仏教と文化について 1511

113日は文化の日であります。

今月は仏教と文化の関わりについて、お話いたしましょう

今日、わが国において国や地方都市の定める文化財の多くは、寺院の本堂や鐘楼(しょうろう)などの建築物、仏像や絵画(かいが)などが挙げれることは、奈良や京都のお寺を代表として、(うなず)けることでありましょう、

 ところが、中学、高校生の修学旅行はもちろん、大人たちの観光旅行にしても、それらの多くは、美術品として、特に優れた評価のものを観賞する、といった意識のもとに、眺められているのではないでしょうか、

 例えば、各地に見られる文化財のひとつに、掛軸の「阿弥陀如来(あみだにょらい)二十五菩薩(ぼさつ)来迎図(らいごうず)」があります、

阿弥陀仏が、二十五人の観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)勢至菩薩(せいしぼさつ)をはじめとする菩薩たちと、各々、雲に乗って天から地上へと(なな)めに向って降りてくる図ですが、説明がなければ、何の意味かも解からないでしょう、

この図は、今まさに、生命(いのち)を終わろうとする臨終(りんじゅう)の人の もとへ、仏が菩薩たちを引き連れて

「お迎え」にやってくる図なのです、

それは、ただ、そのような情景を()いたと、いうのではなく、病の重い人の枕辺(まくらべ)に、その

掛軸(かけじく)をかけて、看病する人たちが、その周囲に集まり、念仏を唱え、死を迎えるための、行儀(ぎょうぎ)

作法(さほう)として、使われて いたものなのです、

来迎図(らいごうず)をはじめとし、仏像も建築物も、人々の毎日の生活の中で、仏教が、生き続けてきた、

その必然として、生み出された文化財なのです、

私たちは、今、「阿弥陀如来(あみだにょらい)二十五菩薩(ぼさつ)来迎図(らいごうず)」のような、祈の造型をもっているのでしょうか。

この問いかけは、私たちが、日々、仏教の思想に支えられた生活をしているか、と、いう反省にもなることでしょう、たまには、お経を開いて見てください、そして解からない文字 文章があった時には、お詣りに来ていただく、お寺さんにお聞きください、かならず教えていただけます

死んだ方えの供養のみが、仏の教えではありません、生きている者がどのようにすべきなのか、どのようにするのが幸えの道なのか、教えて頂けます、檀家寺の、ない方は、大光院にお電話ください、お答えもいたします、人生は一度だけです 心豊かに 過ごしましょう、