『人』 ひと

現職最多の6選を果たした大分県知事
平松守彦さん


 一九七九(昭和五十四)年の初当選以来二十年間、アイデアマンぶりをいかんなく
発揮。とりわけ「一村一品運動」は外国でも評価が高く、「こんなに有名になるとは
思わなかった」と振り返るほど大分県の代名詞として定着した。

 自民、民主、公明、社民の四党相乗りをめぐり、対立候補から攻撃された。「激し
い選挙の後は政治が混乱する。行政は継続が大事。『オール与党体制』の善しあしは
ともかく、安定した県政運営のためには多くの人の支持を得ることが重要だ」。多選
批判には「多選即悪とするのは短絡的。個々の資質や手腕、自覚の問題では」と反論
する。

 健康には人一倍気を使い、たばこは吸わず朝の散歩を欠かさない。「歩かないと落
ち着かない。”ウオーカホリック”かも」と相好を崩す。散歩コースは知事公舎近く
の大分川。「父の書いた『継続は力』の碑が立っていて、そこで頭を下げる」

 亡父の折次氏は教師を辞めて家業の帽子製造卸商を継ぎ、大分市議を四期務めた経
歴の持ち主。教育の道を捨て切れず、私財を投じて夜間中学を設立した。碑の言葉は
その校訓だ。

 任期は二〇〇三(平成十五)年まで。来年、学生の半数がアジアからの留学生とな
る立命館アジア太平洋大(別府市)が開学、二〇〇二年には日韓共催で開かれるサッ
カーのワールドカップ(W杯)会場になるなど、大型行事がめじろ押し。「総決算」
として真価が問われる四年間になりそうだ。七十五歳。大分県出身。

掲載紙:北国新聞('99.4.12)・高知新聞('99.4.13)・熊本新聞('99.4.13)・佐賀新聞('99.4.13)