<2001年2月日出生台での演習状況>
総砲撃数8日間で343発(着弾音なしが6発)
うち夜間は4日間24発(8時30分以降の砲撃がほとんど)
1998年度 450発 夜間5日間115発
1999年度 500発 夜間6日間121発
2000年度 343発 夜間4日間24発 (サイレンが夜間になったのは7日間)
最終日は4分間に25発を連射!
夜間砲撃は4日間とされているが、演習終了のサイレンが鳴ったのは
夜間演習の時間帯が7日間だった。
3日間は夜間の砲撃を撃たなかったのか、それとも撃てなかったのか?
(ちなみに今年の部隊は要領が悪いようで、155ミリりゅう弾砲が溝にはまったり
して何度も動けなくなったりしていた)
つまり、砲撃はできなかったものの、夜間演習は7日間やっていて、兵士らが錬度が不十分で夜間の時間帯内にうてなかったのではないか。ホントは撃とうと
してのたのではあるまいか。
・今年の演習は中断が長かった。
2時か3時以降夜間まで撃たないことが多かった。
・155ミリりゅう弾砲の先から閃光とともに炎が噴き出た。昨年まではこれはなかった。
・最終日の2月16日には演習場内から小銃の連続発射音がした。この件について施設局は「ない」と答えたが、そもそもそれがあったのかなかったのか確認できる態勢が施設局にあったのか?
・155ミリ砲を引いて着団地周辺まで移動訓練をおこなったりといった、いままではなかった訓練をおこなっていたようだ。
・りゅう弾砲の回りで肉眼で見える程の大きな炎が立ち上るのを数回確認。余った火薬を燃やしたらしい。(昨年までは確認できてない)
・数の上では今年は減ったが、これを持って例年より演習が緩和されたとみることはできまい。夜間を撃たなかった日でも演習終了のサイレンは夜9時近くであり、砲撃こそなかったものの、夜間演習は行われていたのだ。また300人収容の宿舎など恒常化に向けた施設が完成したことをわすれてはならない。