臼杵城と鬼門

鬼門とは丑寅の方角(北東)で「鬼の通る道」と言われ、家相や風水では玄関を作ってはいけないという不吉な方角とされている。鬼は丑(牛)の角と寅(衣)を着けていることから丑寅が鬼、つまり鬼門になった。また反対側の南西の方角を裏鬼門という。
考えてみれば九州沖縄から北東に形成されている日本列島だけに日本人が「鬼門」にうるさいのも当たり前ではないだろうか。鬼にしてみれば侵入しやすい最適の国である(?)
鬼門 津久見嶋
臼杵の位置は瀬戸内海、豊後水道と海に向って鬼門をさらけ出しているのだが、こんな場所ならではの鬼門対策が臼杵城にもある。
巨亀城こと臼杵城(丹生嶋城)の鬼門は臼杵湾の真中あたりになる。海からの敵は城主にとって鬼の存在であり侵入の危険性からいえばまさに鬼門である。しかしこの鬼門には臼杵七島のひとつ竹島がそびえ立っている。臼杵湾を眺めると湾のど真ん中に大きな三角形が浮かんでおり一般的には「津久見島」「月見島」と呼ばれている。私たちは小さい頃、その形から「おにぎり島」と呼んでいた。
寛永年中に藩主稲葉通公はこの竹島に琵琶湖の「竹生神社」を祀った。祭神は弁財天。臼杵城築城より後である事は確かだがこれが本当に鬼門封じの為かどうかは定かでない。だが、本家の琵琶湖の竹生島は平安時代には都の鬼門にあたるとされていた。また江戸城の鬼門除けの寛永寺造営の際に琵琶湖になぞらえた不忍池に、竹生島にならった中島(弁天島)がつくられたといわれている。臼杵の竹生神社もこのような厄除け風習に習って造られたのではないだろうか。
加島英国・英彦作「臼杵詣」には
こうの浦鬼門を守る津久見嶋〜中略〜竹島の法音寺四天門
と書かれている。
裏鬼門 法音寺仁王門

陸路からの敵は八町からではなく、平清水から切り通しを経て二王座から攻めてくる。この場所は臼杵城からみてまさに「裏鬼門」にあたり、この裏鬼門には法音寺の二王門(四天門)、何度か戦場と化し、敵の侵入を許した甚吉坂、切り通しもこの方角にあたり、今では観光名所になっている。(映画「なごり雪」も登場する)二王座田町平清水の寺密集地は善正寺・善法寺・法音寺・真光寺・蓮乗寺・見星寺・龍源寺・大橋寺・光蓮寺など全て裏鬼門の方角である。とくに臼杵城からこの方向を見ると小高い丘に法音寺が顔を出しているので法音寺こそ裏鬼門の守護に相応しい場所であっただろう。門には持国天と毘沙門天が臼杵城に向かって睨みつけ、まるで城下を見張っているようである。そして鬼に関係するものといえば寺内に鬼子母神社がある。