目が醒めて、すぐに体を調べてみた。大きなおっぱい。ペニスも睾丸も触れない股間。ぼくはまだ女のままだ。涙がこぼれた。
「まだ元に戻ってないわね」
菜穂子がぼくの肩を優しく抱く。これじゃあ、男と女が逆転してるじゃないか!
「あ、ああ」
「元に戻るのかしら?」
「ぼくに聞いても、そんなこと分からないよ」
「それもそうね。ぜんぜん、元に戻りそうもないね」
「そんなこと言うなよ。人のことだと思って」
「ごめん。わたしも悩んでるけど、一番悩んでるのは千春だもんね」
「どうしてこんな事に・・・・」
「考えてもどうにもならないわ。ともかく、現状を受け入れて、できる限りのことをしないとね」
「・・・・分かってるよ。でも・・・・」
「わたしがいるわ。わたしが助けてあげるから。そのうち、元に戻るでしょう」
「菜穂子・・・・」
こんなに菜穂子が頼りになるとは思ってもみなかった。ぼくは菜穂子の胸、小さな胸に顔を埋めて泣いた。小さな胸なんて思っているって菜穂子に知られたら、殺されそう。
今日も、胸にサラシを巻き、髪を整髪料できっちりセットして、スーツを着て出掛けた。バス停で出会う人たちは以前と同じなのに、ぼくに対する視線は違って見えた。
ぼくのそばに来るのは、いつもの小さな女の子だけだ。他の人たちは、ぼくを中心に少し離れて立っていた。
バスの中で、今日もやっぱり痴漢に遭遇した。痴漢行為をされるくらい可愛いんじゃないの? と以前は考えていたけれど、いざ、自分がその立場になってみると、男の身勝手さに腹が立った。
女になって4日が過ぎた。男に戻る気配はまったくない。溜息が出る。ぼくは、いつものようにサラシを巻いて、男物のジャケットにスラックスという姿で通勤した。この4日間、以前と変わりなく仕事は淡々と進んでいた。ただ、職場の雰囲気が落ち着かないような気がしていた。
「杉本君、ちょっと」
会社に着くと、すぐに部長に呼ばれた。
「まだ男に戻っていないようだな」
「はい」
「どうしようか?」
「どうしようかって、おっしゃいますと・・・・」
「みんな、君のことを不審に思っているんだ。おかしいってね」
「・・・・そうでしょうね」
「浮ついた感じで、仕事がどうもはかどらなくてな」
「それはぼくも感じてました。・・・・どうしたら?」
「君は優秀なメンバーだから、辞めてくれなんて事は言わないんだが、・・・・男に戻りそうもないんだったら、みんなに君が女になってしまったことを公表して欲しいんだ」
部長に呼ばれたときから、そう言われるだろう事は予想が付いていた。だから、ぼくは驚きもしなかった。
「そうした方がいいんでしょうね」
「先のことを考えるとな」
「分かりました。・・・・どうしましょうか? ぼくの口から言った方がいいのでしょうか?」
「・・・・そうだね。わたしがまず口火を切ろう。それから、君に話してもらう。それでいいかな?」
「はい。そうしていただけると嬉しいです」
「じゃあ、そろそろみんな集まった頃だから、話しをしてみよう」
了解はしたものの、いざとなると怖くなった。今まで通り、付き合ってくれるのだろうか?
「みんな、ちょっとこちらへ集まってくれ。重大な話しがあるんだ」
部長のそばにぼくが立っているから、ぼくのことで何かあるんだと察したみんなが席を離れて、集まってきた。
「他でもない。杉本君のことなんだが」
みんなが一斉にぼくを見た。ぼくは下を向いて顔を真っ赤にしていた。小泉さんは、にっこり笑って、ぼくにVサインを出してきた。
「もう気がついていると思うんだが、杉本君の体にちょっとした変化が出たんだ」
ぼくは消え入りそうに小さくなっていた。やっぱり止めておけばよかったと後悔し始めていた。
「杉本君は、4日前の朝から、突然女になってしまったんだ」
どよめきが起こった。
「嘘でしょう?」
「そんな馬鹿な」
そんな声が聞こえてきた。
「嘘でも冗談でもないんだ。あとは本人の口から聞いてくれ」
みんながぼくを取り囲む。声が震えて、言葉が出ない。口の中がカラカラに乾いて、唾液が粘りついた。
「杉本さん。お水。グッと飲んで」
小泉さんが、コップに入った水をぼくに手渡してくれた。ぼくは、それをグッと飲み干して、大きく深呼吸してからぽつぽつと話し始めた。
「・・・・日曜日の夜まではどうもなかったんです。ぼくは、ぼくは男で、先週と変わりがありませんでした。月曜日の9時からプレゼンがあったから、遅くまで起きていて、寝たのは午前一時過ぎだったと思います。寝る前に、トイレに行ったときは、ちゃんと・・・・ペニスもあって、ぼくは男でした」
寝る前に菜穂子とセックスしたまでは恥ずかしくて言わなかった。そんなことは関係ないし・・・・。ペニスがあったと言えば事足りると思った。
「月曜日の朝、目覚めてみると、胸が大きくなっていて、・・・・男のシンボルであるペニスがなくなって・・・・、女になっていたんです」
「どうして? どうしてなの?」
先輩の女子社員がぼくに尋ねた。
「分かりません。訳が分からないんです。ただ、悪夢を見た覚えがあるんです」
「悪夢ねえ・・・・。どんな夢?」
「思い出せないんです」
「ふうん。杉本君、今は本物の女なの?」
聞かれたくないことを聞かれてしまったけど、答えなければならない。
「言いにくいことだけど、月曜日の夜、ぼくの家内に確かめてもらたんです」
「間違いなかったのね」
「はい。腟もちゃんとあるそうです」
腟なんて言葉を女のぼくが発してもいいのかなと思ったが、そう言うしかなかった。
「へええ」
部内のみんなは驚きの声を上げた。
「それでだな」
部長が話しに割って入った。
「すぐに元に戻るだろうと言うことで、無理をして今日まで男の格好をしてもらってたんだが、一向に男に戻る気配がないんだ。そこで、いつまでもこうやって妙な格好をさせるより、女らしい服装をすることを許してやって欲しいんだが、みんな、どうかな?」
女らしい服装をするなんて言ってないよう・・・・。
「賛成です。女の子になったのに、男の格好しているなんて、まるでオカマがいるようですから」
「そうです。女は、やっぱり女の格好ですよ」
「ちょっと待って。女は女らしくって言うのは、男女平等にもとります」
小泉さんが口を挟んだ。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
先輩の男性が言う。
「型に填めるんじゃなくて、本人の自由意志で決定してもらえばいいと思います。もし、スカートを穿きたいのなら、スカートにしてもいいし、いやなら、パンツ類にすればいい。通勤のこともあるから、他人から見て、妙な格好に見えなければいいと思います。今のような格好でなければ」
「そうだな。そうするか。杉本君、それでいいね」
「はい。少なくとも今の格好はおかしいから、みなさんが妙に思わない程度にしたいと思っています」
「それじゃあ、そう言うことで。仕事に戻ってくれ」
「あのう。元に戻ったら、当然スーツで来ますから・・・・」
「当たり前だ!! 男に戻ってスカートなんて穿いてくるなんて事は、いくら何でも許さん」
部内は大爆笑になった。ぼくは、恥ずかしさで顔を真っ赤にして下を向いてデスクに戻った。
それでも少し気分は楽になった。それまで何となく落ち着かない感じだった部内に平穏が戻ってきたようだ。ぼくは女になったことを忘れて、仕事に専念した。
昼休みになった。今日も小泉さんが一緒に食事に行こうと誘いに来た。
「出掛ける前にちょっと待って」
デスクに座って待っていると、小泉さんは淡いブルーのジャケットと女物の靴を手に戻ってきた。
「これに着替えて」
「どうしたの? これ」
「先週暑かった日に、着て帰るのを忘れたの。これを着た方がいいんじゃないかと思って」
「女物だよね」
「勿論よ。わたしのだから」
「入るかなあ」
「入りそうな気がするけど」
小泉さんが渡してくれたジャケットを着てみると、ほぼぴったりだった。靴はちょっと小さいかなと思ったけど、踵のないタイプだから、なんとか履けるようだ。
「ネクタイはしないで、ラフにしたらいいでしょうね。そのスラックス、女が穿いてもいいような感じだからそのままでもいいわね」
「変に見えないの?」
「ボーイッシュな女の子ってとこかな?」
「ちょっと鏡見に行ってもいい?」
「いいわよ。あ、杉本さん」
「なに?」
「その格好なら、女子トイレに行くのよ」
「女子トイレ!?」
「男子トイレに行ったら、変態に思われるわよ」
「・・・・分かった」
女子トイレなんて入ったことはない。当然だろう? 男で女子トイレに入った経験のあるも人と言えば、妙なことを考える男しか思い浮かばない。
トイレのある廊下の突き当たりへ歩いていった。向かって左が男子トイレで、右が女子トイレだ。女子トイレのドアを開けるとき、もの凄く悪いことをしているような気がして、胸がどきどきした。ドアを開けて中をこっそり覗いてみた。昼休みでみんな外に出かけているらしく、誰もいない。ホッとして中へ入り鏡を見た。
髪型が男だけど女に見えた。前髪をちょっと降ろしてみた。これなら、小泉さんの言う、ボーイッシュな女に見える。ぼくは頷いて個室に入った。
用を足して、トイレを出た。トイレの出口で、他の部署の女性と鉢合わせになった。心臓がひっくり返るほどビックリしたけど、その女性は変な顔もしないで中へ入っていった。よかった。女に見られたようだ。
「あら、前髪降ろしたのね。それならうんと女に見えるわ。そうね。帰りに美容室にでも寄ったらいいわ。それくらい髪が長ければ、結構女らしい髪型にして貰えるわよ」
「その方がいいかな?」
「絶対、その方がいいわ。今朝も言ったけど、他人から見て、おかしく見られないって言うことが大事なの。女は女らしくって言われて、ちょっと反発しちゃったけど、本音を言うと、その線で行ってる方が、妙な目で見られることはないのよね」
「それって・・・・スカートも穿いた方がいいって事?」
「スカートだけが女の服じゃないのよ」
「分かった。帰ったら、菜穂子と相談してみる」
小泉さんから借りたジャケットはぴったりなんだけど、男物と違って体にフィットしすぎるような気がする。妙に体の線が出るのだ。女を強調するデザイン。男に媚びを売って生きなければならないような気がして、ぼくは好きになれない。
しかし、妙な顔で見られることが極端に減って、ぼくは昼休みの散歩を楽しむことができた。
ぼくの会社は男も女もない。実力次第の会社だから助かっている。これが女はお茶くみなんて会社だったら、とてもやっていけない。
ぼくが男から女になったからと言って、仕事はいつもと変わりなく進んでいった。いや、ぼくが女になったと宣言してから、少し停滞していたものがスムーズに動くようになったと言ってよい。
昼食のコーヒーの所為か、トイレに行きたくなって廊下へ出た。そのとたん、目の前に男が立ちふさがった。
「いよう、杉本。久しぶり」
「あ、ああ。梅木・・・・」
梅木は、大学時代の同級生だ。親友とまではいかないけど、まあ、仲がよかった方に入る。しかし、今のぼくを見られたくなかった。
「さっきちょっと耳にしたんだけど、おまえ、女になったんだって?」
あいちゃ。知ってるよ。
「誰に聞いたんだ?」
「ちょっと、さる筋から」
誰だよ。言いふらしたのは!? どうせそのうちみんなに知られてしまうだろうけど・・・・。
「ホントらしいな」
梅木はぼくの周りをぐるりと回って、じろじろとぼくの姿を見た。
「前から女みたいなやつだと思っていたけど、ホントに女になってしまうなんて・・・・。ホルモンとか飲んでるのか?」
参った。ぼくのことを女になりたい男だと思っているようだ。4年もつきあっていて、ぼくの気持ちが分からないのかと腹が立った。
「そんなことするわけがないだろう!!」
「女性ホルモン、飲んだんじゃないのか? じゃあ、どうして女になっちまったんだ?」
「そんなこと知らないよ。朝起きたら、女になってたんだ」
「そんな馬鹿な! 信じられないよ」
「ほんとさ。トイレに行きたいんだ。そこを退いてくれよ」
「そうか。・・・・分かったぞ。何か秘密のプロジェクトのために、そんな格好してるんだな」
「違うってば」
「その胸は偽物だろう?」
そう言って、梅木はぼくの胸をムンズと掴んだ。
「痛い!! 何するんだよ。馬鹿野郎!」
ちょうど廊下を通りかかった女子職員が、梅木を非難するような目で見た。
「本物なのか!?」
「だから言ってるだろう。ぼくは女になってしまったんだ。それだけでもショックなのに、ぼくを虐めるような真似をして。いくら友達でも許さないからな。もう構わないでくれ!」
「す、すまん。冗談だとばかり思っていたから・・・・」
ぼくは、泣きながら、女子トイレへ入った。涙がぼろぼろと流れ落ちた。
しばらくそうしていると、気が収まってきた。
梅木はぼくが何かのプロジェクトのために女のような格好をしていると言っていた。女だと思って胸を掴んだ訳じゃないんだ。だから、許してあげなきゃ。そう思った。
トイレから出てデスクに戻ってすぐ、梅木から電話があった。
「さっきはすまなかった。ホントだとは思わなかったから」
「分かってる。梅木に悪気はなかったと思ってるよ。こんなこと、誰も信じられないからね」
「ああ。聞き難いことを聞くけど、いいか?」
「言わなくても分かるよ。胸だけじゃないんだ。ぼくは完全に女なんだ。梅木がその気になれば、セックスの相手だってできるよ」
電話の向こうで、梅木が唖然として口も利けなくなっているのが窺えた。
「何か、力になれることはないか?」
「何も・・・・。しばらくそっとしておいて欲しい。それだけだよ」
「分かった。おまえのことをもう茶化したりしないよ。すまなかったな」
「じゃあ」
この先、いろいろなことが起こるんだろうなと思うと気が重くなった。