリストの変容>があった。キリストを見上げる人物群の色彩が鮮やかである。悪霊に取り付かれた少年(両眼があっちとこっちになっているのですぐにわかる)を介して人々の劇的な動きがある。絵画構成的には変容するキリストの垂直方向の動き、丘下の人物群の水平の動きがキリストの頭を頂点とした3角形構図の中で安定感を獲得しているわけだ。しかも下部の人物群を引き締める役に垂直に上昇するキリストと結んだ線上に画面下部でひざまずく金髪で白い肌を露わにした美しい女性がいる。

メロッツオ・ダ・フォルリ <奏楽天使>
赤いシャツ緑のワンピース黄色いリュート背景の青天使の金髪白い肌赤い頬。色彩が明確でスッキリした、しかも強い印象の天使画である。天上の音楽が聞こえてきそうだ。

カラヴァッジオ <キリストの埋葬>
白い布とともに2人の男にかかえられるキリスト。3人の女性。カラヴァッジオの聖画は現実に舞台上で演じられているできごとを迫真のリアリズムで描ききつたような空前絶後の味わいがある聖画だ。


経験的推奨西洋絵画 8   清水  0103041828

テイト・ギャラリー <イギリス・ロンドン>
1998.1/23〜3/29に上野の東京都美術館で出色の「テイト展」が開催されました。この期間の日にちはいつだったか定かではないのですが、私の脳裏に今でも鮮やかに焼きついています。美術館の入口まで降りしきる雪の中を多くの人々が静かに傘をさして行列したからです。降りしきり積もった雪で景色も幻想的な様相をおびて、その日の感覚では日本というより思いは雪のイギリスのロンドンにいるようでした。内容も実にすばらしく、コンスタブル<フラットフォードの製粉場>あり、エヴァレット・ミレー <オフェーリア>ありで出色の充実ぶりで、実際本物のロンドンのテイト・ギャラリーで東京で見た記憶があるのに、見かけなかった作品があるのです! 事ほど左様にすばらしく、ここ10年ぐらいの国内展でも最高の一つに思われました。
 さてそのテイト・ギャラリーは右にウェストミンスター寺院、左にビッグ・ベン・英国国会議事堂を見るアビンドン通りの先テムズ河畔にあります。この国会議事堂は議会の建築物としては美的に最高級といえるのではないでしょうか。近くで見るほどそのゴシック様式の偉容に圧倒されます。 とにかく大きい豪華。テムズ川に沿って全長が300mあるそうです。まさに民主政治発祥の地イギリス議会の誇らしさが見て取れます。かような議会に登庁する議員諸氏は某国の国会議員のような教養と歴史感覚のない言辞はろうさないよう自覚するのではないでしょうか?しかもその国会が、くだんの通りから、柵なしでつながっている。鉄格子越しにはるか彼方に望む我が国、国会となんたる相違。その先ヴィクトリア・タワー・ガーデンズの新緑の木々を見ながら公園の柔らかい芝生を踏んで突き抜けていくと、ギリシャ神殿風のテイト・ギャラリーがあらわれてきます。

ターナー <ノラム城、日の出><吹雪><チャイルド・ハロルドの巡礼:イタリア>
       <ヴェネツィアのサンジョルジョ・マッジョーレ教会><小川を渡る>
イギリス留学をした夏目漱石も好んだというターナーはイギリスを代表するメジャーな画家の1人です。テイトはそのターナー作品の大部分が収集されていて初期の作品から代表作まで充実しています。風景が黄色く大気に溶け込み輪郭が消えた幻想的な作品もターナーの真骨頂ですが、私はテイトで特に初期の明確でみずみずしい風景画に目を開かれました。ターナーとコンスタブルは絵の主題に風景を選ぶ事も共通な、イギリス絵画の双璧ですが、「ある時、展覧会の会場で、ターナーの海景とコンスタブルの『ウォータールー橋の開通式』が隣合わせに並べられたことがあった。コンスタブルの作品は、華やかな旗で飾られた沢手なものであったが、ターナーのものはほとんど灰色一色の沈んだ色調のものであった。この時、コンスタブルも、自分の絵に最後の仕上げをしていたが、ターナーは、別の部屋でほかの作品に手を入れながら、時どきコンスタブルのいる部屋にやって来て、様子を見ていた。そして、コンスタブルがちょっと席をはずした隙に、自分の絵に濃い赤で斑点をひとつ入れて立ち去った。それは、画面全体が暗い灰色だっただけにきわめて効果的で、そのため、コンスタブルの旗の色まで、影が薄くなったように見えた。その後で部屋に戻って来たコンスタブルは、ターナーの画面の赤い斑点を見て、『ターナーはすごい鉄砲を打ち放した』とうめいた。ターナーは、それっきりその部屋に戻って来なかったが、開場前の「仕上げ」のために許された最後のぎりぎりの時間にふたたびやって来ると、その赤い斑点に手を加えて、波に浮いているブイに変えてしまったというのである。」
─  高階秀爾著 「名画を見る眼」岩波新書 ─ 高階氏によればターナーにとっては、すべてが多彩な色彩で覆われているような夢の世界の方がいっそう真実だったに相違なく、彼は赤い色がほしいと思った時、まず赤を画面に置いて、後でそれをブイに変えてしまった。画家はまさに色彩の専門家なのです。絵画を眺めるとき純粋に色彩の調和(ハーモニー)として見ると理解度が格段に向上するときがあります。

ジョン・コンスタブル <フラットフォードの製粉場><「ソルト・ボックス」と呼ばれる家の見えるハムステッド・ヒース>
             <ブライトンのチェーン・ピア><ウォータールー橋の開通><「ハドレイ城」のためのスケッチ>
コンスタブルが故郷サフォークの戸外で直接自然を前にして「きままな少年時代」の情景「私を画家にしてくれた」と自ら述懐した情景を描いたのが <フラットフォードの製粉場>です。私はこのすばらしい風景画を初めて見たときフランスの風景画、例えばピサロとか、コローなどとさえどこか印象が違うなと感じました。左にゆるやかな川があり、川に沿ってのどかな堤防の小道が(無論、護岸工事などされていない!)遠景にのびている。手前に船綱を調整する2人の子供。1人はおとなしい馬にまたがり、後ろをふりかえってもう1人が引き綱をいじっているのを見ている。綱の先には木の船と船上で、かじをとるための細長い棒を持った男。堤防の小道のもこうには釣りをはじめようとする2人の人物の姿。これらの絵はたんなる客観的な田園の写生描写ではないようです。子供の頃から遊び慣れ親しんだ自分の記憶の描写なのでしょう。たいへん気持ちの良い親しみの深い絵です。この絵を、遠くの赤い家々、その上空の白い雲、画面右側をしめる空間の大小の木立・草が美しく演出しています。とりわけコンスタブルで見事なのは草々・木々の無限とも思える緑色の階調の変化です。 「コンスタブルの芸術は、平凡でもあり神秘的でもある自然に対する深い愛情の上に成り立っている。彼は風景の物理的な細部を愛したが、同時にまた、それらは神の意思の表れでもあると考えていた。妻のマリアに宛てた手紙の中で、彼は次のように語っている『どの木もある種の花で満ち満ちているように感じられ、大地のおもてはまさしく生きているように見える一一歩あゆむごとに、そして何かに眼をとめるたびに、聖書の中のあの崇高な言葉‘私は甦りであり生命である’が確かなものに感じられる』 」─ 「テイト・ギャラリー オフィシャルガイド日本語版」より ─
コンスタブルの敬虔な心とそれにもとづく作画における明確な精神的スタンスがうかがえるとともに、イギリス人全般的な「風景・田園を深く愛する心」の根幹にも通ずるように感じます。

エヴァレット・ミレー <オフェーリア><両親の家のキリスト><ジェイムズ・ワイアットJr婦人と娘のサラ>
ルーブルの<モナ・リザ>がテイトの<オフェーリア>でしょう。イギリスの国民劇作家シェイクスピアのしかも「ハムレット」のオフェーリアの川流れの場面を描くとは、あたりまえすぎて、しかし、たいした野心だったように思われます。その<オフェーリア>を物の見事に実現したわけです。その方法論は徹底した写実と細部の描写。西欧流のスタミナのある取り組みかたです。肉食のパワーのせいか、西欧の芸術家は手抜きをせず徹底的に描き込む傾向があるようです。白地とか、たなびく雲とか、山並みでぼかさない。空間を埋め尽くしてリアルに再現する。わび・さび・余情もすてがたいものがありますが、シェイクスピアのオフェーリアを視覚的に表現するにはミレーの方向性がベストだった。永遠のオフェーリア、納得できるオフェーリアです。川岸の草木がこれまたみごとです。

ロセッティ <プロセルピナ><モンテ・ヴァンナ><ベアタ・ベラトリクス>
ミレーたちとラファエル前派の旗手とされるロセッティ。<プロセルピナ>は友人の妻で激しく恋したジェインを描き<ベアタ・ベラトリクス>では阿片の過剰摂取で死なせた妻リジーを描いています。妻リジーと愛人ファニー、ウィリアム・モリスとその婦人のジェインとの二重の三角関係のなかで絵画の創造を続けたロセッティの作品は個性的ですごみさえあり、現代でも女性たちにも根強いファンがあるようです。

サーゼント <カーネーション、ユリ、バラ>
白い衣装の少女2人・同じく白い百合の花群・日本の提灯が違和感なく内側からの光の効果という点でうまく使われています。少女は無垢でロセッティとは対照的。この作品はテイトで見たときのほうが採光のかげんで下草のカーネーションが鮮やかに見えました。オフェーリアは東京都美術館が衝撃的でした。

ホイッスラー <シシリー・アレキサンダー嬢>
また美少女。金髪、白のドレス、黒い髪飾りに黒い靴。文句のないお嬢さんぶりです。
画家は日本の浮世絵まで研究していて、そういえば少女の上を壁の装飾のように生きた蝶々が2匹舞っています。「どんなに小さな細部であっても想像から描くことを拒むホイッスラーは,シシリーの母親にドレスのデザインを厳密に指示し,純白のインド・モスリンがどこで買えるかも教えた。さらに自分の仕様で作らせるカーペットの注文までしている。少女は70回以上もポーズをとらされ,一度に数時間,しばしば泣きながら立ち続けなければならなかった。彼女の不幸はそのふくれ面に反映されている。」 ─ 「テイト・ギャラリー展」解説書より ─ でも、おかげでシシリーはいつまでも美少女のままでいられるし、ふくれ面とは聞くまで誰にもわからないでしょう。

サー・ピーター・リリー <キルデア伯爵夫人エリザベス><レイク家の二人の婦人>
またまた美女。エリザベスはラネラ伯爵リチャードの娘で、彼女の美しさは伝説的であった、そうだ。その15歳の時の肖像画です。金髪、赤い唇、大きくあいた白い首筋から胸元、品が良くしかも現代的な眼と表情。唐突ですが篠山紀信の撮った「サンタフェ」を一瞬連想しました。エリザベスが貴族的に自足してますが。

トマス・ゲインズバラ <ジョバンナ・バチェッリ><ポメラニアンの雌犬と子犬><画家の娘メアリー><橋>
ゲインズバラについて、くだんのコンスタブルは半世紀後「ここ(サフォーク)は風景画家にとって最も喜ばしい地方だ。どの生け垣やうろのある木にもゲインズバラがいるような気がする」と先駆者を賛美している。ゲインズバラあってコンスタブルありでしょうか。
ポメラリアン犬は毛並みといいつぶらな眼といい本物そのものです。

イギリスの画家(作者不詳) <チャムリー家の姉妹>
テイトで奇妙に目を引く絵があって作者も不詳との事で不思議に思っていたが今回、オフィシャルガイドでこんな解説を発見した。「ティト・ギャラリーに所蔵されている、高度に様式的で装飾的なエリザベス朝の肖像画の中でも、最も印象的で忘れ難い作品のひとつが《チャムリー家の姉妹》である。画面左下の隅には、この御婦人たちについての物語が銘記されている。日く「チャムリー家のふたりの令嬢/彼女たちは同じ日に誕生し/同じ日に結婚し/同じ日に出産した」。《チャムリー家の姉妹》の作者は判明していないが、それはこの時代の英国の肖像画には珍しいことではない。画家たちは滅多に作品に署名することはなかったのである。

アンリ・ルソー <花束>
テイト・ギャラリーで会えるルソーで、花瓶の花束が強烈な存在感でしかも静謐にある。
どこにあってもルソーは、なんにもかえがたくすばらしい。その力とは、プリミティブ(素朴)で子供のように強烈なヴィジョンゆえだろう。


経験的推奨西洋絵画  9   清水   0103181434

コートールド美術館  <イギリス・ロンドン>
ロンドンは昨年(2000年5月の連休中)行ったので、西欧の中では直近の記憶として新鮮に甦る都市です。数々の印象的な光景がありますが幾つか紹介します。
(1)ロンドンの足
 地下鉄は簡単明快で合理的好きなイギリス人の性格を良くあらわしています。駅名が「バンク」「ホワイト シティ」とかで簡単。ちなみに私の基地駅は「グリーン パーク」でした。乗り降り・乗り換えが単純でちょっと慣れると子供並。赤や青の地下鉄線カラーにそっていけば間違いようがない。車両はタイヤの「チューブ(地下鉄はこう呼ばれる)」の半切り型。かまぼこそっくりのやつが、半円にくりぬいた穴の彼方からライトを照らしてやって来ます。そのため車両の背が低い・車内の幅が短い。イギリス人は女性も故ダイアナ妃のように大きいのですが入口は首をすくめて入るわ、向かい側にすわる人と間近にお見合いするような格好になるわです。日本の地下鉄で言えば最近開通した「大江戸線」が似ていますか。とにかく、乗客どおしの接近度が高くアット・ホームな空気です。しかし、東洋の旅行者らしい風体の人物にも、ことさらジロジロと観察するようなところはありません。基本が紳士的なのです。
 私は一番最初に「グリーンパーク」から乗るときに1週間用の「トラベルカード」を作成しました。持って行った写真を1枚用意して作ってもらう、自由乗車券でこれは便利でした。木製の車両なども残ったロンドンの地下鉄はのどかです。
 ダブルデッカー(2階建てバス)では少し冒険がありました。ロンドン塔からあてずっぽうに市内循環をもくろみ、来たやつに乗ったのはよかったのですが、そのうちひたすら郊外にはずれだしたのです。まあ郊外の景色も良いか、などと高をくくっていると「イルフォード」の先の終点まで行ってしまいました。おまけに小さな町とて、帰りの路線がよくわからない、タクシーも見あたらないで多少焦りました。が、夜になるには時間があったのでなんとかロンドン市内に帰るダブルデッカーに乗り込み、途中地下鉄の標識を見つけて飛び降り、「トラベルカード」で戻ってこられました。ダブルデッカーは市内繁華街オックスフォード・ストリートなどを移動するときは最適で眺めもおもしろいし歩き疲れることもないし、目当ての場所での降車も楽でした。
 オースチン・タクシーは古きを尊ぶロンドンの黒塗りタクシーです。ロンドンのタクシー運転手は立派です。場所を熟知していて不安がありませんでした。ガイドブックで指し示せばどんなところでも完璧です。ハロッズの帰りからの若い運転手は自分は日本が好きで一度京都に行ってみたいと愛想してました。タクシーで対極だったのがアジア。シンガポールとバンコクでは「まかせなっさい!」の運転手たちに2〜3回とんでもない場所でおろされました。悪気と言うより場所を熟知していない、いいかげんさなのです。「デューティーフリー行かない」はしょっちゅうでした。ロンドンの運転手はそういう話は皆無、品が良いです。
(2)ロンドンの子供連
 子供らしいです。大英博物館でどちらへ行こうかなとキョロキョロしていると連れに促される。小学校の集団らしき子供たちがそばの長椅子に列ですわっていて、その中のわんぱく小僧がこちらに向かって手のひらを合わせて拝んでいたらしい。拝みながら友達どおしクスクスやってるのです。さすがに女の子はやめれば!のそぶり。私は丁重に彼らの幸多きを祈念して拝み返してあげましたが。男の子は何かしでかしたくてしょうがないような顔つきをしたわんぱく揃いです。
 ナショナル・ギャラリーでは制服の幼稚園の女の子たちの集団。2〜3人の大人に連れられ15〜6人ぐらいのヒヨコの集団なのです。ちょこちょことやって来ては、ぱらぱらと絵の前にすわり実におとなしく話を聞いている。天使の集団でした。金髪・ブルーアイズには勝てませんね。こちらは絵を見たり天使を見たりでした。
 キュー・ガーデンの入口前で。道の向う側をおそらく女子中学生の集団。先生に連れられぞろぞろとやってきましたが、ジャパニーズらしいこちらを認めるとを手を振ってました。いずこの国も同じで娘さんは愛嬌が、しんじょうですね。ロンドンの子供たちはひねていたり、つっぱっていない朗らかさでした。

セザンヌ <カード遊びをする人たち><石膏像のある静物><サントヴィクトワール山><アヌシー湖>
おなじみの講談社「週刊 世界の美術館」のコートールド美術館見出しコピーには「美術ファン垂涎の傑作が揃う英国有数の名画の館」「ロンドンが誇る“印象派の殿堂”」とありますがその通りです。セザンヌの画集中でも常に目を引く<カード遊びをする人たち><石膏像のある静物>が広い一室にさりげなく、しかし驚異的に置いてあります。驚異的というのはおそらくマネ <フォリー・ベルジェールのバー>もあるこの部屋は貨幣価値では、測れない空間だからです。私がかりに美術品を扱った荒唐無稽な泥棒映画を作るとしたら、この部屋そのものを盗み出すシナリオを考えたい。1室全体が人類の至宝です。
セザンヌは実物の絵のタッチに見られる色彩の見事さ。鮮度が高い。

ゴッホ <アルルのクロー地方:花咲く桃の木><耳に包帯をした自画像>
これまた同室にあるゴッホ。「始めのほんのしばらくの間、この共同生活はゴッホにくつろぎをあたえたが、やがてことごとに相反する二人の気質の相違、美的意識の相反が、ついにあの劇的な刃傷事件をうむ。『フィンセントとぼくとはたいていのこと、とくに絵についてはまったく折りあわない。』ゴーガンはアルルに着くなりベルナールに向かって書く。『ゴッホはドーデ、ドービニ、ジェムやルソー、要するにぼくの気にくわぬやつなら何でも好きだし、ぼくの尊敬するアングル、ラファエルロ、ドガなどは皆きらいだ』『二人の議論は恐ろしい電気のようだ。時とすると、まるで放電をおわった蓄電池のようにへたばった頭をかかえて、二人は議論からでてくる。』ゴッホもまた弟に向かってそう書く。事件の終ったのは十二月二十五日だ。フィンセントは剃刀を手にして、ゴーガンに躍りかかったが、ゴーガンがふりむいてにらんだとたん、かれは頭をさげ、家に走りかえった。かれはそれから右の耳朶を切りおとすと、血のしたたる耳を封筒に入れ、頭に補帯をして、ある娼家の女に届けた。かれはたちまち病院に監禁され、翌日ゴーガンはさっさとパリにひきあげてしまった。」─ 平凡社 世界名画全集代12巻「ゴッホ パイプをくわえている自画像」宇佐見英治より ─ <アルルのクロー地方:花咲く桃の木>は耳切事件の翌年(1889年)春に描かれた。くしくも1888年2月にゴッホは「緋桃(モーヴの思い出)」で画面いっぱいに1本の「まるで木が花咲いているのか、かれのオリジナリティの青春が開花したのか、みまがうばかりの早春の明るさ。」(宇佐見英治 「ゴッホ 緋桃(モーヴの思い出)」に満ちた桃の花を残している。ゴーギャンとの、求めて見いだしたと思えた友情の破綻によって崩壊してしまうのがゴッホの悲劇だった。繊細ゆえに孤独な魂は、ことのほか桃の花の明るいピンク色に惹かれたのだろうか。そんなゴッホがキリストについて次のように書いている、「 キリストただひとり、すべての哲学者、魔術使い、その他のなかで、キリストただひとりが、永遠の生命や時の無限性、魂の静けさと献身の必要と存在価値を確言した。かれは大理石や粘土や色彩を侮蔑し、なまみで仕事をしながら、どんな芸術家よりもはるかに偉大な芸術家として、曇りなく生きぬいたのである。  エミール・ベルナールへの手紙 1888年6月 」この手紙も1888年の事である。

ゴーギャン <干し草つくり><ネヴァーモア><テ・レリオア>
ゴーギャンは形態を大きな塊として把握する。そしてそれぞれの塊に強烈な色彩を施し
その組み合わせを「綜合」することで独自の抽象化されたイメージを作りあげている。そうしたゴーギャンの絵画は見る私たちに比類ない装飾性を感じさせる。 「ひとつ助言を与えよう。あまり忠実に自然を模写してはいけない。芸術とはひとつの抽象なのだ。自然を前にして夢見ることにより、自然から抽象を引き出し給え。そして、結果よりも創造行為の方にいっそう思いをこらし給え。それこそが、主なる神がしたのと同じような遣り方で、すなわち創造によって、神の世界にまで昇って行くただひとつの道なのだ…」
─  高階秀爾著 「続 名画を見る眼」岩波新書 ─  ゴーギャンの絵画に対する思想がうかがえる言葉です。ただゴーギャンの創造の源はかつてのルネッサンスの画家たちのように「聖母マリア」その人ではなくなった。ゴーキャンに神秘体験をあたえたのは南国タヒチのマリアだった。そして画家自身が神の創造行為そのものをになうのだと考えている。神のみ技を賛美したり、写し絵として創造するのではない近代的自我。行き着く地点は自我の神化。ゴッホとゴーギャンの根本的な決裂はここにあったのではないでしょうか。創造主にたいしてのキリストの評価の相違。文学的に思いをめぐらせれば次のような会話が交わされたかもしれません。ゴーギャン「それほどキリストに心酔するならヴィンセント、彼のように磔刑を受ける勇気があるのか?」ゴッホ「僕は何も恐れてはいない。自己犠牲も死さえも、それはゴーギャン、きみに証明してみせる!」
 近代化の進展による神秘的な領域の狭窄化、画家のイマジネーションの困難性を私は、ゴーギャンに感じます。それは画家ともども100年前には始まって現代にも続く人々の魂の変化そのものではないでしょうか。  

ユトリロ <サンノアの通り>
パリ近郊の村の静かな道。白い家壁と木の緑、白色絵の具を混ぜた青の青さが美しい。
2人の点景人物が小さくこちらに歩って来ます。

ピサロ <ロードシップ・レイン駅>
2組の線路と遠くからこちらに煙を上げてくる小さな汽車。線路沿いの土手のやはり草の緑が美しいのどかな絵です。

モディリアーニ <裸婦>
学生時代の親友がモディリアーニをたいへん好んでいたことを思い出します。女性の存在が確固として見る者を捉えてくる作品です。

スーラ <化粧する若い女><クールブヴォワイエの船つき場>
日本の美術評論をリードしてきた、かつては「日曜美術館」の解説でもおなじみで、東大の先生もされ現在は上野の国立西洋美術館の館長をされている高階秀爾氏は私にとって最も尊敬する美術家の1人であるがスーラに関しても卓越した分析をされている。やはり美術評論の古典的(現代の書ですが、こう言えるんでしょうね)名著「続名画を見る目」から「真の偉大さは理知的な構成や丹念な技法を通して自らわれわれの心に伝わってくるその澄んだ抒情性にあるからである。それを生み出したものは、偉大な魂と同じようにもはやわれわれの分析を越えている。強いて名付ければ、それは詩人の魂とでも呼ぶほかはない。
かつてポール・ヴァレリーは、「人間は現実世界の中で生活し、行動している。しかし人はそこに自己の夢しか見ない」と語った。もし人が現実世界のなかに見る夢に厳しい造形性を与える人が芸術家であるとするなら、スーラは紛れもなく偉大な芸術家なのである。」
私もスーラの絵を前にして感じる静かな感興は画家の「詩人の魂」のなせる技だと思います。

ドガ <舞台の二人の踊り子><入浴後、身体を拭く女>
ドガおなじみのバレリーナが2人舞台上で踊っています。1人は赤い飾り、もう1人は緑と黄色の飾りが目を惹きます。画家と見る者の視点は舞台の上方にあります。チャーミングな絵です。

ルノワール 
ルノワールの長い画家生活の中では早い時期のほうの絵です。舞台を見る若い女性が堂々と表現されています。特に青の目・白い肌・赤い唇が気品良く絵を引き締めます。この絵の特徴はなんと言っての女性の着る白黒ストライプの衣装で、忘れられない印象を残します。ルノワールが若さの勢いで疑問もなく描き上げたという感じです。ところで先週(3/10土)八重洲のブリジストン美術館の「ルノワール展」を見ました。<ルグラン嬢>
<ピアノを弾く少女たち><ぶらんこ><ヴァルジュモンの子供たちの午後><シャトゥーの船遊び>などの大作もあり充実しておりました。ルノワールの〔絵画の方法〕変遷が
テーマになっていて画家の苦悩も伝わる良い展覧会でした。この<桟敷席>との比較で感じることですが若さというのは力強いもので、ルノワールの〔絵画の方法〕の変化は力の衰えから生じているような気がしました。

マネ <フォリー・ベルジェールのバー><アルジャントゥイユのセーヌの岸辺>
私は印象派の画家ではマネが変わらず一番好きです。3次元の物象を2次元で表現する絵画の永遠の課題に挑戦して、平面化を押し進めて成功した画家といえるでしょう。その成功の謎解きはマネの絵の具の使い方と塗り方の天才にあるようです。トランプの平面がマネに掛かると絵として屹立して迫ってくる。私は技術的には、よく溶かした油を割りに太い筆で平面的に、しかしタッチに変化を付けて塗っているのではないかと見ています。その筆のタッチの変化がベラスケスの天才と似通うような。それとマネで特徴的なのは黒の絵の具の使い方がみそで、平面化の方向性に黒が3次元的奥行き感・空気感を見る者にもたらしているような気がします。<フォリー・ベルジェールのバー>はそうしたマネの花の都市パリを描いた最高傑作の一つの大作です。

ジョバンニ・ベリーニ <殉教者聖ペテロの暗殺>
聖ペテロが短剣で刺し殺されようとしている迫真の絵。しかも人物群が単純化されているので明快な力を持った絵です。

クエンティン・マセイス <聖母子と天使たち>
北方絵画的な細密な美しい聖母子です。マリアとキリストが現代の日本で言えば15〜6歳と生まれたてという感じですか。非常に若々しいです。

クラナッハ <アダムとイブ>
コートールド美術館のクラナッハは見事です。楽園の知恵の木の実を今まさにアダムに渡そうとするイブ。赤い実がいっぱいに実っています。木には縞模様を白い腹にしめした蛇もまきついています。アダムが左手で自分の頭の毛を握っているのが演劇的です。アダムもイブも若い美形です。アダムは「あれーこの実は食べちゃまずかったんだっけなー。でも、こんなに綺麗なイブにすすめられちゃ、嫌とはいえないし」みたいな気弱そうないい若者です。まわりでたくさんの動物たちが2人の行為を迷惑そうに感じています。特にライオンなどは「あーこれでお気楽、楽園生活も終わりかー」みたいな情けなさです。 

ルソー <税関>
ルソーのパリ市関税を緑いっぱいに描いた静かな絵です。ルソーの風景画には必ず人物がいるのがそれこそ味噌です。

ブリューゲル <エジプトへの逃避途上の風景>
すばらしいの一言。ブリューゲルはアトモスフェアーを描ききった人ですね。ある意味で神がのりうつって描いているような!驢馬に乗る赤い衣装のマリア・細綱をひくヨセフが
ネーデルランドの風景の中!エジプトへ逃れていきます。そばの立木にブリューゲルの好きな野鳥の夫婦が留まっているのがまた、にくい小道具です。


経験的推奨西洋絵画  10   清水   0104071841

ロンドン・ナショナル・ギャラリー  <イギリス・ロンドン>
印象的なロンドン光景の続きを紹介します。

(1)ロンドンの食事
 林望「イギリスはおいしい」は、楽しめるたいした本だと同時にイギリスへの関心を大々的に巻き起こしたムード・メーカー本でもありました。その書名からしてアンチ・テーゼを打ち出してるわけですが、テーゼは『イギリスの食事が概してまずいことは世界の定評であって、さすがイギリスを愛すること人並み以上の私もこのことは、遺憾ながら「ある意味で」認めざるを得ない。』となります。でロンドン行き2回目の私も食事に対する前提は定評どおり頭において、されば、少しでも旨い思いをしてこようとの作戦で事にあたったわけです。
 <ロースト・ビーフ>おすすめです。国内で食べるロースト・ビーフがおおむね「クチャ・クチャ・グキュ・キュル」のような食感に対してロンドンのおいしい店は、「ハグリ・ハグリ・ジュワ・トロッリ」という感じです。一応説明するとロンドンのは肉質が良く、切り方に厚みもあり柔らかく口中で消化されていくイメージです。店はコヴェント・ガーデン近くの<シンプソン・イン・ザ・ストライド>、フリート・ストリートにある<ディ・オールド・チェルシー・チーズ>。
 次に<フィッシュ・アンド・チップス>おすすめです。店は<シーシェル>白ろ身の新鮮な魚(たぶん鱈)の半身がカラッと揚がって登場します。この店へは地下鉄マリンボン駅から道を尋ねたロンドンのおまわりさんに案内してもらい行き着きました。口笛を吹きながらひょうひょうと前を歩っていくので、おまわりさんも <シーシェル>で食事かなと後をついていくと「あそこだよ」と教えてくれて、そのまま戻っていきました。

(2)公園のリス
 私の泊まったホテルは日本大使館の隣でグリーンパークに面したパーク・レーンでした。道を渡ると広々とした芝生のグリーンパーク。そのまま公園を横切ると女王陛下のお住まいのバッキンガム宮殿まで5分ぐらいです。この時は宮殿に掲げられている旗で、女王は不在でお目にかかれませんでしたが。バッキンガム宮殿をまわるとその先が、細長い池の続いているセント・ジェームズ・パークです。この池にはアヒルや水鳥たちがおよいでいました。公園の芝生は日本と感じが異なり柔らかい牧草です。早朝、機械で刈りとられていて歩くとふわふわします。露に濡れた刈草の小片が靴裏にくっつきます。セント・ジェームズ・パークでは小動物にパン屑をやりながら散歩している老夫婦に握手を求められ話を聞いていると、どうやら「元軍人だった。日本軍とも戦った。平和は大切だ。自分は毎朝、この近くのネルソン提督像に会いに行く」というようなことを話しているらしい。私は調子で感じただけですが。奥さんは少し先に行っており、こちらを振りかえりながら「まったく話し好きで!」みたいに首をすくめていました。そんなことあったすぐ後で灰色の子猫ぐらいの大きさで尾のふさふさしたリスに挨拶されました。リスは近づいてくると、すぐそばでちょろちょろしている。人を警戒しない。ははん!と了解し、2本の指先をこすり合わせるマネをすると、に寄って来て指先をチョンとつつく。餌をもらえると期待しているわけです。しばらくそんなやりとりをしてから、餌がもらえないと理解すると別の方に移りだした。ところがこのロンドンのリスは木に登らないで公園の芝生を、ひたすらテクテク歩いていくのです。ほとんど自分は人間になったリスと思っているようでした。

ヒエロニムス・ボッス 
ロンドン・ナショナル・ギャラリー は世界でも指折りの美術館です。広々としたトラファルガー広場を望み周囲に円柱の並ぶゴシック建築。2300点に及びしかもたいへんバランスの良い名画の収蔵。私はいつものように開門を待って一番乗りしました。ここは入場無料なので真っ先に最深部のルネッサンスを中心としたセインズベリー館へ突撃します。とにかく広大なのでボッスやファン・アイクのある部屋を独占できるのです。まさに至福の時。<嘲弄されるキリスト(茨の冠)>は4人の凶暴な迫害者に嘲弄されるキリストが、1人静かに視線を見る者に合わせてきます。キリストの受難に深く感情移入させられる絵です。

ヤン・ファン・アイク <アルノルフィニ夫妻>
きら星のような名画群の中でもひときわ輝く名画。学校で美術の時間、写実・質感といわれましたがこの絵はまさにお手本でしょう。新婦の緑のドレス・紅色のベット・主人の毛皮で縁取られたコート・天井からさがるシャンデリアの金属的輝き・ふさふさとした子犬・極めつけは壁の鏡。この鏡には夫妻の後ろ姿が映っています!この絵はアルノルフィニ夫妻の結婚の儀式の場を描いた肖像画で今日では考えられないほど結婚式に深くかかわっているキリスト教のシンボルが描き込まれています。キリストに見守られた厳粛な式なのです。

ピエロ・デラ・フランチェスカ <キリストの洗礼>
青々と葉を繁らせた一本の木の下、小川のほとりでヨハネから洗礼を受けるキリスト。そばでは3人の天使が2人を見ています。細密な下草・遠くの丘・真っ青の空・細く伸びる雲。のどかで清々しており、キリストの洗礼の理想的な表現があります。『ほどなくイエスはガリラヤからヨルダン川のヨハネの所に来られる。彼から洗礼を受けるためであった。しかしヨハネは、「わたしこそあなたから洗礼を受けるべきであるのに、あなたがわたしの所に来られるのか」と言って、しきりに辞退したが、イエスは答えられた、「さあ、そう言わずに! こうして、せねばならぬことをなんでも為遂げることは、われれれ二人にふさわしいのだから。」そこでヨハネが譲った。イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。、すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。するとその時、「これはいまわたしの″最愛の子、″″わたしの心にかなった″」と言う声が天から出た。』(マタイによる福音書)ヨハネはおごらず、騒がず歳のさして違わないキリストの道を準備し、殺されていった人でした。私はヨハネも好きです。特に子供時代の2人揃った聖母子像は2人のその後の運命を知っているだけに、かわいくもあり切なくもある題材です。この絵には聖霊の象徴である白い鳩がキリストの頭上にあります。

ボッティチェリ <ヴィーナスとマルス><神秘の降誕>
ここにはあるボッティチェリの代表的名画です。<ヴィーナスとマルス>は爾来官能的に解釈されがちですが、眠りこける軍神マルス、しゃっきりと目覚めてマルスを見ているヴィーナス、マルスの武具で遊ぶサテュロスたちは、戦いの「寝静まった平和」をあらわしているようにも思えます。「ラブ・アンド・ピース」ルネッサンス・ヴァージョンといったところでしょうか。

ベラスケス <鏡を見るヴィーナス>
私はロンドン・ナショナル・ギャラリーの「モナ・リザ」がこのベラスケス <鏡を見るヴィーナス>だと今回も思いました。ただしこのモナ・リザは裸でしかもこちらにお尻を向けているのですが。巨匠ベラスケスの唯一の裸婦像だそうですがなにを描いても人並み以上です。白い肌の美しさをふくめて、この女性像のプロポーションの良さは現代でも充分通用します。魅力的な絵です。

ウェイデン <読書をするマグダラのマリア>
1400年代前半のブリュッセルの家庭的室内で当時の衣装を付けた美しいマグダラのマリアがクッションに腰掛け宗教書を読むの図です。マグダラのマリアの上品さと美人ぶりが傑出した絵です。黄緑色の衣装と白いかぶり物も綺麗です。

ラファエロ <アレクサンドリアの聖カタリナ>
ラファエロに関して以前「もう一方は、世俗の女性や、聖母にしても現実の婦人や若い娘を写実した絵。前者にはほとんどセックス・アピールは感じられないが、後者にはある。」と書いたとき後者の例として出した絵の一つです。聖カタリナが若々しい女性としてみずみずしく描かれています。「すなわち、カタリナは天から細い金色の光線として降り注いでいる聖なる光を迎える法悦のうちに、頭部を彼女の右上方に向けているのである。カタリナは彼女を車裂きの刑に処するために用意された車輪にもたれかかっている。ラファエロは、伝説に語られるむごたらしい大釘の代わりに、飾り鋲をその周囲に取り付けた。車輪に見られる透視図法と量感表現はカタリナのいる空間の奥行きを明確にする役割を果たし、その中で聖女はなまめかしく身をよじっている。赤いマントの裏の黄色い布地がその体に絡んでおり、下方では金色の螺旋のようにねじれてドレスの灰青色の上に巻き付き、左肩の上では折り返され、薄地の透き通ったスカーフに接している。他の色の反射に左右されず堅固に区分けされたこれらの色面は、天国から降り注ぐ光を吸収しようと柔軟な全身のポーズが開かれつつあるという印象を損なうことなく、彼女の体の解剖学的構造を明らかにしている。しかしながら、これら灰青色、オリーヴ色、金色、赤と同じ色が、彼女の背後の風景の至る所に淡い色調で塗られているので、人物像と背景は1つに結び付けられており、花(タンポポはキリストの受難のシンボルである)の中に立っている聖女は、あたかも自然のすべての色彩の結晶のように見える。」─ オフィシャル「ナショナル・ギャラリー・ガイド」日本語版より ─

エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン <麦わら帽子の自画像>
パリの女性画家による自画像。野原への遠出用に麦わら帽子をかぶりそこにはおしゃれな女性らしく派手なダチョウの羽と摘んだばかりの野の花でつくった花輪がつけくわえられています。絵の具をのせたパレットと筆をもってこちらを、気取らない友人のような態度で魅惑的に見つめ返すヴィジェ・ル・ブランは現実にはなかなかいそうでいない女流画家の理想的な姿です。

ポール・ドラシュ  <レイディ・ジェイン・グレイの処刑>
大美術館では往々にして今まで見たことや画集でも知らない「ドキッ」とさせられる絵に出くわす楽しさや驚きがあるものですが、 ロンドン・ナショナル・ギャラリーのこの絵もそんな絵の一つです。1554年2月12日、17歳のジェイン・グレイの生涯最後の瞬間を描いたものです。ジェインはヘンリー7世の曾孫にあたり、自分と同じプロテスタントであった幼王エドワード6世の死によって、イギリスの女王と宣せられた。しかし、1553年に9日間統治しただけでヘンリー8世のカトリックの娘メアリー・テューダーの支持者たちの謀略によって大逆罪に問われ、ロンドン塔での死刑を宣告されたのだった。目隠しをされまさに首切り役人の手にかかろうとする場面を劇的に描いたのはフランス人の画家であるポール・ドラシュです。フランスで首切りの場面といえば、すぐにデュマの「三銃士」ミレディーの処刑が思い浮かびます。しかし、レイディ・ジェインはミレディーとちがって若く無垢な女性として悲劇的に描かれています。

クロード・ロラン <風景─デロスのアイネイアス><海港─シバの女王の船出>
クロード・ロランは西欧絵画家としてとりわけ風景画家として最重要画家の1人であろう。我が国美術界を常にリードしてきた高階修爾氏が国立西洋美術館館長に就任し同館が新装開館した時、いったい最初の展覧会はだれのものかと大いに関心を持ったものだが、1998年9月から12月に「新展示場開館記念特別展」として実施されたのが「イタリアの光─クロード・ロランと理想風景」展であった。私はこの展示会に美的感性として最高のものを感じた。大げさに言えば今から思えば戦後の日本の市民的豊かさの到達点であった。それは高階修爾氏の感性の確かさに裏付けられて、ある時代まで美的感性の自由度が何物の規制もなく発揮できた豊かさの上昇曲線の成果だと思います。これは素晴らしいことでしたしある到達点でもあったのかもしれません。要は簡単にいってしまえば、あの時国立西洋美術館の新装開店展が「印象派展」でなく「クロード・ロラン展」だったと言うことです。たまたまの偶然も大きく作用したのだろうが、この展覧会は素晴らしかった。センスがよい・おとなの・ある意味凝った画家だからだ。その展示会でも白眉として出品されたのがクロード・ロランの代表作であるロンドン・ナショナル・ギャラリーの<風景─デロスのアイネイアス>だった。正直良く持ってこられたと言う絵だった。
『 「イタリアの空のようにみずみずしく,穏やかに,美しく,静かに,クロード・ロランの作品とその名前が登場する…‥・。」
イギリスの風景画家ターナーは,1811年にロイヤル・アカデミーで行なった講義「背景,建築と風景の導入」の冒頭で,尊敬する先輩画家にこのような熱烈な讃辞を捧げた。この一句は,クロードの作品の持つ魅力を,簡潔に,しかしあますところなく伝えていると言ってよいであろう。 ターナーがクロードに深く傾倒していたことは,広く知られている通りである。若い頃,彼がクロードの作品の前でさめざめと涙を流して「自分は決してこのように描くことはできないだろう」と語ったという話が伝えられているし,何よりも彼が自作の《カルタゴを建設するディド》と《カルタゴ帝国の衰退》(のちに《霜の中の日の出》に変更》の2作品を,クロードの作品と「同じ高さに」並べて展示するという条件でナショナル・ギャラリーに遺贈したというその意志に,彼のひそかな自負と共に,クロードに対する強い崇拝の念をうかがうことができる。 》 ─ 西洋美術館「クロード・ロラン」展オフィシャル・ガイドブックより  高階修爾著 ─
実際のイタリアの風景は限りなく美しい。特にその空の明るさと光の色、夕焼けなどはなにか懐かしい神話の風景のようだ。クロード・ロランの風景画は「理想風景」と呼ばれているがこれ以上の表現は必要ないだろう。ターナー始めとしてイギリスではクロード・ロランの絵画の影響ははかりしれず、多く庭園造営法にも取り入れられました。

アンリ・ルソー <虎のいる熱帯の嵐(驚いた!)>
画面いっぱいに左から右に枝を張っている熱帯の木。その枝先の背景には赤い葉を持った木も見える。うっそうと繁茂する昆布のような下草群。剣状の草なので輪郭が明瞭でさまざまの緑色の色彩が織りなしている。にわかにかき曇った空・どしゃ降りになった雨。
2筋の白い稲妻。そこに主役の虎が題名の通りまったく(驚いた!)様子で飛び込んできました。(しかもへっぴり腰で)。驚いたのは描かれている虎だけでなく当時この絵を初めて見たフランスの観衆たちであり、20数年前ナショナル・ギャラーで初めて目にした私自身でした。その瞬間からルソーの絵は最高に好きな絵の一つとなりました。今も驚かして新しいファンを獲得していることを確信します。


                                         
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