http://www.coara.or.jp/~dost/BT-2.gif



<「死せる生」から「生ける生(ジヴアヤ・ジーズニ)」へ、という思想>

・「神」への無関心・「神」の喪失(否定)による、価値の多様化・ニヒリズムの到来
・「自由」のパラドックスの体験、各個人の孤立化(自閉化、孤独化)
といった近代人間の状況の一面を克服する道として、
ドストエフスキーは、後期の大作群や個人雑誌での言論活動の中で、
・神をはらめるロシア民衆(ナロード)・万物を育むロシアの母なる大地・ロシアの民衆の精神を養ってきたロシア正教といった伝統的な国民的根源への回帰(復帰、その尊重)
・宗教的謙抑(神・キリストへの信仰)を通した生命の喜び(神からの愛の感得、感謝の念)の獲得
・空想的(抽象的)な人類愛でない実行的な愛(隣人愛)の実践、お互いの罪の自覚とゆるし合いによる、
自己中心(自我中心・利己中心)・理知中心の結果、個人の生が孤立化(自閉化)・虚無化していく死せる生
から
自己と世界(まわりの人間・社会・神・自然)が友愛的に結合し和解した生ける生(ジヴアヤ・ジーズニ)
への転換
を繰り返し説き、(ドストエフスキーの言)
(
こういった「宗教的(保守的)」とも見なされる方向が、はたして、個人や社会の真の変革の道なのか、に関しては、種々、議論もありましょう。)
最後の大作である『カラマーゾフの兄弟』は、
ドストエフスキーのそういった考えや思いが大いに表出された最終的な総決算(集大成)の思想書(宗教書、愛の書)
になっています。

http://www.coara.or.jp/~dost/BT-2.gif