第14章 再婚してしまったよ

 何も変わらない。変わらないことはないか。ぼくが女になり、小泉さんが男になった。ぼくは菜穂子と離婚し独身に戻っている。仕事も社長秘書に変わった。しかし、それ以外のことは何事もなかったように過ぎていった。

 毎年恒例の花見がやってきた。肌寒い中で、夜桜を見ながら、ワイワイと酒を飲む。ぼくは、弱いから、すぐに酔っぱらってござの上に寝ていた。
 「こら! 千春!! パンツが見えるぞ」
 ぼくは眠い目を開けて、スカートの裾を引っ張り降ろした。
 「エッチ!!」
 「男はみんなエッチなんだ」
 誰かがそんなこと言ってたなと思い出す。ぼくの手を引いて起こそうとするその人物は、小泉さんだった。もうすっかり男になれてしまった小泉さん。ずっと昔から、男だったような雰囲気だ。
 「千春。二次会に行くぞ」
 「わたし、もうだめ」
 「行かないとこうだぞ」
 小泉さんは、ぼくの胸を揉んだ。去年の花見の時にも、小泉さんは、同じようにぼくの胸を揉んだ。あの時は、女同士だったけど、今日は違う。
 「もう! セクハラで訴えるわよ」
 「ありゃ。そうだった。わたし、男だった」
 知ってる会社の同僚たちは大笑い。知らないまわりの人たちは、妙な目をして小泉さんを見た。
 「さ、さ。行こう、行こう」
 結局カラオケに行くことになった。10分ほど離れたところまで、小泉さんに凭れて歩いた。
 「よう、おふたりさん。お似合いだよ」
 坂田さんが冷やかす。
 「酔ってる女性をエスコートするのは男の役目だからね」
 「わたし、ひどく酔ってます」
 坂田さんはフラフラする真似をした。
 「帰って寝たら?」
 「ひどいい」

 二次会のカラオケボックスでぼくは息を吹き返し、マイクを独り占めにして歌いまくった。一方小泉さんはと言うと、2曲ほど歌ったあと、酔いが回ってダウンしてしまった。
 午後11時。ぼくは、小泉さんを連れて、カラオケボックスを出た。
 「千春! 小泉さんを襲ったらだめよ」
 「送っていくだけよ」
 そう言って、タクシーに乗り込んだのだけれど、はたと困った。ぼくは小泉さんと仲良くしているけど、小泉さんの住んでるところを知らないのだ。
 襲ったらだめよか。ぼくと小泉さんが一緒に帰ったことをみんなが知ってるから、そんなこと出来なよね。そう思いながらも、小泉さんを起こさずに、運転手に行き先として自分のアパートを告げた。

 支払いを済ませ、小泉さんを抱えて部屋に入った。完全に酔っぱらっていて、人事不承。これじゃあ、やろうなんて思ってもやれやしないよ。
 ベッドまで運んで、下着だけにして寝かせた。小泉さんはまったく起きる気配はなく、ごうごうと鼾をかいて眠っていた。
 ぼくは、シャワーを浴びて着替えると、ちょっと迷ってから、小泉さんの隣に滑り込んだ。
 暖かい。胸がきゅんとなった。こうしているだけで幸せ。ずっとベッドでひとり寝だったから、小泉さんの暖かさが心地よかった。

 目を開けると、女に戻った小泉さんがいた。どうして女に戻るのよ。そう思って自分の体を見ると、男に戻っていた。大喜びで、小泉さんを起こした。
 「小泉さん、ぼくたち、元に戻ったよ」
 「嘘」
 「ホントだよ。よく見てごらん」
 「ほんとだ。・・・・杉本さん、あなた、わたしをどうするつもり?」
 「どうするって、どうもしないよ」
 「酔った女をを連れ込むなんて、何を考えているの?」
 「何もしてないよ」
 「何もしなくても、疑われるのよ。わたし、お嫁にいけないわ」
 そう言って、小泉さんは泣き始めた。
 「ぼ、ぼくがお嫁にもらって上げるから」
 「杉本さんが?」
 「そうだよ」
 「いやよ。あなたみたいな変態」
 「変態って!?」
 「スカート穿く男なんて嫌いよ」
 そんな言葉に驚いて自分の姿を見ると、ぼくはいつもの秘書が着る制服を着ていた。ぼくはあんぐりと口を開けた。どうしてだ?
 「これは何かの間違いだよ」
 「とにかく杉本君は嫌い。女みたいで頼りないから」
 「そんなあ」
 ぼくは、小泉さんのことが好きなのに・・・・。涙が零れた。
 「泣く男も嫌い」
 どうしたらいいんだよ!

 「杉本さん。杉本さん」
 そんな声に目を開けると、小泉さんの顔が目の前にあった。
 「どうした? 涙なんか流して。夢でも見たのかい?」
 様子がおかしい。ぼくは、そっと手を股間に持って行った。ぼくは女のままだ。あれは夢だったようだ。ちょっとホッとした。
 「杉本さん。可愛いよ」
 エッと思う暇もなく唇を塞がれた。勃起した小泉さんのペニスがぼくの股に触れていた。小泉さん、本気なの?
 「小泉さん・・・・」
 「あの時強がり言って何もしなかったことを後悔してたんだ。ぼくのこと、嫌いじゃないよね」
 「うん。大好きよ」
 「・・・・してもいい?」
 「いいわよ」
 「ホントに、いいんだね」
 「優しくしてね」
 「初めてなんだろう?」
 「女としてはね」
 「ぼくもなんだ。うまくいかないかも知れないよ」
 「わたしもそうだったから」
 「そうだったね」
 小泉さんがぼくを愛撫し始めた。小泉さんは女だったから、上手くぼくの急所を攻めてきた。
 「あああ、あん、はううう。い、いい。行っちゃいそう」
 行っちゃいそうじゃなくて、実はもう行っていた。気持ちいい。
 「それじゃあ、入れるけど、いい?」
 「早く」
 入ってきた。小泉さんの暖かさが伝わってきた。ずっと処女のままだと思っていたから、やったあって言う感じ。他の男とだったらその気にならなかったのに、小泉さんとならやれる。不思議だな。
 ぼく、小泉さんのこと、ずっと好きだったんだよね。性別が入れ替わってしまったけれど、こうなる運命だったような気がする。長い遠回りの末に、ようやく小泉さんと一体になれたって感じなんだ。
 「痛くない?」
 「大丈夫よ」
 「動かすよ」
 「いいわ」
 ぼくが男で、女だった小泉さんとしたとき、入れたとたん暴発してしまった。しかし、小泉さんは大丈夫のようだ。
 「ホントに痛くない?」
 「大丈夫。もっと激しくしていいわ」
 小泉さんはぼくを両手で抱きしめて、腰を激しく動かした。狂わんばかりの快感が生まれてきた。菜穂子としたとき、行ったと思ったのはあれはまだエクスタシーの入り口に過ぎなかった。
 「千春。行きそうだ」
 「来て!! わたしも行きそう・・・・」
 一瞬小泉さんの動きが止まり、ぼくの中でビクビクという蠢きを感じた。
 「あうん」
 視界が途切れた。宙に浮いたように感覚が無くなった。一瞬ののち、小泉さんの体の重さがぼくに伝わってきた。
 ぼくの中に小泉さんはまだいるのを感じていた。抜け出そうとしている。
 「じっとしていて。あなたを感じていたいから」
 「杉本さん、好きだよ」
 「さっき、千春って呼んでくれなかった?」
 「・・・・あ、言ったかなあ」
 「言ったわ」
 「千春って呼んでもいい?」
 「勿論よ。わたしもあなたのこと、和美って呼んでもいいわね」
 「ああ、いいよ。千春。好きだよ」
 「わたしも」
 小泉さんが、萎えて自然に抜け出るまで、ずっと抱き合っていた。

 「ホントに痛くなかったの?」
 「痛くなかったわよ」
 「ぼくのときは痛かったけど」
 「わたしとしたとき?」
 「うん」
 あれっと考える。
 「和美。あの時あなた、自分は処女じゃないって言ってなかった?」
 「あ、ああ。そんなこと言ったかな?」
 「処女だったのね?」
 「・・・・嘘ついてたよ」
 「どうして?」
 「恥ずかしい」
 「どうしてよ。もう他人じゃないんだから、言ってもいいでしょう?」
 「・・・・そうだね」
 「聞かせて?」
 「千春と初めて出会ったときから、千春のことが好きだった」
 「ええっ!?」
 そんな素振りは一度も見せなかった。
 「千春が菜穂子さんに一目惚れしたときは、はっきり言って嫉妬で狂いそうになったよ」
 「そうだったの。そんな気持ちも知らないで、ごめんね」
 「いいんだよ。千春が童貞で、菜穂子さんとうまくいかなかったらどうしようって相談を持ちかけられたとき、これはチャンスだと思ったんだ。ぼくを好きになってくれなくてもいい。処女をあげられたらって」
 「だから、処女じゃないと偽って」
 「そう言うことなんだ」
 「今日も処女と童貞だったのね」
 「ぼくは上手くやったけどね」
 「ひどい」
 「ごめん」
 「和美は、どうして上手くやれたの?」
 「さあ、まだ少しアルコールが残ってる所為かな?」
 「そうか。あの時もそうすればよかったわ」
 「そうだね。ところで、ホントに痛くなかったの?」
 「ぜんぜんって言うことはないけど、あんまり」
 「痛くなかったのはどうして?」
 「そんなこと女に言わせないで」
 菜穂子とレズごっこしていたから、指の2本程度のものが入っても痛くないようになっていた。勿論、小泉さんのものはもっと大きいけれど、多少は慣れていると言うことだろうなと思う。
 「もう一度できそうだけど、千春、どう?」
 「いいわよ。会社に行くまでにはまだ時間があるから」

 二度目も行ってしまった。処女なのに、初めてした日に行ってしまうなんて、恥ずかしい。

 それからと言うもの、2,3日に一回、小泉さんはぼくのアパートに泊まっていった。ほとんど毎回ぼくは達した。
 小泉さんに抱かれながら、ふと思った。1年たったら、元に戻るんじゃないかと。
 「元に戻っても、男と女じゃないか」
 「そっかあ、そうだね」
 そう答えたけど、ぼくの本音としては、女のままでいたかった。ぼくはどちらかというとついていくタイプ。それに反して、小泉さんは、ついてこいタイプ。今のままの方がいいのだ。
 ぼくには、社長秘書という仕事もあるし、セックスだって、女の方がいいような気がするのだ。
 「結婚しようか」
 「結婚!?」
 「戸籍上はぼくは女と言うことになってるけど、千春は男になってるだろう? だから、結婚できるんだよ」
 「そっかあ、それも気がつかなかったわ」
 「元に戻っても結婚は維持できるよね」
 「そうよね」
 「千春がイヤだというのならいいけど、どうする?」
 「イヤじゃないわ」
 「じゃあ、すぐにでも」
 「親はどうするの? こんな状態なのは知らせてないんでしょう?」
 「千春もだろう?」
 「うん。離婚したことだけ」
 「ま、なるようになるでしょう」
 「和美は気楽でいいわね」
 「楽天的なところがぼくの利点なんだ」
 「そうかもね」

 親への挨拶は抜きにして、結婚式当日驚かしてやろうと言うことになった。ぼくはあんまり賛成じゃなかったのだけれど・・・・。
 教会での結婚式を予約し、親戚、友人、同級生たちに案内状を出した。披露宴は、会費制の立食パーティーにした。仲人の長たらしい挨拶なんて、二度と聞きたくなかったからだ。

 結婚式当日。ぼくたちは式場とは別のところで花嫁花婿の準備をした。教会では、主人公がなかなか現れないと心配していたようだ。
 午前11時の式開始直前になって、ぼくたちは揃って教会へ顔を出した。その時の両親たちの顔は今でも忘れない。
 菜穂子が歩いたバージンロードを、今日はぼくが歩く。手を引いてくれる父の戸惑いがぼくに痛いほど伝わってきた。ぼくは、にっこり笑って父を見た。父は、目を丸くしてぼくを見ていた。
 「お父さん、ありがとう」
 ぼくは和美に手を取られ、神父の前に立った。

 「わたしたちの会社の人たちはご存じですけど、知らない方たちに説明します。わたしをご存じの方は、男の格好をして、女と結婚式を挙げるのを不思議に思っているでしょう。千春をご存じの方は、女の格好をして、男と結婚式を挙げることを同じように不思議に思っているはずです」
 和美が何を言い出すのかとみんな固唾を飲んで聞いている。
 「わたし、小泉和美は、生まれたときは女だったのに、今年の春、突然男に変身してしましました」
 何だって? 信じられないの言葉が飛び交う。
 「今日のもうひとりの主役の、杉本千春は、元々男だったのですが、去年の春、同じように男から女になってしましました」
 「性転換したって事?」
 誰かが大きな声で叫んだ。
 「ホルモン飲んだり、手術したとか言うことではなくって、本物の男と女になってしまったのです」
 「嘘でしょう?」
 「わたしが女に見えます? 千春が男に見えます?」
 会場の皆が黙り込む。
 「裸になってみせるわけには行きませんが、わたしは間違いなく本物の男、千春は間違いなく女です。千春が妊娠して、子どもを産めば、みんな信じて貰えるでしょう」
 「今、妊娠してるとか?」
 「まだです。今晩仕込む予定です」
 大爆笑となった。ぼくは、顔を真っ赤にして下を向いた。和美の馬鹿。
 「もし、ふたりとも元に戻れば、わたしが子どもを産むことになるかも知れませんが、その時はその時で、ご理解願います」

 結婚式は無事終わった。両親たちにもう一度説明した。ぼくは母に、和美は父親に確認してもらい、ホントに性別が変わったことを認めてもらった。
 「不思議なこともあるものだ」
 それが両親たちの一致した意見だ。しかし、ふたりが幸せになればいいと言うことでも意見が一致した。
 戸籍も裁判所に申請すれば、恐らく変えて貰えるのだろうけど、元に戻るとやっかいなので、しばらく様子を見てからと言うことにした。実際の性と戸籍の性は違っているけれど、ぼくと和美で性別が異なるから、結婚はできるから問題ないのだ。

 神様の悪戯で、ぼくは女になってしまったけれど、こうして幸せになることができた。菜穂子との間にできなかった子どもももうすぐ産まれる。ぼくは、大きくなったお腹をさすった。
 和美が男になって1年経過したけれど、元に戻らないから、ずっとこのままだろうと言うことで、医者の診断書を添えて、性別変更を届け出ている。もうすぐ認められるはずだ。認められないはずがない。何しろ、ぼくは子どもを産むんだから、女に間違いないし、そのぼくを妊娠させたのは和美だからね。

 菜穂子? 菜穂子はどうなったかって? 菜穂子もぼくの知らない人と再婚したんだ。たまたま産婦人科が同じで、ぼくたちは再会した。今は、もうすぐ母になるもの同士として、仲良くしている。

 「社長。社長は女だったら妊婦でもいいんですか?」
 「君だったら、妊婦でも何でもいい」
 「もう・・・・」
 社長は、ぼくが和美と結婚してからも、妊娠してお腹が大きくなってからも、相変わらずちょっかいを出してくる。ぼくに迫るのは、社長のストレス発散、レクレーションと言うところだろうと最近では思っている。
 「社長!! セクハラで訴えます!」
 社長がぼくのお尻を撫でたのだ。
 「その可愛い顔も来週いっぱいか。早く産んで、復帰しろよ」
 「産休に育休を頂きます」
 「そんなの困るよ。産んだら、すぐにでも出てくれよ。なあ、千春君。頼むよ」
 「べえだ」
 ぼくは、ミニのマタニティードレスを翻して秘書のデスクに戻った。社長のためにすぐに復帰することになりそうだなあと思いながら。