315:  しかれば必ず、我が説御信用に及ばず。これを天地に質して戻る所、唯其の正
   を冀う事に候。                            
316:  さる程に、世の師の門に遊ぶ人、其の師説に違う事を心苦しく思い、師家の人
   も少しはいむ(忌む)気味あり気にみえ候。是れ人を以て師とする故に候。 
317:  晋(すすむ、梅園の名)は天地を師と心得候えば、たとひ少年輩、我より句読
   を授け候ても、同門の朋友に候えば、何かいむ事の候べき。        
318:  此の如く心得候えと、常には申し候事に御座候。             
319:  此の故に、学問に書上の学問と事上の学問と御座候。           
320:  書上の学問とは、例えば論語に、季文子の三度思うて行うを、孔子の再度すと
   も是れ可なりとの給いし、いや再度せば是れ可也なりと、其の当否を論じ候様
   の事なり。                              
321:  是れを事上にうつしていえば、多念にわたり、猶予狐疑致す様になり、果決な
   きは用立たず。                            
322:  早く決断覚しき場あり。幾度も千慮万思の上に決すべきあり。        
323:  再びせば可也という時、再びせばの工夫を下し、再びすとも可なりという時、
   大概是れに違いはなしと見定めたりとも、猶熟念して、後悔を遺すべからざる
   の工夫を下すべくして、注家の是非にあずからざる処あり候。       
324:  この故に書生の学問は其の師の立説を主張する癖ありて、それに我意をくわえ
   、敵味方とわかるるなり。                       
325:  しからば、文義はいずれに見ても苦しからずと聞き給わば、是れ又、我が言を
   執し給うという物に候。                        
326:  さる故に、親もてる人は、徂徠学にても朱子学にてもよく候。親に孝なる様に
   学びたく候。                             
327:  槍つかわん人は、素槍にても十文字にてもよく候。人をつく程になり度く候。
328:  それを猶、これよく彼よしと論じ候は、あたらぬと申すにてはなく候えども、
   畢竟、手前かたやの論にて、上戸下戸の昔より、饅頭と酒の美不美を争いて、
   今に定まらざるがごとし。                       
329:  天地の是非善悪というものは、学者もわかれ素人もわかれ、君もにくみ民もに
   くみ、仏者もほめ儒者もほめ候物に候。                 
330:  それ者同志の是非得失を、みな己が思うままにせんと思うは、世の中の人の顔
   を一つ様にせんとおもう様なる者にて候。                
331:  造物の手にさえ合わざる事を、己がおもう様にせんとおもうは、大なる不了見
   に候。                                
332:  さいえば、又しからばみな悪みいとう悪も、つくり直されまじき程にといわば
   、又さきの言になずめる也。                      
333:  とかく天地は活物故に、活手段なく候ては、よき事も用をなし難く候。   
334:  天地隠さず人に示し候えば、書を読むにも、人にきくにも及ばざる譯には候え
   ども、又、書にもより人にも問わず候えば、智もひらけ申さず候程に、愚蒙の
   言も達観の階梯とも思し召し候わば、天地に御合わせあるべく候。     
335:  諸家の人のいうをきくに、我が道はかく立つるなり、彼はかく立るなり、など
   いう也。                               
336:  天地は我立つる者にはあらず。                     
337:  其の立ちたる者に我したがう事に候えば、天地を全観する事も、人事を精しく
   察する事も、唯有る通りそのままにみるより外の細工なく候。       
338:  さる程に、合点致し候も、火は合点せざる前の通りにもえ、水は合点せざる前
   の通りにながるる事に候。                       
339:  故に、名は人のつけ候物に候えば、難波のあし、伊勢の浜荻ともかわるべく候
   え共、実は我を以てみだるべからず候。                 
340:  さる程に、天機性体を以て、此の天地を全観する事を得ば、経通緯塞の内、虚
   動実地の天地を容れ、日月上に転じ、水土下に持し、我と万物と其の路をゆき
   、 其の宅に居るの真面目を得ん。                   
341:  さる程に、我が目、物に目くるめく間は、万物紛々擾々たるがごとくなれども
   、                                  
342:  已に天地手に入りてみれば、天地位を定め、火、上に照らし、水、下に湛うる
   迄にして、                              
343:  是が活物なるにより、INUN(いんうん)摩蘯して有意温動の動物と、無意冷止
   の植物と、只此の二種を醸し出して、                  
344:  其の物(ぶつ)と神(しん)とを千態万貌に変化するなれば、至擾(しじょう
   )還って至簡の至りに候。                       
345:  右の趣に候えば、天地をしるは我私の意をいれず、あるままに天地に従いて、
   天地を師とするにしくはなく候。                    
346:  されども、天地物いわず、人々のおもう様に見らるる物にして、正す処の人、
   千差万別に候えば、口舌を以て争わんには尽期なく、自得にしくはなく候。 
347:  されども其の自得も心々にて、天地はあじなる物に候。          
348:  さる程に、組みて落ちる処は、臭味同じきもの、打ちより語らう事に候。  
349:  さるによって、我が説人に強い申さず。                 
350:  此の頃も人来たりて、我が説を破する人、ある事共物語りしける間、それにて
   よしと申してかえし候。                        
351:  是も一無窮、非も亦一無窮。無窮の間に遊ぶことに候。          
352:  しからば、賢にも、もし古今に歴試し天地に考え、合う処ありとせば、拙き言
   も魚兎の筌蹄となるべく候。                      
353:  よって、かさねて申し入れ候。人は人の境に住み候えば、人よりして智をひら
   くも據(よんどころ)なき事に候。                   
354:  されど智をひらくに、推すと反すると心得べき事に候。          
355:  人よりして人を察するには、柯を執りて柯をきるの理にて、我悦ばしき事、人
   の悦ぶ事にして、我かなしき事、人の哀しむ事なり。           
356:  己れにあらざる物を察するには、火の好み水に推すべからず。       
357:  魚の好み鳥に推すべからず。                      
358:  故に、反観にあらざれば、我にあらざるものに通ずる事能わず。      
359:  推観にあらざれば、人に恕する事能わず。                
360:  恕の義は俗に身をつみて人のいたさをしるにして、古人の解も数多くみえ候え
   ば、略し候。                             
361:  反観前にも申し候えども、又一物を挙げ、くり返し動植の上に就いて申さん。
362:  動は鳥獣の總名にして、植は草木の總名なり。              
363:  然して動は意あり、身温かにしてよく動く。               
364:  植は意なし、身冷ややかにしてとどまる。                
365:  動は内虚するを以て、養いを上口より内にとり、             
366:  植は内実するを以て、養いを下体より表にとり、             
367:  動、本を上にし末を下にし、                      
368:  植、本を下にし末を上にし、                      
369:  動、牝牡よりして子を下竅に生じ、                   
370:  植、華実よりして子を上頭に結び、                   
371:  動、地を離れて横行し、                        
372:  植、地に就きて堅立し、                        
373:  動の枝は数定まりて下りむかい、                    
374:  植の枝は数定まらずして上りむかい、                  
375:  動、生きては暖かに、死しては冷ゆ、                  
376:  植、生きては冷え、かれては暖か也というがごとし。           
377:  山水にていえば、山は本合し末わかれて中高く、水は本わかれ末合して中おち
   いる。                                
378:  昼夜にていえば、昼は地上の物をしめして天上の物をかくす。       
379:  夜は天上の物を示して地上の物をかくす。                
380:  是れを天地の物にいえば、天に在る物は燥いてうかみ、夜、明を発す。   
381:  地に在る物はうるおってしずみ、昼、影をおさむ。            
382:  天地の物、皆かくのごとく反すれば、天地の物をつくさずんば、其の反をかぞ
   え終わるべからず。                          
383:  故に、反せざれば天を知る事能わず。                  
384:  推さざれば人をしる事能わず。                                         
385:  已に人と生まれては、才古今に秀でたりとも、眼天地を空すとも、人を出る事
   は能わざる也。然る時は、学ぶも修するも人事なり。           
386:  是れを以て、入りて内にありても、出て外にありても、貴うして君公の位にあ
   りても、賎しうして奴婢※隷(ぬひそうれい、--歴史的文献にてそのまま-
   -)にいたりても、只、人の間なれば、只、孝悌忠信礼儀廉恥の間也。   
387:  もし、この人の外に道をたて、人事に害をなさば、是れ通天下の非なるべし。
388:  故に道は衆を安んずるより大いなるはなく、功は衆を利するよりすぐれたるは
   なく候。                                                             
389:  これを以て、上一人より、下億兆にいたる迄、其の品に違いはあるとも、天、
   生々の徳にならい、天物を損なわず、分々体々造化をたすけんと志さば、天地
   の大徳にそむかざるべき歟。                      
390:  人生まれて、各其の一箇の天地を有し、各其の混淪の体を立て、各其の鬱渤の
   神を活すれば、権を下を御し候。                    
391:  是を控掣すといえども、もし其の徳を失すれば、人情糜沸して、其の権もちゆ
   る所なし。                              
392:  其の心の鬱渤、其の身の混淪と、同異、居を同じうすれば、        
393:  千人の面おなじきごとく、千人の心同じ。                
394:  千人の面同じからざるごとく、千人の心同じからず。           
395:  故に、世に処するの道、意智の明、研窮すべしといえども、人情の変化熟せず
   んばあるべからず。                          
396:  民の失徳、乾※(かんこう、ほしいい)以て過つと申すも、この処にて御座候
   。                                                                   
397:  さる故に、世の中の或いはみだれ或いは治まり、或いはたすけ或いは殺し、悦
   びかなしみ、泣きうたうも、皆々の鬱渤の所作にして、よく此の鬱渤の所作を
   しらば、己れを修め人をもよくし、長にかの天命にやすんずべく候。かしく。
398:                                                                        
399:    安 永 丁 酉 臘 月 二 日                                           
400:                             ※ 山(しざん)    三 浦  晋