関の鯛釣り唄
    

 
 

1 関の一本釣りゃナー
高島のサー沖でナー
波にゃゆられてサアヨー言うたノー
鯛を釣るわいノー

 ハアヤンサノゴツチリ ゴツチリ
 船頭 ブリかな鯛かな
 鯛じやい 鯛じやい

2 釣って釣り上げてナー
ナマイヨ<注1>にゃサー立ててナー
大阪ジャコバ<注2>のサアヨー言うたノー
朝売りじゃいノー
(はやし)

3 コンタンベー<注3>が下らすときゃナー
腰の紺手ぬぐいどま置きゃれナー
様を見る見るサアヨー言うたノー
顔をふくわいノー
(はやし)

4 平瀬小瀬戸にゃヨー
白帆がサー見ゆるナー
上(かみ)の釣り船がサアヨー言うたノー
今が下りじゃいノー
(はやし)

鯛ならはね込め
ブリなら釣り込め

注1 ナマイヨ=1鮮魚。
注2 ジャコバ=魚市場。
注3 コンタンベ=あんた。お前さん。
 



 
 佐賀関半島突端の関崎と、四国佐田岬の間二二・九キロの海域が豊予海峡であり、その中ほどにウミネコで知られる高島がある。この高島と関崎の問にある海峡が、「平瀬(ひらせ)」(平礁)・「権現礁(ごんげんべえ)」などの暗礁をはじめ多くの岩礁が潜む「速吸(はやすい)の瀬戸」である。
 太平洋と瀬戸内海の間を循環する潮流は、この瀬戸(海峡)で急に流路を狭められる上に、散在する岩礁に阻まれるため、潮の干満によって生ずる潮流は、鳴門(なると)に匹敵する程の渦潮(うずしお)を生んで逆巻き、流速は最大五・五ノット(時速約一〇キロ)にも達する。
 海の難所と言われた「速吸の瀬戸」は、魚群の回遊・棲みつき・成長にとって最適の海洋環境であるため、鯛をはじめブリ・アジ・サバなどの一大宝庫を成し、古くから佐賀関漁民の一本釣り専用漁場として活気を呈したところである。
 機械船など無かった藩制時代。白帆を張った数多くの一本釣り漁船が、「平瀬」周辺の小瀬戸を上り下りしながら、勇壮に漁を競い合ったものである。あちこちの船で「鯛釣り唄」が盛んに歌われたのは、その頃のことである。「コンタンベーの唄」などと呼ばれて親しまれていた「鯛釣り唄」も、その後激しく移り変わる時代の潮流には抗しきれず、ただ衰微の一途をたどるばかりとなった。
 しかし、幸いにも昭和一七年の頃、当時の壮年団員栗林豊松・新田寿八・立山篤生・野田輝一・北尻義雄らが、小浜区藤沢清次郎翁の唄を伝承し、危うく絶滅の危機を脱することができたのである。
 昭和三七年。県観光の浮揚を企てる大分県と県観光協会は、県民謡の代表八曲をコロンビアでレコード化して普及に努めることになった。「鯛釣り唄」が、その中に選ばれたことは、何よりの幸運であった。
 続いて三八年。大分市が新民謡「豊後よさら」を、ビクターでレコード化するに際しても、この唄がB面の曲として選ばれたが、「関の鯛釣り唄」という曲名は、オーケストラ伴奏で歌う勇壮な唄の響きに感激した須川勝造町長が、正式に名付けたものである。
 さらに四一年。大分国体の開会式に当たり、千五百名の婦人たちが演ずる華麗で勇壮な「関の鯛釣り唄」の群舞は、県代表民謡としての名声を決定的なものとするに至った。この年、佐賀関町では「関の鯛釣り唄保存会」を結成。会則に示された目的に向かって諸活動を積極的に展開するうち、五六年になって第一回「関の鯛釣りおどり大会」.「関の鯛釣り唄コンクール」の開催に漕ぎ着けたのである。
 第一四回目を迎えた今年は、八月第四土曜日に「関の鯛釣りおどり大会」を開催することが決まっており、目下あれこれと準備を進めているところである。
 本大会の呼び物は、千数百名の踊り子連中が、小浜・秋ノ江海岸の湾岸道路上を、漁を競う一本釣り漁船さながらに、踊り進む勇壮華麗な「鯛つりおどり」の競演である。
 佐賀関町役場を訪れると、玄関近くに「大分新時代への架け橋・豊予海峡大橋の早期実現を?佐賀関第二国土軸建設促進協議会」と大書した横断幕を掲げているのが目につく。第二国土軸構想の中で、一番の関心事は「豊予海峡ルート」の交通手段が、海底トンネルか、それとも長大橋か、ということである。佐賀関町が長大橋の実現を熱望しているのは、当然のことであろう。
 関崎灯台のある岬に立つと、三角帆を張った数百隻の一本釣り漁船でにぎわう「速吸の瀬戸」を、眼前に一望することができる。
 「日本書紀」に、神武天皇の舟軍が椎根津彦の水先案内によって、「速吸之門(はやすいなと)」の難所を無事に乗り切ったことが書かれているが、古代の航路は、眼下に見る「平瀬灯台」辺りの潮路であったと言う。
 視線を高島に移すと、その後方遙か彼方に佐田岬がかすんで見える。その佐田岬と、ここ関崎の間に架けられる一三・九キロの長大橋が、つまり「豊予海峡大橋」の遠大な構想である。
 やがて訪れる二一世紀。見事に架けられた「豊予海峡大橋」の上を、めでたい「鯛つりおどり」の一行が景気よく渡り初めをする日が、待ち遠しく思われるのである。


関の鯛釣り唄保存会会長 安部博進
連絡先 佐賀関町中央公民館
TEL 097(575)1111 内線61