[尾瀬]自然保護の原点の地でおきたこと

以下の記事は雑誌〔山と渓谷〕平成9年1月号の一部を引用しています。


尾瀬問題の概要

 これまで尾瀬では、大きく分けて、次に挙げた3つの問題を経てきた。
 電源開発問題:本州中央の集水域として豊富な水源地であるがゆえに、近代化の進
んだ明治時代末より、常に電源開発の対象とされてきた。第二次世界大戦の戦時下に
始まった尾瀬沼取水発電工事は、戦後再開され1949(昭和24年)年に完成。こ
れに続き、尾瀬を大貯水池にする尾瀬ガ原巨大ダム計画が浮上した。これに対し学者、
文化人ら25人からなる「尾瀬保存期成同盟」(のちの日本自然保護協会)が結成さ
れ、「電力かコケか」という言葉でその対立が語られた。当時、水力発電は戦後の経
済復興に欠かせない資源とさていたため、世論も開発寄りであった。その後も大小10
以上のダムが計画されてきた。

 自動車道路問題:40年に計画された、尾瀬沼畔を通る旧沼田街道を県道として車
道化する計画が戦後策定され、さらに大清水から沼山峠までぬける線に延長されるこ
とになった。66年、工事は開始されたが、71年、長蔵小屋の平野長靖氏が大石武
一初代環境庁長官に工事中止を直訴、計画は中止となった。

 オーバーユース問題:入山口の鳩待峠、沼山峠への交通が便利になったことや、多
くのツアー団体が入ることによって、50年には年間約4万人だった入山者は、現在
50万人を上回る数となっている。これにより、登山道の踏み荒らしや裸地化、水質
悪化が進み、周りを山にかこまれた寒冷な気候、低温の水、貧栄養など微妙なバラン
スのうえにある高層湿原の独自の生態系が崩れるという危機的状況に陥っている。こ
のため、木道設置やマイカー規制、宿泊の完全予約制、雑排水処理施設整備など、多
くの方策がとられている。

 さらに、尾瀬の保護に関しては、「尾瀬の自然を守る会」などが活躍してきたが、
95年、福島、群馬、新潟三県と檜枝岐村など三村が合同で「尾瀬保護財団」を設立。
行政の側から自然保護に取り組むことになった。

インタビュー構成

 大石武一氏  自動車問題は国民の信頼があったからまとまったんです

 *1971年に環境庁が発足後,初代長官となられましたが,その時代背景は。

「バブル経済がだんだんひどくなってきたころです。大量生産、大量消費で経済を拡大
するという時代でした。世界的にそういう傾向だったなか、環境汚染を危惧する国民の
声によって環境庁が作られたのです」

 *長官になられたとき、どのように思われましたか。

「当時は仕事としてなにから手をつけても、間違いじやなかった。そのなかでまず公害
間題と自然環境の破壊問題のふたつに取り組もうと考えたんです」

 *そのとき、尾瀬の問題がまずあった。

「そのころ日本の山のいたるところに道路網、要するに、利権のための道路がやまほど
造られていたんです。
 そこに尾瀬の陳情があった。長蔵小屋三代目の平野長靖くんが新聞記者に連れられて
来て、「建設中の尾瀬のまんなかを通る県道ができたら、尾瀬は徹底的にやられてしま
う。もうわれわれでは力が尽きた」という。
 尾瀬は国立公園ですから環境庁の所管ですが、県道は県が計画する。それを建設省が
認可すると同時にその建設費の3分の2を負担する。環境庁はなんにも口を出せない。
 それでも私はそんな道路は止めたいと思ったけど、現場も知らないでやめさせるって
いうのは不見識だから、一週間後に見にいくことになったんです

 *行ってみていかがでしたか。

「景色はすばらしかったな。高山植物は多いしね。すっかり感心したんだ。私は自然が
好きで、植物の名をいろいろ知っているもんだから、ついてきた記者たちのほうが驚い
ていたな。政治家がこんなに植物を知っていると(笑い)。40人近い団体で行ったん
だが、平野くんはいちばん列の後ろをもそもそと歩いていた。私はしょっちゅういろん
なことを聞きたいから、平野くん、と呼ぶとあとから出てくる。話し終わるとまた後ろ
へ下がっていく。そういうひかえめな人柄でした。
 そうして3日めに,道路を工事している現場に出た。ひどいもんだった。山はみんな
削られて、木はみんな伐られて本当にひどかった。自分の肌が傷つけられたような気が
したね。こんな道路は造らせられないと思いましたよ。そこで決心したんです」

 *それからが大変だった。    .

「三県の知事に自発的にやめさせるしか方法がないと思った。環境庁にはやめさせる権
限がありませんでしたから。説得を重ね、最後には気力で知事のほうが負けたんですね」

 *大石先生が尾瀬を残そう、という気持ちでまさったんですね。

「建設省では問題になったらしいね。でも国民が納得したんだからどうしようもない。
国民の信頼があったからまとまったんですよ。やっばり政治は信頼関係だと思いました
ね。世のなかっていうのは、理屈だけじゃありませんからね。理屈をとおすためには法
律は必要だけれども、法律だけではそれは寒々とした世界ですからね」

 *大石先生はやはり尾瀬の道路問題を決着させたということが大きいのですが、その

あとも懇話会の代表などをされていますが。
「懇話会は提言をするための会でした。今から10年以上前に、今後尾瀬はどうすれば
いいかを20回話し合いました。将来は山小島を集水域外に出す、入山規制をするべき
など、尾瀬を守るための方針をまとめました」

 *尾瀬はやはり現在もオーバーユースの問題が大きいですが。

「尾瀬はオーバーユースしてはいけない揚所なんです。景色はもちろんいい。でもあそ
こに劣らない景色はほかにもある。尾瀬のいちばんすぐれているところはその生態系な
んです。ところがオーバーユースによって、生態系はまちがいなく崩れてしまう。
 観光行政と自然保護とは、まったく相反するものなんです。観光行政とは人をできる
だけ集めることがいちばん大事。金もうけですね。ところが自然環境保護というのは、
できるだけ人は来ないほうがいい、本当はね」

 *でも来るなとはいえないし、やっばり自然は見てほしいわけですよね。

「それが環境庁の仕事なんですね。環境庁は国立公園を全部、人が来る観光国立公園に
したがってるらしい。環境庁が県と組んで、尾瀬も観光国立公園にしたいんですね。こ
のままではあと10年たたないうちに、尾瀬の生態系はまちがいなく崩れますよ。北ア
ルプスや阿蘇などとはちがって尾潮は、生態系保存のための国立公園なんです。私はそ
う思う」

               --- 以下省略 ---


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