『毎日新聞』 2003年6月18日号より連載・全27回
2003年7月30日号<20>

地域の自立戦略【20】
「障害者福祉」

〜健常者と同じ仕事を〜

前大分県知事 平松守彦


 障害者福祉にも力を注いだ24年間だった。知事に就任する以前から、「身障者
にも職場を」とのスローガンで社会福祉法人「太陽の家」(別府市)があり、大分
は障害者の地位向上に頑張っていた。太陽の家を創立されたのが、大分市出身の整
形外科医、故中村裕博士(1927〜84年)。中村博士と二人三脚で作ったのが
「大分国際車いすマラソン大会」だ。

 太陽の家は65年設立だから38年の歴史を持ち、車いすマラソンは81年にス
タートして昨年22回を迎えた。どちらも息の長い事業だ。太陽の家は世界に知ら
れた、障害者が働く有数の施設であり、車いすマラソンも世界唯一の本格的国際レ
ースとして名高い。

 中村博士は、医学生のころから身障者対策を勉強し、イギリスの国立脊髄損傷セ
ンターで研修された。だから本当の親身になって障害者の自立を考えていた。「身
障者は健常者と同じレベルで仕事をさせないといけない」「特別扱いしてはならな
い」が口ぐせだった。この中村イズムが私の理念と一致して車いすマラソンが誕生
するわけだが、それは後で述べたい。

 まず太陽の家だ。65年、中村博士は「保護より働く機会を」と職員数十人で施
設を開いた。最初は困難の連続だったでしょう。しかし、不屈の信念を持った人で、
粘り強く必要性を説いて件をはじめ地域の協力を取り付けた。また、職員と従業員
の積極的な参加に加え、作家の水上勉さんや評論家の秋山ちえ子さんらも応援して
くれた。水上さんは太陽の家をモデルに「拝啓総理大臣殿」を書いて、大きな反響
を巻き起こした。ソニーの井深大さん、ホンダの本田宗一郎さん、オムロンの立石
一真さんら当時の各企業トップの理解も大変ありがたかった。

 井深さんらは、中村博士から別府に働く場を、と要請を受けた時、「なぜ別府に」
と疑問を持ったらしい。ところが、別府に来て作業所を見て、身障者の仕事がきめ
細かく誠実であり、博士の熱意にも打たれて事業所進出を決断したと言っている。

 今、太陽の家は京都、愛知県など全国4ヶ所に作業所ができた。別府の太陽の家
には銀行、スーパー、プールもある。全国で1120人の身障者が、健常者と同じ
企画の製品・部品を作っている。 


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