★★★ 久住からの風(メッセージ) ★★★


大分合同新聞に不定期連載記事の一部転載です。



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草原と野焼き(上)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 草原と野焼き(上)
            久住町理事 山田朝夫

   [季節の”表情”]

 三月、今年も久住高原に春の訪れを告げる野焼きの季節になりま
した。
 皆さんは久住高原に二種類の草原があるのをご存じですか。一つ
は改良草地。オーチヤードグラスなどの牧草の種を、人間がまいて
つくった人工の草地です。
ここはエバーグリーン。主に採草地として利用されています。
 もう一つは野草地。ここには、主にネザサ(放牧された家畜に長
年踏みつけられて生長点の位置が下がり、わい小化したササの一種)
やカヤ(ススキ)などの野草が生えています。春は若芽の薄縁、夏
は濃い緑、秋になると金色に輝き、冬は薄い褐色と、季節ごとに表
情を変えます。
 ハルリンドウやキスミレ、ヒゴタイなど草原のかれんな花々は、
この野草地に咲きます。改良草地には咲きません。野草地は主に放
牧地として利用されています。「野焼き」は、この野草地の管理の
手法なのです。
 モンスーン気侯の日本、特に気温の高い九州では、たとえ久住高
原のような高冷地でも、放ってお<と草地は時間の経過とともに薮
(やぶ)になり、やがては森林になります。
 そこで、草地を維持するために毎年春先に立ち枯れた草が残って
いる草原に火を放ち、燃やしてしまう。
この「野焼き」という「人為的な作業」によって、若草の芽吹きが
助けられ、草原がいつまでも草原であり続けることができるのです。

  [熟練者が必要]

 実は、あの「坊ガツル」も、昔は久住町の大船牧野組合の放牧地
で、野焼きによって南半分が湿原として保たれていました。しかし、
野焼きをやめてからは、湿原だった部分の乾燥が進み、どんどん藪
になっています。残念な事とです。
 久住高原の景色を見て、たいていの人は「久住の『大自然』は素
晴らしい」と言います。しかし、改良草地は「牧草畑」です。野草
他の方も「野焼き」によって維持されていることを考えると、草原
は「大自然」ではな<て、むしろ「人為的自然」と言った方が正確
かもしれません(いったい「自然」とは何なのでしょう)。
さて、野を焼<といっても、ただ草原に火をつければいいのかとい
うと、そいうわけにはいきません。乾燥した草についた火は、人の
背丈の数倍も高<、そしてものすごいスピードで燃え広がります。
地形や風、そして何より火の性質を知り尽<した野焼きの熟練者の
みが、火をコントロールできるのです。

  [「輪地」づくり]

 一歩間違えは山火事を引き起こしたり、死者が出ます。野焼きは
多<の人手を要するすため、各牧野の組合員が総出で行います。火
をつける係、消す係、消火用の水を運ぷ係など各人の役割が決めら
れ、リーダの統率の下、作業は整然と進められていきます。
 野焼きを行う際には、周辺への延焼を防ぐために事前に防火帯を
つ<ります。
野焼きをする野草地と、自然林や人工林、改良草地との境目の草を、
前年の初秋のころ五m<らいの幅で刈り、あらかじめ焼いておきま
す。その上で、年が明けて三月に火を入れます。この防火帯つ<り
のための草刈りを「輪地切り(わちきり)」、そこをあらかじめ焼
いておくことを「輪地焼き」と、久住では呼んでいます。
 久住も他の農村地帯と同様に、過疎化・高齢化が進んでいます。
一時期に大量の労働力ぜ必要な「輪地切り」「輪地焼き」の作業が、
年を追うごとに困難になりつつあります。場所によっては人手不足
のために放置され、藪になってしまう草地が出てきています。

          (大分合同新聞 平成10年3月1日より)

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草原と野焼き(中)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 草原と野焼き(中)
                   久住町理事 山田朝夫

 今日の日本の農業、特に中山間地域の農業が抱える最も深刻な問題
の一つが、農村集落機能の低下です。
 全国の農村のいたるとろで、田んぼの水路掃除、里山の下刈りや枝
打ちなど集落の共同作業が過疎・高齢化によってできなくなっていま
す。補助金行政による単なる規模拡大や機機化・集約化では解決でき
ない大きな問題なのです。

    [2組合が断念]

 今年は、都野地区の板切牧野組合と小柳牧野組合が、ついに野焼き
を断念しました。ここは、私が初めて野焼きを体験した場所でした。
黒々と焼かれた南向きの斜面に、キスミレが一面に咲く久住で私が最
も好きな場所の一つでした。しかし、これはもう見られなくなるでし
ょう。
 「そんなに野焼きが大変なら、いっそのこと全部改良草地にしてし
まえばいいじゃないか」と、おっしやる方もいるでしょう。しかし、
草地改良には非常にカネがかかりますし、栄養価の高い改良草地の牧
草ばかりを食べていると、牛も成人病になってしまいます。

 さらに私たち人間も、季節によってさまざまに表情を変える草原を
楽しむことも、かれんな野の花と出合うこともできな<なってしまい
ます。

   [自然の摂理]

 自然保護派の方々の中には、改良草地は「自然ではないからダメだ」
とおっしゃる人もいます。「自然」の立場からは確かにそうかもしれ
ません。でも、地元の人たちは牛を飼うのに必要だからこそ草原を管
理しているのです。
 一定頭数以上の牛を飼うには、ある程度の改良草地も必要です。牧
草は野草に比べて単位面積当たりの収量が多く、牧草の生育期間も春
早くから冬近くまでと長くて、長期間の放牧が可能−といった長所が
あるからです。
それに、「草原を残せ」とおっしやる方々が野焼きをして草原を維持
管理してくれるかというと、そんな人はほとんどいないのが実情です
(ゴミを捨てていく方は多いのですが・・・・)。

 また、もっと徹底した自然保護派の方は「野草地に人が火を入れる
のもよくない。自然のままに放置して森林になっていくのが、自然の
摂理である」とおっしゃいます。

    [屋久杉に匹敵]

 しかし、日本の植物学の第一人者である日本自然保護協会会長の長
沼真先生などは、放牧と野焼きによって維持されている阿蘇くじゅう
の草原について、「このような大規模なネザサとカヤの群落は、世界
的にも例がない」と指摘しています。
 そして、世界遺産に登録された屋久島の「『屋久杉』と並べてもよ
いところだと思う。このことをいうと、『こんな草っぱらがそんなに
大事なのですか』という質問が返ってくる。しかもこの大草原が守ら
れてきたのは、周辺のそうした無理解にもかかわらず、昔からここが
入会地として利用されてきたことにある」(「自然保護という思想」
岩波新書より)と述べています。

 久住の草原は、自然のままそうなっているのでも自然保護派の方が
「守って」いるのでもありません。久住の農民と、何より久住の牛た
ちが、その営みの結果としてつくり上げてきたものなのです。

           (大分合同新聞 平成10年3月2日より)

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草原と野焼き(下)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 草原と野焼き(下)
            久住町理事 山田朝夫

 野草地から生産される乾燥した野草は、肉牛だけでなく乳牛の飼料
としても必要なものです。しかし、久住に限らず日本全国どこでも、
野草地の管理が困難になっています。最近は必要な野草を、モンゴル
などからも輸入しています。

    [究極の再利用]

 ステップ気候地域のモンゴルは、日本に比べて気候が厳しく、放っ
て置いても草原埴生が維持されています。ところがそんな地域でも、
大型機械を持ち込んで施肥も行わず繰り返し採草を続けにいるとステ
ップが砂漠化する危険があるそうです。国内で必要な野草地の管理す
らできなくなった日本が、地球上の他の地域の「砂漠化」を進めると
いう、新たな「地球環境破壊」の引き金に手をかけている、とも言え
るのではないでしょうか。

 かつて久住では、農家が草原を管理し、野草を利用して牛馬を飼い、
その牛馬を利用して田畑を耕し、米や野菜を作っていました。草原に
はクヌギを植えて牛馬のために木陰をつくりそのクヌギを利用してシ
イタケをつくり、草原で刈り取ったカヤで家の屋根を葺(ふ)き、牛
馬のフンとカヤを混ぜて発酵させて厩肥(きゅうひ)を作り、それを
田畑に還元し....、というような自然の循環作用を利用した、まさに
究極の「リサイクル社会」が存在していました。

      [「文化」の問題]

 しかし今日、牛馬はトラクターに、厩肥は化学肥料に、屋根はかわ
らやスレートに代わりました。戦後の高度成長の過程で、日本の農業
のあり方や私たち日本人の生活様式、それらを含めた社会・経済全体
が大きく変質しました。それに、都市部への人口集中と過疎・高齢化
が加わって、「循環のサイクル」がどんどん壊れています。
「野焼き」の問題は、単に「草原保護」や「畜産業」や「観光産業」
にまたがる問題にとどまりません。突き詰めていくと、われわれ人間
の社会や産業、経済のあり方、そして「環境」というものに対する考
え方や文化の問題であると考えられます。

 いったん野焼きをやめてしまうと、再開は極めて困難になります。
「火入れ」は風を知り、地形を知り、火の性質を知っている熟練者が
いてこそ、安全に行えるものです。一度やめた野焼きを再開しようと
してもその技術を持った人がいない、という状況が起きることも十分
考えられます。

        [体験してみて]

 私は久住高原を本当に愛してくださる方、特に都市部の方にお願い
したい。「久住の産物を買ってくださることでも、和牛を食べてくだ
さることでも、何でもいいです。久住町の農家が、農業を、特に畜産
を続けていけるよう、バックアップしてください。そうでないと、本
当に、草原を守っていくことはできないのです。町も、農協も、そし
て何より農家自身も、もっと努力しなければいけないのは事実です。
でも、このことだけは、よ<分かってほしい。『人がいて、牛がいて、
草原がある』のです」。

 久住町白丹(しらに)地区の稲葉牧野組合では、組合員の開明的な
考え方により、1995(平成7)年から、全国初の取り組みとして、
町外から「野焼きボランティア」の受け入れを行っています。今年の
野焼きは、14日の土曜日に予定しています(天候によっては延期さ
れることがあります)。あなたも、ぜひ一度「野焼きボランティア」
を体験してみませんか。
 参加を希望される方は、久住町役場企画調整課(電話0974・76・1418)
へ。それから、野焼きを見物される方は、道路などに車を止めてのん
びりと見ていると、いつの間にか火に巻き込まれることがあります。
地元の人によく聞いて、安全な揚所で見物していただくようお願いし
ます。
          (大分合同新聞 平成10年3月3日より)



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「青い鳥」はどこに

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 「青い鳥」はどこに
            久住町理事 山田朝夫

 3月の初めの月曜日。代休が取れたので、「たまには外でランチを」と、
妻と長女(二つ)を連れて、町内のホテル「レゾネイトクラブくじゅう」へ
出かけました。少し肌寒いものの、天気も良かったので、食事が終わってか
ら、ふと思い立って、ホテルの周辺にある私のお気に入りの場所まで散歩し
てみることにしました。

 レゾネイトは、敷地内に数本のすてきな渓流(大分川や大野川の源流にな
ります)や散策路を持っています(レゾネイトは敷地内の自然保護にとても
積極的に取り組んでいますが、その話は別の機会に詳しく書きたいと思いま
す)。
         ”ハッと気付く”
 私のお気に入りの場所は、渓流が走る雑木林の中に、なぜかぽっかりと開
いた広場のような所です。近くには大きなオニグルミの木もあります。長女
は小さな岩に登ったり、野ウサギのふん(みたことありますか?)を集めた
り、木の枝を拾って小川で釣りのまねをしてみたり、楽しそうに遊んでいま
す。

 草の上に寝ころんだ私は、妻に「なかなかい所だろう?」と得意げに話し
かけたのですが、妻の返事は「何でこういう所へもっと早く連れてきてくれ
ないの?」でした。
 そう言われて、私はハッとしました。私たち家族が久住へ来て4月で1年
になりましたが、この間、私は「東京から久住のような田舎に突然引っ越し
てきたのだから、たまにはにぎやかな所へ行きたいだろう」と思って、休み
に家族と出かけるときにはとはいっても、土曜、日曜に行事が入ることも多
く、あまり休みも取れないのですが・・・)、自然と大分市内方面を選んで
いたのです。
「そうだった!。久住には楽しいところがたくさんあるじゃないか!」

        ”真の「豊かさ」”
 次の週の日曜日。前日の大雨があがって良い天気になったので、突然電話を
して、今度は長男(六つ)も連れて家族四人で、町内荻ノ迫で酪農をされてい
る志賀義弘さんのお宅を訪ねました。
 志賀さん宅には、長男の拓馬君(五つ)と長女のなつきちゃん(三つ)がい
ます。子供たちはさっそく仲良くなって(まったく子供たちの仲良くなるスピ
ードには驚かされます)、畜舎の中や家の周囲を走り回り、土手を滑り降りた
り、子牛にミルクをやったりして大はしゃぎ。最後には、トラクターを運転さ
せてもらって、大満足でした。

 私と妻は土間で搾りたての牛乳や、奥さんの成美さんが作ったおいしいお菓
子などをいただきながら、義弘さんご夫婦やご両親とのんびりおしゃべりをし
て、とても落ち着いた楽しいひとときを過ごさせてもらいました。最後は義弘
さんのお父さんが捕ってきたイノシシを料理していただき、思わぬごちそうに
までなってしまいました。そこには、農村の暮らしの本当の「豊かさ」があり
ました(もしかしたら「グリーンツーリズム」って、こういうものなのかな?
)。

            ”価値を再評価”
 私はこれまで、久住の人たちに「久住には都会にない豊かさがあるんですよ」
と繰り返し言ってきました。久住の人たちも「あんたは、われわれが当たり前
と思っているものの価値を再評価してくれる」などと言ってくれていました。
 でも、その私がいざ久住に住んでみると、久住の良さを十分楽しむことなく、
頭の中のイメージだけで都会を求めるという「ありがちな罠(わな)につい引
き込まれていたのです。 農村で暮らす皆さん。農村には、皆さんが当たり前
と思って日ごろ見落としている豊かさが、たくさんありはしませんか。おいし
い水や空気、新鮮な旬の食べ物、ゆったりと流れる時間、そして温かい人情、
とても月並みですが、例えばそういったものです。あらためてゆっくり自分の
周りを見てください。「青い鳥」はもしかしたら、すぐ近くにいるかもしれま
せん。
              (大分合同新聞 平成10年4月26日より)


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「野滑り」問題(上)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 「野滑り」問題(上)
               久住町理事 山田朝夫
      ”10年で6倍”
 今年のゴールデンウィークはあまりお天気には恵まれませんでしたが、とても
多くの方々が久住高原を訪れてくださいました。皆さん、それぞれのやり方で高
原の春を満喫されたようで、そのような場を提供できたことを久住住民の一人と
して、大変うれしく思っています。
 連休前、久住町では役場職員と町民雄志が公共トイレの清掃をしたり、国道442
号沿いの草刈りやゴミ拾いをしたりして、お客さまが久住高原で少しでも良い気
持ちで過ごしていただけるよう、ささやかな準備をしました。

 久住高原を訪れるお客さまが増え始めたのは、ごく最近のことです。久住町が
毎年行っている観光動態調査によると、1997(平成9)年に久住町を訪れた観光客
の数は約190万人ということですが、10年前の87年には、何とその6分の1に満た
ない約29万人でした。
 しかも、その中のかなりの数は九重町側の九州横断道路沿いの登山口から、く
じゅう連山(坊がツルを含め、くじゅう連山の半分以上は久住町の行政領域にな
っています)を訪れる登山客だったと思われますので、実際は久住高原を訪れる
方はほとんどいなかったのではないかとおもいます。

    ”ソフト不十分”
 そういうわけで、久住高原は「新しい観光地」です。久住町民は、訪れるたく
さんのお客さまを、驚きと戸惑いを持って眺めている、というのが本当のところ
です。ですから、お客さまをお迎えする態勢が(特にソフト面で)十分整ってい
ないのは事実です。しかし、久住を取り巻く状況があまりにも急激に変わったと
いうことをお察しいただき、今しばらくの猶予をいただきたいと考えています。

    ”山火事が多発”
 ところで、久住に魅力を感じ、当地を訪れていただく方が増えたことについて、
久住町民は基本的にはとても歓迎しています。しかし、正直なところを言うと、
お客さまが増えてちょっと困ったなあと思うこともあります。

 一番困るのは山火事です。観光客の方が、2月から3月にかけての乾燥した草
原でお昼に焼き肉などをして、肉だけでなく草地や山林を焼いてしまうという事
件がここ数年、多発しています。そのたびに、消防署や消防団が出動しなければ
なりませんし、火事を起こした方も、杉林などに焼き込むと多額の賠償を払わな
ければならないということにもなります。冬から早春にかけての時期の草原での
火の取り扱いには、くれぐれも気をつけていただきたいと思います。

 二番目がゴミです。空きカン、空きビン、紙くずなどに加えて、最近多いのが
紙オムツの投げ捨てです。放牧された牛が空きカンなどのゴミを誤って食べて、
死んでしまうといった事故も起こっています。ゴミ箱を設置する方がよいか、そ
れともしない方がよいか、現在、役場で真剣に議論をしているところです。

 そして三番目が「野滑り」問題です。久住高原での最大の楽しみの一つは、な
んといってもあのダイナミックな野滑りです。特に野滑りの名所になっているの
は、県の畜産試験場の入り口付近から沢水キャンプ場へ上がる道の途中の右側、
町営水道のタンクの裏の斜面です。ここは距離も傾斜も野滑りにはもってこいの
最高の場所で、この連休中も多くの親子連れが歓声を上げていました。
 私も、大分市内に住んでいたころは、子供と一緒によくここに野滑りを楽しみ
に来ていました。しかし、久住のことを少し知るようになって、私はここで野滑
りをするのをやめることにしました。
              (大分合同新聞 平成10年5月24日より)


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「野滑り」問題(下)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 「野滑り」問題(下)
               久住町理事 山田朝夫
   ”何本ものスジ”
 沢水キャンプ場やみどり高原牧場などへ通じる幹線道路わきにある、まさに野滑
りのために用意されているような緑の斜面。多くの人々が「野滑り場」としてこの
斜面を利用した結果、現在では、そりが滑っていくコースに沿って草がはげて土が
露出し、雨が降ると表土が流れ出して何本もスジができ、見るも無惨な状況になっ
ています。(昔、アブドラ・ザ・ブッチャーというプロレスラーがいましたが、彼
の額の傷のようです)
 そして、ほとんどの観光客の方が意識されていないと思いますが、ここは久住町
内の「新町牧野組合」が管理し、採草や放牧などを行っている「牧野」、つまり田
んぼや畑と同じ、久住の農家の「仕事場」なのです。

 最近でた観光ガイドブックに、「緑の天然遊園地くじゅう」という表現を見つけ
ました。なかなかいいキャッチフレーズだなあと感心しました。でも、観光客の方
が「遊園地」と思う緑の草原のほとんどの部分が、実は農家の「仕事場」なのです。
 ですから、都市の人が久住高原へ来て草地に入り込んでシートを広げてお弁当を
食べるということは、久住の人が都市へ出かけて行ってオフィスへ入り込んで、最
上階の眺めのよい社長室あたりで「そろそろ昼飯にしようや」なんて言ってシート
を広げて弁当を食べるのと同じことだともいえるわけです。

  ”「棚をしよう」”
 野滑りをして草地を荒らしてしまうのは、まあ、ナタでも持っていって、オフィ
スにあるモノを、いろいろと壊してくるというようなものでしょう。(でも、そん
なことをしようものなら、たちまちつまみ出され、当然賠償金なんかも請求されて
しまうでしょうが・・)
 久住の人たちは大変寛容なので、ゴミさえ持ち帰ってくれれば弁当を食べるぐら
いは何も言いませんし、野滑りも「都会じゃあんな遊びはできないだろう。遠くか
ら来た子供たちがあんなに喜んでいるんだから・・」と、草地が極端に痛まなけれ
ば黙ってやらせてあげようという感じでこれまで見守ってきました。しかし、近年
の急激なお客さまの増加で、「ちょっとあんまりじゃないか」「このまま放ってお
くと、ひどいことになってしまうのではないか」と感じる人が徐々に増えてきて、
「柵(さく)をして立入り禁止にしてしまった方がいい」と言うひとも出てきました。

  ”アイデア募集”
 私は個人的にはそうはしたくはないけれど、でもこの意見も「当然だよなあ」と
思っているところです。(今年の春先に、観光客の失火による山火事がありました。
その時、この表土が露出したスジは、なんと「防火帯」の役割を果たしてくれました。
風向きの影響もあったのですが、ここで延焼がストップしたのです。この事実をど
う評価するかは別として、念のため付け加えておきます)

 確かに、久住高原での野滑りは圧倒的に楽しい。しかし、農家の人たちの事情も
とてもよくわかる。何とか、お客さまの楽しみと農家の生業がうまく両立していく
(そういう意味で都市と農村が「共生」していく)道はないのか。最近、役場も真
剣に考え始めたところです。
 しかし、役場にもなかなか言い知恵がありません。この文章をお読みいただいた
方が、もしよいアイデアを思いつかれたら、ぜひ教えて下さい。電話だと対応が大
変なので、できればファックスかはがきでお願いいたします。ご一緒に考えていた
だけないでしょうか。(FAX0974-76-1119。 Eメール kuju@oitaweb.ne.jp)

              (大分合同新聞 平成10年5月25日より)


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だれのための成人式(下)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 だれのための成人式?(上)
               久住町理事 山田朝夫

   [”帰省に合わせて”]

「二十歳になった皆さんには、選挙権が与えられます。お酒も飲め
るようになります。周りから一人前の人間として扱われます。権利
が与えられると同時に義務も生じてきます。その自覚を持って行動
しないといけません」。成人式で壇上からあいさつする人生の先輩
がよく口にする言葉です。

 久住町では、毎年8月15日に、中央公民館で成人式が行われま
す。私は、成人式というのは、日本中どこでも1月15日の「成人
の日」に催されるものとばかり思っていたので、こちらに来た最初
の年はちょっと驚きました。どうも昭和43年ごろから夏の時期に
行われるようになったらしいのですが、その理由は、お盆の帰省時
期で町外に出ている若者たちが集まりやすいということと、一生に
何回しか着ないような高価な和服を買ったりしなくても済むように
という配慮からだったようです。

 今年の久住町成人式には、70人の対象者のうち53人もの若者
の出席がありました。式は成人証書授与、町長あいさつ、来賓祝辞、
記念撮影というプログラムで、まちづくりの取り組みを紹介したビ
デオを見てもらった後、来賓との簡単な昼食懇談会があります。

 懇談会では来賓の町会議員さんなどから、「そうか、君は〇〇さ
んとこの子か!」とか「〇〇ちゃん、ちょっと見ないうちに、すっ
かり女性らしくなったのお」などと言われて、若者の方は、「はい
」とか「うふ、空とか答えたりしています。

  [”素直な一面も”]

 髪の毛が金色や真つ赤だつたり、びっくりするような模様の服を
着ていたりするけれど(著者の間では当たり前の「ファッション」
です)結構素直で行儀がいいなあと、感心させられました。
 話の合わないおじさんたちと同じテーブルに座って、ニコニコ笑
いながらビールをついだりするなんて、二十歳だったころの私には
とてもできなかったと思います。

 聞くところによると、多くの市町村で、成人式の参加者が少なか
ったり、Tシャツとジーパンにサンダルというような服装の若者が
やって来たり、私語がうるさくて祝辞が聞こえなかったりというこ
とがあり、「こんなことなら、成人証書は郵送にしようか」という
ところもあるようです。そんな話を思い出しながら、成人式の光景
を眺めつつ、私は「いったい何のために、だれのためにこの成人式
が行われているのだろう?」ということを考えていました。

 法建的には、二十歳になれば自動的に選挙権は与えられるし、婚
姻は男は18歳、女は16歳になればできることになっています。
 「成人証書」と言っても、「成人」したということは、だれかが
証明するような事柄でもないように思うし、ましてや町の「行政」
のトツプである町長がするというのも根拠があるような、ないよう
な気がします。現代の成人式が「通過儀礼」としての機能を果たし
ているとも思われません。主催者は「役場=行政」というのが通常
です。

      [”仲間と楽しむ”]

 役場が町の将来を担う若者たちに、町の現状やまちづくりの基本
方針などを説明する催しなら、もっときちっとした町政についての
説明や町内の実情視察などがあってもよいし、社会教育、生涯教育
の一環として行うなら、講演や勉強会など、またそれなりの内容が
考えられるようにも思います。
 新成人の若者たちは、多分そんなことはどうでもよくて、久しぶ
りに同級生が一堂に集まれることを楽しみに成人式に来るのでしょ
う。だから、彼らの目的は成人式そのものではなく、式が終わった
後の友達との懇談ということになると思います。二十歳になったの
だから、堂々と酒も飲めるわけです。

 そもそも「成人式」というのは、行政のためにあるのか、それと
も新成人のためにあるか、あるいはそれ以外の、例えば「地域」の
ためにあるのでしょうか。
一生懸命考えてはみるのですが、いまひとつよく分かりません。お
そらく、どこの市町村も、同じ悩みをお持ちだと思います。

         (大分合同新聞 平成11年11月7日より)


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だれのための成人式(下)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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 だれのための成人式?(下)
               久住町理事 山田朝夫

   [”質問に戸惑い”]

 私が久住町役場で働きはじめてから二年半になります。その間、
町が主催するいろいろなイベントの実行委員会に出席しました。
 私は、その席上で必ず「このイベントは何のためにやっているの
ですか?」という問いを発します。すると、担当者からは必ず「は
じめはこういう目的だった」という答えが返ってきます。そこで
「でも、もうその目的は達成されているのではないですか。現時点
でこのイベントをやる目的は何たのですか?」と尋ねると、おおむ
ね答えは「むにゃむにゃ・・」となります。

 そこで私がちょっと意地悪く「目的がハッキリしないのなら、や
めた方がよいのでは?」と発言すると、みんな驚いて「そうは言っ
ても、もうやることは決めているし、今日はどうやってやろうかと
いう会議である」とか、「ずっと続けてきたし、あと3回で30回
になるから、それまでは・・」というようなことになり、前年とほ
ぼ同じ内容のイベントが、延々と続けられていくということになり
ます(このことは、久住町に限らず、日本中のどこの市町村でも見
られる光景だと思います)。

 私は、自治体が主催する研修会に講師として招かれることがあり
ます。担当者に「何を話せはいいですか。研修の目的は何ですか?」
とお尋ねすると、大抵「何でも結構です」という答えが返ってきま
す。これがまた困るのですが、たまに「行政をやっていく上で大事
なこと」という話をさせてもらうことがあります。

   [”4つの「基本」”]
 行政に限らず、あらゆる仕事の基本は次の四つであると、私は考
えています。
   1.目的・目標(何のために、何を)
   2.人(だれが)
   3.予算(いくらで)
   4.日程(いつまで)
 そして、この中でも最も重要なのが「目的・目標」。これがしっ
かりしていれば、九割方仕事は成功したようなものです。そして、
この目的・目標の「立て方」というのが結構難しいのです。

 「馬に米をかける」という話があります。兵糧攻めにあって、籠
(ろう)城している。米はたくさんあるが、水がなくなってしまっ
た。城内では「どうやって水を確保しようか」で皆躍起になってい
る。「城内に井戸を掘ろう」とか「暗やみのうちに場外へ出て、水
源で水を確保してこよう」とか、いろいろな案が出る。
そのとき、「馬に城内に豊富にある米をかけて敵に見せつける」と
いう考え方(作戦)があるというのです。

 「馬に米をかけているのを遠くから見ると、水で馬を洗っている
ように見える。敵は『馬を水で洗っているくらいだから、まだ城内
には水が豊富にある』と思い、籠城はしはらく続くだろうと思い込
む。敵の油断に乗じて、一か八か夜襲をかけて、活路を開く」とい
うのです。

 この話は「目標をどつ立てるか」、あるいは「何が究極の目的な
のか」ということだと思います。「水を確保する」のが到達すべき
最終目的なのか、それとも「敵を打ち破る」のがそうなのかという
ことです。

        [”「経営感党」を”]

 民間企業なら目懐の立て方を祈れば倒産してしまうでしょう。で
も、行政は目標を立て損なってもなかなか倒産しないし、職員とし
ても、勇気を奮って去年とは異なったことをして失敗するより、前
例どおりのことをやっておけば、とりあえず批判されることはあり
ません。だから、日本中の行政で、イベントをすること自体が目的
化していくわけです。
 イベントをやめろというのではありません。常に「何のために」
を議論し、確認し、共有することが重要だと思うのです。
 行政をめやる状況は日々刻々と変化していきます。「行政」すな
わち「地域を経営する」ということは、「計画を決められたとおり
遂行する」ことではなく、「計画を問題状況の変化に対応させた上
で遂行すること」だと私は思います。

 時代の流れは「地方分権」「地域自立」。常に地域の将来のこと
を考え、その上でそれを今何をすべきかに結びつけられるような
「経営感覚」を持てるかどうかが、その地域の未来を大きく左右す
ることになるでしょう。
         (大分合同新聞 平成11年11月8日より)


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私の利益と全体の利益(上)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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   「観光客4倍に」

 大分方面から県道久住高原〜野津原線を通って久住町に入ると、くじ
ゆうの山々と、そのすそ野に広がる広大な久住高原が、突然目の前に広
がります。

 雄大な景色に目を奪われながら、1994(平成六)年の日本ジャン
ボリーの開催に合わせて改良整備された、広々した立派な道路を走って
いくと、久住町に4つしかない信号機の一つが設置されて
いる小倉峠の交差点にさしかかります。
 ここは、いわば久住町の東の玄関口。久住町を代表するビユー・スポ
ットの1つです。そして、そこでドライバーの目に飛び込んでくるのが、
交差点に立てられたたくさんの観光施設の看板です。
久住町が毎年行う観光動態調査によれば、十年前の89年には48万人
だった観光客数は、98年は214万人と4倍以上に増えています。
観光施設もかなり増えました。温泉開発も進み、既に町内には10を超
える温泉がゆう出しています。面積が広く、観光施設の点在する久住町
では、観光施設への案内看板は不可欠です。施設の増加とともに看板が
増えるのは、当然とも言えます。

 「価値が落ちる」

 自然志向の高まりがあるとはいえ、もし観光施設が全<なければ、い
くら景色が美しいといっても、観光客はこれほど爆発的に増えなかった
と思います。しかし、久住高原を訪れる皆さんの一番の目当ては、何と
いっても素晴らしい自然景観でしょう。この景観にマッチした観光施設
と提供するサービスの内容がお客さまに受け入れられたのが、久住の観
光がここまで伸びてきた理由だと考えられます。

 それぞれの観光施設としては、できるだけお客さまに自分をアピール
したい。だから、たくさんの看板やのぼりを立てたいと思うのは当然で
す。ところが、その自己の利益を追求するための看板競争が、久住高原
の景観を損ない、その観光資源としての価値を落とし、結果として各施
設のお客さまを減らす結果となってしまうのではないか、ということを、
私はかなり危惧(ぐ)しています。

 「甘さと厳しさ」

 こんな話を聞いたことがあります。果樹を生産しているある地域では、
かつては共同選果をやっていた。生産者が集まり、他人の作った果樹を
等級別に分けていく。自然と見る目は厳しくなります。当時は、「あそ
このA級は持A。B級もA並み」と市場での評価がとても高かったそう
です。
 ところが、しばらくすると、「いちいち選果場に出かけていって共同
選果をするのはめんどくさいなあ」ということになって「各自で選果し
て持ち寄ろう」となったそうです。
 自分の生産物への評価は自然と甘くなります。中にはA級品の箱の底
の方にB級品をしのばせておくような人も出てぎたりする。そのような
農家は短期的には利益を得たでしょう。しかし、市場の評価は客観的で
厳しいので、良い品質のものが大部分であるにもかかわらず、「あそこ
のA級はB並み」だと、すぐにその「地域全体の」評価が下がり、結局
は各農家が不利益を被ることになってしまったそうです。

 これと反対に、ある町の農協の方から、こんなことを聞きました。
「うちの農協では、30年前から、各自が自主的に厳しい目で選別して
集荷場へ持ってくるように徹底しています。
『Aかな、それともBかな』と迷ったら、必ずBに落とすようにと指導
し、今ではそれが行きわたっています。組合員が趣旨を理解し、きちん
とやってくれるので、集荷場にチェックのための人を置く必要がなく、
人件費が削減できて、結局は組合員の利益につながっています」。
            (大分合同新聞 平成12年3月7日より)


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私の利益と全体の利益(下)

   〔久住からの風(メッセージ)〕
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    「周りよりも」

 農業を営んでいる私と同い年の青年(?)と酒を飲みながら話をして
いたら、こんなことがありました。
 私が「地域の人みんなで儲(もう)けることを考えませんか。久住に
適した新しい作目を考えて、みんなで栽培して、出荷してみませんか。
畜産農家のたい肥を果樹農家が使って、統一のブランドを作っていっし
ょに売り出したらどうですか?」というようなことを言うと、その人が
こんなこと言ったのです。
 「山田さん、それは言葉の使い方が間違っちょる。『儲ける』という
のは、『他人より儲ける』とを言うんであって、周りのみんなが儲かっ
たら、自分が儲かっても、それは『儲ける』ちゅうことにはならんのよ」。
それを聞いて、私はとてもびっくりし、同時に「なるほど、そうなのか」
と目からうろこが落ちる思いでした。

  「壊れた関係」
 
 こんな例え話を聞いたとがあります。
 養鶏農家とミカン農家が話し合って、養鶏農家の鶏ふんをたい肥にし
て、ミカン農家が肥料として使おうということになった。はじめは順調
に進んでいた。有機栽培ということで、ミカンの評判も良かった。とこ
るがある年、ミカンに病気が出て、収穫量が激減してしまった。ミカン
農家は、病気の原因が鶏ふんにあるのではないかと疑って、養鶏農家に
文句を言った。養鶏農家は「そんなことを言うなら、使ってもらわなく
ていい」と言って、協力関係は壊れてしまった。その結果、鶏ふんはや
っかいものの廃棄物となり、ミカン農家は化学肥料を購入して使うこと
になった。

 こんな場合、もし養鶏農家とミカン農家が、本当の意味で仲が良く、
「いっしょに良くなる。」という気持ちを持っていたら、「何が原因だ
ったのか。鶏ふんが悪かったとすれば、どが憑かったのか。改善するに
はどつしたらよいのか」を一緒に考えることができたでしょう。

  「調和の視点で」

 久住町観光協会が湯布院町観光協会に視察に行ったときのこと。亀の
井別荘の中谷健太郎さんが、こんな話をしてくれたそうです。
 「自分だけ儲かりたいと思って、旅館の施設を良くしようとする。こ
れには大変カネがかかる。売り上げは増えるかもしれないが、借金の返
済も増えるので、結局あまり儲からない。儲かるのは銀行だけ。もし、
町全体が良くなれば、町全体のお客さんが増える。それぞれの旅館は、
各自であまり投資をしなくても、お客さんが自然と増えて、結果的に儲
かる。久住は自然や景観という素晴らしい財産を持っている。自分だけ
の利益でなく、町全体を良くするということを考えた方がよいですよ」。

 久住のように自然が売り物の観光地における観光施設やのぼりや案内看
板は、海に沈める「漁礁」と似ているように、私には思われます。適度
に漁礁を沈めておけば良い漁場になるけれど、あまり魚礁を沈めると、
海そのものが埋まってしまいます。看板やのぼりや施設でせっかくの久
住の景観を損ねてしまったら・・。
 個人が自分だけの利益を追求しようとすると、全体の利益を損ない、
かえって自分も不利益を被ってしまうということが、世の中では案外多
いような気がします。久住はまだまだ新しい観光地です。21世紀の
「久住の観光」を考えるとき、この「私の利益と全体の利益の調和」と
いう視点が、とても大切だという気がします。
                    (大分合同新聞 平成12年3月8日より)


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