臆病河童の強運



臆病河童こと副会長は私の二つ下の後輩である。


高校生の頃だったと思う。
私の後輩が
「ハーモニカのうまいヤツがいるので今度連れて来る」という。

高校生のくせにブルースハープとはシブイ趣味だ・・
きっと破れたGパンダスキンモップのような毛頭のやつがやって来るんだろう・・・
そうでなければ洋楽かぶれの奇抜なロック小僧に違いない。
そう思っていた私の予想とは正反対に
彼は学校帰りの制服姿で現れた。

真面目で礼儀正しく、私に対して年上だからという理由だけでオドオドした感じ。
仮にそれが逆に生意気であっても
絵描き歌のカエルみたいな顔がどんな無礼も許せてしまえそうなキャラ。

友人から聞いているハーモニカの腕前を見せろというと
立派なケースに入った数個のそれを取り出し
狂ったように吹き鳴らし始めた。

「うまいぞ!うまいぞ」という私の声援に心を良くしたのか
ヨーロッパの街角のおじさんのように息継ぎする間もなく吹きつづけ
心地よいハーモニーなど通り越して雑音に達したところで
私に対する遠慮がなくなったのか「喉がかわいた」とほざきやがったので
友人が土産としてくれたウイスキーを飲めと言ったところ
その小瓶を味わう事なくヤクルトのごとく一気のみ
6〜7種類全てをソムリエ風に利き酒した後
再びハーモニカを手に取り、
摩天楼をバックに酔いしれるサックス奏者のように吹き鳴らしたはいいが
我が家のダース・ベイダー、通称:リトルアジャ・コング
「あのイカれた少年をつまみ出せ」
と言われ、
初対面の酔っ払ったブルース学生を車で連れて帰る始末となった・・・・・・


これが私と彼の出会いであった。



社会人になり、関西の修行から帰ってきた彼は
理由も無く尊敬している私の家に遊びに来たばっかりに
このミワリークラブへ足を突っ込んでしまい、今に至っている。


その奇跡的で運命の入会が彼をあの悲劇に導いたのだ。




数年前のこと・・・

何かの取材でミワリーツアーを行ない、
居酒屋で打ち上げした後、
彼は帰り道の方向が同じ本尊&ひめちゃんと歩いて帰った。

本尊・ひめちゃんの二人は飲み屋街からはそう遠く無いところまで帰るのだが、
副会長の実家はおそらくその3倍くらい先の距離にあった。
他の会員とは違い妖怪特殊能力を持たぬ彼はミワリー活動にて
ダジャレ担当・宴会担当であるため、場を盛り上げようと酔っ払ってはじけたおかげで
その距離の長さも忘れ、無謀にも徒歩を選んだのである。

酔いも覚めない位置で帰宅する二人にさよならをし、
わりと交通量の多い国道沿いを一人寂しく帰る副会長。

こんな所をこんな時間にふらつきながら歩いている男に
運転中の誰もが、さぞ疑問を抱いた事であろう。

日豊本線のガードをくぐり、大きな道へ出たあたりで
彼は体の異変に気付いた。










ぎっしりと圧縮され、背中を押されるように行列を成した腸のパイプから
何者か「出たい出たい 外の世界を見たい」と言っている。


















大便である。

















ハメを外した事と無理に歩いて帰った事を我ながら恨む副会長






その冒険好きな暴れん坊チョコレートたち
ご主人の消化の早さ重力に助けられ
未開の大海原へ出るためにブラックホールをこじ開けようとするが
そうは問屋が卸さない・・
引き締まったケツの筋肉が彼らの行く手を阻むのだ。


酔っているとは言え、この程度の修羅場は幾度となくくぐってきた副会長。
これまで何度もバズーカ規模のおならを我慢し、鍛えぬかれたケツ圧
容易には開けさせようとはしない。

副会長はつぶやく。

俺様が何度危ない橋を渡ってきたと思ってんだ・・・若僧が
寒い日の自転車通学・・・
メシ食ったばかりの体育・・・
そして忘れもしない
下痢の部活・・
こんなささいな小悪魔たちの脱出作戦なんぞ痛くも痒くもないわい・・・




ところがしばらくすると
見慣れたはずの帰り道の歩道が
久々に歩いたせいか、妙に長く感じ始めた。
そして
下腹部でうごめく出たがり屋たちが
まるで艦隊を組んで総攻撃を仕掛けて来たような
生理的制御の限界がすぐそこまで来ていた。
家まで我慢できるかの瀬戸際、
いつもの熟柿のような顔が一転して青柿へと変わり
不安と比例して脂汗がにじみ出る。



が・・・彼には秘策があった。



出発点から家までのちょうど中間あたりには
彼の事業所があったのだ。

家までは無理だ。店で出そう。


先代が築き上げた店をトイレ代わりに利用するのは、いささか引け目を感ずるが
もしもここでぶちまけてしまえば
いい年こいて近所でも評判のおもらし若社長というレッテルを貼られ
それこそ先祖の顔に泥を塗る。


そう思った彼は店に立ち寄る事をケツ意。


相変わらずケツ筋だけには力がこもっているものの
孤独なガマン大会にも早期終結の目途が立ち、
気分的に楽になったのか
店までの足取りも心なしか軽やかに思えた。

その間も
体内のせっかちな合わせ味噌たちによって
副会長の便慶の泣き所は刺激され続けたが
店が見えてくるとそれさえも快感に変えられる程の達人になっていた。

そして店の扉の前に走りこんだ時には
砂漠のオアシスにたどり着いたかのような安堵の表情に変わった。





だがしかし・・

誰にも経験があるだろうが
人間は安心すると気がゆるんでしまうのだ。

肩をなで下ろした彼は
苦痛からの解放にじみ出る幸福がもたらす一瞬の油断によって
ケツ筋が突き立てモチのごとく和らぎ始めたのだ。



あ やばい

急がねば・・・・・







さらに
慌てさせる心が自分の持ち物の位置すら惑わす。

ポケットに入っているはずの店のカギが出てこないのだ。


カギ カギ カギ!


急げば急ぐほど手元が狂い、思うように探せない。
そうこうしている間にも時限爆弾のタイムリミットは刻一刻と迫ってきた。

ああ もう 
せっかくここまで来たのに・・・なんで出てこないんだカギ・・
カギ出て来い 出ろ出ろ 


その「出ろ」はむしろカギにではなく
ケツ筋の扉から顔を出し始めているあの忌まわしき物体に向けられ
からかうように出入りし始める・・


もうカギを探している場合ではない。

こうなったらアレしかない・・

もはや店内に入る事をあきらめた彼は
日本古来の方法を実施することにした。
















ご存知、野グソである。























だが、野グソといってもその場所は
大きな道路沿いの店舗の前に歩道があるだけで
通行人や運転手から丸見えの場所・・

ここでするのかぁぁぁぁ

ああ やっぱりだめだぁぁぁ 


この状況において、プライドとか恥じらいとか
そんな目に見えぬ幻のような言葉はこの際、何の意味も持たぬが
今考えうる大限のエチケットだけは守ろう

せめて店の横のやや見えにくい所で・・・・・


店舗とお隣さんとの間には車一台分ほどのスペースがあり
道具を洗ったりなどの雑用を行う場所となっている。




ここなら大丈夫だ!



しかもその場所には水道があり、
その水洗い部分は人間がしゃがみ込むにふさわしき空間
なんといっても水洗であるのが魅力的である。
が、
この用意されたかのようなステージを選ぶと思いきや
彼はすばやく拒否したのだ。

それもそのはず
普段、洋式トイレで排泄を行う彼にとっては
便座のないトイレ星の無い夜空も同然。
何かに腰掛けなければ本領発揮とはいかず
本来の自分の力を出せない上、
今から尻をこじ開けて現れるであろう例のモノ
ちゃんと水で流れるようなペースト状のモノであるかどうかも保証はないのだ!


思いのほか頑固なモノが出てきて
小さな排水溝に流れなかったら
俺はどうすればいいんだ
・・・

これぞまさしく
”不便”だ・・・・・・なんつって!



やっぱり便座がえぇ・・便座がえぇっす!







・・・
ベンザエース





なんつって・・

















いかん!いかん!
ダジャレている場合ではない!



便器だ!便器!











無駄な躊躇に体力と時間を費やしたため
イタズラな物体
先ほどよりも多く長い距離をもって出し入れされる・・・
文字どおり抜き差しならぬ状況・・・









ていうか もう、出かかっている








そこでウン命の神様は彼を見放さなかった。

それは
すぐ近くに、いつもくず入れがわりに使っている
ドラム缶を小さくしたような直径40センチほどのオイル缶が用意されている事だった。


おおおおおお これだ!



大きさと言い、高さと言い文句なし!
丸いフォルムのふちの部分は少々痛々しいが
この数分間鍛え上げたケツ筋が補ってくれる事だろう!




もうこれしかない!





そして
行儀良く真面目なんてクソ喰らえと思った。
やるからには後悔したくない!
思いっきり伸び伸びと精一杯にやろう!と心に決め
マジンガーZのロケットパンチ宇宙戦艦ヤマトの波動砲をイメージし
缶に背を向けた・・・










こうして
最大のピンチに絶好の逃げ道を見出した
強ウンの持ち主=副会長は


今までやった事のないほどの
マッハ級の下半身ストリップを披露した直後

世界一安上がりな簡易トイレ
パチンコ屋のオープンのごとく大解放・・


観測不能の屁クトパスカル・・
ネズミ程度の小動物なら
即死させられるぐらいの恐ろしい臭い
が辺り一面に広がった。







その結果
くさいアルマジロを無事出産









そこには
従業員さんからいつも「若!」と呼ばれている
威勢の良い彼の姿は跡形も無く、
後の処理を心配する「考える人」の銅像がたたずんでいた・・






あれから何年経っただろう。

今、この出来事を話す副会長が平然と笑い話にしてしまえるのも
もらす事なく、身近な物を利用し、思い切った判断で
あの小さなエイリアンとの闘に勝利したからだ。

だが私にはどうも納得いかない点があった。

先日、過去の栄光のごとく笑いながら話している彼に
その疑問について聞いてみた。

すると彼の口からは恐ろしい言葉が返ってきた。



















「何で拭いたのか 記憶がない」










さらにトドメを刺すかのようにささやいた。









「アレも もうそろそろ自然消滅しちょるやろうなあ〜」















つまり、彼はその発酵物入りの素敵な巨大缶ヅメ
数年間、そのままにしているというのだ・・・



家族を大便・・・いや代弁して言いたい・・・
副会長、
自分のケツは自分でふけ・・・・