尾瀬に関するおすすめの書物



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尾瀬の素顔

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本の題名  尾瀬の素顔
                              著者    新井幸人
                              発行    株式会社マガジンハウス
                                      1994年4月21日  発行

                          の一部を引用,詳細は上記書物をお読みください

めぐりあい

  昭和49年6月,降るような満天の星の下を大清水から尾瀬沼へ向けて歩き出した。
午前1時頃の大清水はひんやりとした山の空気が支配し,ただ立っていると長袖シャツ
でもうすら寒い。ーーーーーーーー
 峠の登りは汗をかき,下りでは冷や汗をかきながら,やっとの思いで尾瀬沼山荘の売
店に着いたのは午前3時過ぎだった。
数分だったろうか,あるいは十数分だっただろうか。ーーー 山の冷気でハッと眼を覚まし
外を見て,驚いた。そして焦った。今までの闇がいつのまにか黒い衣を脱ぎ去り,まさ
に尾瀬が目覚めようとしていた。私は急いで売店を飛び出し,尾瀬沼畔の木道を長蔵小
屋方面に走った。
 その時,私の目に飛び込んできたのはブルー一色の世界,まさに幻想的な夜明けのフ
ァンタジーだった。
木道に立ち尽くしたまましばらく動くことが出来なかった。そして我に返ると,急いで
カメラを三脚にセットし,刻々とまるで生き物のように変化していく夜明けの中で,憑
かれたようにシャッターを切りまくった。
これが私と尾瀬との初めての出会いであり,その後の人生を大きく変えることになった
勤務していた赤城村役場を退職し,尾瀬の魅力を追う写真家への道を選択したのは,そ
れから8年後のことだった。

ミズバショウに「選挙権」

------ つまり環境庁は金がないのだ。いわゆる大物政治家は環境庁長官などにはならな
い。
「環境問題をやっていたのでは票にならない」「自然環境では金が集まらない」,こう
たことは今までの政治の仕組みに問題があるのであり,そういう政治家を選んできた有
者の責任でもある。
そこでひとつ提案をしたい。次の総選挙から尾瀬のミズバショウにも「選挙権」を与え
らどうらろうか--------
-----もしそうなれば,環境庁は環境省に格上げされ,政治家は競って環境問題に予算をつ
けてくれるだろう。

「鳩待族」と「沼山族」

いつの頃からか群馬県側の尾瀬ヶ原入り口の鳩待峠から尾瀬ヶ原に入る人たち,あるいは
福島県側の沼山峠から尾瀬沼に入ってくる人たちをそれぞれ「鳩待族」「沼山族」と呼ん
でいる。
尾瀬はここ数年で道路や交通網が急速に整備された。ーーーーー
ーーーーそのためかっての登山口だった群馬県側の大清水や富士見,福島県側の尾瀬口からの
入山者が激減し,鳩待,沼山が急増している。現在ではこの2カ所の入山者が全体の7割
強を占めるといわれている。ーーー



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尾瀬ハイキング

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本の題名  尾瀬ハイキング             (平成8年2月18日記載)

                                  著者    峰谷  緑
                                  発行    株式会社岩波書店
                                          1984年5月21日  発行

                            の一部を引用,詳細は上記書物をお読みください

もくじ

 1 尾瀬はどんなところ
 2 尾瀬へ行く準備
 3 はじめての尾瀬
 4 尾瀬ものがたり
 5 すばらしい尾瀬

3 はじめての尾瀬

   三平峠

   ----- 針葉樹のめだつようになった樹林の間の木道をたどって行くと,やがて三平峠。
別名,尾瀬峠とも呼ばれるこの峠からは,尾瀬の内側はまだ見えません。
 でも,下りにかかると,すぐに木の間から現れるのは,絵のように美しい尾瀬沼と燧ヶ
岳の光景です。思わず「ああ,尾瀬に来た」という感慨が胸をつきあげてくるにちがいあ
りません。あとはかけるようにして下れば,沼のほとり三平下までは10分もかかりませ
ん。------

  木道

 昭和のはじめ,尾瀬を歩いた人達の話を聞くと,膝はおろか腰まで泥につかって湿原を
わたったといいます。いまでこそ,そうした苦労話も,静かな昔の尾瀬を知る人の自慢話
のように聞こえますが,そのときはさぞ難儀なことだったろうと思います。
 たまたま1951(昭和26)年,林野庁から視察に来た人が,「これはひどい」と痛
感したことがきっかけになって木道の敷設が計画されました。-----

  ヤナギランの丘

 尾瀬沼を一望におさめるこの丘には,長蔵小屋の平野家の人びとの墓があります。
-----   1922(大正11)年,尾瀬ヶ原発電計画が出されたとき,まっ先に声をあ
て以来,長蔵さんと長蔵小屋の歴史は,尾瀬の自然保護とはきってもきれないものにな
ました。
 そして長蔵さんから数えて三代目,平野長靖さんは,1971(昭和46)年,三平
峠にせまる車道建設に反対し,工事中止をかちとったのち,雪の三平峠で遭難し亡くな
りました。
いま,長蔵さんの大きな墓に抱かれるようにして,孫の長靖さんの眠る墓が立っていま
す。

 5 すばらしい尾瀬

           白籏史朗さんが語る

   まだなぞの部分が多い尾瀬ヶ原
 -----尾瀬沼のことはわかっても,尾瀬ヶ原はなぞの部分が多いのではないかと思いま
す。

 その一例ですが,尾瀬ヶ原の池塘の中には,どんな長い棒をつっこんでみてもまったく
底に届かないのがあります。景鶴山の麓の泉水田代の池塘がそうです。ふしぎなことに,
あそこにはフナがいっぱいいる。---三条の滝がまだあんなに高くならないうちに只見川を
のぼってきたんでしょうか。いろいろ想像はできるけれど,たしかなことはだれにもわか
っ
ていません。-----



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尾瀬ものがたり

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本の題名  尾瀬ものがたり                (平成8年7月4日)
                                  著者    浅野孝一
                                  発行    株式会社新潮社
                                          1993年5月20日  発行

                            の一部を引用,詳細は上記書物をお読みください

もくじ

 第1章 尾瀬の四季を歩く
 第2章 尾瀬とその周辺の歴史
 第3章 尾瀬に魅せられた人々
 第4章 尾瀬の自然史
 第5章 特選ハイキングガイド
 第6章 尾瀬の現状と自然保護について
 第7章 尾瀬周辺の温泉

 ★   めずらしい写真について

 この本の中にはめずらしい貴重な写真がある。

 写真の説明文の一部を抜き出すと

 ・ 長蔵小屋の前は畑になっていて、野菜を作って自給自足の生活を送った  大正時代
 ・ 尾瀬沼にはヒメマス、フナ、コイ等が生息し、昭和42年まで釣りを楽しむことが出
   来た 写真は昭和初期
 ・ 燧ヶ岳の中腹に立つ長英 背後は尾瀬沼 写真は昭和初期
 ・ 長英夫妻が新婚当時、手作りで建てた二番目の長蔵小屋
   これを建て増ししたものが現在の長蔵小屋である 昭和9年
 ・ 尾瀬に視察へ来た大石環境庁長官と長英、長靖  昭和46年
 ・ 昭和20年代の木道はまだ簡素なものだった
 ・ 沼尻の湿原に入って沼の写真を撮るハイカー 昭和30年頃
 ・ 昭和27年に当時の皇太子が尾瀬にもいらして、スキーを楽しまれた
 ・ 昭和30年代の大江湿原 今では考えられないような行為が黙認された
   (湿原の中を自由に過ごす人達の写真)



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尾瀬ハンドブック

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本の題名  尾瀬自然ハンドブック            (平成8年12月8日)
                 編者  河内 輝明
                 監修者 尾瀬の自然を守る会
                 発行  株式会社 自由国民社
                     1990年4月30日
                     1996年6月10日改訂

                の一部を引用,詳細は上記書物をお読みください

もくじ

   1 尾瀬の自然
    (1) 尾瀬の自然の特徴
    (2) 尾瀬の生い立ち
    (3) 尾瀬の気象
    (4) 尾瀬の湿原
    (5) 尾瀬の森林
    (6) 尾瀬の山岳
    (7) 尾瀬の湖沼
    (8) 尾瀬の植物
    (9) 尾瀬の動物

   2 尾瀬を守る
    (1) 尾瀬は国立公園
    (2) 尾瀬の問題点
    (3) 真の自然保護を

   3 尾瀬を歩く
    (1) 尾瀬を歩く準備
    (2) 尾瀬への交通
    (3) 尾瀬を歩く
    (4) 尾瀬の自然観察のモデルコース

   4 便利資料集
    (1) 尾瀬の歴史
    (2) 尾瀬の地名
    (3) 気象観測データー
    (4) 尾瀬の高等植物フロラ
    (5) 尾瀬の鳥類ファウナ
    (6) 尾瀬のトンボファウナ
    (7) 関係者
    (8) 参考文献


「保護と適切な利用のために」のサブタイトルが付いているとおり、尾瀬を楽しみ守る
為の豊富な資料と冷静な分析、提言等、尾瀬に行く前、行った後是非お読み下さい。

(一部引用)

1 尾瀬の自然
(1) 尾瀬の自然の特徴

  尾瀬と聞くと、ミズバショウを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、ミズバ
 ショウは尾瀬の自然を特徴づける植物では決してありません。もちろん、ミズバショ
 ウという植物自体、寒冷地を特徴づけるものですが、東北、北海道まで行けば、人家
 裏の水溜まりでも咲いています。
  尾瀬の自然の最大の特徴は、稜線で囲まれた狭い範囲の中に、多種多様なタイプの
 生態系をもった自然がある、ということです。そして気候的には温帯上部、つまり寒
 冷気候帯に属し、年間を通じての降雨・降雪量の多いところです。
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2 尾瀬を守る

(2) 尾瀬の問題点
  おぜは現在、自然公園法によって特別保護地区に、文化財保護法によって特別天然
 記念物に指定されているので、完全に保護されているようにみえます。しかし、尾瀬
 の核心部は、沼および湿原という、特殊な、そして極めて弱い自然の地域です。その
 美しさゆえ多くの人がここを訪れますが、多くの人が入ってくること自体、尾瀬にと
 っては危険なのです。
  尾瀬の自然は決して安泰ではありません。尾瀬の自然がゆえに、他の地域と違って
 特別な処置も必要なのに、一括してたの強い自然を持った自然公園と同じように扱わ
 れています。
  現在ある問題点は、大きく分けて本質的な「現行制度そのものの問題」とその制度
 ゆえの「具体的現実的問題」の2つになります。
  「具体的現実的問題」の解決を急ぐあまり、本質的な問題を見失うと、尾瀬は再起
 不能の状態になってしまいます。常に両者を頭に入れて問題を解決していくべきです

 (2) 直面する現実的問題
   ・ 車道問題
   ・ 制約のない入山
   ・ オーバーユース
   ・ 水質汚染
   ・ 移入植物の問題
   ・ 植生の破壊
   ・ ゴミの問題



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尾瀬と鬼怒沼

本の題名  尾瀬と鬼怒沼

著者 武田久吉
発行 株式会社平凡社
1996年3月15日 発行

の一部を引用,詳細は左記の書物をお読みください

世界にも稀なる自然の楽園ー尾瀬、
初めての紹介者である著者が描く、
明治末期から昭和初期にいたる、尾瀬
およびその周辺の山々、日本の自然保護
運動の原点となった記念碑的著作、ここに蘇る。

著書カバー表紙より



  目次

    尾瀬と鬼怒沼
    初めて尾瀬を訪う
    尾瀬再探記
    尾瀬をめぐりて
    春の尾瀬
    秋の尾瀬
    写真解説
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尾瀬と鬼怒沼
  ー高山と深山ー

 1 高山や深谷に事かかない日本!
 しかしながら、つらつら、考えてみると、人跡未到といわれた剣岳も、今では思った
程の困難もなくして到達出来る。縦走不可能とされた槍と穂高の間の山稜も、荒天なら
ざる限り、さしたる危険なしに通行できる。アルプスの銀座通りはいわずもがな。今に
交通整理の警官も必要となろう。明治の晩年ごろまでは、人が登れば山が荒れるとさわ
がれた代馬(しろうま)岳に、県設だ民有だという小屋が建てられ、そこにまた空巣の
番人が入用だと聞く。

 徳本峠の関門に守られた上河内(かみこうち)に、自動車の通ずるのは時の問題だと
いう。そしてそこへ何者かの進出は、松本から風紀係りの派出を余儀なくせしめたとい
うのは、おそらく虚報でもあろうし、また虚報ならんことを切望する。そしてそこから
槍の頂上まで、晴天の日なら爪先ひとつ濡らすにおよばずして登られる。-----------

 2 風景地としての尾瀬

 ------尾瀬と呼ばれる地方は、風景要素を最も多量に備え、景色ははなはだ複雑し、
変化に富む点で、邦内これと比肩し得る地はまれである。私は明治38年に初めて尾瀬
に遊んで、その地の風光の類まれなることに敬倒した。試みにその要素をあげてみれば
山岳は勿論であるが、深山地中の最高峰燧ヶ岳(2360m)を網羅するのははなはだ愉快な
ことで、邦内これ以北にこれ以上の高峰は一つも存在しないことも特筆に値しよう湖沼
として第一にあぐべく尾瀬沼は、大きさと深さおいてこそはるかに十和田に劣るも、そ
の景色に至っては彼の平凡なるに優ること数等、またこれに接して小沼や治右衛門池の
如き秘められた小湖がある。---------------------
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                                                (本文中より引用)

尾瀬の山小屋 絵日記

本の題名  尾瀬の山小屋 絵日記

著者 星 昭
発行 株式会社日貿出版社
1999年9月15日 発行

印象に残った一部を下に引用させてもらいました,
詳細は左記の書物をお読みください

ガイドブックとは違った観点から尾瀬を知ることが出来ます。


----------------- 以下引用 -------------------------------
◎自然の移り変わりの中で

私は子供の頃、自然は変わらないものだと教えられました。でも尾瀬の自然
は、この50年の間にずいぶん変わりました。
湿原が乾いてきて、林になりかけているところがいくらもあります。昭和20年代には、 沼山峠から尾瀬に入る時、峠に登り着いてひと休みし、眼下に広がる大江川湿原と尾瀬 沼を見ると、疲れも抜けていくようでしたが、今では木が多くなって、湿原があまり見 えなくなりました。それからもう一つ、尾瀬沼から尾瀬ヶ原に行く途中、魚どまり沢の 手前にあった小さな湿原もなくなりました。 春先にはリユウキンカとミズバショウが一面に咲き、私の大好きな場所でしたが、今で はすっかり乾いてしまい、サワグルミやネコヤナギ、ハンノキなどが生えています。尾 瀬ヶ原に行くたびに、あのきれいだった小さな湿原を他の人達にも見せたかったと思い ながら、通り過ぎます。  人も自然も変わっていくものです。しかし、自然の流れの中で移り変わるのはしかた がありませんが、人間のカで無理に自然を変えていくようなことだけはしたくないと思 います。  私にとって、今では尾瀬が自分の家のようです。あっという間の52年でした。



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尾瀬(その美しき自然)

本の題名  定本 尾瀬(その美しき自然)

著者 白籏史朗
発行 株式会社新日本出版社
2002年6月15日 発行

印象に残った一部を下に引用させてもらいました,
詳細は左記の書物をお読みください


----------------- 以下引用 -------------------------------
尾瀬の昔から今へ

 日本の自然中、景観のすぐれている場所はたいてい火山活動によって形成されている。
一部、南アルプスや朝日・飯豊山地、陸中海岸や瀬戸内海など、火山性でない地域もあ
るが、北海道の全域、東北地方の大半、上信越、北アルプスや白山、大山、九州地方な
ど、すべて火山性の風土・景観であり、その景観美はつとに知られるところである。
 尾瀬もその例にもれず、那須火山帯中に属する火山地域である。尾瀬は日光国立公園
域に入り、北関東と東北地方との境界をなしているが、それはあくまで行政区画上のも
のであり、地質・気候・風土はあきらかに北方系で、かずかずの特徴がそれを示してい
る。
 この尾瀬はいったいいつごろ、どのようにして人に知られたのだろうか?
尾瀬という地名が文字となって初めて世に出たのは寛文6年(1666)、会津藩祖・保科正
之によって編纂された『会津風土記』中である。そのときの記述では「小瀬峠」「小瀬
沼」となっていて、現在の尾瀬の字と違っている。・・・・・


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