古き良き時代の別荘建築
 
昭和運輸グループ別府荘
(那須金市別邸)

別府市平田町2−1 
0977- -


 昭和初期の庶民の夢は、「世界的な温泉都市別府にセカンドハウスが持てたら」ということであった。その頃の別荘地帯といえば、別府駅裏の山の手地区や、荘園、新別府、海辺の照波園地区であった。

 国道10号と県道別府−亀川線の分岐点から上る照波園通りには、別府石を積み上げた塀に囲まれた企業の保養所が並び、戦前の元別荘の面影を垣間見ることが出来る。

 昭和運輸グループ別府荘もその一つで、下関市で大きく水産業を営み、財をなした那須金市氏の別邸であった。昭和12年に建造された別邸は土地299坪、建物約71坪の寄棟造平屋建の母屋と離れからなっていた。

 戦後米軍が接収した上質別荘29軒の一つで、広い芝生の庭に置かれた燈寵や槙の樹がその歴史を物語っている。

 間取りを見ると、家相本位の転地療養型の建築で母屋、離れとも座敷廻りに矩折れの広縁を設け、泉水の前庭と一体になって広々とした開放的な空間を構成している。

 母屋の続き間の座敷は、蟻壁長押をもうけ天井も高くとり、書院造り風の床構えである。

 付書院の欄間には丸金という屋号や家紋の三つ扇が刻まれ、当主の創業の心が感じられる。

 離れは数寄屋風にまとめてあり、広縁の隅は網代天井で凝った造りとなっている。

 とても還暦を迎えた建築とは思えないほど庭も建物も手入れが行き届き、時の流れが作り出す美しさがよき時代の別府を偲ばせている。

(H8.10)


  HP制作者注:村松氏が取材した時は「三菱商事別府荘」


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