季刊「文(もん)」2001年夏号(2001年7月10日発行)
二十一世紀の地球社会に貢献できる人材の育成
大分県知事 平松守彦

 
 

自国の将来のために学ぶ、意欲あふれる留学生たち
 
杏 中 知事はまさに率先垂範されておられるのですね。実は知事の実行力に驚かされたのは立命館アジア太平洋大学(略称:APU)の開校です。規模といい、中身といい、構想はできても、なかなかすぐに具体化できるものではないと思います。これこそ知行合一ではないですか。
平 松 実現まで大変でした。大分は人材育成県と言っていますが、大分の学生は高等学校を出たあと、ほとんどが東京などの大学に出て行くのが実情です。県内に大きな大学がなかったことも理由の一つでした。また私自身、知事として中国の上海市長とか、カンボジアのシアヌーク殿下、タイのタクシン首相などともつき合いがありましたので、大分にアジアとの交流の場を作りたいと思い続けてきました。今、アジアの学生はどこに勉強の場を求めているかというと、みなアメリカなんです。韓国の官僚も中国の若者もみな、アメリカで勉強をしますから、日本語ではなく英語を話す人が多いんです。
 九州はアジア諸国に近いですから、アジアからの学生を受け入れる大学をつくるべきだと思っていたんです。それで32の国と地域にある108の大学・機関と交流のある立命館大学を誘致して、2000年4月に立命館アジア太平洋大学を開校しました。一回生はアジア諸国から400人、日本から400人が集まりました。敷地は別府湾が一望できる別府市の十文字原に126,000坪を別府市が用意し、建設資金の半分近くを大分県が出しました。運営は立命館大学です。問題は奨学金がないと優秀な学生が集まらないことなんです。文部科学省が扱う留学生のための奨学金は年間予算で配分が決められているので増やしてもらえません。それで財界から資金集めをすることになりまして、アサヒビールの樋口廣太郎さんや東京電力の平岩外四さんに協力を仰ぎました。平岩さんは、日本とアジアを中心とした大学は、本来ならば国立大学と政府がやるべきことだが、それを私立大学と一自治体がやるというのは画期的だとおっしゃって、東南アジアに工場を持っているキャノンや東芝、IBMはじめ200社ほどの応援を取りつけてくれました。この大学の卒業生が将来、自国にある日本企業の工場の管理職候補になるわけですからね。
杏 中 すぱらしいですね。留学生は海外50ヵ国以上から来ているそうですが。国別の割合はいかがでしょうか。
平 松 1回生、2回生合わせて韓国が1番で188人。2番目が中国で123人、3番目がベトナムで52人。その次が台湾、インドネシア、タイ、インドという順です。現在、留学生と日本人を合わせた全学生数は1,652人です。アジア留学生が多いので、学内ではおもしろいことが起こっているんです。お昼に大学へ行くと、学生食堂にはエスニック料理がズラーっと並んでいるんです。中華料理、韓国科理、ベトナム料理・・・・。どれも本格的なので、味の良さが町の噂になりまして。先日から別府市民も自由に入れるようオープンスペースになっています。市民とアジアの学生が食事をしながら会話ができます。
杏 中 学生食堂が国際都市になっている。まさにアジア太平洋という小地球を実現されているのですね。
平 松 開校当初は私も特別講師として講義をしました。アジアの学生は明治維新の時代の志士たちのように、自国の将来のために学ぼうという意欲にあふれた人ばかりです。講義のあと、中国の学生が私のところに来て、「湯布院で地域づくりをした人と話がしたいので、安く泊まれるところを世話して欲しい」とか、韓国の学生は、「2002年に開催されるワールドカップ・サッカーの時、大分にも世界中の人が集まるので"21世紀のアジアはどうするか"という国際学生シンポジウムをやりたい」というのです。留学生は、これから自分たちはアジアの時代を築かなくてはいけないという意識が強烈です。まず、意欲が違います。そうするとだんだん日本の学生も刺激を受けるようになるんです。
杏 中 ともに学んでいる日本の学生にとっても、いい環境ですね。日本という国や自分のアイデンティティを考えるようになるでしょうから。
平 松 そうですね。九州は、これからアジアと積極的に交わらないと明日はないと思ます。九州アジア経済圏を構築し、九州各県が互いに勉強し、発展していかないといけない。日本はこれから少子化になりますから、日本での知的労働力はアジアに頼らなくてはならない。アメリカと一緒です。今、シリコンバレーで活躍しているのは、日系であり台湾系、インド系ですから、日本も一民族、一国家じゃなく、多国籍国家にならざるを得ないと思います。
杏 中 本当にそうですね。ところで公文ではこの夏、APUで、子どもたちを対象に『イマージョン・キャンプ』を行わせていただくことになりました。12日間、小学生がいろいろな国の留学生と英語だけをコミュニケーション手段とした生活に挑戦するんです。失敗を恐れず積極的に英語でコミュニケーションを取る経験を通して、「やればできる」という自信や勇気を子どもたちに育ませたいと思っています。
平 松 APUはさまざまな試みをする学校にさせたいと考えていますから「イマージョン・キャンプ」も大賛成です。大いに期待していますよ。
 APUではほかにもおもしろい試みをしているんです。県の真ん中に三重町という小さな町があるんですが、ここの町長がAPUの学生に夏休みに来てもらって、自分たちの町づくりに対して留学生からアドバイスしてもらい、その留学生を支援する、「三重町を活性化させるための支援協定」を結びました。町と学生の相互の学習ですから、いろいろな意味で面白いと思います。
杏 中 大学から新しいことが生まれつつあるんですね。それも強いリーダーシップがあってこそですね。
 
「Can do Spirit」=「為せば成る」
杏 中 話は変わりますが、知事は小さいころ、どのようなお子さんだったのでしょうか。
平 松 小さいころは虚弱児で親に心配かけました。母親は私が中学二年のときに他界しましたが、「優等賞なんかもらわなくてもいいから皆勤賞を、学校を休まずに毎日行きなさい」と言っていたのが遺言みたいなもので。ですから元気になろうと、剣道部に入り、一生懸命練習に打ち込みました。そうして中学は五年制でしたので、五年間一日も休まずに皆勤賞をもらったんです。今でも母のおかげだと思っています。その後、はじめての選挙に出馬した時、「協調・創造・健康」を公約にしました。健康でないと何もできませんから、県民の健康づくりをしたいと思いまして。
杏 中 知事はすべて実行に移されていますが、実行するには人脈も必要だと思うんです。知事のご経験を教えていただけませんか。
平 松 ひと言で言えば出会いですね。いい出会いが繋がっていくと人生の大切な財産になります。一生のうちに、出会える人間は限られていますから。その中で本当に「志」をもって一緒に前進できる人と出会えるかが大切ですね。
杏 中 知事のお好きな言葉に、「Can do Spirit」=「為せば成る」がありますね。
平 松 大分市はアメリカ・テキサス州オースチン市と姉妹都市なんですが、その関係でテキサス大学の学長が大分にやってきたことがあり、彼らが「一村一品運動」を見てCan do Spiritだと言ったんです。テキサス州はアメリカ本土で最後まで独立していた州の一つで、非常に独立心が強いと言われていました。その人が大分のことをCan do Spiritだといったので感激しました。
杏 中 いい言葉です。
平 松 しかし、言うは易しで実際は難しいですよ。仕事は結果ですからね。一生懸命やって、できなかったといったら、それはゼロなんです。県民に約束したことをテキサス精神で成功させなくてはなりませんからね。以前、細川護煕さんがお隣りの熊本県知事だったとき、「熊本は日本一運動」というのをやったんです。あなたはベストワン、何でも日本一ですが、わが大分はオンリーワンを目指す。私は大分は日本一はできない。大分しかないカボスとか焼酎という特産品を作っていくのが大分のやりかただと。
 アジアでも、共同体の共通理念としてのアジア太平洋学という学問ができると思いますよ。そのためにはアジア学、地域学をもっと勉強しないといけません。私は、もっと海外へ出かけたり、異文化に触れる機会が必要だと思います。今、日本への留学生はだんだん減っているんですが、日本も諸国の人が来て勉強したいと思う国にならないといけません。大学をもっと魅力ある場にしなければいけませんよ。
杏 中 今は子どもたちの教育環境が整備されていないでしよう。これはやはり大人の責任です。大人にこそ「生きるカ」や、やる気、生きがいがないといけないのではないでしょうか。知事のお話をうかがっていたら、大人一人ひとりが自分たちの生きがいをお持ちになっている。そういう社会でこそ子どもは育っていくと思うんです。これからも期待いたしております。今日は本当にありがとうございました。