『毎日新聞』 2003年6月18日号より連載・全27回
2003年7月31日号<21>

地域の自立戦略【21】
「障害者福祉」

〜記録争う大会なんだ〜

前大分県知事 平松守彦


 大分国際車いすマラソンは、スポーツを愛好する世界中の身障者に大きな夢を与
えたと思う。80年が国際障害者年だった。その前年、太陽の家の中村裕博士が知
事室にきて「平松さん、来年の障害者年に国際車いすマラソンをしませんか」と突
然切り出した。

 大分では曲と身障者オリンピック、フェスピックなどやっていたんで、早速「や
りましょう」と飛びついた。ところが意外なところから反対された。私の部下と県
警本部。

 レース中に心臓マヒを起こしたり、転んでケガをしたらどうする、行政は責任が
もてない、とこういうんだ。県警は、別府大分毎日マラソンでは2時間くらい国道
をストップする、車椅子だと交通規制が6時間で不可能だとーー。

 中村博士は「心臓マヒなんて起こらない」と断言してくれた。事務局の心配もわ
かるが、ここは中村博士に懸けたいんだ。事実、昨年まで一度も事故は無い。県警
にはハーフマラソンでやろうと許可をもらった。

 81年に14カ国117人が参加してスタートしたんだが、ゴールでハプニングが
起こった。1着と2着の選手が手をつないでゴールインした。見ていてびっくしり
た。マスコミは「車いすマラソンにふさわしい」と好意的だったが、中村博士が
「これは福祉大会ではない。競技大会だから1着2着は絶対に決める」と主張して
0.1秒差で優勝者を決めた。すると今度は1、2位のトロフィーを溶かして同じもの
を二つ欲しい、という。私は「ダメだ」と言った。するとマスコミは「行政は冷た
い」と批判した。そうじゃないんだ。慈善事業ではなくて、記録を争うスポーツ大
会なんだ、と強調した。

 2回目から選手たちの目の色が変わった。3回目からフルマラソンで、30カ国
約400人が参加するようになり記録も伸びた。2時間台だったのが、いまでは
1時間20分台まで縮まった。

 身障者は世界中から集まってくる。障害の度合いも、言葉も食事も違う。すべて
の選手達を大勢のボランティアが親身になってお世話してね、世界中の福祉関係者
から「素晴らしい運営システムだ」と驚嘆されている。

 身障者を健常者と同等に対応する、中村博士の精神は素晴らしかった。


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