『玄語』の概要





『玄語』は江戸中期の思想家、三浦梅園の第一主著である

『玄語』は、陰陽哲学、気の哲学をベースに論理的な世界像を構築したものである。
その表現にはおよそ160の図と10余万語からなる文(漢文体)が用いられ、と
もに細部に至るまでシンメトリックな構成に貫かれている。『易(易経)』に思想
の淵源を持ち、『天経或問』などによって江戸日本に伝えられた西欧の天文学に多
大な影響を受けている。そのことを直接的に推測できる図が「地冊露部」(地球論・
天球論を論じる部)にいくつもある。「本宗」(ほんそう)などは『荘子』の「斉
物論」をシステム化したかのような印象を受けるが、その一方「小冊人部」では、
儒教的人倫が取り上げられている。                     

長らく23回目の改訂稿本である「安永本玄語」と24回目の改訂稿本である「浄
書本玄語」を編集して全8冊としたものが完成された『玄語』であると思われてき
たが、これは梅園没後、長男の三浦黄鶴が梅園晩年の高弟、矢野弘の助言を受けつ
つ改訂編集したもので、細部に黄鶴の考え違い、恣意的な編集が散見されるもので
ある。『梅園全集』や岩波思想大系68「三浦梅園」の『玄語』は、この黄鶴編集版
であるので、これをそのまま三浦梅園の『玄語』と思ってはならない。

全8冊はそれぞれ「本宗」「天冊活部」「天冊立部」「地冊没部」「地冊露部」
「小冊人部」「小冊物部」「例旨」と名付けられている。「本宗」は「小冊」に
対峙するものとして別名「大冊」とも言われる。これらの構成は、以下のように
図示できる。これから理解できるように『玄語』は、四冊八部によって構成され
ている。「大冊」としての「本宗」は、「天冊」と「地冊」を陰陽・天地という
基本カテゴリーによって再構成したものである。



    侌昜  天地
     \  /
      大冊
活部    |    没部
  \   |   /
   天冊―┼―地冊
  /   |   \
立部    |    露部
      小冊
     / \
    人部  物部


これは神物剖析図一合のテンプレート(下)を少しアレンジすれば、その中に配
置することが出来る。中央部は、当然、言明不能の一者である。



記述は甚だしく複雑で、独自の用語を用いている上、その用語の定義を自己自身の
内部で行うというきわめて特異な性格を持っている。また、限られた文字資源の反
復利用の結果ではあるが、同じ文字がまったく異なった意味を持つ場合があまりに
多いため、解読・翻訳に多大の困難を生じている。これらは前後の文脈から意味を
類推するほかないが、その前後の文脈も同様の性格を持つため、その意味の理解は
あたかも暗号解読の様相を呈することになる。

全体にきわめて論理的に書かれた書物であるが、細部に至るまで厳密に論理的では
なく、形式化した対称性へのこだわりやそのレトリックへの転用などが、一貫した
データ処理を困難にしている。

また『玄語』には、論理そのものを抽出して論じた箇所が見あたらない。数理に関
しては初期稿本から既に独立した項目を設けて論じており、最晩年に完成した第2
主著『贅語』にも「説数」という項目を設けて論じている。論理の絶対的な妥当性
を自覚してはいるが、それを抽出して論じ、発展させようという姿勢が見受けられ
ないのは、日本の思想全般に見受けられる特質である。それは古代ギリシャに端を
発する西欧の論理学に比すれば、日本思想における負の特質であり、梅園もその範
疇にとどまっている。しかし、構造の一貫性については、強い自覚とともに、実際
に、それを書きつづっている。

陰陽論の近代的合理化としての玄語

未完成に終わったとはいえ、三浦梅園が37年という歳月をかけて『玄語』を書き
上げたのは、江戸中期(1700年代半ば)のことである。梅園は、この書の中で、自然
界をひとつの有機的全体と見なし、あらゆる部分が相補的な関係の連鎖によって構
築されていると考えた。この発想は、多くの面で革新的な内容をはらんでいるが、
それは伝統的な陰陽論に立脚するものである。

ただし、天地論については、長崎から流入してきた西欧天文学の影響を色濃く受け
ており、伝統的な儒教的天地論からは大きくかけ離れることとなった。梅園は、そ
の思想の過程で中華思想と決定的に決別し、独自の天地論を構築した。

『玄語』は、明治45年(1912年)に『梅園全集』が発刊されるまで、半ば忘れられ
た書物であった。明治になって、内藤湖南や西村天囚によって梅園の業績が学界に
紹介されたが、この著作が一般の目に触れたのは『梅園全集』が発刊されてからの
ことである。しかもこの時点では、『玄語』の稿本改訂履歴が正しく認識されてい
なかったため、『玄語』という著書名が確定する第10稿に至るまでのいわゆる初
期稿本は、『玄語』とは別の著作と見なされていた。これらが『玄語』の初期稿本
であることを明らかにしたのは田口正治の詳細な文献調査による。

『玄語』が長く人目に触れなかった最大の理由は、それが出版されなかったことに
よる。版下本作成など、出版の準備は為されたが、資金不足のため頓挫した。また
『玄語』は、あまりに特異な書物であったため、同時代の近隣の学者からも理解さ
れなかった。師にあたる藤田敬所なども、この書に関してだけは批判的であった。

昭和に入ってからは、ヘーゲル弁証法との近似性が指摘され、梅園はいわば「和製
ヘーゲル」として一躍学界の注目を浴びることとなった。このような観点からの解
釈は日本のみならず、旧ソビエト連邦などでも為されており、同国の百科事典では
三浦梅園を日本の代表的思想家のひとりとして紹介していた。むろん、日本の唯物
論哲学の代表的創始者としてである。この解釈を生み出したのは、三枝博音(1892-
-1963)であるが、三枝は昭和に入って『玄語』の自筆稿本を精読した唯一の学者で
あった。このときまだ30代の若手研究者であったが、三浦家の離れに1ヶ月ほど
泊まり込み、一気にその学説を構築した。

また、三島由紀夫の諸作品の翻訳で知られるドナルド・キーン氏は、梅園の思想の
独自性に早くから注目し『多賀墨卿君にこたふる書』の英訳(抄訳)を行っている。
この書簡は非常に重要なもので、今日では "DEEP WORDS" (Rosemary Mercer著,
BRILL社, Holland)で全文の英訳を読むことが出来る。

『玄語』は、その全体が明確な指針の下に設計された書物である。それは二行一対
の記述法と、明確な構造を持つ図に端的に表現されている。図はあたかも文字によ
る曼荼羅の様相を呈している。しかし、三枝が、その代表的研究書である『三浦梅
園の哲学』において、図を完全に排除したことに端を発してか、『玄語』研究にお
いては文に比して図を軽視する傾向が生まれ、梅園がこの著書全体を明確な構造的
指針の上に著述していることは指摘されなかった。

精緻な体系化が成し遂げられている点においては、『玄語』は日本史における異例
の著作であるが、それは『玄語』が、仏教・儒教・道教などの伝統的思想の近代的
合理化として成立したことと無縁ではない。30歳になって「条理」を発見するま
での知的空白の中での梅園の彷徨を窺うと、そこに日本における近代の胎動と誕生
を見ることができる。むろんそれは同時代の他の思想家においても同様である。

また両子(ふたご)の里と言われる生地から生涯ほとんど離れることなく、みずか
らを「両子山人」とも称していた。世界全体を2分岐の連鎖によって関係づけよう
としたその思想が、風土の影響を色濃く受けていたことが分かる。体系を十分に精
緻なものとして作り上げるに足る知的素材と強靱な思考力、それに加えて思想を育
むに足る特異な風土があったものと推測される。思想と風土の関係を知る上でも、
『玄語』は貴重な素材である。

しかし、その時間論・空間論はおよそ伝統思想とも風土ともかけ離れたもので、こ
こには天才の独創を見るほかない。驚くべきことに梅園は、時間全体(「時」とい
う)と空間全体(「処」という)をその外部から構築し、その内部構造である「過
去」「現在」「未来」などや、「中心」「周辺」「左右」「上下」などの諸概念す
べてを「条理」と彼が名づけた二分岐の連鎖によって分類し尽くしている。時間と
空間をその外部から位置づけたという点で、梅園は、カントやニュートンを凌ぎ、
アインシュタインに先駆している。実際、その時空間論は、概念によって構築され
た相対論的時空間論と言って良いものになっている。

アインシュタインの時空間論が運動物体の記述に適していることは言うまでもない
が、梅園のそれは生命の、また精神の成長の記述に適している。しかし、これらの
問題について議論されたことは未だに無い。

『玄語』における相補性

『玄語』に一貫する発想は「相補性」である。これを梅園は「相依」(そうえ)と
書いている。「相依」は、仏教などに見られる思想であり、六郷満山と言われる国
東地方に生まれた梅園の思想が、その地域性の故に必然的に持つことになった基本
的発想のひとつである。「相依」とは互いに依拠し合うということである。これは
「相反」(そうはん。互いに反する)と並んで、『玄語』全編に貫徹する思考の原
理である。

剖対反比図一合(ぼうついはんひずいちごう or ぼうたいはんぴずいちごう)


『玄語』の基本構造が二分木構造(binary tree)であることを示す。2図の中央で折
り合わせて重ねる図である(中央に本の綴じがある)。

経緯剖対図(けいいぼうついず or けいいぼうたいず)

この図は「一」の相補的(相依)関係を端的に示している。

これらの図は、水面に広がる輪のように際限なく続くものである。このような構造
は、論理的関係としては「反合成全」と言われ、それを認識するための技法として
「反観合一」が用いられる。これは一見するところ、ヘーゲルの弁証法で言われる
「対立物の闘争と統一」に近似している。この類似性を発見したのは、既述のごと
く三枝博音である。三枝は、昭和16年に刊行された『三浦梅園の哲学』で、梅園
の思想をヘーゲル弁証法と同一のものとして学界に紹介して多大な支持を得、その
後数十年にわたって、梅園の思想を日本の弁証法哲学の嚆矢とする説が学界の定説
となった。

後に、朱子学研究を専門とする高橋正和氏が、三枝がその論拠とする文が『玄語』
の中に無いことを指摘し学界に論争を挑んだ。しかし、梅園の思想を日本における
弁証法哲学と見なす研究者(というより、実際は左翼イデオローグに過ぎないが)
たちからは、徹底して無視されたため、論争にすらならなかった。ここには学問が
イデオロギーに汚染された場合に起きる、正当な学問的議論の放逐を見て取ること
が出来る。これは学問のイデオロギーに対する敗北であると同時に、イデオロギー
に対する人間の敗北でもある。

『玄語』のファイル構造

『玄語』は、二分木 (binary tree)を基本の構成としているが、ファイル名は、多
分木(multiway tree) になっている。そしてファイルは白の傍点と黒の傍点で一対
になるように書かれている。これは『玄語』全体にわたってかなり厳密に守られて
いる記述法である。つまり玄語は木構造(データ構造)を持っているのである。そ
れに加えて160余の図がある。これらは以下のような関係にある。これからして
『玄語』が全体としては具象的な樹形モデルになっていることが分かる。つまり、
『玄語』は世界を樹形モデルとして描こうとした書物である。

このことは、梅園自身が書いた体系図(浄書本)からも窺えるが、「本宗」「天冊
活部」「天冊立部」「地冊没部」「地冊露部」「小冊人部」「小冊物部」の各冊の
内部にも2分木から多分木へ向けての階層化が為されている。最晩年に完成した
『贅語』との照合からして、梅園が『玄語』の細部までを階層化したのは、少なく
とも安永四年本成立後のことであると推測される。


『玄語』浄書本の体系図

例として、「地冊没部」の内部の階層を示す。体系の全体は、図では言明不能な一
者であるとして表現不能の白紙として示される。この白紙には「一不上図」と書か
れているが、『梅園全集』では、この白紙の図が欠落している。これがラッセルの
逆理に陥る自己包越者(無限定的全体性)であることは、末木剛博の論文「梅園と
ヘエゲル」(梅園学会報第15号)に指摘されている。梅園が体系の全体を不可知の
ものとし、いかなる主観的表象も立てなかったことには、驚くべき近代性を見ざる
を得ない。

一不上図
 |
 ├- 地冊 (これは二冊二部から成る)
 |  |
 |  ├- 没部 (これは1787-88年に書かれた。これに対応して露部がある)
 |  |  |
 |  |  ├- 天界の冊
 |  |  |   |
 |  |  |   ├- 宇宙
 |  |  |   |  ├- 四界
 |  |  |   |  ├- 通塞
 |  |  |   |  ├- 今中
 |  |  |   |  ├- 気物
 |  |  |   |  ├- 人境
 |  |  |   |  ├- 覆載之経緯
 |  |  |   |  ├- 循環鱗比
 |  |  |   |  └- 宇宙の図
 |  |  |   |       ├- No.069 四界図
 |  |  |   |       ├- No.070 宇宙転持図/宇宙図
 |  |  |   |       ├- No.071 宇宙方位図/時処今中図
 |  |  |   |       └- No.072 時処気物図
 |  |  |   |
 |  |  |   └- 方位
 |  |  |      ├- 方位
 |  |  |      ├- 形体
 |  |  |      ├- 四紀
 |  |  |      ├- 中外
 |  |  |      └- 方位の図
 |  |  |           ├- No.075 中外方位図
 |  |  |           └- No.076 大小方位図
 |  |  |
 |  |  └- 機界の冊
 |  |      |
 |  |      ├- 転持
 |  |      |  ├- 動静
 |  |      |  ├- 本通塞神物 
 |  |      |  ├- 歳運転時
 |  |      |  ├- 入形理
 |  |      |  ├- 天地水火
 |  |      |  ├- 運転GH
 |  |      |  ├- 天象運行
 |  |      |  ├- 小物
 |  |      |  ├- 委曲入機
 |  |      |  └- 転持の図
 |  |      |       ├- No.077 形理転持図一合(表)
 |  |      |       ├- No.078 形理転持図一合(裏)/神物入機図
 |  |      |       └- No.079 転持方位図
 |  |      |
 |  |      └- 形理
 |  |         ├- 形理
 |  |         ├- 正形
 |  |         ├- 入斜
 |  |         ├- 塊L邪曲
 |  |         ├- 総論
 |  |         └- 形理の図
 |  |              ├- No.080 形理正斜図
 |  |              └- No.082 大小形理図/形位相合図
 |  |
 |  |
  (天冊以下略。階層全体はこちら


これからして、『玄語』は、二分木、多分木、ファイル名、文、図によって、語が
配置または配列された書物であることがわかる。語は、現実に存在する個物、また
は個物相互の論理的関係、またはその時系列での関係としての事象に一対一に対応
する。これらの語は、世界を構成する要素に貼り付けられた名札であるが、あくま
でも『玄語』の論理に合致するように命名されているため、時として読む者を幻惑
することになる。太陽中心の光熱圏を指示する「華」(か)と地球中心の水冷圏を
指示する「液」(えき)などが良い例で、その語が指示する対象を把握できるまで
は意味不明であるような語がきわめて多いが、図との対応付けで意味が明らかにな
る場合もある。たとえば「華」は下の「日影図」(中心は太陽)、「液」は下の
「天地図」(中心は地球)の中の「水」(すい)と「燥」(そう)を意味している。
「水」は地球を取り巻く海洋、つまり水球のことで、「燥」は、大気圏を意味して
いる。これが一対一の対応関係に置かれる。ここには、ガリレイやニュートン以降
の西欧的天文学とは性質をまったく異にする天文感が構築されている。これは天動
説か地動説かの二者択一を必要とした近代西欧とは、まったく異なる思想的文化的
脈絡の上に成り立つものであるが、古代ギリシャにまで遡ると、類似の発想を見つ
けることが出来る。

梅園は、地表の生命の世界から、天球に至るまでの宇宙をただひとつの構造(条理)
によって構成しようとし、体系の内的な整合性においては、これに成功していると
見られる。ただし、科学的実証に耐えるか否かの検証はなされていない。この図は
「本宗」(ほんそう)に描かれているが、階層的には、「地冊露部」に属するもの
である。「地冊露部」では、天球に至るまでの宇宙空間が記述されている。「本宗」
は、総論と思われがちであるが、実際は「天冊」と「地冊」のダイジェストとして
「小冊」に対峙するものであるから、決して『玄語』全体の総論であるわけではない。
したがって、この図が「本宗」に属することになんら矛盾はない。梅園は小冊に対
峙するものとして、「本宗」を「大冊」とも名づけているが、むしろ「小冊」(地
表の物体と人倫を扱う)が、書物の構成上、これに対峙する「大冊」としての「本
宗」を必要としたとも考えられる。

天地図日影図

地球から見た宇宙と太陽から見た宇宙の1対1対応(条理的対応)

同様に難解な例として、類的同一性を指示する「本」(ほん)、それを個物に結実
させる物質を指示する「物」(ぶつ)、個物を成立させる精妙な機構を指示する
「精」(せい)、個物を通じて発現される類的特質を指示する「英」(えい)など
の語を含む文は、ほとんど意味不明の様相を呈する。次のような文がそれである。

233:  若し気物体性の本根精英を為すに非ずんば、
234:  則ち豈に相い依って一を成さんや。

          (行番号は三浦梅園資料館刊行の『玄語』と同じ)

これは、「もし、気物体性が本根精英を為すのでなければ、どうして互いに依拠し
合ってひとつのものを構成することが出来るであろうか?」という意味であるが、
そもそも「気物体性」と「本根精英」という語の意味が分からなければ、この文の
意味は不明である。そしてこれらの語の定義が『玄語』のどこで為されているかを
梅園は明記していない。彼は、自分の造語(梅園はこれを「条理の言」という)の
定義を明示することなく、それら語によってひとつの書物を書き上げてしまってい
るのである。これが何かの知的伝統に由来するものなのか、あるいは、思想表現の
ための不可避の手段として梅園が考案したものであったのか未だに不明である。


『玄語』の語法

『玄語』において用いられる用語は原則として一義一語であり、二語一義は例外で
ある。たとえば「天地」とあれば「天と地」のことであり、「宇宙」とあれば「宇
と宙」のことであり、「経緯」とあれば「経と緯」のことである。そしてこれらの
用語の前後に置かれる語も、同様に相反性を持つことが多い。

梅園は「宇」と「宙」を別々に定義している。その定義によれば「宇」は空間のこ
とであり、「宙」は時間のことである。従って「宇宙」は「空間と時間」の意味で
あることになる。このような例は枚挙にいとまがない。

たとえば、「天有天地天神」(天は天地天神を有(う)す)という文がある。いま
相反性を '-' で示し、一組の語であることを( )で示すことにすると、

天地は(天-地)
天神は(天-神)

と書ける。(天-地)と(天-神)は、相反性を持つので、(天-地)-(天-神)と書ける。最
初の「天」は高次の概念であるので、結局この文は、

天[(天-地)-(天-神)]

と書くことができる。この文に対応するのが天神天地図(てんしんてんちず)である。



この図を上のように書き改めると、次のようになる。

一(物-神)
 物(天-地) かつ 神(天-神)
 故に
 一(物-神) = 一[(天-地)-(天-神)]

図の中央の「一」がこの文では「天」になっている。この3個の「天」は、意味がまっ
たく異なる。

もうひとつ例を挙げる。

4387:  天成東西南北〉則
4388:  人成前後左右》

4389:  天成転持動止〉則
4390:  人成行居睡覚》

   (数字は三浦梅園資料館発行の『玄語』の行番号。
      〉は黒の傍点の、》は白の傍点の代用記号。以下省略する。)

は、

4387:  天成 [(東-西)-(南-北)] 則
4388:  人成 [(前-後)-(左-右)]

4389:  天成 [(転-持)-(動-止)] 則
4390:  人成 [(行-居)-(睡-覚)]

と書き換えられる。かつ、4387-4388、4389-4390 という相反性があるので、「則」
を'-'に置き換え{ }を使ってまとめれば、

4387-4388:  { 天成 [(東-西)-(南-北)]}-{人成 [(前-後)-(左-右)]}
4389-4390:  { 天成 [(転-持)-(動-止)]}-{人成 [(行-居)-(睡-覚)]}

となる。
「成」という共通の語があるので、この4行はひとつのブロックを構成しているこ
とが分かる。これを示すのが白と黒の傍点で、この傍点に従って分を配列すれば、
『玄語』全文が対構造を持って記述されていることが分かる。対構造を持っていな
い文は「。」が使われる。これを返り点と送り仮名したがって読めば、

 天は東西南北を成せば、則ち人は前後左右を成し、天は転持動止を成せば、則ち人は行居睡覚を成す。

となり、文の構造が分からなくなる。この読みでは文の構造が隠れてしまう。これは、
傍点に従った構造的な読みと対を為すのである。私は、前者を「粲立の読み」後者を
「混成の読み」と呼ぶことにしている。


15474: ○物は経緯を有す〉諸を文辞に寓するに〉経は先後に由て序す可し〉
15475:                    緯は両辞斉発す可からず〉
15476:  気は混粲を有す》諸を図書に託するに》粲は條理に由て分つ可し》
15477:                    混は罅縫綻開す可からず》故に
15478: 文は変化に錯綜す〉
15479: 図は條理に整斉す》夫れ物は統散の分を有す。


と書かれているように「条理」の構造に由来している。しかし「文は変化に錯綜す」
とは言っても、文は白と黒の傍点で一対になるように書かれている。では、この「錯
綜」は何によってもたらされるかというと、それが<返り点>と<送りがな>なので
ある。だから、梅園が指示した通りに訓読すれば、読み手の頭脳は錯綜し、あたかも
霧の中を手探りで進むような混迷に陥ることになる。『玄語』が長い間、学者の頭脳
を混乱に陥れてきた理由は、これである。                   


また、「精体」のように前の語が後ろの語を形容する場合も多々あれば、「天容」
のように後ろの語が前の語を形容する場合も多々ある。前者は「精なる体」を示し
後者は「容るるところの天」を示している。

『玄語』の解読においては、このような語法に習熟することが要求されるので、2
語または4語の熟語や文が、どのような語法を持っているかを解明することが、解
読の鍵となる。


条理と反観合一

三浦梅園は自然の自己構成原理を「条理」と呼ぶ。これは細胞分裂に似ており、自然が
自らに対して行う唯一の操作である。条理は二分木( binary tree)の連鎖であり、自然
界が均衡性を保つための枠組みである。したがって条理の全体はヤジロベエの連鎖のよ
うになる。これを数的に定式化して「一即一一」(いちそくいちいち)、「一一即一」
という。また「一即二」「二即一」ともいう。

梅園は、初期の稿本では、上から下に伸びる樹状図を描いていたが、中期からは円形図
に変わった。条理の構造を端的に示すのが 剖対反比図一合(ぼうついはんひずいちごう)
である。

原本では中央に本の綴じがある。閉じて重なるタイプの一合図である。

この構造の上にシステムとしての個々の存在物が配置されることを示すのが 経緯剖
対図(けいいぼうついず or けいいぼうたいず)である。

図は第4円までしか描かれていないが、際限なく広がるものである。このことは梅園
自身の解説書である「玄語手引き草」に明記されている。つまり、梅園は、基本的に
は自然界が完全二分木構造(perfect binary tree structure)を持っていると考えたの
である。そして、自然界のこの自己構成原理たる条理を正しく認識する方法として「反
観合一」を考えた。条理は先験的であり、「反観合一」によって後追い的に認識され
るのである。

「反観合一」は「反して観、一に合す」とも、「反して一に合すを観る」とも読める
が玄語の語法で説明したとおり、ここには梅園独自の語法がある。「反観合一」は「反
観」と「合一」という相反するふたつの認識法から成立している。「観」の文字は、こ
れが認識法であることを示している。認識法であるという点から言えば、「合一」は
「合一観」のことであり、「反観合一」は「反観合一観」のことである。この点はすで
に研究者によって指摘されている。

「反観」とは、正反対の対立物を想定して、一方と他方に相反する性格を見いだす認識
法である。この相反性は、相互に、かつ同時に、かつ等価に成立しなければならない。
つまりAと非Aがあって、両者が共通の存在から分かれ出たものである場合、Aと非A
は「一一」の関係にあるとされ、高次の共通の存在が「一」であるとされる。この3つ
の「一」を上から下に言うとき「一即一一」と言い、下から上に言うとき「一一即一」
と言う。自然界においては、この連鎖が果てしなく続くと梅園は考えた。

しかし、錯雑とした自然界を一対のものの組み合わせとして、一貫して理解することは
甚だしく困難である。『玄語』が未完成に終わった理由は、ひとえにこの困難さにある
と言って良い。自然界は条理によって作り出されたものであるというのが、『玄語』に
おける絶対的な仮定である。これを後追い的に認識していくためには、あたかもジグソ
ーパズルを組み立てるような地道で困難な作業が要求される。

このとき、バラバラにおかれたピースを合わせるのは、ただ、ピタリと合うかどうかと
いう判定基準だけである。梅園は徹底してこの判定基準のみに従って、自然界のあらゆ
る要素を再構成しようとしたのである。「反観」とは「徹底して相反性を見る」という
ことである。それに誤りがなければ必ず「合一」することになる。この認識法が正しく
遂行されない場合、認識は臆断に陥り、わずかな臆断の積み重ねが収拾のつかない混乱
を招くことになる。

梅園は、『玄語』において「反観合一」を実践的な認識法として、あらゆる場面に適用
した。それは必然的に人間の世界を含めた自然界全体に適用される結果となった。つま
り、『玄語』は、同じ論理的重さを持つ一対の存在物の完全枚挙を目的としたことによっ
て、包括範囲のきわめて広いデータベースとなった。もっとも梅園が記録したのはほと
んどその項目のみであった。そのデータベースは、条理の必然性からして、自然界と一
対一に対応する。従って、『玄語』と自然界は単写像の関係を持つに至る。それ故『玄
語』は自然界の論理的写像となるのである。

徹頭徹尾「反観合一」という認識法が貫徹する『玄語』の体系は、その基底的性格の故
に、諸学の批判を行う学問学という性格を持つこととなった。この学問批判を書き綴っ
たのが第二主著『贅語』(ぜいご)であり、倫理批判を行ったのが第三主著『敢語』(か
んご)である。梅園は、この『敢語』の中で徳川幕藩体制を痛烈に批判し、天皇制を称
揚することによって、明治維新の思想的先駆を為したが、同時代の学者からは机を穢す
ものとして痛烈に批判された。ただ、京都の大学者、高伯起(こう たかおき)は『敢
語』を高く評価し、梅園をして「千年の知己」と言わしめた。

「反」と「合」を持つ4字からなる語の組み合わせとしては、他に「反合成全」がある
が、これは認識法ではなく存在のあり方としての条理を概念的に言い表したものである。
文と見なせば「反し合して全を成す」と読める。一見似ているように見えるが、「反観
合一」は認識の技法であり、「反合成全」はそれによって開示される存在の構造である
から、厳然とした違いがある。

条理は、一般に二字熟語と思われがちであるが、『玄語』の他の語と同様、相反する二
語からなる造語である。「条」は「条貫」のことであり、「理」は「理析」のことであ
る。文例を挙げれば、


16173:  一なる者は対して合す〉以て其の條貫を成す〉
16174:  二なる者は分れて反す》以て其の理析を観る》

16185:  條貫は脈の通を観る〉
16186:  理析は用の別を観る》是を以て
               (行番号は三浦梅園資料館刊行の『玄語』による)

などがある。

この「条貫」を示すのが「剖対反比図一合」であるので、これは、情報処理的に言え
ば完全二分木に該当すると考えられる。ただし、ふたつに分割されるものは「用の別」
を持っていなければならない。「用の別」とは「作用が正反対であること」を意味す
る。たとえば、昼と夜を例にすれば、

 昼夜にていえば、昼は地上の物をしめして天上の物をかくす。
         夜は天上の物を示して地上の物をかくす。(「多賀墨卿君にこたふる書」より)

であり、天体類と地表の存在物の二分化においては、

 是れを天地の物にいえば、天に在る物は燥いてうかみ、夜、明を発す。
             地に在る物はうるおってしずみ、昼、影をおさむ。(同上)

とされる。そして、

 天地の物、皆かくのごとく反すれば、天地の物をつくさずんば、其の反をかぞえ終わるべからず。
故に、反せざれば天を知る事能わず。(同上)

と書かれているので、梅園がその思想において、相反する二物の完全枚挙によって世界
と相似を為す言語モデルを構築しようと意図していたこと、またさらに「反観」(相反
性を観る)と「合一」(その統合を観る)を世界全体に適用することによって、その完
全枚挙が可能であると確信していたことが分かる。

『玄語』の図と、本文に一貫する二行一対の記述は、すべて「天地の物をつくす」ため
の梅園の労働の痕跡である。梅園が何と何を「反観」したか、したがってまた何と何が
条理的対関係にあるのかは『玄語』の図を見れば分かるが、用語が独自の造語である場
合が多いため理解困難である場合も多い。

歴史的には、この構造をヘーゲル弁証法に近似するものと見なす説が有力であったが、
末木剛博の論文「梅園とヘエゲル」の詳細な考察によって、類似点よりも相違点の方が
大きいことが指摘されている。また条理の展開は即時的であって時間経過を要しない。
したがって、展開に時間経過を前提とするヘーゲルの思想とは、その点でも異なってい
る。

『玄語』の論理的基礎

『玄語』の論理は、末木剛博の3つの論文によって包括的に論じられている。末木
の論文は以下の会報に掲載されたものである。

1. 玄語の論理(1)-その方法論-         (梅園学会報第 7号所収)
2. 梅園とヘエゲル                 (梅園学会報第15号所収)
3. 西田幾多郎と三浦梅園   (日本哲学会第44回大会特別報告:哲学35所収)

これらはいずれも貴重な論文であり、『玄語』の論理の特徴をほぼ論じ尽くしてい
る。1.において末木は梅園の業績をウイン学団と対比して特徴づけている。梅園
が論理実証主義の立場に立つに至ったのは驚くべきことであるが、これは江戸中期
における日本の知性が到達した合理性のひとつの典型と見ることもできる。

末木は、「玄語の論理(1)」で、

 6〕反観合一は反合の論理を使用することであるが、その「反合」または「反
 合成全」(玄、本宗-Z、[上]、P20、a)とは排中律に該当する。それに
ついては後に更めて論ずるが、簡単に言えば、排中律とは

p∨~p ・・・・(F1)

という恒真式(tautology)である。(たゞし、「p」は命題、「~」は否定、
「∨」は選言を意味する。)

と述べている。そうであるならば、たとえば上出の'''緯剖剖対図'''に書かれてい
る細線(ふたつの「一」を隔てる線)が、選言(∨)に該当することになる。この
細線は大半の図に存在する。ここから『玄語』の図(「玄語図」と言われる)が、
梅園独自の論理表現であることが推測されるが、未だ検証はされていない。

ただし末木自身は図と論理の対応づけを行ってはいない。末木が明らかに対応づけ
たのは「反合」または「反合成全」と排中律であるから、これは概念と論理の対応
付けである。経緯剖対図そのものは『玄語』の数理に関する図であるので、
排中律に対応するか否か不明であるが、語(概念)を書き込んだ図の多くに形式的
な一致を見ることが出来る。たとえば、下の神物剖析図などがそれである。



また末木は、同論の中で次のように指摘している。

---------引用---------

五、積極的方法論 (3)
--旋転観--

〔一〕『玄語』で用いられて居る論理的方法は反観合一と推観との二種であるが、
 この二つから導かれるものとして第三種の論理的方法がある。それが「旋転観」
 である。これは基本的な方法ではなく、派生的なものであるが、彼の全思想に対
 する意味は極めて大きいものである。

〔二〕旋転観とは視点を移行する相対的な見方である。日く、
「旋転シテコレヲ観レパ、所トシテ左ナラザル無ク、所トシテ右ナラザル無シ。
上下シテコレヲ観レバ、所トシテ高カラザル無ク、所トシテ卑カラザル無シ」
                 (玄、小冊-Z、[上]、P207、a)。
 つまり向きを変えれば、右のものが左になり、左のものが右になる。逆立ちすれ
 ば上のものが下になり、下のものが上になる。このようにあらゆる事物がその視
 点を移すことによって反対の性質に変ずるというのである。

〔三〕この旋転観は『玄語』の随処に見られるが、たとえば次のような一文もある。

 「散ヨリシテ天地ヲ観レバ、則チ天地モ亦萬物也。一ヨリシテ萬物ヲ観レバ、則
 チ萬物モ亦一也」          (玄、天冊-Z、[上]、P97、a)。
 すなわち全体・部分のような基本的な区別もまた視点を変換することによって逆
 転するというのである。何故かといえば、天地はそのなかに含まれる万物に対し
 て全体であるが、他の諸概念と並べて考えればより包括的な類概念の一切にすぎ
 ないこととなり、また天地のなかの一部にすぎない個々の事物(万物)もその内
 に含まれる諸々の部分に対すれば一個の全体となるわけである。

---------引用---------


これは、『玄語』における相補性をよく示している。

しかしながら、考慮すべきは、梅園の思想が易(えき)に淵源する中国思想の近代
的合理化として成立したという点であり、それが部分と全体を別のもの見なす西欧
の伝統的思考とは、その基本において異なると言うことである。梅園はもとより他
の近世日本の思想家たちは、西欧の合理主義が大規模に流入する以前に、すでに独
自の知性によって、みずからの近代的合理化を達成していたのである。その知的基
盤が、近代西欧の需要を可能にしたと考えられる。

出版された『玄語』の問題点

出版された『玄語』は影印版を含めて5種類ある。時代順に並べてその構成を見る。
ただし、すべてを厳密に検証したわけではないので、部分的な間違いはありうる。
どの版も基本は三浦黄鶴(こうかく。梅園の長子)の以下の編集と基本的には変わ
らないと思われる。

 第一巻 本宗     浄書本
 第二巻 天冊活部   安永本
 第三巻 天冊立部   安永本
 第四冊 地冊没部   浄書本
 第五冊 地冊露部   浄書本
 第六冊 小冊人部   安永本
 第七冊 小冊物部   安永本
 第八冊 例旨     安永本

黄鶴の編集では、自筆本の二行分かち書きを一段落としの段落に変更している。お
そらく二行分かち書き(割注形式)ではいささか見づらいし、彫りづらいことを考
慮してのことであろう。この方が見やすくなるのであるが、梅園の意図とは異なっ
ている。『玄語』を編集し完成させることは黄鶴の生涯の仕事となったが、最後ま
で完成に至らず、用語と構成との不統一がそのまま残されている。

●全集版『玄語』(『梅園全集』上巻所収。大正元年刊。昭和45年復刻)
黄鶴の編集と大差ないことは、写本939との突き合わせによって明らかであるが、
「小冊物部」は底本がどれであるのか分からない。また全体が、編者の独自の編集
版である可能性もある。この版の最大の問題点はあまりの誤植の多さにある。多く
の三浦梅園研究者は、誤植の訂正すらしないまま、長らくこの版に従って研究を続
けてきたのであるが、底本不明で誤植だらけの資料を使ってどうやって研究してき
たのか理解できない。また、図の配置が原著とは異なり、開く、透かすという行為
で、二図一組の図の構成を示そうとした梅園の意図は伝わらない。図の配置は編集
不可能である。記述の対称性は、当然ながら見えない。もっとも自筆稿本でもそれ
は見えない。梅園は記述の対称性を、おそらくは意図的に隠したようである。下書
きがあったはずであるが、残されていないようである。

●三枝博音和訳『玄語』(『三浦梅園の哲学』所収。昭和16年刊)
基本の編集は同じであると思われる。単なる訓読版であるが、当時は訓読を和訳と
称していた。読みは梅園の指定した返り点送りがなに忠実で、誤植もほとんどない。
ただし記述の対称性がまったく見えない。巻末に自筆本の写真版がついているが、
如何なるわけか図が意図的に削除されている。政治的な理由か、出版費用の不足か
紙の不足か、軍部の圧力か何かがあったのか不明である。

戦後、三枝氏が華々しく復権し、日本科学史学会会長、横浜市立大学長、日本学術
会議(部門会)委員長などの要職を歴任するとともに、1953年に九州大学より同訓
読版を収めた『三浦梅園の哲学』によって文学博士号を授与された(主査=楠本正
継・中国哲学科主任教授)。その結果、『三浦梅園の哲学』が梅園研究の決定版と
して遇されるに至った。この為、後学の梅園研究者の中には全集や各種資料集掲載
の『玄語』に図が含まれていることを調査することなく、『三浦梅園の哲学』に載
せられた図版抜きの訓読版『玄語』によってのみ研究論文を書く者も現われたほど
である。

ノーベル物理学賞を受賞した故湯川秀樹博士は、長年同書を読んでいたが、図があ
ることを知らなかった。これは事実である。晩年、梅園家を訪れたとき、原著に図
があることを知り、またその図の発想が原子モデルに近いことを直感し、周囲が驚
くほどの驚きようであったという。荘子など、東アジアの思想家たちに興味を持ち、
深い哲学的洞察力を備えていた湯川博士が、図と文が揃った『玄語』をこのとき初
めて知ったというこの事実は、研究史における大きな知的損失であった。図を削除
するという三枝の行為は、いかなる事情があるにせよ、学問的には理解困難で、そ
の後の研究に大きな混乱と損失をもたらしたのである。

その後、湯川は『玄語』研究に没頭し、そのナレーションで、NHKから2度ほど
梅園の人と思想が紹介されたが、ほどなく癌に倒れ、梅園が広く日本に知られる機
会を逸してしまった。

●岩波版『玄語』(岩波日本思想体系41所収。田口正治校訂)
同書376頁〔翻刻要領〕(1)に、

 版下本を底本としたが、版下本がなく、浄書本のある部分は浄書本、版下本・浄
書本ともにない部分は安永本によった(但し、形式は版下本に倣った)。

と書かれている。したがって、この版の本文には、黄鶴の編集の不統一がそのまま
反映されている。写本939には、触れられていない。田口はこのときこの既に高齢で、
写本を詳細に調査することができなかったのであろう。この写本は、体裁の良く整っ
た資料として貴重であるが、これには、自筆稿本にある返り点・送りがなが、まっ
たく書かれていない。また「發」を「発」とするなど、字体を写本制作者が任意に
改めているが、これは江戸期においてはめずらしいことではなかったらしい。

●三浦梅園資料館出版・総ルビ訓読版『玄語』(三浦梅園資料館。平成10年刊)
下記の電子テキストのうちの[[BTRON]]版『玄語』を印刷したものを本文とし、こ
れに原著の通りの配置で図を復元したものである。記述の対称を見やすくするため、
梅園指定の返り点・送りがなは採用していない。視覚的・直感的な見やすさを優先
した結果であるが、これはこれで問題である。総ルビ版であるので、専門外の人に
読めるという利点がある。

この版は『梅園全集』・杵築梅園文庫の写本939・自筆稿本を照らし合わせつつ、二
行一対という『玄語』の記述法を基準にして最適と思われる文を採択している。ただ
し、「小冊物部」は全集版によっている。これはこの電子テキストが、浜田晃氏作成
の全集版翻刻に由来していること、および、準拠するには自筆稿本・写本939とも抹
消が甚だしく、底本となしえないことによる。写本939は Webで閲覧できる。

校異は原文校訂を担当した五郎丸延(ごろうまる ひさし)氏によって、かなり正
確に記されている。この版(および影印版)以外の印刷版では、図が勝手に配列さ
れていて、見開きで一対、透かして一対という「一合図」の配置を見ることができ
ない。つまり、梅園は、印刷媒体というメディア形態の特質そのものを表現の手段
としているため、図の配置だけは再現することしかできないのである。

この資料には、CD-ROMが付録としてついている。原文、訓読ともにプレーンテキス
トとして収録されているので、検索作業が容易にできる。印刷版と電子文書は、行
番号が統一されているので、原文を検索したあと、その行番号を見れば非表示漢字・
旧漢字の確認ができるようになっている。また写本939を参照することもできる。こ
れは、原文校訂を担当した五郎丸延氏提供の初期の乾式コピーをスキャナで取り込
んだものなので、写りがいささか悪いが、参照するには問題ないと思われる。

従って、三浦梅園資料館から出されたこの資料は、

 原文版と訓読版の検索用テキスト、および『玄語』の階層構造を示したCD-ROM
 視覚的対称性を確認しながら読むことのできる旧漢字総ルビ版の訓読印刷版
 同じくCD-ROMに収録された写本939

を相互に参照することを前提に制作されたものであるので、印刷物として完結した
ものではなく、ひとつの研究システムとして提供されているものである。

これに電子テキスト化された『玄語』がある。

(1)全集版『玄語』の電子テキスト(浜田晃氏制作)-全集版そのままであるので誤
                          植の訂正が為されていない。-
(2)DOS版『玄語』(三浦梅園資料館。制作三浦梅園研究所)-上記テキストをもとに
        作られたものである。原文・訓読版である。S-JISを用いているので、
        文字コードにない漢字は記号に置き換えられている。-
(3)HTML版『玄語』(同上)-上記DOS版を編集したもの。訓読が検索に適するよう編集されている。-
(4)BTRON版『玄語』(同上)-三浦梅園資料館刊行の『玄語』の電子版
  (総ルビ版)。TRON codeを用いているのですべての漢字が正しく表示される。-
(5)同web版(三浦梅園研究所)-BTRON(超漢字)版『玄語』を画像化した原文版
  と総ルビ訓読版(三浦梅園資料館出版のものと同一)の2種があり、インターネッ
   トを通じて自由に閲覧できる。
(6)超漢字V版『玄語』(同上)-これは初筆復元版であり、ここで初めて三浦梅園の
   『玄語』を読めるようになった。
これらと別の試みとして、自筆本・付箋集の影印版がある。これは、現在では散逸
して見ることのできない資料を収録していることからしても、自筆稿本類と同等の
資料上の価値があると言える。ただし自筆稿本は訂正・抹消が甚だしく、判読困難
なところが多々ある。また一部、欠落もある。

●『三浦梅園資料集』(上下) ぺりかん社 (五郎丸延 解説) 平成元年
これには、
 ・自筆『玄語 安永本』八冊・『玄語 浄書本』三冊
 ・三浦黄鶴・矢野弘「附箋集」(附箋の収集は五郎丸延氏による。)

が収録されている。いまのところ、この資料集によってしか23回目の改訂版である
安永本と24回目の浄書本の本来の姿を見ることはできない。

また図だけを集めた影印版もある。

●『玄語図全影』(辛島詢士編 自費出版)

この本の問題は、出版部数が300部と少ないこと、また、2図1組の図の配置が
勝手に縦並びにされていることである。これは見開きや透かしで2枚の図がひとつ
の図になるという原著の意図をまったく損ねてしまっているため、影印版でありな
がら、著しくその存在価値が薄れてしまった。

三浦家所蔵、資料館寄託の自筆本『玄語』は、展示状態以外での一般の閲覧は不可
能である。全著作集が電子画像化されているが、当面、一般の来館者が見ることは
出来そうにない。しかるべき立場にある研究者が、しかるべき経路を通じてであれ
ば、可能かも知れない。これは、当該著作(その他梅園自筆稿本すべて)の所有権
が、現在の三浦家にあることに由来している。

以上からして、

1.三浦梅園は、『玄語』を完成していない。
2.長男である三浦黄鶴がそれを編集して完成させようとしたが、最後まで完成に至ら
  ず、用語の不統一、構成の不統一などの問題は解決されなかった。
3.『梅園全集』(上下)発刊以後、いくつかの印刷物が三浦梅園の著作である『玄語』
  として刊行されたが、いずれも厳密性・再現性に多大の問題を抱えたもので、それに
  準拠して研究することには困難がある。
4.三浦梅園資料館出版の『玄語』が、電子文書との連携、全集版および写本939との
  対応付けの容易さからして、いまのところ、もっとも扱いやすい。
5.専門家が文献学的に精緻な研究をするには『三浦梅園資料集』(上下)が必要不可
  欠である。
6.電子化された自筆稿本類の画像データが一般に公開されれば、研究状況が改善する
  かも知れない。

と言える。


●合理的認識による悟り-天地達観-(いずれ書く)
●玄語の数学的考察(いずれ書く)
●条理語(いずれ書く)
主要研究文献一覧


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