Voice(4月号)より

テーマ・エッセイ

大阪の未来


 大分県の中津藩で多感な少年期を過ごした福沢諭吉(1835〜1901年)は、『文明論之概略』(1875年)のなかで「文明とはその国を制する気概である」と喝破している。「誇り(=アイデンティティ)であり、「志」といってよい。

 大分県は地域活性化の起爆剤として一村一品運動に取り組み、20年がたった。この間、県下各地には地域の特色をもった産品や新しい文化が次々と生まれ、それらが新しい大分の気風をつくり、大分にしかない文化を創造している。

 私は大阪に行くたびに、大阪の風と独自の気風、気質を肌で感じる。最近のオリンピック立候補や全国初の女性知事の誕生など、大阪の気風を象徴しているといえなくもない。しかし、このところ大阪人はもっぱら東京に対抗する都市をつくろうとしているようにみえる。悪くいえば、全国の都市並みに「ミニ東京」をつくろうとしているとしか思えない。

 民主主義の特色は、価値の多様化、意見の多様化ということだ。しかし実際には首都圏が膨れて無制限に拡大し、政治、経済からファッションに至るまで、東京中心で動いている。かつて大阪に本社のあった企業は東京に次々と移転しているし、大阪は東京に対して地盤沈下してしまったと、嘆き節が聞かれる。

 そのためか、大阪は東京を意識し、東京に対抗できる新しい文化や経済・産業を興そうということばかり夢中になっている。東京でオリンピックをやったから次ぎは大阪だ、東京に追いつけ、追い越せ。これがいまの大阪人の熱い思いであろう。

 そうではない。大阪のヒンターランド(後背地)は、中国、四国、九州という西日本経済圏であり、東南アジアを含めて、そのハブ都市が大阪だ。関西空港は西日本=アジア経済圏のハブ空港であり、成田空港の補完空港ではない。

 日本は国家セキュリティの意味からも、東京と関西の二眼レフ構造にすべきである。関西は東京のコピーではなく、西日本=アジア圏のリーディングポジションをもつべきだ。

 戦前戦後を通じて、大阪は西日本経済圏を主導する立場にあった。

 私の経験からいえば、子どものころ、父は大分市で帽子製造・卸商を営み、大阪から卸商の定員が店に来ていた。薬品卸業を営んでいる私の親友も、大阪から商品を仕入れていた。九州の多くの仕事は大阪から発注されたものだ。大分県の中学生や高校生は卒業すると関西汽船に乗って大阪に就職したし、私の就学旅行先は関西であった。逆に、関西からの新婚旅行は大阪天保山埠頭から別府港までの瀬戸内海一泊旅行がおきまりのコースであった。

 九州人の大阪への思いは昔から強いものがある。それがいまでは東京への一極集中となり、大阪はたんなる通過地点になろうとしている。大阪は東京に向かず、西を向き、瀬戸内経済圏の中核として復権してほしい。

 新しい全国総合開発計画では、西日本国土軸(これまでの第一国土軸)に並んで、太平洋新国土軸、日本海国土軸が明記された。瀬戸内三橋により、三軸が結ばれ、大きな交流圏が生まれてくる。環伊勢湾から紀淡海峡交流圏、豊予海峡交流圏までを結ぶ環瀬戸内海広域交流圏の実現である。これらの地域は、美しい自然と歴史的な文化が共生する多自然居住地域(大分県では「適正共生社会」と位置づける)であり、個性ある地域の連携は大きな力を生む。太平洋新国土軸は、大分から沖縄、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシアに延び、中国から朝鮮半島、そして日本に戻る新しい環状のアジア経済圏ルートをつなぐ。西日本はもちろん、東南アジアまで見つめた戦略を考える必要がある。

 では、瀬戸内経済圏のアイデンティティをどう考えていくか。産業や経済だけでなく、新しい瀬戸内文化を創造し、関西は「地域主権をもてる地域」として再生すべきだ。

 かねてより私は、21世紀の日本分権国家を唱えている。地方分権推進法が成立し、権限委譲という「分権」は進んだ。これに財源の委譲、福沢のいう「分財」を進め、また人材も委譲「分人」も進めることで、真の分権が実現する。そのためには、47都道府県、3300の市町村が合併し、連合による受け皿づくりが必要だ。私は、九州8県を束ねた「九州府構想」を主張している。

 「地域主権として関西州を成立させよう」と主張する論客がいる(江口克彦PHP研究所副社長)。国税、地方税を州が徴収し、そのなかから国が最小限やるべき外交、防衛、通貨といった限定されたサービスに必要な金額を関西州の分だけ国に納めるというものだ。強硬すぎるかもしれぬ。が、それを強行しなければ東京一極集中を打ち破り、独自の経済圏や独自の文化圏を形成することはできない。

 USA(アメリカ合衆国)ならぬ、USJ(日本合衆国)という分権国家の実現に向け、関西で世論を喚起してリーダーシップをとっていただきたい。大阪が旗を振らなければ関西の復権はないし、日本の地方の復権もない。


ひらまつ もりひこ=大分県知事。1924年大分県生まれ。通産省電子政策課長、国土庁審議官などを経て、1979年より現職。著書に『地方からの発想』『合衆国家・日本』など。