第5章 おかしくなっちまった

 目が覚めると、俺は手足を縛られたまま堅い床の上に転がされていた。ベッドの軋む音が聞こえてきた。荒い息づかいが聞こえる。
 ぼんやりとベッドの方を見遣ると、ふたりが抱き合っていた。『お姉さん』が上で、島本香が下になっていた。その時、『お姉さん』が島本香を責めているのだと思った。ところがよく見てみると、『お姉さん』の方がペニスバンドをした島本香に貫かれていたのだ。要するに騎上位の状態で『お姉さん』は腰を上下させていたのだ。
 しばらくしてふたりは体位を入れ替えて、島本香が『お姉さん』を突き続けた。
 「ああ、いい。香! もっと突いて!!」
 体格的には『お姉さん』がタチで、島本香がネコだと思ったのだが、俺は誤解していたようだ。ふたりの立場は、まったく逆なのだ。
 「はあっ!!」
 『お姉さん』が行ったようだ。足をぴんと伸ばして身体を痙攀させ始めた。その様子を見て、島本香は満足そうな笑顔を浮かべた。
 「何見てんのよ!」
 俺がふたりの様子を窺っているのに島本香が気づいた。俺は慌てて目をそらした。島本香が立ち上がって俺のそばにやってきた。
 「もう一度やってほしいの?」
 島本香の股間にペニスバンドがブラブラと揺れていた。こんなに太くて長いものが俺の中に入ったのかと俺は唖然としてペニスバンドを眺めていた。
 「やってあげたいけど、もう疲れたわ。お休み」
 そう言うと電気を消してベッドに戻っていった。しばらくして午前0時の時報が鳴った。ふたりの寝息だけが聞こえてくる。
 俺もやがて眠りに落ちていった。

 「痛てっ!」
 尻を蹴られた。眠たい目を開くと『お姉さん』が俺を見下ろしていた。
 「いつまで寝ているの? 早く起きなさいよ」
 手足を縛られた紐はいつの間にか解かれていた。壁に掛けられている時計は午前7時を指していた。
 「さっさと服を着て、出て行きなさいよ」
 俺は周りを見回して、俺に脱いだ服を見つけてトランクスから穿き始めた。
 「ブラジャーして帰るつもり? まあ、その格好なら、ブラジャーをしていた方がいいかもね」
 島本香に嘲笑の籠もった声でそう言われて、俺は慌ててブラジャーをはずした。一晩中ブラジャーをしていたためか、その存在が曖昧になっていたのだ。
 (ケツの穴が痛い)
 アヌスあたりを押さえながら玄関へと急いだ。
 「わかってると思うけど、二度とここへ来るんじゃないわよ。もし来たら、昨日撮った写真をばらまくわよ」
 化粧しているから俺だとわからないだろうと思っていたから、ふんと軽く受け流してスニーカーを履いた。
 「あら? ばらまかれても平気なの? ははあ、化粧しているからあんただとわからないとでも思っているの? じゃあ、これを見てご覧なさい」
 ノートパソコンの画面が俺の方に向けられた。そこには、ペニスバンドで貫かれ、顔の隠れた島本香の舌を吸っている俺の姿が映し出されていた。
 「確かにあんただとはわからないかもね。でも、この下あごにあるほくろとか、首筋のほくろを見れば、知ってる人はあんただと気づくでしょうね。この鎖骨のところにもほくろがある。太腿にあるこの痣なんて、あんた以外にはないでしょうね。それにばらまくときは、あんたの名前と住所入りでばらまいてあげるわ。ぼくは女装してペニスバンドで行かされるのが好きだって書いてね。わかった?」
 血の気が引いた。そんなものをばらまかれたら終わりだ。
 「二度とわたしたちに近寄らないで! いいわね! 今度来たら、ホントに切り刻んでやるからね!」
 俺は慌てて頷いて、部屋を飛び出た。飛び出してから、化粧をしたままだったことに気づいた。けれど、俺の着ている服は、女物だ。むしろ化粧をしていた方がいいのだと言い聞かせて街の中を歩いた。
 女らしく歩きたかったけれど、アヌスが痛くて、俺は股を少し広げた格好で歩いていた。行き交う人たちが俺を見て笑っているように思えて、ゴキブリのように道の端をこそこそと走るようにしてアパートへ向かった。
 アパートに帰り着いてすぐにシャワーを浴びた。身体を洗いながら、アヌスに指をやってみた。大きく広がっているような気がした。
 (あんなに太いペニスバンドで貫かれたんだものなあ)
 急に悔しさがこみ上げてきた。ナイフで脅されたけれど、本当に刺すはずはなかったのだ。抵抗すればよかったのだ。涙がぼろぼろと流れ落ちた。流れ落ちてくるシャワーの水よりも涙の方が多かったかもしれない。
 仕返しをしてやりたかった。けれど、何十枚、イヤ百数十枚撮られたあの写真がふたりの手の中にある限り、俺はどんな復讐もできないのだ。復讐は諦めるしかなかった。
 (あのふたりだって、俺が動かなければあの写真をばらまくことなどないだろう)
 忘れることにした。そうするしかなかった。

 忘れることにしたけれど、突然あの日の屈辱を思い出して涙がこぼれた。
 「どうしたんだ?」
 俺の涙を見た店長が不思議そうな顔で俺を覗き込んだ。
 「ちょっと目にゴミが・・・・」
 そんな誤魔化しを信じたようには見えなかった。
 「なんかあったんだろう? 店がはねたら、ちょっとつき合え」
 無理矢理カサブランカに誘われた。スナックのマスターも俺がいつになく沈んでいることを気にしていたようだ。
 けれど、あんなことをされたなんて告白するわけにはいかなかった。いくら親身になってくれたからと言っても話したら蔑まれるだけだと思った。
 「彼女に振られたんです」
 そう言い訳するしかなかった。
 「女に振られたくらいで、そんなに落ち込むのか?」
 店にやってくる女の子の何人かに手を出している店長は、女に振られるくらい何ともないようだ。ちょっと馬鹿にしたような口調で言った。
 「よっぽど好きだったんだな」
 マスターが慰めの声を掛けてくれる。
 「忘れろ。忘れろ。さあ、飲め。今日は俺のおごりだ」
 俺はつがれた酒を浴びるほど飲んだ。酔っている間はあの屈辱を忘れられる。・・・・けれど、酔いが覚めればまた思い出すのだが・・・・。
 それまでも毎日のようにカサブランカに行っていたけれど、酔いつぶれることは週に一、二度だった。それが、今は毎日のように酔いつぶれて、毎週のようにあの派出所のお世話になった。優しかった警察官もついには怒りを露わにするようになっていった。

 それでもひと月ほどたった頃には、あのことはまるで他人事のように思われてきた。俺自身がふたりに受けた屈辱は忘れつつあった。しかし、島本香の存在は俺の中で大きくなっていった。
 スタイルのいい女はほかにもいる。問題は島本香の顔なのだ。彼女の顔が忘れられないのだ。彼女は俺の思い描く理想の顔をしている。彼女を手に入れたいと思い詰めていた。
 けれど、彼女はレズなのだ。しかもタチ役の。ネコ役なら何とかなりそうな気がするけれど、タチのレズを振り向かせるのは容易なことではないように思えた。
 (それに、彼女に近寄ったらあの写真をばらまくと脅されているし・・・・)
 諦めるしかないと思うのだが、そう思えば思うほど彼女への思いが募った。ヒトは手に入れるのが困難なものほど手に入れたくなる。今の俺はそんな心境だ。

 「今日から一緒に働いてもらうことになった竹中美耶さんだ。仲良くしてやってくれ」
 店長が紹介した女性を見て俺は驚いた。島本香によく似ていたからだ。竹中美耶は素朴で可愛い子だった。竹中美耶には悪いと思ったが、島本香を忘れると言う不純な動機で竹中美耶にアタックした。
 最初の頃はまったく相手にしてもらえなかった。恋人がいるとか言うことではなく、竹中美耶は高校を卒業したばかりで、まだまだ子供だったからだ。異性との恋愛よりも同性の友人との遊びの方を優先していた。
 食事に誘うのに2週間、一緒に飲みに行くのにさらに2週間、そしてホテルに誘うことができたのは、出会って2ヶ月目のことだった。
 「怖い・・・・」
 そう言ってベッドの上に仰向けになって、両手で顔を隠す竹中美耶のスタイルは期待したほどではなかった。ウエストが太く、若い割には下腹がポッコリと出ていた。そのことで俺はちょっと食傷気味になっていた。けれど、ホテルまで誘っておいて、今更止めたなどとは言えないから、何とか自分を奮い立たせた。
 充分な愛撫をやってやり、準備ができたところで避妊のためにコンドームを装着して、いざ挿入の段階になってから何故か萎えてしまったのだ。
 (どうしてだ?)
 誤魔化しながら、しごいてみたけれど、どうしても勃たなかった。焦れば焦るほど萎えてしまった。
 「どうしたの?」
 「あ、いや・・・・」
 俺は股間を隠す。
 「勃たないの?」
 俺は黙って下を向く。
 「馬鹿にしてる!」
 竹中美耶は怒ってホテルを出て行ってしまった。
 「どうしてだよ!」
 アパートの戻ってマスを掻いてみたけれど、半立ちにはなってもそれ以上固くならず射精することができなかった。
 「どうしちまったんだ。俺は・・・・」
 萎えたペニスを握りしめたまま俺は眠ってしまった。

 その夜、俺は島本香の夢を見た。彼女とベッドの中にいる夢だ。俺のペニスはこれ以上ないと言うくらい固く屹立していた。
 喜び勇んで彼女に挿入しようとしたら、あれほどの緊満を感じていたものが突然消え失せ、俺の股間には何もなくなっていた。代わりに彼女の股間に雄々しく黒光りするペニスが生えていて、俺の股間に向かって差し込んできた。俺はそれを受け入れ喘いだ。ふと気づくと、俺の胸は女のように膨らんでいて、ブドウほどに大きくなった乳首を彼女が転がしていた。
 「ああっ! ああっ! いいわあ・・・・」
 俺は喘ぐ。
 「行くわよ」
 彼女のペニスが俺の中で弾けたと思った瞬間目が覚めた。俺の股間はザーメンで濡れていた。
 「なんて夢を見たんだ・・・・。あの時のことが歪んだ形で夢になったんだろうな」
 俺は溜息をついた。

 それからというもの、夜ごと同じような夢を見た。彼女が男になり、俺が女になってセックスする場面が一番多かったのだが、実際にあったあのことと同じように、男の俺がペニスバンドを付けた彼女に犯されるという夢も何度も見た。俺が彼女を犯すという夢はまったく見なかった。
 夢の途中で夢だと気づき、方向を修正しようとしても、俺の性別はどうであれ俺が犯される立場は変わらなかった。
 俺は悩んだ。俺の頭がおかしくなってしまったのではないかと。いったん元気になっていたのに、俺はまたもや鬱に陥ってしまった。
 店長は、竹中美耶が俺のことをインポだと言いふらしたせいだと考えて慰めてくれた。
 「気にするなよ。俺だって、疲れているときやアルコールを飲み過ぎたときには勃たないことがあるよ」
 そんな言葉も俺の鬱をますます増長するだけだった。欝状態の人間への慰めはかえって鬱をひどくする。
 俺はあの事件までは疲れ知らずでアルコールが入っても大丈夫だった。現に意識がなくなるほど飲んでいたときでさえ島本香を犯したくらいだからだ。
 しかし、今は島本香に抱かれることを夢想しない限り、俺のペニスはぴくりともしなかった。

 ヘルスなどに行って勃起しないと馬鹿にされると思い、インターネットでポルノサイトを覗いてみた。どんなわいせつな画像を見ても俺のペニスは勃起しなかった。
 しかし、ニューハーフがアヌスにペニスを挿入されている画像に俺のペニスは反応し、女装者が縛られディルドーをアヌスに突っ込まれている画像を見たときには、俺は興奮のあまり不覚にも射精していた。
 (俺もあんなふうにされたい)
 そんな思いが俺の脳裏を支配していた。俺は女装して女のように虐められることに快感を覚える身体になってしまっていることを自覚した。あの、たった一晩の経験で・・・・。
 いくら否定してもそれは間違いのない事実だった。俺は自分自身が怖くなった。このままではまともな性生活を送れないと思った。
 しかし、俺は毎日のように女装マゾのサイトを訪れてはマスを掻いた。それは麻薬のように俺を引きつけて放さなかった。

 俺は女装マゾのサイトを検索して、俺の住所からそう遠くない場所にあるSMクラブを見つけ出した。
 店が休みの日、日が暮れてからそのSMクラブへ出かけることにした。
 (どんな格好で行けばいいんだろう?)
 女装するわけにも行かず、かといって男丸出しではダメなような気がした。
 (ええいっ! ままよ!)
 結局、ジーンズにTシャツという出で立ちで出かけていった。

 店の場所はすぐにわかった。裏通りにひっそりとあると思っていたのに、意外にも表通りにあって人通りが結構あり、まっすぐ入るには抵抗があった。
 2、3回店の前を往復したけれど入ることができず、近くに見つけたスナックに寄って、水割りを数杯飲んで少し精神を麻痺させてからもう一度店の前まで行った。
 入ろうか止めようかと迷いながら、何度も店の前を往復した。そうすること1時間。結局、俺は店の中には入れなかった。すごすごとアパートに戻った。
 アパートに戻って後悔した。あそこまで行ってどうして入らなかったのだろうかと。けれど、もう出かけていく元気はなかった。
 島本香と『お姉さん』から受けた行為を思い出しながらマスを掻いた。その日は何故かなかなか行けなかった。
 時計は午後10時を指していた。
 (どうしようか?)
 俺の脳裏にはひとつのアイデアが浮かんでいた。迷ったあげくに、俺は決心して上着を着た。
 (島本香のマンションに行こう。あそこなら、何の迷いもなく入ることができる。彼女なら、俺の願いを聞き入れてくれるだろう)
 それ以外の方法を思いつかなかった。