ムジゲな日々 1998年8月16日(日)

鯛生金山殉職者合同慰霊祭

8月16日(日)。 日田郡中津江村にある鯛生金山(たいおきんざん)では多くの朝鮮人が働いていた。私たちムジゲの会でも何回かフィールドワークを行っている。ここ鯛生金山でも多くの方が殉職されているが、毎年、8月16日に合同慰霊祭が行われている。例年ならパク君のお父さんが参加されるのだが、今年はパク君が代理で参加するということで私も参加させてもらった。

 日田市内から1時間ほど車で行くと鯛生金山に着く。日田は猛暑であるがここは別世界のように涼しい。来年のキャンプは是非ともここのロッジでしたいものだ。(ここの家族旅行村にある。1部屋12000円/4人、シーズンは14000円/4人だそうだ。トイレ、台所付き、予約は早めに!) 9時30分から慰霊祭が始まった。坂本 休中津江村村長のあいさつの後、在日朝鮮人代表の趙 一鳳さんからあいさつがあった後、供養となった。

 慰霊碑の左側には慰霊碑のいわれを書いた説明書きがあり、こう記されている。

 鯛生金山殉職者慰霊之碑

 鯛生金山は、明治三十一年に開発以来、昭和四十七年に閉山になるまで、金山の繁栄の陰に多くの犠牲者があった。
 明治四十一年十月、最初の殉職者鹿児島県出身の車田半次郎以下百三十余人のかたがたが殉職されている。
 この殉職者の冥福を祈るため、昭和十四年に殉職者慰霊之塔が建立された。この塔に金山の作業を模した銅版レリーフ三面が飾られているが、レリーフの製作者は、長崎県出身彫塑家 北村西望先生である。
 先生は、明治四十五年に東京美術学校彫塑部を卒業され、大正四年に入賞以来、東京美術学校の教授や美術院会員などの要職を経て昭和三十三年文化勲章を受章し、現在日本芸術会員で百寿を迎えられ、日本彫塑界の最高峰として今尚製作活動に活躍されている。
 代表的作品に長崎市原爆中心地の平和神像がある。
 昭和五十八年四月 建立

 右側には、車田半次郎の碑とともに殉職者の碑があるが、その碑の右側面に

「無縁仏十五体の中には、朝鮮人殉職者と思われる八体を含む」

とある。趙さんの話によれば、殉職者のうち名前のわかっているものは百名未満であり、その他の殉職者の中にはかなりの朝鮮人が含まれるのではないか、と言う。

 慰霊祭の後、直会があり中津江村の方々といろんなお話をすることができ、交流を深めることができた。帰る前に、鯛生金山観光管理事務所の森本所長さんの御好意で「砂金取り」を体験することができた。

 この「砂金取り」、実はできたということは知っていたのだが、お恥ずかしいことに、「大したことないンじゃない。」と甘く見ていた。ところが、森本所長さんの指導の下、一度やり始めるとはまってしまって止められなくなってしまった。

 結局、とれた砂金をペンダントにしてもらって妻への土産としたのであった。パク君と二人で、今度はみんなで来るか、と話ながら鯛生金山を後にした。