さよなら 本尊


2004年の秋から冬。
私は
若干の迷い疑いを持って歩んだ。

町おこし・地域おこしとは何なのか
我々の活動が本当に町おこしになっているのか
である。

我々の場合、
あの手この手で臼杵の妖怪を広めようとしているのだが
妖怪にとっては小さな親切大きなお世話としか思えないし
絶滅寸前の妖怪たちを危機から救うべく継承し続けている・・と言えば
震えるほどかっこよく聞こえるわけだが
妖怪そのものが存在意義を疑い、自ら後ずさりしているのならば
それは妖怪の勝手である。
そっとしておいてやろう・・などと思ったのだ。



長く活動をやっていればこんな事も少しは考えるであろうが
たとえば活動本質を見直してみても
名ばかりの会長である私よりも
事実上、本尊の方が主導的立場にある、言わば摂政のような政権である。

リーダーとしての手腕にさえ自信が持てなくなる。

こんな時、「もうやめてしまおうかなー」というなまけ心が作動する。
さらに
私の中のダークサイドがささやいていた。

「夏の妖怪シーズンでもないし、
このまま人知れずフェードアウトしていくのも悪くはない」


ツアーや探索など表向けメインといえる活動については
肉体的にきつい時であってもそれなりに楽しいのだが
それに関わる雑用、いろんな処理がしばしばめんどくさくもなっていた。
人間には器があるというが、己の許容量以上を欲張って背負ってしまっている気がする。
発会当初から考えていた事だが
重荷になったり苦痛になったり、とにかく楽しめなくなったらやめよう・・という思い。
まさにその時である。









この頃から
本尊は確実にやつれていた。


ツアーの後にも、反省会と称した打ち上げを断わったり
早めに帰ったりしていた。

体調が思わしくないのは知っていた。

しかしメンバーには知らせていなかった。

どこか患っているのだろうか・・

それを確信させたのは「たらふく臼杵」のツアーで法音寺の三光堂に立ち寄った時だった。

本尊は妖怪とはまったく関係ないお堂の横の仏像を指差した。

これは
「自分の患部と同じ場所をこすると治る」と言われているらしく
今までこの仏像の説明などあまりしなかったくせに
「たとえば足をケガしている人は足をよくこすれば治るんです」
本人もタワシで仏像をゴシゴシやりながら説明していた。

この行動は
半信半疑な習わしでさえも藁をもつかむ感じですがりついているように見えた。

どうしたのだ・・・・どこが悪いのだ・・





そうして心配してはいるが
私の中では本尊の許せない部分は常に突起していた。

共に会を建設し、持続していく中で
町おこしやら地域の振興についての思いの相違に気付いてからは
お互いのこだわり伝わらない点が絡まりあっていた。



導火線の短い私はよく独笑とも酒を飲んで激しく言い合う事はあっても
それは今までも「おたがい酔っているから」といって和解できた。
あの理屈臭い猫侍でも何とか分かり合えてきた気がする。

本尊は違った。

なんと言うか・・・・・
決め事の中で、うまく言いくるめられるような気がしてならない時があった。

そしてその締めくくりというか、最後の手段として
「これが大人だ」みたいな言葉でねじ伏せる。


言うばかりが大人なのか
「思い立ったら実行」を信じている私の姿勢を根本からへし折る言い回しだ・・・

何が大人なのか?

どうやれば大人なのだ?

俺だって大人と認められたい・・・

もうワキ毛だって生えてるし


三光堂の地蔵の
股間ばっかりを重点的にひたすらゴシゴシゴシゴシこすっているあんたは大人か?


すでに
我々の間に大きな溝がある事が判明したからには
ミワリー活動などうまくいくはずがない。


私の決意は固く、自分の思っている以上に頑固だった。
ツアーの依頼をも削りにかかった。
「フグを堪能する時間の関係上、妖怪ツアーを短めにやってくれ」
というスットコドッコイからの依頼を断わり
「普段しないような悪乗りで出演してくれ」
という全国版のテレビの取材を思いっきり蹴っ飛ばした。
これに関しては今思い返しても悪い事をしたとはこれっぽっちも思っていない。

これまでも何度か嫌な事もあったが、言い出しっぺの責任根拠なき自信によって解消してきた。
マニアックやらでっちあげやら言われようが、
「自分は間違っていない」というガリレオのごとき確信に守られた。


今は違う。
何かが根底から崩れつつある。

脱力感と意地とがヤジロベーのごとく不安定に揺れ動く。
もはや完全にミワリークラブを先導などしていなかった。


それに自分達が楽しむ事優先と見栄を張ってきたが
少なくとも家族は犠牲にしている。




そう考えている間にも本尊との別れは刻一刻と迫っていた。



年の暮近くだったと思う。
メンバー数人である店に集まった。

ミワリーメンバーは少なかったのだが
ここで私は重大発表する事を決心した。


ミワリークラブ活動休止。


この活動休止は復活の日を予測しない無期限である。
それでも解散と言ってしまわないだけマシだと思っている。
つまり「殺しはしないのだから」である。


私は本尊と顔も向かう事なく座っていた。
メンバーらはいつもと変わらぬバカな話しで盛り上がっている中、
いつ言い出そうか、どういう風に言えばいいのかと戸惑っていた。



その時、後ろのメンバーの誰かが本尊に向かって
「最近、やせましたよねーー」と言っているのが聞こえた。

私も気にはしていたがその真相を確かめるほどの余裕もタイミングもなく
ズルズルと半年ほど過ぎている。

「いや・・・じつはですねー」と話し始める本尊・・・

このわずか数秒足らずの間に
私は
大きなフォースの乱れを感じた。


振り向けば本尊はメガネという名の暗黒面を脱いでいた。

めったに外さない視力維持装置を脱ぎ捨て
秦の始皇帝の蝋人形のような正体をさらけ出した彼は
どこか少し心配して言ったメンバーの問いに対し

待ってました・・と言わんばかりの堂々たる表情でこう言った











「ダイエットに成功しましてねー。」


「・・・・・・・・・・・・
へ・・・へぇ〜」











「健康診断でやせるように言われたもんだから、がんばってやせました、はい」

私は
病気かと思っていただけに、安心したのと同時に
「健康診断で言われる前にやせろ」という心のささやきが響き渡った。


飲食が控え目になっていたのもこういう事だったのか・・・・




「だからね・・・・・・ほら、ここがなくなってるでしょう」
本尊は自分の顔の一部を指さした。



目と耳の間だ・・・

太っている時には顔の肉が有り余ってメガネのフレームからあふれ
メガネをしていない時でもくっきりと目と耳の間に線が残っていた。

そう、我々が「本ZONE(本ゾーン)」と呼んでいたあの現象である
いまやその本ゾーンすら影も形もない・・・・・・












さよなら本ゾーン・・・・・・・











誇らしげにそれを自慢する本尊の顔は以前よりはほっそりしてはいるが
そんなに自慢するほどスリムになったわけでもなく
煌びやかなツヤだけはそのままに、濃縮コラーゲンたっぷりだ・・・






我々はそれを見て笑った。






この時、
数ヶ月間背負った己への疑心が消え去った。

「笑えりゃいい」のだ。

我々はくだらない事で言い争ったり
ささいなことで相手の嫌な面ばかり見ようとするが
それと比例して
くだらない事で大いに笑える

ちっちゃい話題=微量のおかず何杯も食える。

ダジャレや、滑稽や、新しい伝承発掘小さな発見
大袈裟に笑い、喜ぶことができる。

そもそも
ミワリークラブそのものが
くだらない事から始まり
くだらない事を続けてきた。

なんといっても笑ってしまうのは
我々が
こんなくだらない事でこんなに仲良くなった事だ。


手にとる事の出来ぬ伝承や、目に見えない妖怪という素材を探る活動で
現に今まで何年も
全く見たことのない物の怪に想像をめぐらせ
からミワリークラブなる実体を形成している。

つまり冗談が現実になったのだ。

気がつけば、発会当初から
「笑えりゃいい」の方向性と
根本として楽しむという一環性、そのスタイルは変えていない。

それに
いろんな人と会ったり、知らない事を知ったり
人前で話すという弱点を克服してくれたのもミワリークラブだ。


「もうちょっと続けてみるか・・・」






嫌なこともあるが
それから逃げるのは敗北だ。

楽しむ事が優先ではあるが、
「楽しむ」のと「楽をする」のはちょっと違う。

今やめるのは「楽」だ。
そして「楽」を選ぶのは腰抜けだ。



どうやらミワリーと言う名のゴキブリホイホイ
強力な粘着力で私の足元を固めているようである。







このような自分ひとりの呪縛から解き放たれ

少しは楽観的に考える余裕が出来たのは6月だった。


雨不足の梅雨

生まれたばかりの次男(第4子)の声
町中に響き渡る祇園まつりの練習の音色
河川敷に咲いた八代亜紀のようなアジサイ



もうすぐ暑い夏がやってくる。


今年もまたミワリークラブが何をやらかすのか
楽しみで楽しみで、心配だ。






さて、ほぼ3年間にわたり、
ミワリークラブの実態と活動をありのまま大袈裟に描いてきたこの「珍道中記」は
始めから三部作計画だったので
まことに勝手ながら
ここで筆を下ろさせていただく事にする。

本編を通して自分が何を言いたかったかよくわからないままだが
ようするに同じような考えで町おこしや研究活動などを行おうとしている人々に
少しでもお役に立てればという思いはある。










そこで
これまでの活動で、自分なりに得た事を整理する。







まず、





何かを企画し、始動する時、
「産みの苦しみ」などというが
「産み」よりも「続ける事」の方がよっぽど苦しいということ。










次に










町おこしに必要な「者」とは、「若者・ばか者・よそ者」
というが




ばか者だらけでも
そこそこやっていけるのだということ。











そして








「継続は力なり」と言うが
バカが何年続けたって何の力も蓄えないということ。












したがって
今だ解けない謎=町おこしとは何か?に対しての答えは
















「頭悪いんだからあまり深く考えるな」
である。









こんな事を偉そうに論じたところで
回りの人から
「またお化けばっかりやるから奥さんにおこられるんや」
と言われるに決っている・・・・・・・











じゃかあしぃ!
俺はやりたい事をやるんじゃい!



嫁が怖くて妖怪やってられるか!




酒や 酒や 
酒買ぅて来〜い!




〜完〜