千盆搗き木遣り唄


    

(1)呼び出し

サー ござれ ソレござれ
ござれと言うのに ござらぬは
サー ゆんべもろうた 花嫁御
立派な座敷に 坐らせて
ハー 金補綴子(きんらんどんす)を 縫わすれば
しゃくりしゃくつと 泣きなさる
ハー 何が不足で 泣きなさる
何も不足は 無いけれど
ハー 襟とおくみを つけきらぬ
隣りのお婆ちゃん つけちょくれ
ハー つけてやるのは やすけれど
お前も手習い つけならえ
ハーエイトナー エイトナー 
エーイトナー 

(2)耳打ち
ソーレ そこで鍬を振り上げてよ
(ヨーイ)ヨイセー ヨーイセー 
(ヨイセー ヨーイセー)<注1>
ホラも一つすらぞなヨーイセー
(ヨイセー ヨーイセー)(以下省略)
ホラこれで打ち込めヨーイセー
ホラ春の日長じゃヨーイセー
ホラ長(なご)う久(ひそ)う頼むぞヨーイセー
ホラなぎ<注2>を変えましょヨーイセー
ホラさいはん<注3>が見ちょるぞヨーイセー
ホラそういう元気でヨーイセー

※(3)「二つ拍子」・(4)「車搗き」・(5)「肩引き」の歌詞は、スペースの都合で省略する。

注1 すら…空事・つそごと
注2 なぎ"方向
注3 さいはん…働ぎぶりを評定する役職名



 大正の時代。水温む春が訪れると、村里のあちこちで、池普請唄・井路普請唄が盛んに聞かれたものである。
 その頃、大野郡緒方町では、井路普請を「千盆搗」といって、丼路がかりの農家が田植期前の公役(くやく)として、総出で取り組んだ。
 井路普請は、流水の浸食によって生じた漏水箇所などを補修するのが主目的であるが、それには大量の練り土を要した。この練り土をこしらえる作業が、つまり「千盆搗」である。
 「千盆搗」に先立って、修理箇所近くの道路上に、赤土を七寸程の厚さに広げる。この補修用の堆積した赤土が「盆」であり、「千盆搗」の名称は、これに困ったものである。
 「盆」は幅およそ五尺、長さは必要とする赤土の量によって自ずと決まるが、おおむね五間ないし一〇間程になる。
 「千盆搗」の指揮者兼音頭取りが、木遣(きや)りで、陣笠・陣羽織に白緒草履をはき、両手に五色の房がついた采配を持つ。搗き手は元気盛りの青年衆で、紺の半天・紺のパッチに足半(あしなか)をはき、鉢巻姿もりりしく勢揃いする。
 さて、いよいよ「千盆搗」の開始である。「盆」に打ち水をして、拍子木の合図があると、木遣りが威勢よく「呼び出し」を歌いだす。すると、搗き手衆は鍬を手に手に、素足になって「盆」に上がり、程よい間隔をとって縦二列に並ぶ。整列が終ると、拍子木の合図で始まった木遣り唄に呼応して、一連の各種作業が次次に展開される。
 先ず第一に、鍬を上下に振って赤土を切り刻む「耳打ち」を済ませると、足の裏で赤土を捻るように練る「二つ拍子」、円陣の隊形を組んで練る「車搗き」、優美な踊りの格好をつけて練る「肩引(けんび)き」などが続き、いよいよフィナーレの「辻巻き」となる。搗き手全員が一所にぎっしりと集結し、その中軸あたりに、棟梁たる木遣りを担ぎ上げ、「エーイ・エーイ」の掛け声もめでたく練り上げる。
 木遣り唄は、このように作業内容に対応して、歌う曲目がちゃんと指定されているが、唄の文句は至って自由で、当意即妙、滑稽なアドリブを連発して笑いを誘い、単調な重労働の苦痛を忘れさせてしまう。したがって、「千盆搗」のはかどり具合は、一に木遣りの才覚にかかっていると言い得るだろう。
 こうして練り上げた赤土は、モッコに入れて運び、漏水箇所や軟弱箇所に打ちつけて、補修・補強の工事を施した。「千盆搗」は、このようにして井路の各所で、何日間も続けて行なわれ、完了日には「乱打ち」を執り行なった。札は最高が甲札、続いて二番札・三番札・四番札・五番札の段階があり、作業態度の評定に応じて、搗き手の各人に配られる。なんでも米一升が一〇銭の頃、甲札は一八銭で最低が二銭であったという。
 「千盆搗」には、村の娘たちが多勢見物に出て、格別のはなやぎを添え、それはそれは賑やかなことであった。そんな懐かしい思い出に彩られた「千盆搗」も、井路をコンクリートで固めた大正一〇年頃を境に、全く行われなくなった。緒方町の穀倉地帯を潤す緒方井路は、上井手(うわいで)が正保二年(一六四四)、下井手が寛文一一年(一六七二)に築造されたと伝えられている。これらが、岡藩時代の昔から三百年以上を経た現在でも、有名な「緒方米」を育む灌漑用水路として重要な役割を果たしているのは、何代にもわたる先人たちが、「千盆搗」に汗水流した辛苦の賜である。
 昭和四五年、「千盆搗保存会」を結成、「千盆搗」の一糸乱れぬ独特の作業形態と、先人たちの心意気を、行く末久しく継承することにした。以来、毎年九月に催される緒方五千石祭では、保存会員二十数名によって繰り広げられる「千盆搗」が大好評を博し、祭りを一段と意義深いものに盛り上げている。そして、昭和五一年、「緒方町の千盆搗」は、県選択無形民俗文化財としての栄光に輝いたのである。


参考資料
「大分県土地改良史」昭和五四年
   (大分県農政部耕地課編集)
緒方町子盆搗保存会会長
        波多野珍士
現住所 緒方町越生
TEL 0974(42)2092