海坊主の夜明け
臼杵市は北東に向かって怪獣が口をあけたような地形をしている。
三角形にえぐられた湾が口のようにバックリと開き、
リアス式海岸のギザギザによって歯まで形成されている。
さて、今回のお話は
その臼杵怪獣の喉から下あごの海岸線を通って唇の先までを歩くという
恐ろしくハードな「ナイトツアーウォーク」での出来事である。


とぼけた顔とずんぐり体形というキャラのおかげで
ヤッツケっぽい妖怪名をつけられた役場狸。
彼はその腹いせに「うすき元気っこクラブ」という生涯学習に
講師としてミワリークラブを選び、次々に子供向けツアーを企画してくる。
彼から依頼が来る時は、まるで影のボスから指令を下される感じがする。
「真夜中に臼杵公民館を出発して泊ヶ内(半島の先っぽ)まで歩き、日の出を見る」
今回の指令はうんざりするほど健全な企画である。

午前1:00、臼杵公民館出発。
参加者は小学生が約40名、その父兄約20名、その他に講師の青年団の方など。
ミワリーメンバーは私と役場狸、副会長、入道の四人。
私は副会長と同じチームで子供達と一緒に歩いていく。

副会長の妖怪名は「臆病河童」である。なぜそんな名前かというと
彼は異常なまでに縁起を担ぎたがるからである。
息子の節句に誰もよりも高いこいのぼりを上げようと臼杵一馬鹿でかい木を切ってくる。
関東で節分に「太巻きを一気に食べる」風習を真似て無理矢理家族全員に実践させ、
80歳のばあさんが一瞬黙り込み大騒ぎになったという。
彼の奥さんは臼杵石仏で有名な深田地区出身。
ここには草刈の皇子という男が姫を嫁にもらうという伝説があり、
それを真似たのか、勘違いしたのか、
彼女が一人暮らしの時に家に行き、無我夢中で草むしりをしたのだ。
日本昔ばなしじゃないんだからそう簡単にいくはずない。と思っていたら
なんと、それがきっかけで結婚した。
しかもこれまた縁起を担ぎ、前代未聞の石仏前婚式を行い、全国誌にも取り上げられた。
まさに現代の草刈の皇子と言うよりは、「わらしべ一寸ぼうし」のような物語である

そんな副会長に私は歩きながら「あーもう疲れてきた。途中で車に乗るか?」と言うと
「でもゴールに着いたら日の出が拝めるで〜日の出が〜」と言った。
聞いた私が馬鹿だった。
こいつの頭の中の「運」とか「縁起」とか「困ってないのに神頼み」には打つ注射はない。


「よだきー」を繰り返す私とは逆に子供達は元気良くあるいていく。
これがいつもの町並みガイドであれば
子供達は容赦なく「カンチョー」と言う名のインスタント兵器で攻撃してくるのだが
今日はそれどころではないようだ。
むしろ景色を楽しんでいるようである。
歩いているうちに何故かこちらも寒さや疲れを忘れて気持ちよくなってきた。
そうしているうちに第一休憩所についた。

ここではミワリークラブ妖怪講座をやらなくてはならない。しかも今日は本尊ぬきで・・
この辺にまつわる話をしてくれと言われたので、
洒落にならないくらい怖い御霊
の話を始めると子供達はおとなしく聞いてくれた。
というのは私の勘違いだった。
よくみればそれは真剣に聞いているのではなく、疲れすぎて聞きたくもない子が多く、
中には半分眠りやがっている子もいるのだ。
無理もない・・彼らにとっては鍛錬遠足の途中に授業を受けるようなものだ。
このあと第二休憩では朝飯を食い、腹いっぱいの状態で最後の心臓破りの坂を登る予定。
それでいて帰りはバスに乗るという。
正確にはナイトウォークではなくて、モーニングトライアスロンではないか?
疑問を抱きつつ話を終えた。
すると頼みもしないのに「え〜みなさんいかがでしたか?」と入道がまとめに入ったのだ。
このおやじは自分はちっとも喋ってないくせに
「臼杵にはいろんな妖怪がいますが、物や自然を大切にしていれば大丈夫です」
などと聖人の格言のようなセリフを吐き、
巨大なおにぎりの頂上にたどり着いた星のカービィのような全体像なので
憎みがたいキャラをいい事に「変な奴らの唯一の理解者」みたいな好感を振りまいたのだ。

その後出発しても、まとめ役をもってかれた上、威厳を阻害された我々
噛ませ犬会長」と「すてごま副会長」はみじめな足取りだった。


入道は社会的にもそこそこの地位である。
それに院長という役職と少年柔道の指導者ということで「先生」と呼ばれる。
つまり周りから見れば気はやさしくて力持ち、おまけに実は偉い人ときている。
しかし私にとってはおいしいところを持っていくイメージ盗っ人でしかないので
「ぶよぶよした水戸ゴエモン」と言うのが的確である
その頭髪は、笑顔のリバウンド的ストレス隔世遺伝によって
さびれた中心街のごとく、今まさに深刻なドーナツ化現象となっており
それを見るたび私は死んだ父を思い出して懐かしいというか
他人事ではないという気持ちになる。せつない親近感が沸く。
そしてそのナチュラルな輝きを完璧に芸風にしている彼を尊敬すらしている。

と、心でこんなフォローをしている私の携帯が鳴った。入道である。
「あ・・・・・うん・こに・・・・・るん」
気でも狂ったかと思いきや、よく聞いたら「どこにおるん?」とわずかに聞こえる。
そう、彼から電話がある時はいつも聞こえにくいのである。
なぜなら持ち前の春のそよ風のような鼻息が声を掻き消すからだ。
それに加えて今日は、数時間歩いて息が荒くなっているため
普段の鼻息強風注意報鼻息強風警報に変わり、とってもノイジーなのである。
「子供達は大丈夫?ジャー」「ブフォー・・ちゃんとついて行ってる?ザー
治療師らしい心配をしてくれるのだが台風の現場中継みたいでこっちが心配になる。
「大丈夫っすよ」と言うと
「え?何?」と言うので
「子供達は 大丈夫ですよ!」と大きめな声で言ってみた。
すると「あっはっは〜 まいったな そりゃ」と、
とんちんかんな答えがかえってくる。
疲れている私は笑うこともできなかった・・


少しは楽しくなってきたウォーキングがだんだん苦痛になったころ、
5個目か6個目の漁港に到着した。第二休憩である。
父兄の方々が味噌汁とおにぎりを用意してくれている。
私はこのあとの事を考え、ほどよく腹を満たした。
ここでも食いしん坊のオッチョコチョイ副会長
永久に育ち盛りの入道は期待どおりの喰いっぷり。
野獣のようにおにぎりにかぶりつき、
あまりの速さに飲み込んでいるとしか思えず
どっちが味噌汁か分からないくらいの勢いであった。
食うこと自体スポーツであるこの二人は食いながらカロリーを消費しているのか。

化物のおやつタイムを見てみないふりをし、気を取り直して出発。
いよいよ最後の長ーい坂道コースである。
バカがつくぐらい一直線な副会長は黙ったまま歩いていく。
それでいて子供達とじゃれ合う余裕もある。
私は運動不足が祟り、体が重い・・
もうすでに臼杵の中心部は見えないほどのところで
あんなに遠かった津久見島も後ろに位置する。
ゴール直前、本当の最後の坂を登るころには
どのチームか区別がつかない混戦状態になっていた。

坂を何とか登りきり、歩いて来た道のりを眺めた。
ここで私は素晴らしい光景に遭遇する。


坂の下から曲げを結えなくなった相撲取りが登ってきた。
入道である。

どこかのおやじが一番風呂につかる瞬間の痛いような熱いような顔で
体にくっついたその重い荷物を邪魔くさそうにかかえ、

ある意味芸術的な態勢を持続したまま
息がハァハァ 汗がダクダク 巨乳がユッサユッサ
体からは蒸気と悪性なフェロモンが放出され
頭には違う意味のキューティクルが浮かび上がっていた。
何が素晴らしいかというと
バックが海だけに天然の真珠のように見えたからである。
 この光景を目の当たりにした私は
その後一ヶ月間、何故かとんこつラーメンに拒否反応を示した。

ゴールでは役場狸が子供に
「残念ながら今日は曇っていて日の出は見えません」と言った。
こどもよりもがっかりなのは副会長だった。
しかし誰が何と言おうと私には日の出が見えたのである。
それはもちろん、「みんなよく頑張ったな〜」と
清清しくまとめに入っている巨大ピスタチオ=入道である。


帰りのバスの中、私はボーっとしながら考えた。

テレビゲームが実写のようにリアルになった今日この頃、
ひたすら歩くだけの楽しみを子供達と一緒に味わい
最後には吐気がするほど素敵な動くオブジェを見ることができた。
はじめは新種の拷問としか思えなかったこのナイトウォーク。
企画者の「臼杵元気っこクラブ」並びに教育委員会の方々
なかなかやるではないか!