★★★ 大分を楽しむ ★★★


大分県の広報誌「広報おおいた」の記事の一部転載です。



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”野焼き”にみる人と自然そして文化

 春の野焼きは草原の恵みを育む。味気ないはどに煤けた黒い高原は、やがて眩い黄緑
色へと変わり、そして青々とした深緑に。さらに赤や橙色の最も艶やかな季節を経て、
いつしか清々しい白い雪に覆われていく。

 阿蘇へと続く広大な久住高原。久住の放牧は4月半ばから始まり、12月下旬まで続
く。牛たちは下草をはみながら、木陰の涼しいところを求めて移動する。そうすること
で草木のバランスもとれ、くぬぎなどがすくすくと育っていく。放牧のために人間たち
が行う野焼きは、こうして自然のサイクルに深くかかわっている。そこには”人と自然
との共生”の姿を見ることができる。

 久住高原で畜産業を営む佐藤孝さん(53)−直入郡久住町白丹−佐藤さんが属する「稲
葉牧野組合」(組合員91人)は、平成6年から毎年、”ボランティア野焼き”の一般
参加者と共に野焼きを行っている。組合員の高齢化や畜産業の変化による人手不足など
で野焼きが困難になってきた中、久住町に”地球にやさしいむら構想”が持ち上がった
のをきっかけに「素人でも野焼きができるのではないか」と考えたのが始まりだった。

 最初は町の人の大半が「そんなことに素人が手を出さんほうがいい」という考えだっ
た。だが、久住町役場の商工観光課を窓口に参加者を募ったところ、県内外から応募が
あり、今年も東京や福岡、熊本などからも参加があった。応募時点では70〜80人い
ても、野焼きは天候に左右されて延びることも多いため、実際には一割ぐらいの人しか
参加できないこともあるそうだ。

「稲葉牧野組合でも江戸時代から地域のつながりがあり、皆の協力があってこそ野焼き
は続けられてきました。野焼きは呼吸が合わないとあっという間に燃えてしまう危険性
があります。地元の人でも一人で出来るものではないし、風の向きを見て、火をつけて
いく順番がありますし、熟練の勘が頼りになるもの。でも最近では、遠くから参加した
人に『家に泊まっていきよ』と声をかけたり、米や椎茸をお土産にあげたところ、おい
しかったんで次の年も送ってほしいという便りがきたりと、思いがけず人の交流も広が
っています」と佐藤さんは話す。二度日の参加者からは「自分も自然保護のために何か
役に立っているのではないかと感じた」とのうれしい感想も聞けたという。

「(野焼きは)私たちには生活のシステムの中でやってきたことでしょ。それをある日
突然出来なくなったからって、自然のため、景観のため、だなんて言うのもちょつと違
うそれは外から来た人が言うことで、地元の人にはそういうことはなかなか見えません
からね。外から初めて久住を訪れた人がこんなに自然が美しいとは、と感動し、それじ
や地元の人間がそれを守るために何か手助けできるかなあ、と考える。そういう畜産業
と人々の結びつきの結果ではないでしょうか」と佐藤さん。

 野焼きは3月半ばに行われるが、その前年の9月に「輪地切り」「輪地焼き」という
前準備の作業も行う。輪地切りは、野焼きをする前に燃やしてはならない場所との境に
なる防火帯の草を予め切ることで、それが1週聞から10日程で乾いて枯れ草になった
状態を焼く作業を輪地焼きという。

 野焼きは朝から始まり、いくつかの班に分かれて約180ヘクタールを風下から風上
の方へと焼いていく。手作りの火消し棒やジェットシューターなどを使って消火作業に
あたる役目もいる。毎年久住町全体では700〜800ヘクタールを焼くそうだが、「
これで牛がいなくなって野焼きをやめたら、もし山の真ん中にたばこの吸い殻でもボン
と捨てられて山火事が起これば、どんなに大きな被害が出るかわからないですね」とも
佐藤さんは言う。

 夕方、野焼きが終わった後は、地元の人たちが畜産の神様である御観音様のもとで感
謝の祭りを行う。こうしてしばらく集まって歓談するのは、もし後火などが出てもすぐ
に対応できるように、というためもあるという。

 「今までは当たり前だったことが、ひとつ時代が変わると大変なお荷物になったり、
また若い世代の人が興味を持って参加してくれるようになったりするんですね。でも実
際に農業は定年になってから仕事にしてもいい時代だと私と思います。今、私たちの組
合員も主力は退職者。ですから今後、野焼きでも経験のある人たちと、将来に期待のも
てる若い人たちの双方に呼びかけていこうと思っています。そしてまた、楽しく続けて
いって、自然の良さをたくさんの人に感じていってほしいですね」

 すべては自然の恩恵の中で生きる人たちの想いが、さまざまな出会いをつくりだして
いるようだ。野焼きひとつとっても自然への責任感が伺える。稲葉牧野組合はまた「あ
ざみ台展望所」も運営しており、佐藤さんが代表を務めるまちづくりグループ「羅針盤」
はマウンテンバイクコースの設置やグライダーの支援、荒れ地にコスモスを植えるなど、
草原を守りながら楽しめることに対して積極的に働きかけている。久住の美しい自然は、
町の人たちの努力なくしてはないのだということをつくづく感じる。

「町の人たちは自然を誇りに思っています。久住が好きだから住みたいと来てくれる人
がいると、やっぱり嬉しいです。違う角度で久住の暮らしや農業を見てくれる人や新し
いアイディアを持ってきてくれる人がいると、自分たちにも新しい発見があります」

 佐藤さんへのインタビューを終えて改めて見渡した久住の草原は、目にしみるような
初夏の鮮やかな緑がどこまでも続き、本当に美しかった。今回私は”野焼き”というま
たひとつ新しい世界にふれ、自然と共生するには大変なこともあるのだということを知
った。野焼きは一つの文化としてと、とらえるに十分値するものだと思う。これからも
この素晴らしい自然に心を癒してもらうものの一人として、人と自然の関係に理解を深
め、大分の財産である久住の草原をみんなで守っていかなければならないと感じている。

                 (広報 おおいた(平成9年7月号)から転載)


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