千代大海関帰郷

大分市にて凱旋パレード 15万人が応援に

 大分市出身22歳の“千代大海”、この1月場所にて幕内優勝を果たし、新大関へと昇進。地元大分が沸き上がったのは言うまでもなく、日本中に“千代大海”の名前が知れ渡りました。
 “千代大海”が人気者になったのも、優勝ともうひとつの要因があるようです。相撲界のサラブレットとして育ったのわけではなく、中学校時代からケンカ早い問題児(不良少年なんていってもいいのでしょうか、、、)だったという、そのわんぱくな成長期がマスコミで何度もとりあげられたからですね。
 その度を抜くワンパクぶりを額にしわを寄せて見聞きした人は一体どのくらいいたでしょう?その青年が「親孝行をしたい」と相撲部屋を叩いたと聞いた時から、日本中の誰もがファンになってしまったのでは?

 “千代大海”、幕内優勝後初の帰郷。

 大分市内でのパレードの後、市内のオアシスプラザ内、第一ホテルにて記者会見が行われました。

(1999年2月11日・木)

 記者団は、大分のテレビ局や新聞社にとどまらず、東京からの取材班も数班陣取っています。

 記者会見前には、既に会場から中継でレポートされていました。今日は大分中がお祭り騒動です。

 午後3時。
 “千代大海”入場。

 九重親方を隣に、ご両親が後ろに座られています。

 まず、平松守彦大分県知事より、県民栄誉賞が授与されます。

「若者たちは“千代大海”の元気と勇気で、がんばろう、という気持ちをふるいおこされた。闘魂あふれる闘魂だ。」という知事の言葉に、大関は「今後も努力しようと思います」と答えられました。

 ここで注目。

 “千代大海”の手はものすごく大きい。
 かなりかっぷくのよいお顔と変わらないほどの大きさ。

 この大きな手で得意の「押し・切り」されるんですね。さらにこの技を鍛えるとか・・・。

 温和な顔は、一層ファンを増やしたに違いありません。

 取材陣の止まることのないカメラのフラッシュや「こっちを向いて下さい」の声に、始めは多少緊張の面もちでしたが、その緊張感がスポーツマンらしい

「苦労も多かったと思いますが?」

 という記者の質問に、大関は「そんなにも辛い苦労があっただろうか」と考えているかのような面もちで、しばらくしてから、

「ケガをした時に十分練習ができなかったことくらいで、全部をみると順調にいったと思います。」

と語られました。

 いさぎよさと、前向きな姿勢。若さと強さを感じます。


レポートはつづきます