表照式


日本妖怪アカデミー賞とも言うべき「怪大賞」を受賞後、
またしても吉報が入った。

スポーツ以外のさまざまな分野で活躍した県内の個人・団体に贈られる
「大分合同新聞社賞2004」を我々に授けてくれるという・・・・


今回は、
3/25同賞の授賞式に出席した
私(会長)たった一人の珍道中である。

そしてこの日私は、おそらく生涯忘れることのできない人物と出会う。


まずは、この受賞者たちが紙面で発表された直後、
私宛てに送られてきた電報を読んでいただきたい。


この度の第十二回大分合同新聞社賞受賞、誠におめでとうございます
心からお慶び申し上げます。

去る二月四日、同紙に掲載された記事を読んで
会長を中心とした
「臼杵ミワリークラブ」のユニークな活動に関心を持ち始めた矢先、
その活動が全国誌に認められ、
さらにこの度地元紙によって評価されたことは、
実に快挙であり喜びに堪えません。

この度の受賞を契機として、
貴会
(奇怪)の地道な活動が地域の人々、
中でも地元の子供たちに浸透していくことをご祈念申し上げます。

平成十六年三月十二日

大分県議会議員
○○・○



なんと、地元の県議会議員の先生からだった!
しかもダジャレ付き!

本当にもう、市長といい県議といい、何で臼杵の偉い人たちはこんなにダジャレ好きなのだろうか・・

それにしてもこんな大それた方からも注目されているとは責任重大である。
今日の授賞式も恥かしい事のないようにしなければ・・
と、いささか緊張しながら
着慣れないスーツを着て車に乗り、単身大分へ向かう。



スーパー方向音痴という致命傷のおかげで
大分市内に入ってからは猫侍や本尊に携帯でナビゲーションしてもらい、
なんとか新聞社に到着。やれやれ。

車を降りた私を待ち構えていたのは巨大な新聞社本社ビル

さっきまで私の中で描いていた「新聞社」のイメージといえば

外見は薄暗く、中は騒がしく、小規模な役場とどっこいどっこいな建物で
山積みの書類がいたるところに散乱したデスクは
宇宙戦艦ヤマトの内部のように配置されており
タバコの煙がモクモク立ち込める室内に
頭ボサボサな記者達があーでもないこーでもないと試行錯誤しており、
そこへ一本の電話が鳴り、
窓際のボスみたいなおっさんが、今時ないようなその黒電話の受話器を取って
「なにぃ?!! 事件?
そうか 場所は? ガイシャは?・・」

と叫んだかと思えば、すぐに電話を切り
「よし、ジーパンマカロニは現場へ向かってくれ! 」
そして一斉に誰もいなくなる・・・・・



あ   いや それは警察か・・・・・

まあとにかく
化け猫の手も借りたいくらい忙しく
絶えず声や電話が鳴りっぱなしの騒がしいイメージだった  
が、今、
目の前にある想像を何百倍も上回るでかさの建物に立ちくらみがした。
それにホテルのようなロビーと社員の方々の丁寧な接客
すいません・・・・・新聞社というものを見くびってました・・・
エレベーター内の階数表示が上へ行くほどに
私の緊張はピークへ達した。

会場前の廊下で
女の人に名前付きのリボンをくっつけられ
その真っ赤に照れまくっている姿を写真に撮られ
記念撮影の準備が整った会場に足を運ぶと
受賞者の人たちは各記者にインタビューされていた。
知らない人だらけのかしこまった場所、
緊張でカチンコチンの私にインタビューしてくれるのは
以前臼杵支局にいた○さんだった。あーよかったーーー
まさに地獄に仏・・・・
無論、仏とは似ても似つかぬ顔ではあるが・・・・・



インタビューが終わると
新聞社の偉い人たちが紹介され、
受賞者たちは奥にある表彰式会場へと通された。

けっこうキチンとした司会の女の人が
「それでは只今から、大分合同新聞社賞2004の〜」と始めると
私はあらためて事の重大さ武者震いがしてきた。
そして今までの活動において苦労はなくとも苦悩があった事、
胡散臭いような冷ややかな視線の世間と戦ってきたことを考えると
何か大きな敵を倒し国王のもとへ帰ってきた勇者のような気分になった。
頭に流れるのはドラゴンクエストのテーマ・・・・・・

だが、他の受賞者の見事な功績が次々に読み上げられると
この良い意味で勇敢な緊張も、奈落のそこへ突き落とされ
たった一人だけふざけている場違いな特別賞のような劣等感にさいなまれるのである。


第51回全国乾シイタケ品評会で3回目の農林水産大臣賞受賞
 佐藤藤夫(さとうふじお)さん(70)=荻町・農林業


 ▽畜産技術協会の2002年度優秀畜産技術者表彰(家畜生産・飼養の部)を受賞
 藤田達男(ふじたたつお)さん(47)=久住町・県畜産試験場主幹研究員


 ▽第20回全国高校生の手話によるスピーチコンテストで1位
 遠藤一祐(えんどうかずまさ)君(18)=臼杵市・大分東明高校3年


 ▽第50回NHK杯全国高校放送コンテストのアナウンス部門で優勝
 永田三佳(ながたみか)さん(18)=大分市・大分高校3年


 ▽第24回少年少女囲碁全国大会の小学生、中学生の部で、兄弟同時優勝
 日野大地(ひのだいち)君(14)=大分市・岩田中学校2年
 日野立誠(ひのりっせい)君(10)=同・鶴崎小学校4年


 ▽難病と闘いながら絵本を出版。絵本作家になるという夢を実現
 戸次吏鷹(へつぎりょう)君(9)=別府市・石垣原養護学校小学部3年


全国珠算競技大会クリスマスカップ2003の読み上げ暗算・小学4年生以下の部で1位
 今村愛(いまむらあい)さん(10)=大分市・八幡小学校4年


 ▽Jaccomミュージックフェスティバル・カラオケ日本一決定戦で優勝、内閣総理大臣賞受賞
 秋吉玲央奈(あきよしれおな)さん(16)=湯布院町


そしていよいよ私の出番・・・
「古くさい臼杵のイメージを逆に利用したユニークな活動」と言うような紹介になるのだろうか・・
いやだなあ〜・・・



角川書店の雑誌「怪」の第1回怪大賞・NPO賞を受賞
 臼杵ミワリークラブ!
地域の妖怪話を通じて子供達が歴史に興味を持つきっかけを作りました」

そうか・・・そんな誉め方があったのか・・・
少しほっとした。

最後に
 ▽自己破産した長久堂の社員8人で新会社を立ち上げ、銘菓「ざびえる」を復活
 ざびえる本舗(太田清利社長)=大分市

それぞれ賞状を手渡され、代表のお礼の言葉が終わると
卒業式みたいな厳粛なムードから一気に解放された。



表彰式が終わると今度は記念撮影。
明日の朝刊の一面に掲載されるらしい。

それが滞りなく終わり、次に会食である。
新聞社から出て、向かいの中華料理店に向かう。

受賞者&会社のお偉いさんが混じって、卓を囲み始まったわけだが
いきなり「臼杵ミワリーさんは一体どういう事してるの?」と聞かれ、
「えぇ まあ  変な活動やってます」とだけ答えた。
こんな時に自信を持って答えられないのは
あのドロドロした普段のミワリー活動に対して、心のどこかに「恥かしさ」を持っているに違いない。

マイクが用意され、受賞者が一人一人喜びの言葉を述べる。
みんなそれぞれ「苦労の甲斐があった」とか「これからもがんばります」などといった挨拶。
小学生や中学生とは思えないしっかりした人もいた。
私はミワリークラブの活動を細かく説明するよりも
もっとわかりやすい物で活動を知ってもらいたいと考え
会場のみなさんに「うすき妖怪マップ」を配布した。

囲碁の兄弟チャンピオンのお父さんが
「へぇ おもしろそうだね 今度臼杵に行ってみよう」と言っていた。

また、別の付き添いの方からは
あああああ〜!”うすきみわりぃ”ねぇ〜 なるほど〜」と聞こえた・・・
そんなに納得されてもな〜・・・・・

たいしたマップでもないのだが、今回の受賞者は小中学生が多いので喜んでもらえたようだ。

そして
これが思わぬ出会いのきっかけとなるのである。



昼間の会食でおまけに車なので目の前のビールを飲みたくても飲めない・・
中華をツマミにウーロン茶ばかりガブガブと大量に接種したため、トイレに行きたくなった。
我慢と言う症状をあからさまに全身が表現する。
腰が引けて急ぎ足、
すなわち欽ちゃん走りのヘタマネみたいな体勢で厠を探す私。

すると一人の女の人が私に話しかけてきた。

「あのぉ すいません・・・・・・妖怪の人・・ですよねぇ?」
こんな聞き方をされたのは初めてだったが
「はい、そうです」素早く答えた自分も怖かった。
「実はうちの"りょう"妖怪大好きで・・・いろいろ聞きたいって言ってるんです・・」

その脇には移動用のベットに横たわり、こちらに背中を向けた少年が
「早く来て」というような手振りで誘っている。

戸次吏鷹(へつぎ りょう)君だった。

りょう君は「ネマリンミオパチー」という病気で、
自分で歩くことができない。
うまく呼吸もできないため、のどに通された管は人工呼吸器へとつながれている。
彼はこの難病と闘いながら自作の絵本を出版。
「からだ大冒険」という作品は
体が小さくなる薬を発明したサイエンス博士が
人の体の中に入って病気を治すというストーリーらしい。
このお話は「こんな薬があったらいいのになあ」という発想から出来上がったという。
県民に大きな感動を与えた功績は今日の賞を受賞するにふさわしい。
そして彼を見かけた時から「話してみたいなぁ」と密かに思いつつも
ベットに乗せられている姿に「俺みたいなやつが話してはいけない」
というような愚かな遠慮をしていた私。
今こうして会話のきっかけがりょう君の方から差し伸べられた事が何とも恥かしく
もしも心のどこかにつまらない特別扱いみたいなモノを抱いていたのなら
私はイヤになるくらい駄目な大人だ。

りょう君はマップに描いてある妖怪について
「これはどんな妖怪?」と質問を連発。
ベットの生活ではあるが、好奇心だけは人一倍旺盛のようだ。
そしてその小さなベットの上にりょう君の広い広い国があるような気がする。

質問に答えると手を動かして喜びや驚きを表現する。
「これ知ってる!」と指差したのは”のぶすま”。
妖怪図鑑などですでにリサーチ済みの妖怪なので
みずからお母さんに説明したりしている。

おぬし、できるな!

すると今度は”三角男”について聞きたがるので、説明すると
「顔が三角なだけで妖怪?・・・・それだけ?」と
三角男の能力以上の能力を要求してくる。
「りょうちゃん、困らせたらダメよ!」とお母さん。
そうか。難病を背負っているとはいえ、彼はそこらへんの小学生と同じ感覚をもち
言葉は悪いが”子供らしい生意気さ”さえ持っている。
全くと言っていいほど人を怖がったり、自分を特殊な人間に思ったりはしていないのだ。
話しているうちに、なぜか小学校の頃の友達と話しているかのような気分になった。

ある程度質疑応答を終えると、トイレを済ませて席に戻る。




今日の表彰式には「もう一人、メンバーを連れて来てよい」との事だったが
あの野獣のようなミリタリーを連れてこなくてよかった・・・・
この前のミワリー祝賀会(説教パンダのお店)にて
鍋の残りの野菜などを残らず袋に入れて持って帰ったミリタリーが
もしここに居たらと考えると寒気がする。




しばらくすると今度はりょう君の担任の先生がやってきて
「まだ聞きたい事があるみたいなんですけど・・」と言う。
私がガムシャラに料理を食っている最中も、彼はマップを見つづけていたらしい。


私はここぞとばかりにバッグから「臼鬼夜行」と題した自分の名画集を取り出し
りょう君に見せた。


すると・・・


彼は今まで以上に手をバタバタさせて
「うわぁすごい!」と喜んでくれた。

「これは何?」「どんなヤツ?」と
何が何でも聞いて帰りたい様子。

その中でも「火の玉男」に大変興味があるらしく、
期待に答えようと細かい説明をしてあげた。
クイズ番組も大好きな彼は、ものしり博士で
私の説明を聞いているあいだもそのものしりデータへと
事細かく書き残しているようだ。

「火の玉を食べて、暗いところでも目が見えるようになった」
「ついには泥棒になってしまった」


真剣に聞き入るりょう君・・・

「そして罪人になったこの男は・・・・処刑された・・・」


話が終わり
ずっと黙り込んだままのりょう君
アッケラカンなのか、あるいは少年向けにはちょっと生々しすぎたのだろうか?
おまけに周囲の人らは「あいつ・・・・あんな強烈な話をしなくてもいいのに・・」
と言うような表情で見ている。
何だ・・この水を打ったような静寂は・・
違うんです・・・。
私は聞かれたからなるべく丁寧にお答えしただけ・・・・
それに「火の玉男」のお話を伝承とは異なるほのぼの話に変えたところで彼が喜ぶはずもない・・・
でも、やばかったかな?・・


すると彼は
私の胸の奥のガードをぶち抜くかのような
見ている周りの沈黙をひっくり返すかのような
腰を抜かすほどの驚くべき行動に出た・・・・・・・





ボタンをカウントするかのような指先で、ベットを小刻みに叩き、













「へぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇ」












「トリビアの泉」アレをやってみせたのである。






私が「今の”何へぇ”ぐらい?」と聞くと



「うーん、”13へぇ”ぐらいかな〜」







りょうくん・・・・

君は・・・・



県内全土に台風規模の感動をまき散らしておきながら
なんでこんなに
お茶目なのだ!






「まいりました!」





彼は人を感動させるだけでなく”楽しませる”方法さえ心得ていたのか・・・・


緊張もどこへやら、りょう君のおかげでやっと気分がのってきたところで
会食も御開きとなってしまった。


私も、他の受賞者も、新聞社の人とともに、りょう君の車を見送った。



元気よく手を振ってさよならする彼の姿に
そこにいた全ての人がきっと同じ気持ちになっただろう。

「自分も、もっともっとがんばらなければ」と。

そしてりょう君の絵本作家生活とは形は違えど
モノを想像するという共通点ミワリー活動
少しだけ恥かしさを拭い去り
自信が持てるようになった。

ありがとう、りょうくん、また会いたいぞ!