ムジゲな日々 1999年5月23日(日)

雨の中の川開き観光祭第2日目。
巨大テント登場。


急遽、テントを作ることになる。


建築用のシート6m×50mを利用。


テントの中で踊る。どんたくパレード1


同じく。どんたくパレード2


春香苑で記念撮影。


日田高校美術部の生徒が作ったパネル。


食事風景(踊子1)。


食事風景(踊子2)。


食事風景(踊子3)。


食事風景(スタッフ1)。


食事風景(スタッフ2)。


食事風景いよっ!会長(スタッフ3)。


食事風景(スタッフ4)。

 芸能隊の朝は早い。昼食のための炊き出しの準備で朝5時40分に起きる。炊飯器のスイッチを入れに行く。6時になると炊き出しを手伝いにお母さんたちやスタッフの面々が到着。みんなテキパキとおにぎりづくりに精を出している。釜を洗ったりしていると、もう8時前。ホームステイしている子どもたちを乗せて春香苑へ。

 しかし、空には雨が。チマチョゴリを濡らすわけにはいかない。踊子を待たせて、スタッフの面々で協議する。方法は3通り。ひとつはどんたくパレードだけ参加して、他はキャンセルする。二つ目はビニールのカッパを着て踊る。これだと衣装が見えなくなるのでちょっと難しい。三つ目は、大きな透明テントを作ってその中で踊るというもの。みんなで話し合った結果、三番目のテントを作ることになる。

 財津さんが透明シートを買いに行く。高倉さんが支える支柱を探しにいく。みんな慌ただしく動き始めた。とりあえず、チェックポイントになっている丸山公民館にはサムルノリの演奏をしにいくことにする。これだとシートを敷いた上に座って演奏し、透明シートで上を覆ってやればいい。念のため、チャンゴ等にはビニールを貼っておくことにする。

 体育館に透明ビニールシートを敷き、財津さんの指揮のもと作業を始める。そんなことできるのだろうか、という不安もあったがわずか1時間でテントは完成した。全長25m×幅6mの巨大テントが誕生した。2mほどの18本の角材で支えることにする。いよいよ雨の中のパレードが始まる。

 もう11時半。集合場所の産業振興センターに駆け付ける。テントを開いて20人のスタッフで支える。リハーサルをする時間はない。どんたくパレードの時間まで待機するのだが、支柱を持つスタッフはこれが待ち長い。30分ほど待っていよいよスタート。ところが肝心の時になってCDが動かなくなった。原因はアンプの上に乗せていたからか?後ろの組が待っているのであわてて準備をやり直す。ようやくスタート。5分ほど待たせてしまった。おかげで1ケ所飛ばして踊ることになる。

 踊りは取りあえず順調に進む。ただ、やっぱり狭いので窮屈そう。サンモは地面が雨にぬれているためやりにくそう。水にぬれたサンモが体にまとわりついてしまう。

 2カ所目が審査場所になっていた。審査員の面々が濡れないようにアーケードの中に作った審査員席に座っている。さあ、気合いを入れて踊らねば。一昨年「衣装賞」、昨年「熱演賞」1位なのでちょっとプレッシャーが。あれ、今年は市長がいない。

 どんたくパレードを無事に終え、みんなは昼食を取るべく春香苑へ。子どもたちが食事をしている間にスタッフミーティングをする。さて、この雨の中どうしよう。ここで中止しようか?みんなで相談する。「子どもたちは踊りたがっている。やれるところまでやりましょう。」の声で午後は数カ所踊ることにする。場所は隈方面。

 旅館街や夜店の出ているところで踊っていると、「うちの前では踊ってくれんの?」といういれしいリクエストが。おかげで数回余分に踊ることに。日朝協会の事務局をしている市議会議員の佐竹さんもスタッフの先頭にたって走り回ってくれた。

 結局、午後4時頃まで踊って春香苑に戻ってくる。福岡朝鮮初中級学校の生徒たちは5時のバスで帰ることになっている。最後の夕食は焼肉!5時まで目一杯食べて荷物の整理をする。

 みんなでバスを見送った。なんか、いざ別れるとなると急に寂しくなる。子どもたちも冗談を言い合いながら別れていったが、バスが走り出すと見送る子どもたちも走って追い掛けていく。なんか、胸にぐっと来ちゃった。

 福岡の子どもたちの何人かは翌々日から修学旅行にいくのだそうだ。前々日にこのハードなスケジュール。2日間、市内をずっと踊り歩いて、2日目には雨に振られて。翌日、電話をかけてみんなは元気にしていますか?と聞くと、「大丈夫ですよ。」との返事。土曜日にも授業が昼まであって、そのままかけ込んできたそうです。なんかとても無理な協力をお願いしてしまいました。でも、また来年も来て一緒にやりたいといってくれたのがなによりもうれしかったですね。来年は今年よりも充実したしっかりとした運営のもと実施したいと反省するのでした。

 福岡の人たちが帰って日田のスタッフで食事。ムジゲの会の会長の日吉さんもホッと一安心でした。次は「夏期学校」!またキムチを売って資金を作らねば。

 最後に朝鮮新報社の琴基徹さんが今年も取材に来てくれました。ほとんどスタッフのように使ってしまって申し訳ない。気がついたらいつも作業を手伝ってくれてました。毎年ありがとうございます。

 地元日田のスタッフのみなさん、ありがとうございました。今年も無事芸能隊を運営することができました。来年もよりいっそう充実した芸能隊を作っていきたいと思います。よろしくお願いします。

 翌々日、市役所から「第3位」の知らせが。ありがとうございました。沿道や市内各地で支援して下さったみなさん。ありがとうございました。

 甲能くん、写真載せたよ。(ムンクの叫びみたいな顔だけど。)