再び喉の渇きが俺を襲ってきた。冷蔵庫を開いて清涼飲料水を2本立て続けに飲み干す。渇きは幾分癒された。
(いくら何でもちょっと飲み過ぎたな。それにしても彼女、強かったな)
看板という水入りにならなければ負けていたのではないかと思った。
(しかし、可愛かったな。俺の好みだよ)
裸の彼女を思い出して、俺は思わずにんまりとした。
食欲がまったくなかった。何も口に入れないで仕事に出た。
「ひどい面だな」
店長が嘲笑を浮かべる。出勤してから2時間の間に二度吐いた。出るものがないものだから、苦い胃液だけが出た。気分は最低最悪だった。
(今日は飲むのは止めよう)
そう思ったけれど、店が跳ねるといつものスナック・カサブランカへと自然に足が向いていた。
カウベルが頭にひどく響いた。
「小林君、昨日はうまくいったかね?」
スナックのドアを開けるやいなやマスターが俺に尋ねてきた。
「何のことですか?」
俺は惚けてみせる。
「惚けるなよ。昨日の彼女だよ。小林君に気がありそうだったじゃないか」
「そうでしたっけ?」
レズだったら、男に気がある様子は見せないんじゃないかと俺は思ったが、言い訳がましいと口を噤んだ。
「あのままホテルだと思ったがねえ」
「残念ながら、この店を出たあたりから記憶がプッツンですよ」
「そうか。それは残念だったな。あんないい女はなかなかいないからな」
「そうですね」
俺は島本香の顔を思い浮かべた。
(うん。マスターの言うとおりいい女だ)
彼女の全裸を思い浮かべる。
(スタイルもよかった。あそこの具合もよかったなあ。相手が素人で、しかもレイプしただなんて、あんなの初めての経験だよ。あああ、あの娘にしゃぶられてみたいな)
彼女の可愛い唇を思い出して、俺は勃起していた。
(レズだって言うのが本当なら、おしゃぶりして貰うのは無理かな?)
急に萎えた。
「マスター、いつもの奴、まだ?」
「飲めるのかい? 顔色が悪いけど」
マスターは、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「迎え酒。飲んだら気分もよくなります」
「それならちょっと薄めに」
「その分、安くしてよ」
「濃いめの時もいつもの値段だから、薄くしても同じだよ」
「じゃあ、濃いめでくれよ」
「大丈夫なのかな?」
そう言いながらマスターは、いつもの濃さのオンザロックを俺に作ってくれた。オンザロックに濃い目も薄目もないって? グラスに注ぐ白波の量が違うってことさ。量が少なければ、氷が溶けたときに薄くなるからそう言ったまでだ。
前日の飲み過ぎでやっぱり調子が悪かった。白波のオンザロックを3杯飲んだところでアパートに帰った。帰って、ベッドの中で島本香を思い出しながらマスを掻いた。
(レズだっていい。やっぱり、もう一度あの娘とやりたい)
思いは募るばかりだった。
目が覚めて時計を見た。まだ午前9時前だった。いつもならもう一度寝直すのだが、彼女、島村香のことが気になった。会いたくなった。
(そうだ。日曜日はデパートを休まないよな)
彼女に会って謝る。そうすれば何とかなるんじゃないか? そう思った。許してくれなくても、ともかく彼女に会いたかった。彼女の顔を見たかった。
俺は、シャワーを浴びると、着替えて彼女の勤めるデパートへと向かった。
島村香が働いているデパートは、10階建ての大きなデパートだった。
(従業員が多いから、彼女を捜し出すのは至難の業だぞ)
そう思いながら一階のレディスフロアを端から調べ始めて、すぐに彼女の姿を見つけた。彼女は化粧品売り場にいた。
レズなのに、男に犯されてショックを受けているだろうと思っていた。ところが、丸一日以上がたっているせいか、そんな様子はまったく見せないで明るい笑顔を振りまいてお客の相手をしていた。
俺は少し離れたところから彼女をジッと見ていた。
(見れば見るほどいい女だよな)
裸の彼女を思い出すと、股間が堅くなるのを覚えた。
(お客がいるから謝りに行けないよな)
それを口実に、俺は彼女の働く姿を舌なめずりをしながらずっと見ていた。
俺のそばを女性たちが行きすぎる。彼女たちは一様に妙な顔をした。男の俺がレディスフロアにジッとしているからだ。
(ちょっと拙いかな?)
そう思ったけれど、彼女の観察を止められなかった。俺は完全にストーカーと化していた。
30分ほどたったとき、背後に人の気配を感じた。振り向くと見上げるほど背の高い女が立っていた。居酒屋で島本香と一緒にいた女だった。この女も結構な美人だ。その美人が俺のことを睨み付けていた。
「何だよ、あんたは?」
服装からすると、女はデパートの店員ではないようだ。
「ちょっとつき合って」
有無を言わせぬ態度だった。
(こんな美人にだったら、殺されたっていいな)
そう思いながら、俺はその女の後についていった。チラリと島本香の方を見ると、俺たちの方を見ていた。彼女は俺の存在に気づいていたようだ。
(彼女はレズだって言ってたけど、この女がそのお相手か? 一昨日一緒だったから、そうなのかも)
その想像が間違っていなかったことがわかったのはそのすぐあとだった。裏口からデパートを出て、人気がなくなったなと思ったとたん、俺は股間を押さえてうずくまる羽目になっていた。女が振り向きざまに俺の股間に蹴りを入れたのだ。
「な、何するんだ!」
「よくもわたしの彼女をレイプしてくれたわね!」
すぐに左の顎に衝撃を覚えて俺はアスファルトの上にもんどり打って倒れた。血の味が口の中に広がった。
「おまえなんか、こうしてやる!」
身体中をこれでもかこれでもかと言うほど蹴られた。死ぬかもしれないという恐怖が俺を襲った。
(こんな女になら殺されてもいいなんて思ったのは間違いだ!)
「止めろ! この馬鹿女!」
「うるさい!」
女は俺を蹴り続けた。裏口から人が出てこなかったら、ホントに蹴り殺されていたかもしれない。女はチッと舌打ちをして立ち去っていった。
「大丈夫ですか?」
誰かは知らないけれど、そんな言葉に俺は返事もできないでただ呻くしかなかった。救急車が呼ばれ、俺は近くにある救急病院へと運ばれていった。
「いったい、誰にやられたんですか?」
そんな医者の問いかけに俺は黙っていた。油断していたとは言え、男の俺が女に一方的にやられたなどとは言えなかった。それに、やられた原因が、その女のレズ相手をレイプしたからだなんてとても言えない。最初はともかく、二度目は確かに俺は俺の意志で島本香をレイプしたのだから。
「警察に連絡しますか?」
俺は首を振った。
「そうですか。ともかく治療をしましょう」
レントゲン写真を撮られて、肋骨が二本折れていると言われた。そのほかは打撲だけらしい。
痛くて堪らないのに、入院するほどではないと言われて、湿布と飲み薬を手渡されて病院を追い出された。1万なにがしの出費は俺にとって痛手だった。
(入院していたら、もっと金が出て行っていた。入院させられなかったのは、むしろ正解だった)
とても仕事ができる状態ではなかった。
「すみません。ちょっと怪我をしまして。二、三日休ませて下さい」
店長に電話を入れると、忙しいから出てこいと言われた。けれど、とても無理だと断って俺はアパートに戻った。
薬を飲んでベッドの中に潜り込んで眠った。睡眠時間が足りなかったこともあって、すぐにぐっすりと眠り込んでいた。
気持ちよく眠っていたのに、突然息苦しくなって目が覚めた。目を開くと、目の前に島本香の顔があった。やあ、香ちゃん、調子はどう?なんて声を掛けようとしたけれど、声が出なかった。彼女が俺の上にのしかかり、彼女の手が俺の首に掛かっていたのだ。
「殺してやる!」
憎しみに満ちた目で、手に力を込めてくる。痛む手を挙げて彼女を俺の上からどけようとしたけれど、痛くて思うようにならない。
(殺される!)
ホントにそう思った。
「香! ホントに死んでしまうわよ。もう止めなさい」
彼女の手から力が抜けた。俺は喉をヒュウヒュウ言わせて喘ぐ。
「こんなヤツ、死んでしまったらいいのよ!」
殴られて腫れ上がっていた顎をもう一度殴られた。俺はその痛みに顔を顰めた。
「香、こいつを動けないように縛って」
彼女は憎々しげに俺を睨みながら、俺の両手と両足を縛った。
「何するんだよ!」
「うるさいわね! あんたは黙ってなさい!!」
ボカッと腹を蹴られた。
「ううっ・・・・」
「香、これを咬ませなさい」
女から手渡されてものを彼女は俺の口の中に押し込もうとする。猿轡のようだった。必至に抵抗したけれど、鼻を抓まれて息をした瞬間、口の中に押し込められてしまった。
「もごもごもご」
「これでうるさくなくなったわね」
満足そうな顔をして、島本香の彼女が俺の顔を覗き込んできた。
「さてと。香、部屋の鍵はかけたわね」
「ええ」
「じゃあ、ゆっくりと料理しましょう」
女の目に残忍な炎が燃えていた。俺は小便をちびりそうになった。女はナイフを俺の目の前に差し出した。
「動くと、怪我をするわよ」
そう言って、俺の着ていたTシャツを胸の真ん中で引き裂いていった。さらに両腕の部分を切り裂いてTシャツを取り除いてしまった。
ジーンズのベルトが外されて、足元からジーンズが切り開かれて、ジーンズが引き抜かれて、俺はトランクス一丁にされてしまった。
「さて、最後の一枚よね」
女は楽しむように俺の穿いていたトランクスをジーンズと同じように足元から切り開いて取り去ってしまった。
「まあまあ。可愛らしい息子さんだこと」
俺のペニスは人並み以上はあると思っているのだが、恐怖で縮み上がっていた。
「香? どうしてやろうか?」
「切り取っちゃって!」
憎しみに満ちた声で叫んだ。
「そう? あなたがそう言うのなら、切り取っちゃいましょう。この悪戯息子さんをね」
ナイフの先端が俺のペニスを撫でた。
(止めてくれ!)
叫んだが、言葉にならなかった。
「香! ホントにいいのね?」
「早くやっちゃって!」
「小林君て言ったわね。覚悟しなさい! さあ、息子とさよならよ」
ペニスの根本に激しい痛みが走った。俺は気を失った。
長く伸ばした髪の毛が頬に掛かる。スカートの裾が風に揺れていた。男が近寄ってきて、綺麗だと俺に囁き、唇を合わせてきた。
ギョッとして目が覚めた。時計は時を5分ほど進めただけだった。
(夢か・・・・。女になった夢を見るなんて。あ、そうだった。ペニスを切り取られたんだった!!)
股間の痛みに、俺は慌てて臍の方を見下げた。ペニスが見えた。切り離されたわけではなく、痛みはあるがまだ俺の股間に根付いているとの感覚があった。俺はホッとして頭をベッドの上におろした。
「ホントに切り取ると思ったの?」
女が薄笑いを浮かべながら俺の顔を覗き込んだ。サディスティックな顔だ。
「ホントは切り取ってやりたいんだけどね。いくら何でもそこまではやれないわ」
スッと痛みがなくなった。女が俺の目の前に大型の洗濯ばさみをかざした。どうやらその洗濯ばさみで俺のペニスの根本を挟んだようだ。
「ただね。今度香に近づいたりしたら、ホントに切り取っちゃうからね。いいわね?」
俺は頷くしかなかった。
「香! これでいいわね」
「まだ物足りないけど、いいわ。お漏らしするくらい怯えさせたんだもの」
そう言えば、股間あたりが冷たかった。俺は恐怖のあまり失禁していたのだ。ふたりは笑いながら部屋を出て行った。
素っ裸で両手両足を縛られ猿轡を填められたまま、俺はベッドの上に取り残された。失禁した尿の臭いが部屋の中に漂っている。
(こんなところ、他人には見られたくない)
そうは思ったが、なかなか縄が解けない。猿轡をされていなければ、両手を縛られた縄を歯で解けるのだが、それは不可能だ。うつ伏せになって、ベッドに顔を押しつけて猿ぐつわを外すことにした。
身体を回転させてうつ伏せになろうとしてベッドの上から床の上に転げ落ちた。
(痛てえ・・・・)
落ちただけでも痛いのに、女に蹴られていたから全身に痛みが走った。女にこんな仕打ちをされてことへの悔しさと痛みとから涙が出た。
しばらくジッとして痛みに耐えてから、猿轡を外した。簡単に言ったが、猿轡を外すのにゆうに30分はかかった。
それから両手の縄を歯で解いた。これも30分あまり掛かった。両足の縄を解いたときには、女たちが出ていって1時間以上が経過していた。
「くそ!! いてててて・・・・」
身体に力を入れると全身が痛んだ。まるでナマケモノのようにゆっくりとした動作で起きあがり、汚したシーツを洗濯機に放り込んでからシャワーを浴びて再びベッドに入った。
(どうやって仕返ししてやろうか?)
俺が考える仕返しの相手は、島本香ではなくもうひとりの女の方だ。不思議と島本香に対する恨みの感情は沸いてこないのだ。
(こんなことをやったのは、あの女だからな)
どうやって仕返ししてやろうかとベッドの中で考えたが、俺はあの女の居所を知らないのだ。
(諦めるか? いや、島本香に近づいて、あの女の方から近づいてくるのを待とう。それがいい。その前に、まずこの傷を治しておかないと)
俺は痛みを堪えて寝返りを打った。