芯 と 信         13年7月                         

 お元気でしょうか、関東地方ではもう盆の季節です、関西以南は八月盆です

今年も半分終わりました、

 半年を振りかぇって、満足(まんぞく)できた半年でしたでしょうか、

今日は一つの言葉を紹介しましょう、

「どんな蝋燭(ろうそく)でも、一本の(しん)がなければ()えぬ、たとえ学識があっても、財産があっても、一本の信が無ければ、それが光には変わらぬ」。

 蝋燭(ろうそく)の芯と、信仰(しんこう)の信とを、()け合わせた言葉です、

あなたは、胸を張って、「私には、そういう(しん)がある」と宣言することが、できますか、ふとした時に、「あなたという存在の精神的な根源は何ですか」と問われたら、なんと答えますか、自分は、何々宗の菩提寺(ぼだいじ)に所属しているという人がいても、こういう信仰、信心を持って生きていると答えられるのは、あなたの周りにも、ほんの(わず)かでしょう、信仰のある生活が、どんなに満ち足りたものであるか、それは信仰を持ち、味わったことのある人でなければ、()からないものでしょう、それと同時に、どんな仕事でも、勉強でも、生活でも、その行為の芯となるもの、つまり信念を持つと、もたないとでは、人生の味にも、多いなる格差(かくさ)が生じてくるのは、違いないことでありましょう、また、そういう芯を持つ人に、気病(きやまい)なぞという症状は、あてはまりません、

 もしもあなたが、自分で(うなず)(しん)をおもちでないのなら、信を捜そうとする眼を精一杯見開くことを、おすすめします。

「どんな蝋燭でも、一本の芯がなければ燃えぬ、たとえ学識があっても、財産があっても、一本の信が無ければ、それが光には変わらぬ」。

 ささやかであれ、私たちの人生も、蝋燭のように燃えて生きたいものです、

もし道に迷ったら、道を見失ったら、大光院に電話ください、道案内します、

 念のために、申しておきますが、大光院は、一宗、一派に偏った寺ではありません、信徒の勧誘はしていませんので、心ずかいなく、困ったときには電話ください、かならず道はみつかります、             合 掌