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ムジゲな日々 1999年8月19日(木)〜26日(木) |
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ムジゲの会、ピョンヤンを行く。#1 |
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とうとう朝鮮民主主義人民共和国へ行くことになった。実際行くとなると呆気無いものである。しかし、裏方のパク君を始め、朝鮮総聯大分県本部の方たちや中央の方たちには大変な努力をしてもらった。 まず、人数が確定しない。「本当に大丈夫なの?」とか周りから言われたりして、参加者は当初の予定より少なくなり、日田からは7名の参加となってしまった。大分の平和運動センターの人たちと合同でなんとか13名になり、訪問と相成ったのである。 8月19日(木)、朝、福岡空港から新潟空港へ飛び、ウラジオストックを経由してピョンヤンに入るルートである。飛行機は地上ではエアコンが効かない(入ってない?)。 夜9時過ぎに空港についた。テレビクルーが来ている。友好訪朝団なので撮影するのだそうだ。結局6日間撮影してくれた。(ビデオに編集してくれた。) 税関を通過するときとか初めての海外旅行ということもあり、ドキドキであったのだが、あっさりと通過した。新潟の時の方が警戒が厳重で、防衛庁長官の帰国と重なったこともあり、私服の警察関係者らしき人たちがたくさんいた。 税関を出ると、招待窓口である朝鮮対外文化連絡協会の局長が出迎えてくれた。まさかこんなことになっているとは知らず、ムジゲ会長のワタナベはTシャツにスリッパ、片手にはビデオカメラを持ったまま出迎えを受けてしまった。 ホテルまでは、団長はベンツ、われわれはワゴン車で向かった。道路はコンクリート板を敷いたような感じで、かなり振動がある。ピョンヤン市内に入るとたくさんの人。仕事帰りとか夕涼みしているらしい人たちがいっぱいいた。 6泊するのは普通江(ポトンガン)ホテルである。節電とかで全体に町は暗い。ホテルの中も薄暗く感じたが、2,3日すると慣れてしまった。(日本で光漬の生活をしていたと反省。しかし日本に帰るとあっという間に反省も忘れる。) 部屋は日本のホテルと同じよう。窓は二重になってる。テレビは外にでっかいパラボラアンテナが建っていて、日本のBSとか中国のスカパーのスタープラスとかやってた。その夜、日本に国際電話する。(0-00-81(日本の国番号)-で直接かけられる。)バックでNHKのBSとかやってるので奇妙な感じになってしまった。 実は、カワサキはスーツケースのキーを福岡空港の駐車場の車の中に忘れて困っていたのであるが、フロントの人が開けてくれるという一幕があった。(感謝!) |