緊急学習会 
4/28(土)15:30〜17:30

アートプラザ(元県立図書館)2階研修室
大分市荷揚町3番31号
 097−538−5000


安部英・不当判決を学ぶ薬害エイズの会
〜みたび三度、大分から風は起こせるか?〜

  
講師:徳田靖之(弁護士)
   
基本講演 1時間
   じっくり納得するまで質疑



安部英 不当判決を学ぶ 〜三たび大分から風は起こせるのか?〜
  弁護士 徳田 靖之 講演録(抜粋版)  2001年4月28日


 今日はこの判決をどう読めば良いかという事でお話したいと思います。まず、初めに私の立場について、予め話をしておいた方が良いように思います。今更言うまでもない事ですが、私自身はこの薬害エイズの闘いの中で本当に多くの大切な友人を失いました。この判決を聞いた時に草伏さんのお母さんが、私に言った言葉を忘れる事ができません。「悔しくて眠れなかった」このような判決か出たら、「息子は何の為に闘い、何の為に死んでいったのか、それを思うと本当に悔しくて眠ることができなかった。」ということを、あの判決の翌日に話してくださいました。その眠れないでじっと、まんじりともせずに朝を迎えたお母さんの姿を想像する度にこの判決の冒した罪の深さを感じ、私自身も憤りという言葉では到底表現できない、この判決を書いた者と同じ法律家という枠で括られる事を拒否したいという激情に駆られる事を抑える事が出来ませんでした。私自身はそういう立場にあります。

 この判決をみる時、勉強する時に、やはり薬害エイズの被害に遇った人達と同じ所から怒りを持ってこの判決を読むという視点が、どうしても必要だと私は思っています。私達の国を襲ったこの未曾有の薬害について、もう社会全体が忘れ去ろうとしている中で、この判決を通じて改めて薬害エイズは何であったのかということを、被害に遇われた方達の視点に立って考えて行く事が絶対要求されるのではないかという感じがしています。 
 
 そこで、この判決を細かく検討していく前に、まずこの事件の背景について、おさらいをしておく必要があります。実際、この事件は風化しようとしているように思います。皆さん方の中にも薬害エイズがどんな事件であったかという事については、かなり記憶が抽象化しているのではないかという感じがします。この事件の背景として2つの事を押さえておく必要があります。1つは薬害エイズとはどんなものであったのかという事です。

 ご承知の通り日本には、大体5,000人近い血友病の患者が居たと言われています。5,000人の内1,500名がエイズの原因ウィルスに感染させられ、更に500名を超える方が既に亡くなっています。500人を超える人の生命が奪われたような薬害事件というのは、〜日本というのは薬害を排出し続けた世界一の薬害大国ですけれども〜日本の薬害史上例がありません。これだけ未曾有の薬害被害を出したという中で、この安部刑事事件というのが問われた事を、まずしっかり頭に入れておく必要があると思います。

 今、日本は世界一の薬害大国だと言いましたが、サリドマイド被害に始まってスモン、クロロキン、そして薬害エイズ、更に薬害ヤコブという形で、繰り返し繰り返し世界に例の無い程大量の薬害被害が、本当に隙間がない位次々と起こってきているのです。

 そこで、最も早い時期に発生した薬害事件として有名なサリドマイド事件において、日本とアメリカの対応の違いという事で復習をしてみましょう。睡眠薬等で使われたサリドマイドという薬を妊娠中の女性に投与した場合に奇形児を出産する可能性がある、という論文を当時西ドイツのレイツ博士が発表していたにも関わらず、日本では薬による拠る被害なのかまだ確認されていないという理由で、そのまま輸入・製造販売が承認をされました。アメリカでは、FDA(連邦食品医薬品局)の女性の担当官が、レイツ博士の論文を読んでおり、この論文を理由にアメリカへの輸入を禁止した訳です。同時期に日本とアメリカに輸入販売の許可申請が出され、日本では許可、アメリカでは禁止されたのです。

 その結果、日本では大量のサリドマイド被害が発生し、アメリでは一例もサリドマイド被害が起こらなかったのです。

 このサリドマイド事件はその後の薬害の典型的なパターンを取っています。西ドイツ政府が国内での製造を禁止し、販売会社も製造を止めた後も、日本の国内において回収命令が出されるまで更に数ヶ月を要するというような事まで起こった訳です。

 日本において薬害被害が繰り返されてきたその原因の最たるものの一つは、それほど膨大な薬害被害が繰り返されてきたにも関わらず、誰一人として処罰をされない、つまり誰に責任があったのかが明確にされない、いつも議論されるのは厚生省等において、もし輸入等の製造を禁止したり、あるいは販売されている薬の回収命令を出したりして、後で損害賠償でも請求されたら大変という、いわばその製薬会社からの責任追及を恐れ、その薬の投与を受ける国民の側に対する責任という視点が全く欠落したままで、どこに責任があったのかは全く曖昧なままにされてきた。そういう意味において、日本で二度とこのような薬害を繰り返させない為に、一体何が必要なのかという事をこの薬害エイズの裁判の中で原告達は必死になって考えました。この薬害が行政、厚生省と製薬会社とそれから専門医と呼ばれる人達の三位一体となった癒着が生み出した構造被害だという結論に達し、責任の所在を明確にする為には、その刑事責任を問うしかないと考えた訳です。その意味でミドリ十字の歴代の社長、そして当時の厚生省の生物製剤課長を告訴すると共に、この安部英被告を告訴するに至った、というのがこの背景としてあるのです。

 盛んにこの判決の中で、この事件を巡る際には、マクロ的な視点とミクロ的な視点が必要というような事を述べていますが、もしこの事件についてマクロ的な視点というものが求められるとすれば、むしろ日本でこれまで薬害が繰り返された歴史の中で、薬害を食い止める為に責任の所在を明確にしてこなかった事こそが、薬害を繰り返した真の原因であるという、そういう薬害の歴史の中での位置付けという視点こそが求められていた筈で、この判決の中ではそのような視点は微塵もありません。その上で、なぜこの原告達が本件の症例をもって安部被告を告訴したのかを確認しておきたいと思います。それはどういう事かと言いますと、この判決の中でも触れていますが、本件被害者のエイズ発症・死亡原因という所で、『関係証拠によれば、本件被害者がHIVに感染した時期は、昭和60年5月10日ころから同年7月8日ころまでの間であったと推認される。』と書いています。これが一番大切な事なのです。この被害にあった方は昭和60(1985)年5月10日までは感染していなかった事が確認されています。そして、5月10日頃から7月8日までの間に3回非加熱製剤の投与を受けた、それは5月12日と6月6日・7日と特定をされています。この事件で責任が問われているのは、昭和60年5月10日までは感染していない事が証明されているという、その様な人について3回非加熱製剤を投与した責任が問われている。尚且つ、この人は極めて軽症だったのです。従って帝京大に通院してはいますが、例えば、この前の年は全く通院歴が無いという症例だったのです。更に、この時3回投与を受けるに至ったのは、手首に出血をしたという理由で非加熱製剤を投与されたという例だったのです。そこで、私が強調した昭和60年(1985)の5月・6月というのが、どんな時期であったのかをおさらいをしていかないとこの判決が読めないように思うのです。

 わが国で最初に血友病第8因子と呼ばれる凝固因子が欠けている、血友病Aについての製剤であるクリオが最初に認可発売されたのは1967年、その後1975年にWHOが血液に関しては国内で献血によって自給しろという勧告を出します。ところが日本はこのWHOの勧告を無視して1978年(S53年)から第8因子濃縮製剤の認可発売を始め、その原料の95%以上をアメリカの売血に頼っていました。この製剤を大量に血友病患者に投与して行くその先頭に立ったのが、この安部英という今回の刑事事件の被告人になった医師だったのです。彼は製薬会社の援助を受けながら全国各地に結成された血友病友の会と提携をし、濃縮製剤を予防的に投与する、更にはそれを家庭内で自己注射をするという道を開いて行きました。その後81年82年にかけて爆発的に第8因子製剤が売られて行きました。従来クリオ製剤という日本国内の1〜3人の献血によって作られていた製剤が、一気に駆逐をされて濃縮製剤に変わっていったのです。この過程で、製薬会社は莫大な利益を上げましたし、その製薬会社の後押しを受けるような形で安部医師らは学会その他においても地位を揺るぎ無いものにして行ったのでです。

 その頃アメリカで、いわゆる後にエイズという形で名付けられる感染症が確認されるようになっていました。そして、1982年の3月にCDC(アメリカの防疫センター)が、アメリカで血友病患者にエイズ症例が出たという報告をしました。翌82年になりますと同じCDCが毎週1回報告している疾病報告MMWRで血友病患者3名がエイズによって起こった日和見感染であるカリニ肺炎を認めたという報告を出し、この病気は血液を通じて感染するという事が有力な見解として支持されるようになりました。そして、その事を一早く知った安部医師は、今アメリカでこういう病気が起こっていると血友病患者会等で講演をする度に言い回るようになったのです。そして82年12月にCDCが5人の血友病患者と、今まで全く輸血その他で感染の機会が無いような幼児が輸血から感染したという症例を発表し、エイズは血液を通じて感染するという事が動かし難いものになりました。そして83年3月アメリカ政府に製造承認を求めていた、トラベノール社の製剤が承認され、更に同年4月から84年5月にかけて西ドイツ、カナダ、フランスという形で欧米諸国はエイズの原因ウィルスに対する対策として次々と加熱製剤の承認をし、濃縮製剤に熱を加える事によりウィルス感染を防いでいく対策を確立しようとしました。ご承知のとおり日本は、それから2年余り遅れるのですが、その遅れる原因を作ったのはこの安部英医師でありました。彼は濃縮製剤に熱を加えるというのは製品の性格が変わって、効き目が落ちたり、あるいは思わぬ副作用が起こったりする可能性があるから、アメリカで承認されたからといってそのまま日本で使ってはいけないという理由で日本国内で治験をやる事を強く求めて自ら治験責任者になる訳です。この判決の中でそこは一行も触れられていないのですが、治験責任者となった安部医師は何を考えたかというと、アメリカのトラベノール社やカッター社、西ドイツのメーカーは既に自国の政府から加熱を承認されており、日本の中で最大シェアを占めていたミドリ十字や他の国内メーカーはこれから加熱に着手しなければいけない。そうすると同じスタートで治験を始めたのではとてもミドリ十字は太刀打ちが出来ないと言う事で、この治験期間を長く伸ばし、1年数ヶ月に及ぶ治験が必要だという高いハードルを設定しました。その間に熊本にある化血研という国内メーカーが加熱に成功し、やっとミドリ十字も加熱を製品化できる所まできて治験データが揃ったという段階で、85年1月6日に厚生省は各製薬企業に対して加熱許可申請を出すように指示、つまり治験が終わったのです。これは、草伏さんが自ら生き証人として憤りをこめて生前語っていた事ですけれども、国内メーカーでいち早く加熱に成功した化血研は加熱製剤が承認された後の国内シェアを一気にミドリ十字から奪い取る為に、日本中の医療機関に冶験薬を大量に無料でばら撒きました。これを入手した血友病治療医達は自分の患者の中から冶験薬、つまり加熱をした薬を投与する患者を選び出していきました。もちろん、その冶験の責任者である帝京大の安部教授の元にも加熱製剤は余る程ある。そこで奇妙なことが行われます。加熱製剤の冶験薬を投与するグループと今まで通りの非加熱製剤をずっと投与するグループとに分けて観察、要するに実験をしているのです。だからこの人は、昭和60年5月10日までは感染していないという事が判っている訳です。つまりこの事件の特異性はどこにあるのかというと、この時期が昭和60年5月・6月だった。この年1月6日に厚生省からメーカーに加熱承認申請の提出指示が出され、まもなく許可されるという、そのことを一番情報として知っていたのは安部医師だったのです。その直前に、この軽症の、感染してない事を自ら知っている患者に、加熱の冶験薬ではなく、或いはクリオではなく、非加熱製剤を使ったのです。この事件で問われているのは正にそういう問題なのです。この判決を読んでみるとそんな事がどこにも伺われない。昭和60年5月6月という、間もなく加熱製剤が大量に正式に許可される事が明らかになった時点において、軽症のしかも手首の内出血に対し敢えて非加熱製剤が使われたという、これが問われているという事がこの事件の場合全て抜け落ちています。そこを事実として押さえた上でこの判決を読みませんと、まるで解らない高度な医学論争の世界に引きずり込まれてしまう。これは、そんな高度な医学論争の問題ではなく、要するに昭和60年5月という時点では間違いなくエイズの原因であるHIVというウィルスが血液を通して感染するということは、誰もが疑いなく知っていた事で、当時、唯一有効な対策は製剤を加熱する、その事によって感染を防ごうという事は全世界的な共通認識になった。日本もやがて厚生省がそれを認可し、皆が加熱製剤を使うようになるのだという事を一番知っていた人が、軽症の血友病患者に非加熱の製剤をわざわざ打ったという事が、許されるのかという問題が問われているという前提をまず確認をしておいて頂きたいと思います。その上で、この判決の要旨を1つ1つ追っていきたいと思います。
 
 まず理由の骨子で、この判決は、『本件当時、血友病につき非加熱製剤によって高い効果をあげることと、エイズの予防に万全を期すこととは、容易に両立し難い関係にあった。』と述べています。ここがまず第一の論点となります。これを読んでまず指摘できる点は、エイズの予防に万全を期すという事と対比されているのが、非加熱製剤によって高い治療効果をあげる事と対比をされています。ここには言葉のマジックがあります。非加熱製剤とクリオとを対比した時に、治療効果では非加熱製剤の方がある、これはこの判決が言う通りでしょう。しかし、エイズという病気は当時の認識として、治療薬もまだ全く手つかずの状態で、高い致死率、予後が非常に悪い病気で、尚且つ感染症であるという、そのエイズに対して万全を期さなければいけない問題として対比すべきものは、高い治療効果を上げるという事では無いのです。1960年代後半、67年からクリオが出ていた。つまりそれ以前の段階はクリオで皆やってきたのです。1970年代後半から濃縮製剤が出てきて確かに便利になった。便利になったけれども、それ以前は皆クリオでやってきた。そうすると死の危険のあるという病気に罹らないように万全を期す事と対比されるべき事は、高い治療効果では無いわけです。血友病に対して必要な治療が行われるかどうかという事を対比すべきであって、これをいつの間にか高い治療効果、「高い」という言葉を付ける事で対比すべき点をすり替えてしまっている。この判決は「何が問われているのか」という前提を巧みにずらし、血友病の治療医としては、より高い治療効果があるものを選ぶのは当然だというような、そういう前提に立って争点を設定してしまっている事が第一に指摘をされなければいけないと思います。

 その次に予見可能性についてという所で、『本件当時、HIVの性質やその抗体陽性の意味についてはなお不明な点が多々存在していた。』とあります。これは多分そうだと思います。次に、『帝京大学病院には、ギャロ博士の抗体検査結果やエイズが疑われる2症例など同病院に固有の情報が存在した。』これは間違いない事実です。『これらを考慮しても、本件当時、被告人において、抗体陽性者の「多く」がエイズを発症すると予見し得たとは認められないし、非加熱製剤の投与が患者を「高い」確率でHIVに感染させるものであったという事実も認め難い。』ここでですね、この判決の本当に特徴ですが、「多く」とか「高い」というのを挟むことで論点を変えている。大切な事はこの薬を投与すると、エイズに感染させるかもしれないという、そこの問題で先ずあるべきなのですが、この投与を受けた人たち「多く」を感染させるかもしれない。あるいは、「高い」確率で感染させるかもしれない。と思えたかどうかという形に問題をすり替えている。当時、安部医師は第1回のエイズの検討会議で座長に選ばれた時に、私は毎日毒を飲ませている。そういう思いで血友病患者の治療に当っている。と述べています。それらは全て録音されてもいます。記録にもあります。この薬を投与する事によりエイズに感染させる事になるのではないかという恐れを感じながら行っていたのです。そこで問われなければいけないのは、感染させる可能性、それは決して「多く」とか、「高い」とかいうような形で限定を付けられるべきものではないのです。なぜならば命に関わるからです。「多く」とか「高い」というハードルを設ける事により、どういう結論を判決が導き出すかと言いますと『被告人には、エイズによる血友病患者の死亡という結果発生の予見可能性はあったが、その程度は低いものであった。』つまり、この裁判で導かれなければいけないのは、非加熱の製剤を投与したらエイズに感染する可能性があると彼は認識していた、あるいは認識すべきであったかどうかである筈なのに、多くの人が感染すると思っていたか、あるいは、感染する確率が高いと思っていたかが問題であると設定する事により、なお学会レベルで論争続行中だったのだから当時の状況として予見可能性はあってもその程度は低いという、議論の前提としてのハードルを高くする事により、安部医師に対して求められる注意義務を低くしてしまう。こういう巧妙な問題点のすり替えがされているのです。

 次に「結果回避義務違反」という所で、こんな事を言っている。『医療行為は、一定の危険は伴うが、治療上の効能、効果が優るときは、適切と評価される。本件においては非加熱製剤を投与することによる「治療上の効能、効果」と予見することが可能であった「エイズの危険性」との比較衡量、さらには「非加熱製剤の投与」という医療行為と「クリオ製剤による治療等」という他の選択肢との比較衡量が問題となる。刑事責任を問われるのは、通常の血友病専門医が被告人の立場に置かれれば、およそそのような判断はしないはずなのに、利益に比して危険の大きい医療行為を選択してしまったような場合であると考えられる。』。まず比較衡量の問題として「非加熱製剤の投与」という医療行為と「クリオ製剤による治療等」という他の選択肢との比較衡量という問題に問題をすりかえているわけです。この時点においてはクリオ製剤による治療と非加熱製剤の投与という一般的な比較ではく、間もなく加熱製剤が認可されるという極めて特殊な状況において、例えば、冶験薬を使うのに躊躇を感じるのであれば一時的にクリオにしておいて認可されるのを待って加熱製剤に切り替えれば良いわけです。今までと同じように非加熱の製剤を投与するのか、一時クリオを使って加熱に切り替えるのか、あるいは、冶験薬を使うのかという比較衡量をしなければいけないのにクリオとだけ比較、その上クリオのマイナス面とエイズの感染の危険性という事の比較は殆どしていません。ここで比較しているのは、クリオより非加熱製剤の方が優秀だという事だけで、更に、ここからは私も冷静には喋り難いのですが、『通常の血友病専門医が被告人の立場に置かれれば…』という言い方をしている。安部医師というのは、当時「血友病の父」と言われた血友病の治療の最高権威で、尚且つ、厚生省が設置したエイズ研究班の座長、当時血友病の治療とエイズに関する情報を一番知り得た権威と認めておきながら、その人の刑事責任を論じる際に、まず彼の認識可能性というものは非常に低いものであった、という形で免責の第一の準備をしておいて、いよいよ判断する時になると「通常の血友病専門医」という評価基準を持ち出す、ここに法律的には一見妥当にみえる、巧みな論理が潜んでいるわけです。過失犯というのは犯そうと思って犯したわけではない。しかし、こうしなければいけないという注意義務があるにも関わらず、それをしなかったという事を問われる為に、どういう場合に過失犯になるのかという基準がいるのです。その場合に法律の世界では、客観説というのがあるのです。例えば、車を運転していて事故を起こした時に過失があったかどうかという判断をする際、通常の人に要求されるような注意義務に違反したという場合が過失である。という形になるわけで、例えば、運転に関して非常に高い能力を持つ自動車レーサーに要求されるような注意義務という事で過失を考えていたら、過失犯になる人の範囲は全然違ってしまうので、通常人の要求される基準に基づいて、過失かどうかを決めろというのが客観説という立場で、その人だったらこれ位は解るはずだから、これをしなかったのは、罪にすべきだ、過失犯にすべきだ、という主観説という立場は、裁判の判例上は取られていないのです。判決は、安部医師という人について、こういう情報があった、彼はこれ位の事を知っていたはずである。という事を前提にした上で「通常の血友病専門医」だったらどうするか、というような形で判断する。という一見合理的に見える論理構成をとっているのですけれど、その上でどう判断したかと言うと、当時の通常の血友病専門医は誰一人として、ごく一部を除くと加熱製剤が承認されるまで、非加熱製剤を投与し続けた。だから、当時の通常の血友病専門医が安部英被告人と同じ立場に立っても、同じ行動を取っていたであろうから、安部医師に対して過失を問うことができない。とした訳です。他の皆も同じ事をしていたから、安部医師も過失とは言えない。ここのまやかしは、どこにあるかというと、当時、ほかの通常の血友病専門医が何をしたか、という問題と通常の血友病専門医だったら何をすべきであったか、という問題とをすり替えている。1984年(S59)当時、安部医師の手許には、担当患者の半数近くがHIV抗体陽性であるという検査結果がアメリカのギャロ博士から通知されていました。少なくとも感染しているという事について彼は知っていた訳です。しかも、彼の担当の血友病患者が既に2名、エイズと思われる症状で死亡しているという事も知っており、尚且つ、その2名についてCDCのスピラさんという、当時世界で超一流のエイズの研究者に自分の症例を説明して、これはもうアメリカではエイズですよ、という説明も受けていたのです。つまり、彼の所には、色々な情報が集中していて、彼の立場で収集された情報によれば、非加熱の製剤を投与する事はエイズのウィルスを感染させる危険性があるという事を彼は知っていた。そういう状況に置かれた時に、通常の医師ならどうすべきであったかという問題が問われているのですが、その当時、ほかの通常の血友病専門医は何をしたかという形で免責しているのです。 
             
 私共に言わせれば全員同罪なのです。安部医師を含めて、全員が同じ間違いを犯しているのです。そうすると、同じ間違いを犯した人がいっぱい居る事を理由にして、「こいつも、同じだから過失ではない」という、常識で考えてもおかしいと思うのですが、この通常の血友病専門医がどのように判断したかという、その論理の中に、どうすべきであったか、どうすることが期待されるか、という問題と、実際に彼らが何をしたかという事とすり替えたわけです。これで言ったら大勢犯罪者がいる訳です。この判決は当時の通常の血友病専門医がどうすべきだったかということを考える時、皆がこうしたのだから、一人安部被告人に対してだけ、それを求めるのはおかしい。同罪者が大勢居るから、安部被告一人を処罰するのはおかしい。と、そういう考え方で免責をしている。いかに冷静を装おうとしても到底許されるものではない。と言わざるを得ません。また、『本件当時、我が国の大多数の血友病専門医は、各種の事情を比較衡量した結果として、血友病患者の通常の出血に対し非加熱製剤を投与していた。』これは私が言った、「皆同じ過ちを犯していた」という所。『この治療方針は帝京大学病院に固有の情報が広く知られるようになった後も、加熱製剤の承認供給に至るまで基本的に変わる事がなかった。こうした当時の実情に照らせば、被告人が非加熱製剤の投与を原則的に中止しなかった事に結果回避義務違反があったと評価することはできない。』私が言った通り、つまり、皆今まで通り非加熱製剤を投与するという治療方針を変えなかった。だから、安部被告が非加熱製剤の投与を中止しなかったとしても結果回避義務違反はなかったという事になる。皆がそうやったのだから、安部被告を責めることは出来ない。通常の医師には、こうすべきである、こうしていけないという問題はどこにも問われないということになる訳です。これがこの判決の一番おかしな点であると言わざるを得ません。もう一つは加熱製剤の承認供給に至るまでの短期間の問題であると言っていますが、安部医師は厚生省がいつこの加熱製剤を承認するかという情報も一番正確に知っていた人です。加熱製剤というのは、ある日突然、予想もつかない時期に承認されて、そこから販売されるのではなく、1月6日には申請を出しなさいと言っており、5月には各社一斉に申請を出したのです。各メーカーが昭和60年4月5月には加熱については承認申請を出している。間もなく認可されるという事が明らかな状況下で、なお非加熱の製剤をそのまま打ち続けるという方針を出している事が、許される筈がないにも関わらず、ここではまるで、加熱製剤の承認というのは、昭和60年の実際に承認された7月までは、全く分からなかったような書き方になっている。当時エイズの問題が盛んに議論され、自分達の仲間にこの様な問題が起きるのではないかと心配しながら、正にその渦中にいた血友病の患者達は、再三色々な要望を厚生省にしていたのです。間もなく加熱製剤が認可される事は誰もが情報として持っていた。昭和60年7月の加熱製剤承認までは、一切、方針転換が無い等という、これはもう、事実と全く反するものだと言わざるを得ないと思います。

 大体、理由の骨子についてお話した所でこの判決の問題点というのがお分かりいただけたのではないかと思います。理由の要旨については細かく申しませんが、この判決の特徴というものが非常に象徴的に示しているのが、HIV感染者の治療の見通しという所で、ワクチンの開発についてこの様に判決は言っているのです。『このような見通しは楽観的に過ぎたものであったことは明らかであるし、楽観的な見通しに安易に頼ってHIV感染の危険を軽視することが正当化されるものではなかった。しかし当時の実態としては今後の研究が急速に進歩するだろうという期待を多くに臨床医に抱かせるものであったことも事実である。』とある。ワクチンの開発について当時私はついぞ知らない、どこかの文献から弁護人が探してきて法廷に出したのですけど、エイズのウィルスに感染するかもしれないという危険性を彼は認識していた訳です。自分は毒を注射しているのだという思いで毎日やっている。自分の患者をエイズと認定してほしいという主張をする時には、そう言っている。その人がやがてワクチンが開発されるであろうというような客観的な見通しを持っていたという、この"しかし"以降の寛大さですね、この判決は安部被告にものすごく寛大なのです。

 次に、血友病の関節内出血、ここで亡くなられた血友病患者の方に非加熱製剤を投与したことを正当化する理由をこう書いてあります。『関節内出血は直接生命にかかわる症状ではないものの、ついには肢体不自由者となるという、重大な後遺症をもたらす症状である。』本件の場合、3回投与を受けていますが、手の関節内に出血をしている、軽い血友病患者なわけです。その人にエイズに感染する危険性のある非加熱製剤にするのか、クリオにするのかというのが問われている時に、関節内出血は、ついには肢体不自由者となるという重大な後遺症をもたらす症状であるという事を対比するという、これは一体なんなのだ。それまで1年近くも通院していなくて、本当に久しぶりに 手首から出血がありましたという人に、間もなく加熱製剤も出ようかという時にクリオで対応して肢体不自由者となるという危険性を考えている血友病治療医なんて一人もいませんよ。問題をあらゆる場面ですり替えている。で、諸外国における血友病の治療方針というのがある。ここもまた問題をすり替えるわけですが、アメリカのNHF医学諮問委員会は昭和59年11月エイズと血友病治療に関する勧告を行った。勧告には、新生児、4歳以下の幼児及び過去に非加熱製剤を投与されたことのない血友病A患者等の治療について、クリオ製剤の使用を勧告、濃縮製剤を扱うものは、エイズに対する防御効果は未だ証明されていないという理解の下で、加熱製剤に変えることを是非とも考慮すべきであると勧告した。この勧告についてもこの判決は、まさに、判決自体がそんな事はしてはいけないという、現在の時点で過去のいろんな資料等を解釈するという過ちを犯しています。当時アメリカはもう既にかなりのHIV汚染が広がっていたのです。従って、クリオ自体も実は安全とは言えないという問題がアメリカにはありました。そこで勧告をする対象をこんなふうに狭めたわけです。ところが、日本ではまだ国内血は汚染されていなかった。クリオが安全だという意味では日本は世界一安全だった。アメリカでは既にかなりの部分で汚染されている為にクリオに切り変えるという事は安全性の上で効果がない、という事を踏まえてNHFはこのように限定した勧告を出した。草伏さんはいつも言っていました。日本の血液は真っ白だったのだからクリオは100%安全だ、そのクリオと安全とはとても言えない非加熱製剤を比べるという問題の時にこのアメリカの勧告を持ち出してアメリカでも治療を控えることによる危険の方が、治療に伴う危険のよりもはるかに勝っているから、出血した際は担当医師の処方に従い、凝固因子による治療を継続すべきであるとされていた。これなどもまた、この判決がいかに、当時の実状、問題の所在を偽っているかということを如実に示しているのではないかと思います。まだ幾つかありますが、私の報告は以上で終わりますけれど、これは歴史上許し難い判決としか言いようがない、と私は思っています。

 薬害根絶という事を私たちは悲願としてきましたが、結局薬害は、次々と繰り返される。薬害エイズの問題の渦中において、いま問題になっている薬害ヤコブは起こっているわけです。本当に、性懲りもなく次々と起こってきている。ですからこのような連鎖を断ち切らなければいけない、その一つの手段として今回の刑事提訴であったのです。ミドリ十字の社長たちが断罪をされ、そして安部英被告人と当時の厚生省の課長が断罪をされることによって、今後この薬害という事について絶えずその責任を明確にしながら一つ一つの選択肢において、国民の健康や安全や生命を守るということに命を賭けるべきだという使命感を持った専門医や行政官というものを、本当に国民が育て上げていく為には、この判決は絶対にこのまま確定させることを許してはならないと私は思っています。

 私達は草伏さんやMくんが亡くなった後、彼らの意思を継いで色々な行動をしてきたということを言い続けて来ました。この判決におそらく最も激怒するであろう草伏さんが今この世にいません。彼らに代わって、正にこの判決を覆すための運動をすることが私達に求められているのではないかという事を申し上げて終わりにしたいと思います。