七福神クエスト

臼杵には
妖怪そのものを祀った神社妖怪に由来する史跡は数少ない。


しかし

過去の臼杵人達が「魔」だの「鬼」だのに脅え、恐れていた事を証明する決定的証拠がある。

それは鬼門。


江戸時代の長ったらしい繁栄の中、臼杵を治めた歴代稲葉公でさえ
臼杵城の鬼門(北東)津久見島に弁財天を置き
裏鬼門(南西)の法音寺には二天門を備え
不吉さからの侵入を防ぐべく律儀に防備を固めているのだ。

この法音寺の二天門には
持国天と多聞天(毘沙門天)が邪鬼を踏んづけた状態で遠方を睨みつけている。

城下を守るためとは言え、あんな形相で何百年も血圧上がりっぱなしのお二人さん、
本当にご苦労様というしかない。



そこで私はふと、こんな事を考えた



弁天さまに毘沙門天・・・・・・七福神じゃあないか。




八坂神社の大国主の命
「大国」「ダイコク」と読んで大黒さまと習合する信仰もあるわけだし、
えびすさまは中津浦にもあるし
板知屋の十日えびすも盛大だ。
かつて横浜掛町のうおんたな三町が奉っていたえびす様も
八坂神社に合祀されている。


あと三人揃えば七福神の完成ではないか!


これが揃えばミワリー活動も、
縁起の悪い「妖怪ツアー」
縁起のよい「七福神めぐり」が出来る。
同じ臼杵というフィールドの上で二度美味しい、
まさに二毛作・・・・・


この前途多難な企ては1年前から試みてはいたのだが
忙しさとめんどくささが伴って、本腰で着手せずにいた。
ところがこの日に限って
思い立ったらじっとしていられないアンポン探究心
あるかないかも分からない楽しき謎へ導こうとしている。

私一人では無理だ。
やはりこんな時は郷土史の千里眼と地獄耳を持つ、あの生物を連れて行こう。


「本尊・・七福神探しに出かけましょう・・」




残す神様はあと3人

福禄寿・寿老人・布袋尊

ちなみに福禄寿・寿老人を同一として、もう一つの座に
吉祥天猩猩、または福助などを加える七福信仰もあるそうだ。


「じゃあ・・・・・福禄寿と寿老人と布袋尊
どれから先に探します?」


と本尊が言う。

そんなもん私にとっては
「おすぎとピーコとKABAちゃんはどれがいいか」と問われているのと同じだ。

そんな結果ばかりを急ごうとしている私に対して本尊の厳しい意見が矢のように突き刺さる。

「福禄寿・寿老人・布袋尊の三人は中国の信仰から来てますから難しいと思いますがね」

そうか・・・思いつきとは言え、見切り発車もいいところだった。
すでにゲットしている弁天・毘沙門・大黒・えびすの4人は
臼杵ぐらいの歴史を持った町ならばけっこう当たり前に祀ってあるが
福禄寿・寿老人・布袋尊などはやはり、
よほど中国の影響がない限り信仰厚く祀りたてる事は少ないだろう。



本尊「でも福禄寿・寿老人は道教。布袋尊は主に仏教で崇拝されてますから・・」

幸福にもこの町は仏教の足跡だけは色濃く留めている。


福禄寿・寿老人はとりあえず置いといて、
布袋尊を探してみる事にしよう。





布袋さまは主にお寺で信仰されているらしい。
そこで本尊が可能性ありとおぼしき寺をピックアップ、

まずは多福寺を訪ねてみた。

ご住職いわく
「残念ながらここにはありませんねぇ・・・・」
像や掛け軸などもないか聞いてみたが存在しないという。



田町にある見星寺のご住職にも聞いてみた。
「布袋さまですか・・・・・
小さなものなら・・・たしか・・・ありますよ・・・」


あった。

ただしそれは寺宝として祀ってある物というよりは飾り物としてのごく小さな物らしい。

「弁天様もありますけどねぇ」

すごい・・・二人目の弁天さまだ。



忙しい精進料理専門の別庵にお邪魔している我々の
こんな幼稚で馬鹿馬鹿しい探索に耳を傾けてくれているご住職は

「実は我々仏教会も十三尊像めぐりのようなものを考えているんです」という

すると本尊が

「私も今度、”あかねこ祭り”というのを行うんですが、
それで”小さな神様めぐり”を企画してますんで、ご協力お願いします」


ドサクサにまぎれて、なんて図々しい事言うんだ・・・

そう思っていると今度は、またしても弁天さまの話に戻し

「弁天様といえば裸体であったり薄い衣を着ていたりする物もあるようですが・・・
ご住職の所の弁天様は
どんな格好なんですか?
やはり・・
裸体ですかねぇ?」

という。






・・・・・・・あんたは裸の女なら神様でもいいのか・・







最後には
「一度拝見したいですねぇ〜〜」
とニヤニヤしながらいいやがった。













あんたの生殖器は、道徳的に邪悪でバチあたりだ。



寺などに安置されているものを探すのは、かなり確立が低くなってきた。

それでは一般人が個人的に所有しているもの、
あるいは信仰しているものはないだろうか?

すると本尊が
「たしかねー・・・ふれあい情報センターの”こて絵”が布袋さまのはずですよ」と言う。

マジで?


いやいや・・・・本尊、ちょっとまて

いくらなんでも平成に建てられたふれあい情報センターの壁に布袋があっても
そりゃ後付けの飾りにすぎないんでしょう・・・・といった。
すると

「実はあれは
あの土地に眠っていた絵を再現したものなんですよ!」



「おおおおお!! それは期待大!行きましょう!」

そうだった。
ふれあい情報センターには以前、江戸時代からある大きな醤油工場があったのだ。


そこで信仰厚く置かれていた物のリメイクであれば
少なくとも我々の中の条件クリアだ。

さすが臼杵!

丁寧さというよりはしつこさに近いぐらい
近代化を拒否し、開発を拒んできた町・・・
町残し先進国、近未来化途上国・・・臼杵


街中に建物を建てるために基礎工事で地盤をほりかえせば
のび太がどこでもドアを開けて、しずかちゃんのお風呂に出てくるぐらいの確率
お約束のごとく、必ず何かが出てくる町なのだ。



そんな歴史の恩恵を今さらながら噛み締めつつ
オンボロ自転車のペダルを踏む私の足が
横でカトちゃんのようなくしゃみをしている本尊などお構いなしに
回転にターボをかける。



そしてすぐそばにある発見に胸膨らむ期待が沸点を越え
過剰な推察タケコプターのごとく頭上でグルングルン回る。





もしも・・・万が一・・

遠い過去に
意図的な呪術陣プログラミングした者がいたとして

この臼杵のどこかに
七福神が隠したつもりであるなら


武士の情けと言えど 
甘ったるいヒントを残しすぎだぞ!

イナカ侍め!










現地へ到着し、二人でこて絵を見上げる。


結構探したわりには、意外と近くにこんなモノがあるとは・・・
まさしく灯台下暗しだ。
汗をかきながら遠回りした苦労報われるようなありがたいお顔・・・
そしてでっぷりしたふくよかな腹・・・・

ほっとする私とは正反対に無言の本尊・・・・

布袋と言うからには大きな布の袋でも持っているのかと思ったが
持っているのはあまり大きくも無い袋ではないか・・

ていうか・・・なんで小槌もってるんだ?





本尊「あれ?・・・・・・」



「なんですか・・・・・?どうしたんすか・・」













本尊「これ・・・・・・・大黒さまですね」








「はぁ?」






長年付き合ってきたが、
彼のこの手のボケが一番大嫌いだ


あんたはどこまで私をバカにすれば気がすむんだ・・・



気を取り直して今度は妙顕寺にお伺いした。

日も暮れかかっている時刻・・・・
別に今日一日で七福神を揃えなくたってよいのに
これが最後の望みであるかのような気分だった。


本堂を見学させていただき、
カクカク シカジカ と事情を話したところ、
「うーーーーーーん  布袋さまはありませんねぇ」とご住職。




もうこれで諦めがついた・・・・・




目的は達成できなかったが、
今日は、ご住職たちとの対話の中でいろんな事を知り、学び、
それなりの収穫だったと思う。

ここでも本尊はドサクサにまぎれて



「今度、”あかねこ祭り”を行うんですが、
それで”小さな神様めぐり”を企画してますんで、ご協力お願いします」


と言っている。


するとご住職は
「ああ そうですかー
うちには 
鬼子母神妙見さまならありますんで
よかったらお参りされてください」
という。




本殿の横にある小さな祭壇に向かって手を合わせる本尊




そうだ そうだ・・・そうやって
己の汚れた精神曲がった欲望を洗い清めるがいい・・




そして妙見様、
あなたは
女神であるからには
神様であろうと容赦なく女としてしか見ないこのおっさんには要注意だ。





妙見さま・・・・・?




「あ!」




私と本尊は顔を見合わせ、「その手があったかーー!!」というような笑みになる。



忘れていた・・・!

妙見さまは北極星と北斗七星の化身で
実は吉祥天同一視されて崇められている神様なのだ!


そして、それは一年前から調査していたこの課題に関連して
石仏の里・深田に妙見森があった事や
大昔、佐志生地区にも妙見菩薩があった事などを
すでにリサーチ済みの我々二人には共通の認識だった。

妙見菩薩=吉祥天!
一般的ではないが吉祥天を仲間に入れる七福神信仰もあるのだ!


しかも深田・佐志生以外で、城に近い場所に確認したことで
七福神候補地が肉付けされ、より強化できた・・





ゲットですよ!本尊!







その後
やたら蚊が飛び回る庭でご住職とティータイムをし、
お坊さんの前で平然と蚊を殺生するバチアタリな本尊に本気で怒りながら帰った。



約半日がかりで調査したわりに
急速な進歩はなかったが、
私のモヤモヤがスッキリしたし、
たとえこれが無駄足だったとしても
エロいドラえもんと一緒にドラゴンボール探しに出掛けたと思えば大冒険であった。




さて、ここで
これまで我々が調査した七福神リストをまとめてみようと思う。

上記の調査では 
えびす 大黒 弁天 毘沙門 
無理矢理押し込んだとしか思えない吉祥天を加えた。

結局見つからなかった布袋尊については
市内横町(現久家の大蔵)布袋屋というお店があったらしいので一応、当てはめておく。
造型物がないので説得しがたいが
屋号に布袋を用いるぐらいだから
何らかの信仰があったのではなかろうか?

恵比寿 八坂神社内 恵比寿神社
中津浦 戎神社
板知屋 十日戎
大黒天 八坂神社 大国主命
二王座 現・ふれあい情報センター
弁財天 津久見島 竹生神社
香堂 弁天像
田町 見星寺 
毘沙門天 二王座 法音寺 二天門
馬代 毘沙門天*
布袋尊 横町 布袋屋 現久家の大蔵
吉祥天  佐志生 妙見菩薩*
深田 妙見森
塩田 妙顕寺

参考文献;臼杵寺社考 臼杵小鑑 ふるさと再発見


最後に福禄寿or寿老人である。

同一視して一人の人物と考えられ
主に長寿などを意味するお二人である。

この二人のうち、一人でも居てくれれば成立したのだが
我がミワリーの力では結局、見つける事ができなかった。

しかし、ここまできて止めてしまうのは
ドラゴンボールを6個集めて捨ててしまうようなもの。

石敢当や唐人町などに見られる中国の影響も全くの「無」ではないわけであるし

どこかにある・・という期待だけは残しておいて

現時点で私なりの福禄寿候補地を挙げるとするなら


臼杵城・・・・・である。

理由@ かつて臼杵城は島であり、丹生郷に属していた事から丹生島(にゅうじま)と呼ばれていた。 丹生とは水銀であり、不死の薬と信じられていた。
道教では「丹」は不老不死を意味するという。
福禄寿の長寿に通ずる。
理由A 臼杵城は島の形がに似ていることから、別名・巨亀城と呼ばれていた。 福禄寿は長寿のシンボル鶴・を従えている事が多い。





さらにさらに
臼杵川を真っ二つに引き裂く島・松島(松島神社&住吉神社)

かつて船着場として利用されていた事などから

水夫たちに海運の神として崇められていたらしく

別名に船島と呼ばれていたという。















私はこれに宝船を当てはめたい・・・・


















以上、七福神レポートを終わる・・・が
今後も根気よく探索を続けようと思う。








そして、
いつもいつも
ミワリー会員たちにツッコミを入れる私であるが、


今回ばかりは
私自身に対してツッコミを入れておこう・・・・・



















ただの考えすぎじゃ!・・・・・