『毎日新聞』 2003年6月25日号より連載・全25回
2003年7月19日号<15>

地域の自立戦略【15】
「アジア九州経済圏構想」

〜大学誕生の成果も〜

前大分県知事 平松守彦


 第1回サミットでは、国流を模索するさまざまな意見、提言だ出された。
例を挙げると、海外からは「産業構造の近代化のため、海外からの投資に
期待する」(ベトナム)、「貿易、科学技術、自動車の町に育てたい」
(中国)、「日本の産業発展の秘訣を知りたい」(インドネシア)など
など。

 一方、九州側からは「地元の技術、人材をアジアの発展につなげたい」
(福岡県)、「公害対策のノウハウをアジアの発展に役立てたい」(北九
州市)など。九州・山口経済連合会からも「アジアの都市・地域の間で共
同研究、技術移転を行う準備がある」など積極的な提言がなされた。

 沖縄や、オーストラリア、隊などからも人的・文化交流を深める声が相
次いだ。「人の交流が、経済交流に直結する」(フィリピン・上院議員)。
直截な意見で、その通りだと思う。いずれにせよ、日本はアジアを、アジ
アは日本を今後とも大事なパ−トナーとして見ていることが、改めて分か
った4日間だった。

 第2回は翌95年、フィリピンのマニアで開催した。以後、福岡市、
マレーシア・ケダ州、沖縄県名護市、中国・南京市、別府市と毎年開催し
た。01年は休催したが、02年はカンボジア・プノンペンで開いた。この
ときは、過去最多の9カ国46地域が参加した。

 サミットの効果、功績を挙げてみたい。まずは「アセアン・プラススリ
ー」構想が日本の外務省からも出て、汎東シナ海経済圏という国家間のス
キームが生まれるきっかけを作ったと思う。

 2番目は、各国首脳と、九州の知事の交流の場となり、ローカル外交が
広がった。3番目は、九州に留学を希望するアジアの学生が増えたこと。
別府市に立命館アジア太平洋大学(APU)が00年4月に開学したこと
はその好例だ。

 この「アジア九州地域交流サミット」の将来だが、言い出した私はこの
4月で知事を引退し、カンボジアで終了したことになっている。しかし、
マレーシア、フィリピンなどから「引き続き開催を」との声が上がってい
る。

 将来は、九州府を作って、九州府と各国、各地域との交流を考えた方が
早いかもしれない。道はいろいろあるということですね。


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