『毎日新聞』 2003年6月25日号より連載・全25回
2003年7月2日号<5>

地域の自立戦略【5】
「一村一品」

〜地方分権の原点〜

前大分県知事 平松守彦


 地方分権はUFOみたいなもので、話には聞いても誰も実態を見たことがな
い。今も中央にすべてが集中するが、国がやるべきは「通貨、国防、外交」で福
祉、教育、農業などは地方に任せればよい。どうしたら国の改革ができるかを
叫び続けてきた24年だった。その原点は「一村一品」運動だ。地域の創意工夫
で特産品を作り、人づくりもやろうという試みで、これが後に海外にも波及し、
ローカル外交、道州制論議などへとつながっていく。

 1974年、通産省(現経済産業省)から国土庁(現国土交通省)に出向し
ていた私に、立木勝知事から「副知事に」と声がかかった。地方経験もないので
断ったが、翌年、再度請われ、故郷で働くのも男子の本懐と考えた。

 戻ってきて、まず地方を知ろうと思い、精力的に県内を回った。大山町農協
の組合長さんが「ウメ、クリを植えてハワイに行こう」と運動をしていた。面白
い連中だった。国の政策、県の指導に背を向け、クリやウメに付加価値をつけ
高収益農業を目指していた。

 もう一つは由布院。旅館の主人だった中谷健太郎さん、溝口薫平さんらが村
づくりに携わっていた人たちを集めて町おこし座長会をやっていて、私も参加
した。当時、牛1頭牧場を作って、5万円出資してオーナーになってもらい、
利子代わりに米を贈ろうとした。ところが、米の配当は食糧管理法違反と指摘
された。中谷さんから「どうにかならないか」と頼まれ、何とか国の理解を得て
解決したが、当時は「ムラづくり」という言葉すらなかった。村づくりは地域の
人が主人公、行政は黒衣で後押しすればよいと考えた。

 大分県民は小藩分立で協調性に欠け、他人の足を引っ張る「赤猫根性」とよく
言われる。知事になった79年、それを逆手にとって特産品づくりで競争させ、
活性化させるのがいいと考えた。初の市町村長との顔合わせで「自分たちの手
で誇れる特産品を作りなさい。補助金は出さないが、私がセールスする。県は
自ら助くる者を助く」と打ち上げた。

 一村一品の「村」はコミュニティーという意味。地域づくりを住民と話し合う
県内行脚を58市町村、全部やった。関アジ、関サバ、シイタケなど今では
338品目(02年)になった。


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