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| 尾瀬と呼ばれる地方は、風景要素を最も多量に備え、景色ははなはだ複雑し、変化に富む点で、邦内これと 比肩し得る地はまれである。 私は明治38年に初めて尾瀬に遊んで、その地の風光の類まれなることに驚倒した。試みにその要素を上げ てみれば、山岳は勿論であるが、深山地中の最高峰燧ガ岳(2360m)を網羅するのははなはだ愉快なことで、 邦内これ以北にこれ以上の高峰は一つも存在しないことも特筆に値しょう。 湖沼として第一にあぐべき尾瀬沼は、大いさと探さにおいてこそはるかに十和田に劣るも、その景色に至っ ては彼の平凡なるに優ること数等、またこれに接して小沼や治右衛門池の如き秘められた小湖がある。 渓流としては只見川の水源をなす沼尻川や、それに合流するヨッピ川があり、瀑布としては本邦第一の大瀑 三条がかかり、またそのうるわしいことにおいてまた第一流の平滑ノ滝がある。 森林としては全区域にわたって針葉・かつ葉の密林が山膚をおおい、また燧・至仏の山頂にはハイマツと共 に多数の純高山植物も生ずる。これらに加うるに、尾瀬平の湿原は本州第一の広さを有し、これを貫流する数 条の蛇行する流水は美しい樹林に縁どられ、更にこの大湿原に宿る大小幾百かの地塘或いは深く或いは浅く、 これを山上から下かんする時は緑絨上に散在する宝玉かとさえ怪しまれる程に美しい。 -------------------------------------- 「尾瀬と鬼怒沼」武田久吉 著 平凡社発行より ------ |