コミュニティネットワークが         地域社会に根づく時・当たり前編

        インターネットがいよいよネットワークを地域社会に定着させることになりそうだ。  それも、双方向コミュニケーションツールであるが故にコミュニティを造り、それらを 豊かにするコミュニティウェアとして。  我々大分は、コアラというパソコン通信ネットワークが一九八五年に地域興しとしてス タートしたが、それらは以下の三つの視点を大事にしてきたようだ。 1)双方向コミュニケーションを(それまでコンピュータネットワークづくりの主体だっ たデータベースよりも)第一にする。 2)社会インフラネットワークづくりを考え、世界から孤立しない、世界に接続されうる 地域ネットワークにする。 3)老若男女、市民、企業人、行政、誰もが使えること。行政も企業も解きほぐせば市民 であり、市民が使えるネットワークを造れば、彼らがそのネットワークの良さを知って企 業や行政を自らその方向に変えていくであろう、、、そのようなことを含めて、常にエン ドユーザー・市民からのネットワークづくりを考える。  これらは、パソコン通信の電子会議に代表されるグループウェアとしての双方向制の良 さをベースにしつつ、インターネットの開放性、技術的未来性と結びついて、気がつけば それなりに楽しむ市民・県民を身近に見いだせる程になりつつあるようだ。  実は94年7月にインターネットがコアラに接続されたが、当時日本にはwwwサーバ ーがほとんどなく(地域ネットとして日本で最初だったらしく)、コアラメンバーはコア ラに接続すればその隣は東京ではなく(東京にwwwはあっても研究機関主体で一般人に は見るべきモノがなかった?)ワシントンやパリの博物館、NASAの宇宙船を見る、と いったことで、急に世界人になったような感覚になったモノだ。いわばグローバルに見て 歩きコアラの電子会議でローカルにお茶の間談義する、ということに興奮したものだった 。そこで、その楽しさをより積極的に実体験しようと「One person,One homepage」に発 展。一人一人がホームページづくりを始めてしまった。湯布院音楽祭を紹介する主婦が現 れたり、自分自身を紹介するOLがいたり、と、話題を呼び、世界から彼女たちにメール がやってきて、双方向のメールやり取りに発展。料理のレシピ交換もあって市民レベルの ローカル外交ってこのことかな、と、思ってしまう。  彼女たちに代表される元気なネティズン(ネットワークを使いこなして活性化された市 民)が多くなれば地域が楽しく元気になるのは当然で、企業も「一村一品バーチャルショ ップ」と称してホームページを次々と造るようになってきた。  その気運を受けて、昨年より、より使いやすいコミュニティネットワークに進展させよ うとより先進的な実験がNTT等の協力を得て取り組まれている。  それらは、 1.情報コンセント構想  家庭や職場に定・低額で24時間接続されっぱなしの情報線を(まるで電話番号のよう に)インターネットのアドレス番号付きで提供する。これらはNTTマルチメディア実験 応募企画書として94年1月に提案、昨今、NTTより発表されたOCN(Open Computer Network)構想として実現されつつあると捉えられ、九州では福岡市と大分市で来年2月 より先行実施、他地域では4月以降サービス開始される。ちなみに128kbpsで24時間使 いっぱなしの情報コンセントが月々3万7千円程度であり、企業利用が一気に加速するだ ろう。 2.www電子会議やビデオメールなどのアプリケーションインフラを用意する。  前記、情報コンセントをハードインフラとするソフトインフラを考える。その第一は、 www型のマルチメディア電子会議システムで、音や写真などが貼り付けられるホームペ ージそのもので「発言」や「レスポンス」ができるツール。  さらに、ビデオメールは、現状の電子メールを機能強化したモノで、絵や音だけでなく 「光ファイバー情報コンセント」であればビデオ映像も送れるもの。  そして、実社会利用に不可欠な電子決済機能をクレジットカード決済として用意し、「 一村一品バーチャルショップ」がより効果を発揮できるように考える。そして多くの企業 が“出店”することを考えて品目や地域名で検索できるようにいわば「職業別ホームペー ジ帳」を目指し、将来は地図システムとも連動させる。 3.これらを推進しサービスを継続発展させる中立の社会インフラ組織としての「地域情 報化委員会」を社会システムとして検討する。  特にエンドユーザーの視点を取り込みやすい組織として、市民主導的でありながら官民 合同の組織となれるよう、現在準備会を造って検討中である。  大分は、こういった試みを通して、地域社会にコミュニティネットワークが根付くよう 、文字どおり試行錯誤ながら押し進めている。